繋いだこの手はそのままに −165
 この状況の”あらまし”を聞いたあと、三人は着替えた。食堂には武器防具が大量に用意されていた。特にロガの装備は完璧で、体にあった防護服と、ロガ用に作られた銃まであった。
「これはエーダリロクが作ったやつじゃな。エーダリロクは何時貴様のことに気付いたのじゃ?」
「后殿下の護衛を仰せつかった以上、女官長にはこの姿を見せる必要がありますので。その後どうやら自力で気付かれたようです。さすが天才といわれる御方」

―― 我を捕まえた御方でもありますから ――

 ロガは銃の他に、体力回復用のタブレットと、痛み止めを含んだ止血用のスプレー。そしてこれもエーダリロクが作った、以前カルニスタミアとビーレウストが遊んで壁が割れた手榴弾を渡された。
 カルニスタミアは完全武装を整えて、ヤシャルとハネストの前に立つ。
「ヤシャル、この女はまだ信用できん。見張れ」
 カルニスタミアはヤシャルを此処に置いて行くことにした。
「当然ですね。簡単に信用されては困ります」
 ハネストも同意する。
 簡単に両手を広げて”全てを信じている”では済ませられないのが支配者だ。全ての者の身を守る必要のある者は、無条件に相手を信じるだけでは済ませられず、証を求める必要がある。
 それは自らの心が欲するものではなく、支配という制度の前に捧げるもの。
 カルニスタミアは血で染まったテーブルクロスを見た。
 あの”弟”を殺害した理由も、カルニスタミアには解っている。”弟”を殺害したことで、ここにヤシャルを置いていっても大丈夫だという証を立てたのだ。
 ヤシャルにハネストを見張れと言ったが、本当に見張れといったわけではない。
 帝国軍大将の制服を着用している彼女。そして暫定皇太子のヤシャル。帝国軍は皇帝、后殿下の次に暫定皇太子を守る必要がある。
 息子であるヤシャルを邪魔にしているラティランクレンラセオが、この混乱に乗じてダーク=ダーマ内で息子を殺害する恐れもある。それを防ぐためにも。
「儂の信頼を得るためにも、ヤシャルを守りきれよ」
 裏切るとはカルニスタミアは思ってはいない。いないが”信用している”と簡単には言えない。カルニスタミアがハネストを信用するのは、ヤシャルを守りきってこそ。

 その証を捧げると、彼女は”戦う女”の顔でカルニスタミアに無言で語りかけたのだ。

 彼女が証を捧げるのは、裏切り者であった自分ではあるが、貴方には従っても良い、貴方とは共に存在できると認めた相手だけ。
 裏切り者が証を持ち、貴方の度量を信じていると。その期待に応える度量があるかどうかを、相手も測られる。

**********


「いてて……」
 ザウディンダルは痛む下半身を庇うこともせずに、急いで副中枢へと向かった。
―― 僭主とラティランクレンラセオを同時に止める方法 ――
 清掃機収納場所で、ザウディンダルはそれを必死に考えていた。漠然としか解らないロガに迫っている危機と、責任問題で排除される可能性が高いキュラティンセオイランサ。
 皇帝を追っている僭主。ラティランクレンラセオがどのように動くのか?
 ザウディンダルは性質的に陰謀に向かない性格で、両性具有の特徴である「嘘をつくのが苦手」と相俟って今回の僭主襲撃の主要人員から排除されていた。
 兄弟たちの「計算」では、ザウディンダルは后殿下と陛下とともに、キャッセルの艦へと避難している予定だった。
 だが誰も避難できてはおらず、ザウディンダルは負傷している。
 兄弟の策を知らないザウディンダルは、収納場所で聞いた”帝王の咆吼”を思い出し、ダーク=ダーマの通信部分を自由に扱えるという自分の権限を用いて、足止めをすることにした。

 シュスタークの咆吼を流し、敵を無力化させながら部屋へと戻りロガがどうなったのか確認をしようと、再び走り出す。
 傷が開き血が流れ出す感触に眉をしかめながら、皇帝の私室へと向かった。途中で、
「音声が……切れた。誰が?」
 予想外のことが起こり、剣を握って周囲を見回す。

「ザウディンダル!」

 皇帝の私室には、武装したミスカネイアが銃を持って待機していた。
 少し離れたところには、ロガの辞書の前で丸くなっているボーデンの姿。
「后殿下は?」
「え? ザウディンダル、あなたが脱出させたんじゃないの?」
 ここでミスカネイアが作戦を知っていたことが”災い”してしまった。彼女は作戦通り、ザウディンダルがラティランクレンラセオと共にシュスタークとロガを脱出させていると考えて、ロガが部屋に居ないことを不安に思うどころか、安堵すら覚えていたのだ。
「俺は后殿下の……あの怪我を治してくれないか? その間に説明する」
 ザウディンダルは怪我の治療を依頼し、その間に起こった出来事をかいつまんで説明した。
 ミスカネイアは傷の状態に涙は出なかったが、怒りで眩暈がして倒れそうであった。
 だが倒れている暇もなければ、怒りに任せている場合でもない。
 ザウディンダルの処遇をどうするべきか? ミスカネイアは指揮官であるタウトライバが待機しているはずの艦橋へと連絡を入れ指示を仰ぐことにした。
「……通信が……」
 皇帝の私室から責任者のいる艦橋への通信が、完全に遮断されていた。
 こうなるとミスカネイアには、どうすることもできない。
「タウトライバ兄に聞けばいいんだな?」
 ミスカネイアの態度から《作戦の存在》を感じ取ったザウディンダルは、理解したとばかりに頷く。
「ええ。でも……」
 ”外は危険だ”と言うのは簡単だが、実はここも危険。危険に晒されるような作戦であり、ミスカネイアはその為に此処にいる。
「大丈夫とは言わないけど、俺にも色々考えがあるから。その……信用してくれ」
「そうね。軍人のザウディンダルなら、私よりも的確な判断が下せるでしょうから。任せるわ」
 夫の美しい弟であり妹の頬を撫でる。
「ありがとう。それでさ、室内システムはどうなってる? 動かせる?」
 シュスタークの私室は大宮殿と同じような作りで、扉一つ取ってみても厚くて重い。
「駄目だわ。自動システムに切り替えておいた筈なのに」
 ”彼ら”なら普通の扉と変わらないように開くが、ミスカネイアの力ではこれらの扉を開くことは不可能。
「簡易のシステム構築するから待ってくれ」
 傷の回復を待っている間に、ザウディンダルは室内の自由を取り戻すことにした。
「できるの?」
「ああ。それには……ボーデンさま。あの、その、そちらの后殿下の機械貸していただけますか?」
 ロガの父親の遺品が必要になってくる。
 ザウディンダルの顔を見たボーデンは”好きにしろ”とばかりに顔を背けたので、
「ありがとうございます。ボーデンさま」
 借りて室内のシステム用のプログラムを打ち込んで、簡単な機能を回復させた。
「複雑なことは出来ないけど、扉の開閉と空調の独自管理、あとは通路側との会話と透過。これ以外のことは出来ないけど」
「充分よ」
 ザウディンダルは予備の軍服に着替たが、
「すごい手足長いんだけど」
 非常に大きい。
「ハネスト様のなのよ」
 予備はカルニスタミアに近い身長の持ち主。ザウディンダルが着ると、手足が余りすぎる。
「ハネスト様?」
 だが元々”正式な服”が与えられない存在のザウディンダルは、気にせずに軍靴の中に上手に裾をしまったり、ベルトで袖を上げたりして器用に着用した。
「デ=ディキウレ様の奥様。この騒ぎが収まったら、皆にお披露目があるそうよ」
「そ、そうなんだ! 楽しみだ」
 部屋にあった武器を装備し、皇帝の剣を持ち、
「これは持って行きなさい」
 栄養補給用薬や、酸素補給用薬、回復剤などの入ったポーチを腰に巻かれた。
「あの」
「死んじゃだめよ。どんな中毒症状でも治してみせるから、まずは生き残って」
 ミスカネイアはザウディンダルを軽く抱き締め、ザウディンダルも片手で抱き返す。
「行ってくる」
「わうわう」
 ミスカネイアとボーデンに見送られ、ザウディンダルは皇帝の私室から出て真っ直ぐにシステム副中枢へと向かった。

「あれ?」

 システム副中枢室の前にいるのはテルロバールノル王国軍。
「やべ……リュゼク将軍だ」
 ”両性具有嫌いの急先鋒”と言われるカレンティンシスの忠臣と、
「そういう訳だ、アロドリアス」
 カルニスタミアの側近で、ザウディンダル嫌いが”ある人物”と話をしていた。
「セゼナード公爵殿下がその様に言われるのでしたら。如何なさいました? リュゼク将軍」
 ある人物とは”セゼナード公爵”

―― エーダリロク? あれ、エーダリロクなのか? 別人に見えるけれど、違うところはない。でも……陛下? 陛下がいない?

「……」
「リュゼク将軍?」
「陰に隠れているの、出てこい!」

 ザウディンダルは両手を上げて、リュゼクの指示に従った。

**********


 その後ハネストはロガに装備の説明、ヘルメットを装着しながらタブレットを口に含む方法などを説明して、最後に胸の体調表示の上に丸形のワッペンに似た物を貼った。
「これは周囲三メートルに高濃度の放射線、后殿下のお身体に害のある物が近付いているという知らせを出すものです。このような音がします」
 試しに音を聞かせて、それを停止してから再度説明を続ける。
「この音が鳴ったら、来た道を戻ってください。放射線そのものは着衣で完全に防げますが、この音がする辺りには僭主が集まる可能性が高いので」
「はい解りました」
「それでは最後に」
 ハネストは胸元から短剣を取り出し、両手でロガに差し出す。
「夫から貰ったものです。后殿下のお身体に丁度良い大きさですので、是非ともお持ちください」
 拒否するものではないと思い、ロガはそれを受け取って大きな声で答える。
「絶対にお返ししますので」
 だが答えは意外であり、また彼女らしいものであった。
「要りません。それ以上の物を后殿下が皇后として、夫に下賜してくださいませ。我はそれをいただきますので。いまお手元にある剣は壊すくらいに使い、そして伝説としてやってください」
「……はいっ! すっごい豪華なもの、ナイトオリバルド様からいただきますから! 期待して待っててください」

 生きて帝星へと戻り皇后となる。それはロガにしか出来ないこと

 カルニスタミアとロガの二人がどのようにして脱出するのかというと、
「この冷蔵庫の裏に、通用口があるのです」
 ハネストが大型冷蔵庫を押して壁を露わにする。
「ここから、搬入口に繋がっておるのじゃな?」
「はい」
 ハネストは皇帝の食糧搬入通路と食糧庫の番人でもあった。
「ハネストさん、ありがとうございます。そしてヤシャルさん……後でお話しましょうね」
 ロガはヤシャルに抱きつき、自分のことを心配してくれていた少年を抱き締める。
「……はい」

 カルニスタミアとロガは通路に入り、食糧搬入用の艇がある場所へと向かって歩き出した。

 二人の足音が遠離った後、食堂に残った二人はしばし無言であった。
 入り口に銃口を向けて固定している掃射銃に手を乗せているハネストに、ヤシャルはカルニスタミアと共にロガを伴って此処まできた理由を説明した。
 聞き終えたハネストは、
「胸にしまっておくのが、最善でしょう」
 ラティランクレンラセオへの警戒を強める必要があることを噛み締めた。
「そうですね……あの」
「なんでしょうか?」
「父はなぜ、后殿下を殺害しようとしたのでしょうか! まだ御子のいない后殿下は陛下がお隠れになれば、地位を失うはずなのに」
 ハネストは首を振り入り口にむけて、掃射銃を撃った。数名の僭主に率いられた兵士を肉塊に変えて、その死体を鍋に放り込み床を洗い流す。
「殿下」
「はい」
「貴方の父にとって、后殿下はもはや殺す以外策が思い浮かばない程、強大な御方なのですよ。后殿下がいる限り、貴方の父は手の打ちようがない」
 ハネストは再度入り口にテーブルを立てかけて、ナイフで固定した。
「……」
「后殿下は存在なさるだけで、陛下の地位を守ることの出来る唯一の御方。貴方の父はどれ程手を伸ばそうとも、后殿下に阻まれ届かない」

**********


―― ザベゲルン=サベローデン様は、どのようにしてダーク=ダーマに乗り込まれるおつもりで?
―― 体をパーツごとに分解して、食糧用のコンテナにつめた。頭はお前に任せる。
―― 私にですか? ディストヴィエルド=ヴィエティルダ様。どのようにして?
―― 顔を潰しておいた。お前の主の性質を知っている者達であれば、この潰れた頭部をお前が持ち歩いていてもおかしくは思わず、調べもしまい
―― はい。では後でダーク=ダーマに持ち込んでからお渡しいたします。ところでザベゲルン=サベローデン様はどこに身を潜められるのですか?
―― 貴様は知る必要は、サーパーラント

**********


 王族皇族のみが使用する通路に”灯り”を設置するという認識はないので、脱出のために進んでいる通路もやはり「暗闇」であった。
 ロガの被っているフルフェイスヘルメットは、暗視機能も備わっており、隣に立っているカルニスタミアと同じく「昼間の状態」で見ることが出来ていた。
 ロガは頭と首を守る大事なものだからとヘルメットを被ったが、カルニスタミアは拒否した。理由は、何度か響いた”帝王の咆吼”
 現状が解らないカルニスタミアだが、もしもシュスタークが「戻ってこられない」状態になった時は、自分が意識を引き出し必要がある。
 その際に頭部、とくに前面を覆っているのは邪魔なので、ヘッドギア状の物を被り”まだ完治にはやや自信がない”と言った首周りを補強した。
 ロガの装備は全身が、ドレスと同じ薄紫。肘当てを含んだ手袋と、膝当て機能のあるブーツは白で、武器をぶら下げている腰ベルトはアイボリー。
 色彩的には不可思議だが、一目でロガと解る姿にしておく必要があるので、ロガが使用する色で作られているのだ。
 カルニスタミアは帝国軍の武装。
 腰のベルトには、対僭主用の銃が二丁で、これはやや後方にぶら下げており、前方には右に鞭と、左に軍刀。背中にはハルバードを背負い、左手には盾。細長くカルニスタミアの体を覆うには足りないが、ロガの体は完全に覆うことができる
 装備しているときに、ロガは少しばかり気になってカルニスタミアが腕につけている盾と同じものを両手で引っ張ってみたのだが、床に固定されているのではないか? と思ってしまうほど、動かなかった。
 ”力持ちなんだなあ”と思いながら、ロガはカルニスタミアの端を掴みついて歩く。
 聞かされた説明では”もう少しで搬入口”のところで、
「これ、なんでしょうか? カルニスタミアさん」
「后殿下、離れてください」
 ある物体に阻まれた。
「ザンダマイアスだが、このタイプであれば儂の力でどうにでもなるか」
 内臓色で”てらてら”と輝き脈を打ち、その上を粘着質の物体が覆っている”道をふさいでいる物”の正体とは”ザンダマイアス”と呼ばれるもの。
 異形というのは体の分解と構築が容易い性質があり、超能力を所持していることが多い。
 その特性から所持しているのがケシュマリスタ語では異形全般を指す言葉とされているザンダマイアス、正確に表現すると《分身》
 このザンダマイアスは大きく二種類に分けられる。一つは皇君に代表される「独立型」
 複数の人格を要する異形は、体の一部分に自ら人格を受け付け、記憶を与えて手足のように使うことができる。行動範囲の制限もない。
 人間の姿を取っているが、大きくても六十pで動く人形にしか見えないのが大きな特徴だ。
 もう一つがカルニスタミアとロガの行く手を阻んでいる「内臓が剥き出し」になったようなザンダマイアス。
 これは基本的な攻撃に対して、防御反応として反撃してくる程度しか「自分ではできない」が、近くにこれを制御する本体があると驚異的な攻撃能力を誇る。
 ただしその制御は「超能力」に分類されるので、カルニスタミアの無効化能力でいかほどにでも出来る。
 だがカルニスタミアは一度無効化能力を完全に体内に封じ、ザンダマイアスに攻撃を仕掛けることにした。


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