繋いだこの手はそのままに −2
 ティアランゼ
 名前だけ聞けば可愛らしい名だが、恐らくこの先誰も実子に付けることはないだろう。ティアランゼとは先の皇帝ディブレシアの名。
 このティアランゼ……余の母親でもあるのだが、この人は既存の言葉で言い表せば「淫乱」だった。だが、そこらの「淫乱」とはケタが違う!
 早熟だった母の初体験は五歳。勿論自分から誘っての事……それから二十四歳で腹上死するまでの十九年間、一日たりとも男を切らした事は無かったという。八歳の時には早々に妊娠して、九歳で最初の庶子を産み落とす、デウデシオンと名付けられた男児。余の兄でもある。
  子を産んで直ぐに性交してはいけないのだが、そんな医師の言葉など何処吹く風か。それに九歳の頃には既に、アッチの方も頻繁に使うようになっていたそう で、母の相手は男一人では務まらなくなっていた。十歳で四人の正式な夫を迎え入れる、その時既に二人目が臨月になっていたそうだ。
 この時迎えた正式な夫達は既に居ない。母の怖ろしいまでの性欲の前に、四人とも一晩で命を散した……。
 十五歳、十四歳が二人に十六歳という年齢で母の元に送られた四大公爵の子息達は、臨月の母の相手を一晩しただけで全員心臓麻痺。いや、何でも性器がズル剥けというか、性器から大量出血していたとかなんだったとか……聞くも怖ろしい話だ。
 男なら股間を手で覆って逃げたくなるような話である。
 可哀想な夫達のことなど全く意に介せず、母は男遊びを続けて次から次へと「庶子」を産み落とした。母が十五歳の時再び四大公爵全てが子息を送り込む。
 皇君:オリヴィアストル、帝君:アメ=アヒニアン、皇婿:セボリーロスト、帝婿:デキアクローテムス
  全員、五年前に母の相手をして息を引き取った男達の兄弟。ある意味、敵討ちなのかも知れないが敵は強すぎた。十五歳の頃の母の一日の相手は平均で六十三 人……一日は二十五時間(帝星時間)? とか、執務時間は? とかそういうのを別にしても、数が可笑しい。すでに一対一とか一対二とか一対三とかいうレベルではなく なっていたそうだ。正直、余には到達できない世界だ、本気で。
 通常であれば仲の良くない夫同士となる筈なのだが、正式な夫である四人はとても仲が良かった……母という魔物に立ち向かう為に。
 簡単に言えば、四対一で母の寝所へと向かった訳だ。四人のうち誰かが子を産ませることが出来れば! という切なる願いから。
  母は裏の歴史書などが書かれれば格好の素材となるだろう。母は最低でも一日で四人の男を潰す、潰すというのは死亡させるという事だ。腎虚だとか心臓麻痺だ とか、薬の使いすぎだとかで息絶えてしまう。頑丈で壮健な肉体を持った、二十代前半の若者が次から次へと搾り取られて……。
 余が聴いた事がある物語の中でもっとも怖ろしい話、それが母の超絶絶倫ぶり……絶倫と言うのかどうかは知らないが。
 四人の夫達は、結婚三ヵ月後には既に排卵日を狙う作戦に変えていた……要するに、戦略的撤退だ。
 母が二十一歳の時生まれたのが余である。父は帝婿・デキアクローテムス、この時四人は抱き合って涙を流して心の底から喜び、三人は帝婿の快挙に訳の解から ぬ奇声を上げて感謝を表したという。それを側で見ていた側近達も、つられて涙したとか。よほど四人が苦労していたのを見ていたのだろう。
 事実、余が生まれるのが後一年遅ければ、父達は全員死亡していただろうと、誰もが口にするところである。
 帝国も十二人目にして初の後継者を得て、胸を撫で下ろしていた。余は早々に母から引き離された。教育上の問題だとか色々あったが、最もな問題はデウデシオン事件。
  デウデシオンは母の産んだ最初の子だが、このデウデシオンに母が襲い掛かったという。詳細は知らないし、何処までいってしまったかは聞きたくもないが、以 降母の子は庶子も嫡子(余の事だが)全員遠く離れる事を余儀なくされた。因みにデウデシオン兄は、女性不信というか女性嫌いだ、仕方あるまい。
 その際、正式な夫達も逃げた余と共に。
 既に鬼籍に入ってしまった帝君アメ=アヒニアンが、死の床でうなされていたうわ言に父達は涙を流していた

『陛下! お許しを!』

 その言葉に他の夫達は、かつての寝所を思い出していたのだという。
 正しく恐怖政治だ、後宮の恐怖政治だ。男として最悪な恐怖だ、夢現となってまでソレに悩まされるとは!
 ちなみに、帝君が死の間際まで許してくれと叫び続けた相手、皇帝陛下は既にその時崩御していた。語る必要もない程の腹上死。
  男五人と出産しながら性交……死なない方がどうかしている。一生懸命産道を降りてこようとしているバロシアンを、突き上げさせていたとかなんだとか…… 確かにバロシアンは幼い頃、頭の形がちょっと……気のせいだと思いたい。因みに、出産大出血、胎盤が降りてきているその中に潜入を余儀なくされた相手をし ていた男達は、全員生きてはいたが不能となって立去って行ったという。
 帝国中の男性を恐怖に陥れた母、皇帝ディブレシアがこの世を去った時、余は三歳。幼君として大帝国の皇帝の座に就いた。


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