繋いだこの手はそのままに −145
 戦争とは”同種族”が争うものであるとしたら、異星人相手に一方的に種の存亡をかけたこの争いは戦争とは言えないだろう。
「手前を殴る機会ができるとはな」
 シュスタークを守りきれなかったラティランクレンラセオにザセリアバが近付く。
「殴るというか? お前と私の能力差は歴然だぞ」
 帝国騎士としての能力はラティランクレンラセオが凌駕している。だがその言葉を聞いたザセリアバは笑い、操縦席を満たしている液体に気泡が溢れかえる。
「何を言っているんだよ。手前解ってるんだろう?」
 ザセリアバの言葉に反応するように、従っているシセレード公爵もラティランクレンラセオの機動装甲へと近付く。
 ラティランクレンラセオはモニターを切り音声だけにして、動揺を気取られないようにした。

 帝国騎士の能力の優劣は”全体的な攻撃力”であって、原始的な攻撃能力は考慮されていない。

 攻撃用ビットを一度に正確に動かせる数や、敵攻撃に対する反応速度、スピードに対する耐性など様々。
 だが戦闘形式により重視されない攻撃能力がある。
 それが、
「機動装甲での殴り合いなら負けねえぞ」
 単純な暴力。
 羽因子や超能力、遠隔攻撃機器との同調能力の高さなどではなく、
「……」
 機体で機体を殴りつける。その能力だけで判断するとラティランクレンラセオはザセリアバには及ばない。
 機動装甲は敵巨大空母戦艦を撃沈する兵器であり、破壊する為の装置をいかに操れるかが《最強騎士》の優劣判断の基準であり、機動装甲同士の直接殴り合いは参考とはされていない。

 機動装甲に搭乗しているのは全て味方であり、味方同士では戦わない……という前提の元に開発されている兵器だ。

「前線維持もせずに殴り合うと?」
「ああ? 前線は維持できてるぜ。カルニスタミアが良い戦いぶりだ」
「カルニスタミア……っ!」
 ザセリアバのくぐもったのとは違う”聞いた事のない声”に狂気を感じ、話して時間を稼ごうとしたラティランクレンラセオだが、別方向からの”狙撃”により会話を途切れさせてしまった。
「イデスア!」
 そうか叫ぶも撃ってきた方向を見ることはできなかった。
「いくぞ! シセレード」
「了承した!」
 二人は敵に背を向けて、ラティランクレンラセオに向かって拳を振り下ろす。

―― 機動装甲四体、戦線離脱 ――

 シダ公爵の命令など聞くはずもない、エヴェドリット王と王子、そして名門公爵という名の殺戮人。それら三人を敵に回したケシュマリスタ王。
「王よ、無視しろ」
 報告を受けるまでもなく、モニターに映し出されたその有様に、怒鳴り付けようとしたカレンティンシスだが、
「カルニスタミア……」
 今だ冷静に戦場全体を見渡しているカルニスタミアに制された。
「構う必要はない。王は陛下の行方を捜すことに全力をむけよ。陛下は生きている、儂にはわかる。この我が永遠の友にはな」
「解った」
 皇帝の捜索に戻った兄王の横顔を眺めつつ、
「リュゼク」
「はい」
「ヤシャル艦隊の代理、務められるな?」
 現在テルロバールノル王国軍事を担っている将軍に対し、挑発するように声をかける。
「殿下といえども、失礼な言い草ですな。この儂にむかって、ヤシャル如きの代理など」
 他王家の王太子などに下げる頭もなければ、遅れをとることもないと態度で表す将軍に、満足げに頷き指示を出す。
「よし。ではヤシャルが現在率いている艦の”三分の二”で代理を務めろ。艦をここから指揮しろ。そして、ヤシャルに繋げ」
「畏まりました」
 リュゼクが通信を開く間に、しなくてはならないことがあった。
「王よ」
「何じゃ? カルニスタミア」
「通信妨害せよ。機動装甲の会話が兵士に聞こえぬよう配慮してやってくれ」
 指先を動かしながら、カレンティンシスは振り返り、
「馬鹿共の愚行を周知したほうが良かろう」
「それも良いが、陛下が上げてくださった兵士の士気を下げたくはない。あのがなりあい殴り合っている者どもは使い物にならん。いま使えるのは一般兵士だけじゃ」
「聞いた儂が悪かった。軍事は貴様に全て任せると言ったのじゃ、言われたことを即座に遂行せねばな」
 実弟に様々な作戦があるのだろうと、皇帝の捜索と平行し、機動装甲同士の会話を制限する。
 全く聞こえなくなると困るので、主だった旗艦には接続し、それ以外は不通とした。
「ヤシャル」
『何でしょう? ライハ公爵』
 それらの事を行っていると、ヤシャル公爵から通信が入る。
「お前の代理に、儂のところのリュゼクを指揮官として配置してやる。お前は艦隊の半数を率いて、父であるケシュマリスタ王の援護に向かえ。三対一では分が悪かろう」
 顔が”ない”状態だが、その顔は無表情ではなかった。
『ライハ公爵……』
 ヤシャルは何を言われているのか、何をさせられようとしているのかも理解できた。
 だが対処方法がわからず、その全身の皮膚が復元されていないながら、自分よりもはるかに泰然としている王弟殿下に息を飲むばかり。
「早くしろ。戦場は動く」
『は、はい』
 通信を早々に切らせ、リュゼクに指示を出し、カルニスタミアは前を見据える。
 ヤシャルは艦隊以外は率いていない。
 彼の支配下にあるのは艦隊だけであり、艦隊がいくら赴こうと機動装甲同士の争いを止めることはできない。
 だがそれは武力によってだけの話であり、搭乗者の意志が働くと止めることは可能であった。

 生死不明となったシュスターク。暫定皇太子にしてケシュマリスタ王太子のヤシャル。

 ラティランクレンラセオが”良い王様”を続けるためには「僅かな艦を率いて自らを助けに来た王太子」を無下にはできない。
 ”善王である”ことに執着するラティランクレンラセオは、命を危険に晒してまで助けに来た息子無視して争い続けられないと同時に、この諍いを収める必要がある。
 ラティランクレンラセオはエヴェドリット勢に負ける姿勢を示して、争いを収めることをしなくてはならない。
「ラティランクレンラセオは有能だ、上手に収めるであろうからして、あとは任せておいてよかろう」
 面倒な小競り合いは、原因となった男に任せて、カルニスタミアは次の行動に移る。
「アロドリアス、出撃準備は整ったか」
『整いました』
「よろしい」
 カルニスタミアは前線に出している四体とは別に、キュラを回収するためにもう一体の機動装甲を出撃させるために用意を命じていた。
 キュラのことを嫌っているアロドリアスだが、嫌っていることで作戦に支障をきたすようなことをする男ではない。
 そこまで愚かであっては、この場で重用されることはないばかりか、従うことも許されない。
 なによりも今現在、帝国最強騎士が銀狂の銃エネルギー調整用リンクにより”生死不明”状態。
 最強騎士に続く能力の持ち主が、前線方面で他家の王と機動装甲という兵器の特性を無視し殴り合っている。
 となれば、それに次ぐ能力の持ち主であり、最も戦場を見渡すことのできているカルニスタミアこそが、帝国騎士のフォローもせねばならない。
 艦隊に指示を出し、五つの機動装甲を自在に操るその姿はアロドリアスや、それ以上にカレンティンシスが求めていた”ライハ公爵カルニスタミア”だった。
「キュラ、無事か」
 王国内での階級が上がることや、一族の者が尊敬の眼差しを向けていることを理解しつつも、いまのカルニスタミアには関係のないことだった。
『嘔吐が止まらないくらいだよ』
 ともかく全てをフォローし”皇帝シュスターク”の生還を信じて待つ。
「それならば平気だな。全機能を停止させろ、儂が運ぶ」
『お願いする……』
 キュラの機体を引き、ダーク=ダーマへと向かう途中、
「エーダリロク」
 治療を任せる相手に連絡を入れた。
 治療の依頼以外に、聞きたいことも当然ながらある。帝国最強騎士キャッセルが大怪我をしたのは、自分の代わりに最奥部へと向かったため。
 重要な任務を取り上げられたのだから”ありがたい”と思う気持ちはどはないが、属する部隊の部下の一人として、上官の生存を確認しなくてはならない。
『キュラの回復だろ。任せて置け。オーランドリス伯爵を突っ込んだら戻る』
「無事なのか?」
 生きている確率は少ないとカレンティンシスに聞かされていたのだが、意外な答えがもたらされて前線指揮を開始以来、初めてカルニスタミアは驚いた。
『ああ。普通なら死んでただろうけどよ、ロッティス伯爵が、自分の肘関節が折れて腕から飛び出しても心臓マッサージ止めないで、もう片手の指が折れるまで酸素を脳に送り込んで、その後、注射を乱発して内臓に薬ぶち込んで、ぎりぎり助かったぜ』
「恐れ入るな。治療器も使えるようになったから、もう安心ということか」
 恐妻家とは聞かないが、職務に関しては烈女として有名なミスカネイアの行動に、思わず顔の筋肉を引きつらせる。
『お前も治したらどうだよ? カルニス』
「王に作っていただいた装置を装備するのに、この状態の方が良い」
『そうか』
「そろそろ到着する。あとは任せたぞ」
『はいよ。俺はキュラを回復させながら、ザウの調子を見る。ザウは体調が悪かったら撤退命令を出すが、良かったらそのまま戦わせる。その頃になっても戦場が落ち着かなさそうだったら、俺も出撃する。その時はロヴィニア艦隊のほうもよろしくな、カルニス』
「……了承した」
 カルニスタミアは言いたいことがあったが、敢えてそれを口にはしなかった。

 ―― 陛下の行方を捜索せよ

 言えない理由は、四王が誰一人エーダリロクの”皇帝の捜索”を命じないのと同じ。帝国の頭脳は、皇帝になり変わることができる。

 カルニスタミアの眼前にあるモニターの一つに映し出される、ボーデンが指先を舐められながら、泣き出しそうな表情で耐えるロガの姿

 ―― 俺も出撃する ―― それは彼ができる、ささやかな抵抗であり、ロガのことを思えば、カルニスタミアはその場を用意する必要があった。

**********


「もう装置は回復した! 心臓マッサージ中止しろって!」
 エーダリロクが言うまで、ミスカネイアはキャッセルに心臓マッサージをしていた。通常の人間に近い彼女が、強靱な肉体を補佐するのは相当な無理があり、自らの骨があちらこちらが折れているのだが、それを物ともしない。
 機器の機能が回復して直ぐに収容できるように整えたエーダリロクが声をかけても終わらず、押さえ込んで腕を止めなくてはならないほど。
「お手数をおかけいたしました」
 ”ぼろぼろ”という表現が適切な彼女だが、本人は全く意に介しては居ない。
「オーランドリス伯爵の治療はこれで良し……と。さあ、あんたも腕治せよ。俺は最強騎士に付いては居られないんだから、治して交代してくれ」
「はい」
 途中で異常が起きないようにエーダリロクも付き添い、移動用ベッドを動かし医務室へと向かった。
 ミスカネイアの治療を他の技師に任せた後、エーダリロクは医務室を出て、通信機を開く。
 聞こえてくるのは聞き慣れたビーレウストの怒鳴り声と、滅多に聞くことのない機動装甲同士の殴り合いによる破損音。

 その音を廊下に響かせながら、一人立ち尽くす。

―― 陛下はご無事だと思うか?
 皇帝が発見されたという報告はまだ届いていない。
《さあな。だがロランデルベイ(ラードルストルバイア)の諦めの悪さ、生命に対する執着心は宇宙でも屈指だろう。あれが諦めることはない、諦めないことが生死を分け、なおかつ生へと導くというのであれば、間違いなく生きている》
―― そうか。銀狂陛下を内側から食い殺した男の、生への執着心は並じゃねえか
《ところで、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。もしもヒドリクの末、いや皇帝シュスタークの死亡が確認された場合、お前はどうするつもりだ? 本当にあの奴隷を孕ませ、第三十八代皇帝の座を次ぐ”皇女”を作るのか?》
 ”シュスタークの喪失”は”三十七代皇帝の喪失”にはならず、シュスターヒドリク朝の断絶には直結しない。
 全てを補える男がいて、認められた正妃がいる。

―― 聞くなよ
《聞かなくてはならない事だ。全てがお前にかかっている》
―― ……

 ”ナイトオリバルド様! ナイトオリバルド様!”
 ザロナティオンの問いと同時にエーダリロクの脳裏に現れる笑顔のロガ。老犬を抱きしめ、シュスタークと仲良く食事を口に運ぶ。
 ロガに見とれているシュスタークが料理を零す。
 それを拭いて”気にしないで下さい、ナイトオリバルド様”ロガは笑う。
 ナイトオリバルド様と口にする都度幸せそうで、言われている方も幸せそうな表情を浮かべる。

 そしてエーダリロクは思う。自分がロガに名を呼ばれても、あれ程幸せそうな表情になどならないと

 ”メーバリベユ侯爵さん。メーバリベユ侯爵さん!”
 女官長であるメーバリベユ侯爵をみつけて声をかけるロガ。
 大きく動き、視点がかわる。歩いてくるセゼナード公爵妃。
[殿下。私は侯爵であり貴方の妃であり、ロヴィニア王に従い、皇帝の家臣です。帝国の大義は正義ではないこと、重々理解しております]

 ロガと共に庭の芝生に座り、ボーデンを撫でている彼女の笑顔。

 エーダリロクは全てから目を背けたいと、自らの足元を見る。軍靴、マントの端、白で舗装された廊下。
―― どんなに言い換えたって、俺が皇后ロガに子供を作るのは強姦だ。大義とか治世安定とか飾ったって、本人にとちゃあ強姦だろ。理解はしてくれるだろうが、理解するだけだ。俺の肩に帝国が乗るのは、間違いだとは思うが構いはしねえ。でも奴隷の腹に全てを押しつけるのは、一番やっちゃいけねえことだ

 微笑む二人の軽やかな笑い声が耳の奥で響き、世界の色が消えて、エーダリロクは目蓋をおろす。

―― 俺はあの人から逃げてるが、強姦して捨てられるのは御免だ……そんな事しなくても、どうにかしてみせるさ。今は方法はなくとも
《そうか。まあ、合格だ。治世のために奴隷を強姦するといったら、私が体を乗っ取ってやろうと狙っていたのに》
――嫌だね。誰があんたに体を譲り渡すもんか! お、通信だ


「読み上げます。シス侯爵ボーデン閣下の旗艦ロシナンテ、艦長イズモール少佐より。―― 本艦に来客在り ”よって” 本艦名の変更依頼 希望変更名……ダーク=ダーマ! ご無事だそうです! 陛下はご無事だそうです!」


 閉じた目蓋の裏側にすら世界が広がり、

[陛下はご無事か!]
[やった!]
[残念でしたね。ラティランクレンラセオ”さま”!]

 罵る声に笑い、体温が戻って来る。

《無事だったようだな。ロランデルベイが生きることを諦めることはなく、あのヒドリクの末の身体能力とお前の作った宇宙服であれば、一年以上宇宙を彷徨っていても死にはしないがな》
―― まあね
 ほんの僅かな間だけ自らの身に覆い被さった《帝国》
 それが離れた身の軽さに、エーダリロクは形なきものの重さを実感した。
「何だ? 兄貴。ダーク=ダーマの艦橋に映像配信機器を持って待機しろって? ……なるほど、まだ時間はあるな」

 エーダリロクは踵を返し、キュラの治療へと向かった。


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