繋いだこの手はそのままに −20
 特別に調合させたドッグフードと水を用意させた。ボーデン卿の体質に合うものだ。
「荷物が多いのでこの紐を引いていってくださいませ」
 移動艇から降り、タバイが薄い布らしき物を敷き、その上に本日の料理と菓子、ドッグフードと特製の水の入ったタンク、それらを入れる容器を乗せた。ドッグフードと犬専用の水は長持ちするものらしく半月分を運ぶ事に。
「このシートは荷物を運ぶ際に使用するものです」
 何でも少々の力で楽に運べるのだとか。
 余はタバイに握らされた紐を引いてロガの家へと向かった。確かに楽である……とは言っても、重い荷物など運んだ事がないから解らぬが、普通に歩くのと何ら変わらない状態だ。
「ロガ」
「ナイト様!」
 今日も周囲に人がおるようだな。
 あの兄弟かシャバラとロレン。ロガと兄弟をも含めて四人で食事をする事にした。今日の菓子は溶けない焼き菓子であるからして、料理を先に。
 その前にだ、
「ロガ、これがボーデン卿の食事だ。我輩の服についていたボーデン卿の毛から体質・健康状態を解析し、卿に最も適した成分を配合した専用の食事である。これさえ食べさせれば健康で長生きすると、デウデ……兄が言っておった。我輩の兄の言う事には間違いは無い。さあ、この特製の容器に移し替えて与えてくれ。与える分量は一度にこのカップのこの目盛りまで、ドッグフードは一日二回、水は四回取替えると良いそうだ」
 余が渡したカップを受け取ったロガはケースを開き、言われた通りに容器に卿の食事を移したのだが……
「見向きもしねえなあ」
「だってボーデン、頑固な犬だもん」
 そっぽ向かれたままである。
「犬の専門家チームに作らせたのだが……」
 ボーデン卿の好みではなかったのか。犬の専門家とは言え、犬の気持ちが全て解るわけでないから仕方ないが、
「ボーデン! せっかくナイト様が持ってきてくれたんだから食べてよ! もお! 食べてってば!!」
 ロガは必死にボーデンに食べさせようと、首輪を引くが全く無視。
「ロガの奴必死だな。ボーデンが気に食わないもの食べないの知ってるくせに」
「では何故食べさせようとしておるのだ?」
「アンタが持ってきたからだろが」
 小さいロレンが言い捨てた。何故だ?
「我輩は食べさせろと命令したわけではないのだが」
「そうじゃなくて! アンタに悪く思われたくないんだよ」
 ……? いや、好みがあるわけであるからして、別にボーデン卿が食さなくとも余は悪く思いはせん。何より食さなかったのはボーデン卿でありロガではない。何故余が気分を害するのだろうか? むしろ、そのように取られるのは何故か? 解らぬ? 解らぬが、ロガは必死に食べさせようとしておる。この場合、
「ロガ、シャバラとロレンと共に昼食を取っておるがよい。卿には我輩が食べるように説得する」
 余はロガからドッグフードの入った容器と、水の入った容器を受け取るとボーデン卿の前に置いた。卿は興味もなさそうに、寝ているような体勢から動かない。
 いたいけなる乙女を守り今に至る偉大なる老犬にとって、余が命じ作らせた物など食すに足りぬものかも知れぬ、だが!
「ボーデン卿よ。勝手ながらそなたの健康状態を調べさせてもらった。調べたのは我輩ではないが、結果には目を通した。若き日の勇者も老いには勝てぬ、それはそなたも解っておろう。この調合されたドッグフードと水は、そなたの老いからくる身体の不調を完全とまでは行かぬが軽減できるそうだ。材料も厳選素材であって、決してまずいものではない筈。まだ食したくはないか? そうか……卿よ、今ここに住んで居るのは卿とロガのみ。もしも危険な事が起こらば、そなたがロガを助けねばなるまい。知性により理解できたとしても、身体が思うように動かなければロガを助けきれぬかも知れぬ。そうならば、そなた悔しくは無いか? これを食べておれば、食べていない状態のときよりかは身体が敏捷に動けるはずである。卿が若き日に乙女を救った時のように」
「あ、あの……ナイト様」
 振り返ると昼食も取っておらぬロガと、
「犬に真面目に話する人間って始めて見た……何言ってるか、解んねえけど」
 シャバラ。
「食べておらなかったのか? 気にせず食べているが良い。我輩はもう少々説得……おおっ! 食べてくれたか」
「ボーデン食べてる!」
「あの頑固なのが……」
「そなたは勇気も知恵もあるであろうから、説得すれば聞き入れてくれると信じておったぞ」
「ただ、鬱陶しかっただけじゃあ……」
 ロレンは呟いておった。そうか? 鬱陶しいか? 簡単に話したつもりなのだが。
 その後四人で昼食を取った。勢い良く食べる二人にロガが「もっと綺麗に食べてよ! 恥ずかしいんだから!」と叫び「悪い、悪い。でもがっつきたくなるだろう」と謝っておった。
 なんと言うか、食べることに元気がある。余が宮殿の専用食堂にて食事を取る際は、元気さなどよりマナーが重視される為、これ程勢い良く口に放り込み咀嚼する事はない。
 むしろこれ程元気に食べる気もない。味はそれほど変わらぬしな……一流の料理人が作っておるのだが……そういえば、今此処に持ってきている料理と同じなのに、何故あんなに味が違うのであろう。
 シャバラとロレンは食事を終えると立ち上がり、
「明日からは来ないから! あんたいい人っぽいからさ。そうそう、興味があったらウチの肉屋にも来なよ! コロッケ美味しいから食いにこいよ、ただし料金は払ってくれよな! じゃあ! いくぞ、ロレン!」
「……ごちそうさまでした」
 二人は去っていった。
「菓子は要らぬのだろうか……後であれ達と分けるか?」
「良いんですか!」
「良い。我輩は何時でも食べられるからな。仲良く分けるが良い」
 ロガは菓子の入った箱を抱き込むと、嬉しそうに笑った。なんと言えば良いのだろうか……その嬉しいな、何故か余まで嬉しい。
 贈物をされると喜ぶとは聞いていたが、喜ぶ様を直接見たのは始めてだ。他に何か喜びそうなものはないか? 何か……そうだ!
「ロガ! このシートは荷物を運ぶのに使えるそうだ! 使わぬか?」
 手元にあるのはこれしかないのだが。
 差し出されたロガは手を叩いて喜んだ。
「遺体とか死体運ぶのに使っていいですか!」
「……ああ、も、もちろん良いぞ」
 そういえばロガの職業は此処の墓守であったな。
「前のが古くなってて、新しいの欲しかったんです。嬉しい! 今度はこれでナイトオリバルド様を運びますね!」
 ? ……?? 待て疑問を口にする前に考えてみよう。
 余を何処に運んでいくのかは解らぬ、それは尋ねようではないか。今疑問なのは “今度” という所である。今度という事は前回があったという事であり、余が覚えていない前回となると……
「ま、前は遺体を運ぶシートで運んでくれたのか……」
 それ以外は考えられぬな。
「あっ! あの! 綺麗に拭いてるから、大丈夫ですよ! 汚くないです!」
「そうではない。わざわざ仕事道具を使ってまで運んでくれて、感謝しておる。本当に感謝しているのだ、ありがとう」
 普通に考えれば、余の下腹程度しかないロガが意識を失った余を運んだのだから、そこら辺に疑問を抱くべきであろう。……本当に余は、疑問の少ない生き方をしておるなあ。
 どれ、聞いてみるか。
「ロガ、その……我輩をどのようにして運んだのだ? よければ教えてくれないか?」
 そう言うと、ロガは大急ぎで家の中に戻り、丸められているシートと棒、そして石を持って出てきた。テコの原理で余をシートの上に転がし、そして運んでくれたのだそうだ。
「テコの原理で良いんですよね! ゾイに教えてもらったんだけど、間違ってませんよね!」
「間違っておらぬ……というか、我輩も良く解らぬ、そのような言葉があったような気がする。それにしても上手だな。ちょうど良くシートに我輩を転がして乗せるとは、素晴しい技量を持っておる。そうだ、これが仕事に使えるならば、もっとたくさん持ってくるが」
 そのように尋ねた所、首を振られた。
 此処は平民の死刑囚が葬られる場所であり、現在は人口増加を第一に掲げておるので……
「あんまり仕事ないんです」
 そうだ、凶悪犯であっても死刑にはせず強制労働とか、強制軍務とかに付かせておった筈だ。だが仕事がないと言う事は、
「生活が苦しいのか?」
 仕事がないと生活の糧がない事となり、生活が立ち行かぬ事となる……らしい。言葉では解っても理解は出来ぬが、生活が苦しいとは……実際どういう事なのであろう? デウデシオンに聞いてみるか。
「苦しくないって言えば嘘だけど! いいんです! 死刑になる人がいない方が! お仕事なくても、他の事で頑張れば何とかなるし! ゾイも仕送りしてくれるし! 裏で畑も作ってるから! このシートは怪我した人運ぶ時にも使えるから、あの! あの!」
「良い。好きなように使ってくれれば、我輩も嬉しく思う。ところで余を運ぶとは?」
「ナイトオリバルド様帰る場所まで引張っていきますよ! 偉い人は本当は歩いたりしないって。馬とかに乗ってるって聞きました。だから馬……じゃなくて馬車代わりに運びますよ!」

 重さを軽減するシートに座り、年端もいかぬ小柄な娘に運ばれるのは……
「…………」
 ありがたく辞退して戻る事にした……そうだ! 今日は感謝をする事ができたぞ!


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