繋いだこの手はそのままに −19
 帝国宰相デウデシオンより命を受けたザウディンダルは、
「確かに兄貴が騒いでたな」
「ウチの兄貴も騒いでたぜ」
「年上の甥だけどよ、俺の場合は」
「面白いじゃねえか」
 四人の喧嘩仲間を連れ、奴隷居住人工衛星上空で事の委細を説明した。
「帝国宰相が何仕出かしても良いって言ってんだ……って、言いてえ所だが、違う部隊も送り込まれてるだろうよ。俺達は本隊を隠す為に目立つ事を仕出かせといった所だろうよ」
 シュスタークの直ぐ上の異父兄・ザウディンダル。ディブレシアの乱交のせいで、早産で生まれた彼は身体が弱かった。
 何時もの如き皇帝の私生児であり、皇帝が次ぎに身篭ったのが『皇太子』であったため『死んでもいい子』扱いをされ、おざなりな処置しか施されていなかった事が大きい。
 それに気付き引き取ったのがデウデシオン。
 父親は既に死亡し、次ぎの子が皇太子確定で打ち捨てられた私生児を彼はタバイとキャッセルと三人で育てた。
 この頃からデウデシオンは、自分を含めた私生児の行く末を案じて自分自身の能力を磨く事に決めた。
 特にザウディンダル、そして皇太子(シュスターク)の後にまた生まれてくるだろう、最早必要の無い私生児。
 彼等の身の安全を図るのが長男の役目と自らに言い聞かせ、病弱な弟を育てつつ日々努力した。
 そのデウデシオンの努力の根源となったザウディンダル。病弱であった彼は少しでも体調が悪くなるとデウデシオンの部屋へと行きたいと駄々をこね、勉学に励むデウデシオンを観ながらソファーで寝る事を繰り返していた。彼が四歳の時まで、デウデシオンは彼一人のものだった。少なくともザウディンダルにとっては、彼は自分だけの兄であった。
 彼が四歳の時、会話どころか観た事すらない母親・皇帝ディブレシアが崩御する。それと同時に三歳の幼君・シュスタークが即位、幼君には付き物の『摂政』が選ばれる事となった。
 自分と弟達を守るためディブレシアが死ぬまでの間に才能を磨き、人脈を広げていたデウデシオンは若干十六歳で摂政に任じられ、その任務に掛かりっきりとなりザウディンダルにまで目を向ける事が出来なくなった。
 同時に、タバイとキャッセルは軍人の道を選び宮殿から出てしまい、結果ザウディンダルは一人きりになってしまう。
 ただデウデシオンも病弱だった弟の事は変わらず心配し、弟のタウトライバ(第四子)に世話をするように命じたが、タウトライバはデウデシオンの代わりにはならなかった。能力的な問題ではなく、ザウディンダルの感情の中で。
 彼が偶に見かけるデウデシオンは “摂政” で、何時も皇帝・シュスタークと共にいる。その他、皇帝を囲むのは前皇帝の正式な夫達、四大公爵の当主。庶子の彼には近寄る事が出来なかった。
 自分一人だけに優しかった兄が、観た事も無い弟に取られた。彼の幼少期はそれに集約される。そして彼はお決まりの非行に走る。
 態度悪く、問題を起こしてデウデシオンの注意を引く事を選ぶ。暴れて高価なものを壊し、相手を見れば誰彼構わず喧嘩を売る。その度に苦虫噛み潰したデウデシオンに呼び出され、叱られ当然の如く『例の』牢獄に放り込まれた。
 ただ、これにも長くは続かなかない。
 最初の頃はデウデシオンも注意していたが、その被害の甚大さからザウディンダルを調べた所、帝国騎士の能力を有し《ザウディンダルの体質からは》考えられない程に高い身体能力を持っていた。こうなってしまえば、デウデシオンが注意できる相手ではない。
 帝国軍最高司令官にその処遇を一任するのが筋であり、以降ザウディンダルがどれ程暴れようがデウデシオンは注意をしなくなった。
 摂政は近衛兵団を統括できても、帝国騎士を罰する権限がなかった為。
 『軍人になんて誰がなるか!』と抵抗するも、帝国騎士の能力を有している時点で拒否は不可能。勝手に帝国騎士にされ軍籍に置かれ、研修期間の為に宮殿から出されてしまった。
 幸いキャッセルが帝国最強騎士として帝国騎士を統括する立場となっていたので、問題を起こした後キャッセルがデウデシオンに注意をしてくださいと書類を提出し、そちらで叱られるようにはなったが、相当な事をしない限りは帝国騎士の中で処理される。
 派手に暴れるレビュラ公爵閣下・ザウディンダルとそれに似たような四大公爵の逸れ者達が集まって、帝国で最も厄介な集団が形成される事となった。性別は言うまでもなく全員男。
 アルカルターヴァ公爵の弟、ライハ公爵カルニスタミア。
「まあ、暴れられるなら別に構いはしねえよ、儂は」
 ヴェッテンスィアーン公爵の弟、セゼナード公爵エーダリロク。
「テメエの大好きなお兄様からの直接の任だが、どうすんだよ? ザウディンダル。いつもみてえに、失態で叱られてえのか、マゾ」
 リスカートーフォン公爵の叔父、デファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネスト。
「偶に任務成功させて、お褒めの言葉でも頂いたらどうだい? レビュラ公爵サマよぉ」
 前ケスヴァーンターン公爵の庶子、ガルディゼロ侯爵キュラティンセオイランサ。
「どっちでも良いんだけど、とりあえず、このラバン・レボスとかいうのどうするんだ。殺しちゃうかい? きゃはははは!」
 全員公爵家で余された者達。
 長い歴史を有する家柄において、特に必要ない末子やら庶子。それも性別が男なので銀河帝国皇帝の妻にもできない、喧嘩ばかりしている帝国騎士のはみ出し者達。
『お前達何をしていてもいいから城に帰ってくるな。顔も見たくない』
 そう本気で言われる彼等は、それに対して何を感じる事もなく気分の赴くままに城に戻り当主の気分を害し、好きな事だけを仕出かす。特に仕出かすのは喧嘩だ。喧嘩と言っても相手が生きている事はほぼない。この五人に殺された貴族は千を下らない。
 そんな彼等だが、奴隷を殺害することは殆どない。むしろ『そんな彼等ですら』と言うべきかも知れないが。
 激励とは全く取れない罵声に近い言葉を浴びつつも、慣れているザウディンダルは手元で墓の手入れをしている『ロガ』の映像をズームにし、
「この仕事は成功させる。所でよ、何処までが成功だと考える?」
「何処までって、話をさせてりゃいいじゃねえのか」
 答えたセゼナード公にザウディンダルは首を振り、
「話だけじゃつまらねえだろ。この奴隷に手出したら、おもしろくねえか? この奴隷と皇帝がデキて、正妃にするなんて言い出したら」
 言われた四人は顔を見合わせて、甲高い声で語尾が上がる特徴的な喋り方をするガルディゼロ侯が楽しそうに声をかける。
「君の大好きな帝国宰相様が困るよ、ザウディンダル」
 全員が、それは面白いと感じた。
 奴隷が皇帝や王の正配偶者になった事は一度たりともない。そして、皇帝の妃が奴隷であっても無くても、彼等のような余され者には何の関係もない。
「俺は叱られるのが好きなじゃなくて、帝国宰相閣下を困らせるのが楽しいんだよ」
「そういう事にしておいてやる、ザウディンダル。儂は……それに乗る。面白そうだ、あの真面目な皇帝が奴隷娘に血迷って大騒ぎするところ。兄貴は慌てふためくだろうさ、何せそうなったら “また” テルロバールノル王家が外戚になれぬわけだからなあ」

 いい遊び道具を見つけたと、彼らは仕事をしているロガの映像を観ながら、言葉に表しきれない笑みを浮かべた。

**********


 ザウディンダルが口にし、他の四人も否定しなかった『本隊』は確かに存在する。
 一つは潜入を得意とするデ=ディキウレが一隊を率い、ロガの家の周辺に潜む。近衛兵団団長のタバイが毎回付いてくると、皇帝の行動が知れる可能性があるので、警備を花形の近衛兵団団長と裏方の秘密警察で交互に受け持つ事になった。
 それと、
「本当にやるのか?」
 デウデシオンが尋ねている相手はタウトライバ。
「ええ、妻にも伝えましたので、今更 “やらなかった” と言って家には戻れません」
 彼も衛星に向かいたいと願い出てきた。
「家に戻らねばよかろうが」
「そんな事言わないでくださいよ。お忘れかもしれませんが、これでも恋愛結婚なので、今でも仲は良いのですよ」
 タウトライバは侍女と結婚した。自分についていた侍女ではなく、ザウディンダルについていた侍女の一人。家名なしの子爵家の娘で、裕福な生まれの彼女は二十歳で大学を卒業した後、試験を受けて宮殿勤めの侍女となり配属されたのが当時私生児であったザウディンダル。
 デウデシオンが居なくなり、乱暴になったザウディンダル。それを任されたタウトライバはほとほと持て余し、最後には手を上げた。
 五歳のザウディンダルを十二歳のタウトライバが本気で殴った。その結果、吹っ飛ばされてサイドボードにぶつかって額を切って血を出して震えだした。当時のザウディンダルは気が強い方ではなかった、小さな身体で精一杯虚勢を張っていただけであって。
 泣かれたほうがタウトライバとしても対応できただろうが、殴った後に血を流して泣きもせずに震えだした弟を前に、当時のタウトライバは混乱し何をして良いのかわからなくなった。
 それをみていた彼女が、
「閣下、主治医に連絡をいれました」
 対処してくれたのだ。対処と言っても、医師に連絡を入れただけなのだが。
 その言葉に我に返ったタウトライバ。
「ああ……悪かった」
「出すぎた真似をいたしまして、申し訳ございません」
「あ、いや、ありがとう。お前、名前は?」
「私の名は……」
 二人のロマンスは此処から始まった。そのせいもあって、タウトライバの妻はザウディンダルの事を我が子のことのように今でも心配している。
「覚えているから言っているのだ。前線から戻ってきたばかりであろう。また次ぎの戦闘でも帝国軍を指揮せねばならぬのだ、あまり放っておこうものならば……どうなるかは私には解らないが、良くはなかろう」
 今は妻となった侍女とタウトライバの結婚を許可したのは当然デウデシオン。
 そして現在、戦争から最も遠いところに存在する帝国軍最高責任者シュスタークの代理を務めるのが、このタウトライバ。
「陛下はタバイ兄やデ=ディキウレに任せます。私は、あまりにあの五人が暴走しないかを見張る目的ですので」
 タウトライバとしては、ザウディンダルが此処まで逸脱したのは自分の至らなさだと今でも思っている。そう考えている事を妻は知っているので、彼の背を押した。それはもう、グーで抉るようなパンチを斜角度から。
「何の破損もない両足を切断……いや抉り取るという訳か」
「こんな機会でもなければ半生体義肢をつける事はできませんからね」
 タウトライバは兄弟の中で最も身長が高く220cmにもなる。奴隷居住区に普通の者として紛れるには、よほど巧妙な潜入か “小さくなる” のどちらかしかない。
 生憎、指揮官のカリキュラムしか受けていないタウトライバは潜入行為が得意ではない。その為に彼は足を切って身長を縮め、奴隷居住区に住み衛星側からロガの身の安全を二十四時間体制で守ると言い出した。
 それで既に足は処分し、半生体義肢の接続ポートとするべく骨盤を取り替えた状態となっている。
「当然だ。誰がまだ実験段階の半生体義肢を装着させる許可など与えるか。特にお前は代理とは言え帝国軍総指揮官なのだ、何かあったらどうしてくれる」
 未だ試験段階のそれを、帝国軍の重鎮の身体で試験するなどデウデシオンが許可を与えるはずもないが、タウトライバは許可も貰わずにさっさと自分の足を大腿骨から抉り取ってしまった。
「その時は、妻子の事をよろしくお願いいたします」
 身体に埋め込んだ半生体義肢の制御板機能を持つ骨盤が、身体に与える影響などは未知数。何かが起これば、それは死にも繋がる可能性が高い。
「戦死ならばその言葉も受け取るが、今回はお前の勝手だ。誰が受け取るか……お前の住居は肉屋の向かい側の廃墟だ。デ=ディキウレに両足がなくとも生活できるように改良させてある。それ程大掛かりなギミックは設置しておらぬが。お前は貴族に仕えていた奴隷、両足を失って衛星に流された設定だ、良いな」
「そこまで準備しておいてくださったとは。このタウトライバ、微力ながら未来の妃の安全を守らせていただきます」
「……タウトライバよ。恋愛結婚したお前に聞くが、やはり陛下はあの娘に?」
「そうでしょう。妃になさるおつもりなのでしょう? 兄上は」
「悩み所だ。陛下がお望みで四大公爵が首を縦に振らねば……その時は戦争になるやもしれぬ。勝てよ、タウトライバ」
「はい。そうそう、ザウディンダルは何処まで許可します? 奴隷には危害を加えるような子じゃないのは兄上が一番良く知ってらっしゃいますでしょうが」
「自由にしておけ。後で詳細に目を通してから私が叱る」


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