繋いだこの手はそのままに −146
 皇帝の無事が確認され、
「カルニスタミア!」
「行かれよ、王。儂の機動装甲一体と、レビュラ公爵が護衛につく」
 テルロバールノル王が迎えにゆく。
「プネモス、用意は!」
「整っております」
 他の王たちは、皇帝を迎えには行かず。それ以外にすることがあった。
「さあ、ラティランクレンラセオ。陛下への忠誠を示すために、ここで必死に戦えよ」
「お前たちが邪魔をしていただけだ、ザセリアバ」
「帝国最強騎士の次に能力を持つお前が、我に邪魔されるなんて”あって良いこと”ではなかろうに」
「ケルシェンタマイアルス、ライハ公爵の元へと戻れ」
 善王の仮面が剥がれることはなんとか阻止できたラティランクレンラセオだが、身近な者たちは声から怒り具合は感じ取ることができた。
「はい」
 もっとも感じたのはヤシャル。
 自分が足を引っ張り邪魔であったことは理解し、行動その物が軽率であることも解っている。カルニスタミアは”援護に向かえ”と言っただけで、具体的な案は示さなかった。
 その程度は自分で考えろと突き放した。
 軍人としての評判が高く、実際の指揮は評判以上であったカルニスタミアならば”他の策”を思いつき、本当に援護することはできただろうが、ヤシャルにはそれが思い浮かばなかった。結果父王であるラティランクレンラセオの足を引っ張り邪魔ばかりした。
 カルニスタミアはそうなることを知って命じ、そうなることを知って命じたことは、ラティランクレンラセオも、そしてヤシャル本人も知っている。
 ”悪い子ではない。だが才能がない”ヤシャルは、自らの評価を下げ父王に不評を買って、この場を収めることに貢献した。
「それと、良く助けに来てくれたなケルシェンタマイアルス。お前に自由を与えてくれた、ライハ公爵にも……あとで”礼をせねばな”」
「……戻ります。父上もお気を付けて」

 ”礼をせねばな”の部分を聞いて、向けられた「悪意」を感じ取りながら、カルニスタミアは無表情を貫いた。
 この程度のことは予想していたので、驚きもしなかった。
「意外と底が浅いな、ラティランクレンラセオ」
 吐き捨て、シュスタークが搭乗している医療艇が、戦場の範囲内に属するようにするために、
「後退するぞ」
 ”前線の後退”を開始する。

**********


「画面が開放されんな」
 ダーク=ダーマ……いや、今は白き旗艦ロシナンテだが、そちらの方に連絡が入って、余の無事を伝えることができたのだが、画面は未だに砂嵐。
「もう暫くお待ち下さい!」
「責めておるわけではない……艦長よ」
「はい!」
「艦内を案内せよ」
「御意」
 本来ならばボーデン卿が座られる司令席に余が腰を下ろしているのは失礼であろうと……どうした? ラードルストルバイア! おや寝ているのか? まあ疲れたのであろう、ゆっくりと休んでくれ。
 ともかく、後方援護艦隊が動いているのを実際に見て回れる折角の機会なので、有効に使おうと思い、案内を命じた。


《 しんだと かんちがいして さわいでるのが いるんだろうな 》


 艦はやや古い感じがする。
 いや、恐らく古い。以前の余であれば”こういう作り”と勘違いしたが、ロガの元に通った際に”古いびた物”という存在を知った。
 型が古いのではなく、使われていた感じが。
「艦は古めだな」
「はい。急な招集でして、最新艦が調達できぬからと帝国宰相閣下から連絡がありました。陛下の初陣には新造艦だけが投入される予定でしたが、どうしても艦が足りないということで」
「そうか、デウデシオンからな」
 苦労をかけたな、デウデシオン。
「は、はい!」
 なんか、艦長がとても驚いた表情になった。驚くといっても、恐れも感じているような……どうした? 何かしてはならない質問でもしたのか?
「どうした? 艦長」
「あの、その……パスパーダ大公閣下の名を呼び捨てる御方は初めてですので」
 パスパーダ大公閣下か……世間ではそのように呼ばれているのか。
 当然といえば当然だであろうな。
 だが”パスパーダ大公”だけは余が下賜したものではないので、どうも今ひとつ馴染まぬ。
 形にならんのだが、もやもやした物がある。
「余はパスパーダ呼ばわりするよりかならば、デウデシオンの方が慣れておるのだが、世間では帝国宰相閣下か。ところで、イズモールが率いて来たのは、全て古い艦なのか?」
「はい」
「新造艦でなくて残念であったな」
 初陣であれば、新造艦を指揮したかったであろうに。
 余は新造艦であったのだ。
「そんなことありません! 本来ならば陛下の初陣に従えぬ所でしたのに、急遽の要請と、司令官不在により本官に全裁量が任されることとなったばかりか、医療艇のみの編成ゆえに前線付近に向かえなかったことが逆に好機となり、こうして最も活躍することができました」
「そうか」
「それにこの艦は先年の会戦には従っておりましたし、来年の会戦にも従う予定です。これ程までの新造艦隊編成を見ることができただけで、感無量であります」
「?」
《天然のばーかー。お前の初陣だから、フューレンクレマウト(帝国宰相)が、全部新調したんだろ。だから通常の戦闘に投入される程度の”古い”やつが、帝国のあちらこちらに残されてんだよ》
―― はーなるほどな。あれ? 起きたのか? ラードルストルバイア
《黙れ、天然。……おい、天然。小娘艦長に聞け》
―― イズモール少佐を小娘と言うな。それで、何を聞けば良いのだ?

 変わったことを聞きたがるな。何か意味があるのだろう……な。

「イズモール艦長」
 ラードルストルバイアは直接聞けぬのであるからして仕方ないのだが、
「はい」
「医療艦は一惑星からか? それとも複数の惑星から僅かずつ集めたのか?」
 理由くらい教えてくれても良いと思うのだ。
「複数の惑星から集めつつ、前線へと向かうようにとの指示でした」

―― これで良いのか? それで、何が聞きたかったのだ?
《教えてやらねえ……じゃあな、天然》
―― ああ! ラードルストルバイア! 教えてくれ! というか、天然とは余のことなのか!
《…………》

 ラードルストルバイアが沈黙してしまった! もしかして、余が沈黙させてしまったのか!

《ていこくさいしょう こいつは まあ…… なあ》

**********


 ラードルストルバイアはデウデシオンにある”叛意”を感じ取った。
 皇帝の初陣は全てが新造艦である必要はない。むしろ全てが新造艦で編成し、先年まで投入していた艦を帝国に残して、デウデシオンが管理しているほうが危険だ。
 デウデシオンの手元には今前線に残っている帝国艦隊よりも多い数の戦艦がある。言うなれば、皇帝よりも帝国軍を所持している。
 他の王たちも危険は感じたが、これと言った確証はなく、特にロヴィニア王とエヴェドリット王はこれから”帝星に僭主を侵入させて撃つ”作戦を聞いている手前、あまり強くは言えなかった。

《てんねんの どれいに じぶんの かんたいを わけたのは それを かんがえてか》

 特に作戦の一環として、ロガに自分の持っている艦隊の一部を割いて軍編成を行い、帝星における自らの軍容を薄くしたが、ロガの艦を自らが所持している新造艦で揃える必要はなかった。
 ボーデンの艦隊のように、何度か戦場に赴いたことのある艦で編成しても良かったのだが、デウデシオンはそうしなかった。
 これには二つの目的がある。
 一つは僭主を帝星に入れやすくするため。
 もう一つは、残存艦隊を自らの指揮下に秘密裏に置くため。
 僭主を呼び込むために自らの軍容を薄くしたことは宣伝するが、地方に艦隊を残してそれを支配下においていることは”僭主をおびき出すのに不適”なので隠す。
 これにより彼は常識では考えられない、それこそ「暗黒時代を引き起こした原因の一つ」とも言われる膨大な戦力を、家臣として所持することに成功した。

《はんい を どこまで かくす ていこくさいしょう》

**********


 きびきびと説明してくれるイズモール艦長に、ついつい質問を浴びせかけてしまう。なんというか、自らの臣民との会話は楽しいな。
 そうそう会話できないからなのかも知れないが、非常に心が弾むのだ。
 歩きながら、イズモール艦長は後ろ歩きだが、ともかく歩きながらの会話が弾む。そうしていると、遠くで膝をついて叫ぶ者の姿が。
「イズモール少佐」
 あの着衣からすると、少尉か?
 少尉……だな。副官であろう。普通副官は階級が一つ丸ごと違うからな。
 普通は将官には佐官の、佐官には尉官の副官だ。副官が元帥というのは、余くらいのものだ。まあ、余の副官は参謀本部長や、作戦統合司令長など様々あるので、そのようになってしまう訳だが。
 イズモール艦長は礼をして、副官の方へと向かった。
「どうした?」
「アルカルターヴァ公爵にしてテルロバールノル王殿下が、機動装甲二体と共にこの艦に向かっており、着陸許可を”出せ”とのご命令が」
 一言一句違わずに報告するのが義務とはいえ、大変だなあ。それにしても、
「アルカルターヴァらしいな」
 カレンティンシスが来るのか……心配かけてしまったなあ。
「陛下」
「余を迎えにきたのであろう。着陸許可を出してやれ」
「はい」
「陛下」
「なんだ? 艦長」
「この艦には機動装甲を二体も着陸させる場所がありませんので、二体は艦外待機を命じてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。いや、余が命じよう。アルカルターヴァには艦長も返事し辛かろう。司令席に戻るか」
 本当はもっと色々な所を案内して貰いたかったのだが、まだ戦争中……だった! ああ、指揮を続けねばならぬというのに。
 あ! 恐らく今余がいるところは戦場とは認定されていまい。
 ボーデン卿に預けた白き漆黒の女神に戻るまでは、暫く耐えてくれ! 皆の者。
 艦橋へと戻り、ボーデン卿の座る筈であった司令官席に座り、いつの間にか回復した画面の一つに映っている見慣れた顔に声をかける。
「アルカルターヴァ」
 いつも通りの正装と不安げな表情だ。初めてだな、カレンティンシスの不安げな表情を見るのは。
『陛下』
 王者らしく表情を変えることのないカレンティンシスだが、よほど余の事を心配してくれていたらしい。
「ここでお前の到着を待っておるぞ、アルカルターヴァ」
『はい』
 余の言葉に”花の顔”といっても足りないほど美しい顔が、綻びる。まさに花が咲くかの如きだ。
 艦橋でカレンティンシスを見ていた兵士たちが、思わず溜息をつく。
 溜息が聞こえてしまったらしく、途端にカレンティンシスの眉間がひくついた! ……えっと、後で叱られないようにしてやらねばな。カレンティンシスの顔をみて、美しさに呆けて溜息は、ちょっとばかりあれの王者としての気風に触れてしまうからな。
「それと護衛についている機動装甲だが、艦外待機を命じる」
『御意』
「さて、アルカルターヴァの到着を待ってやるか」
 感謝しておるぞ、カレンティンシス。
 皇帝らしく言ってはいるが、内心では”迎えに着てくれてありがとう!”だが、そのように気持ちを直接出すわけにもいかぬからなあ。
「陛下。お飲み物などは……」
「気持ちは嬉しく思うが、余の口に入る物には、様々な決まりがあってな。飲みたく思うが、飲めんのだ」
「失礼いたしました」
 だが声をかけられたら喉が渇いた気が。
 飲めないと思うと、飲みたくなるな……だが此処は皇帝として、飲むわけにはいかない。
 ……


 エーダリロクよ。あのな、エーダリロクよ……このスーツを一人で着脱できるようにしてきたかった! トイレに! トイレに! 余の最大最強たるトラウマ、一人でトイレ!


《これはそのまましても平気な作りだぞ。気にしないでしろよ》
―― なんか、嫌だ!
《戦争中は普通にこのままだがな。トイレになんて行く暇ねえしよ》
―― いや、でも! だが! だが!
《……》
 ああ! ラードルストルバイアが”本来の”美しい顔を歪めて此方を見ている空気を脳内に感じる。
《頑張れよ。ついでにお前の膀胱を見ると、まだまだ平気だぜ》
―― え? 見る事が出来るのか?
《ああ。俺は元々、自分の臓器を自在に操れたからな》
―― そうなのか! 凄いな! ラードルストルバイア
《もう、どうでもいい……そろそろイデルデハイドラドの曾孫がくるぞ》
「陛下。アルカルターヴァ公爵殿下が到着です。ローグ公爵閣下を連れてきたいとの申し出が」
「許可してやると伝えてやれ」
「御意」
 決まり事が多い余ではあるが、こういう時は目立つな。特に迎えに来てくれたのがカレンティンシスだ。あの儀礼に厳しいテルロバールノル王家の長たる男……うーむ、本当に”男”なのであろうか? 余個人としては、王として責務を果たしているカレンティンシスを王の座にすえたままにしておくのは構わんのだがな。
 妃との間に後継者も作っており、余より余程支配者として……待て、カレンティンシスが両性具有であったら、孫は高確率で両性具有ではないか! それを知らぬカレンティンシスではあるまい。
 隠し通すつもりであろうか? 隠し通せるのであろうか?
 余は自分で言うのもおかしいが、両性具有には寛大なつもりだ。だが余の後継者が両性具有に対し寛大であるとは言い切れない。
 ”寛大であれ”と言うわけには行かず、歴史から見て寛大であってはいけない……どうしたら良いのだ。
「陛下。アルカルターヴァ公爵殿下が扉の前で陛下の号令を待つとのことです」
 おお! もう到着したのか、カレンティンシス。
 そして、勝手に入ってきても良いのだぞーカレンティンシスとローグ。
 とは言うものの、あの二人に対してそんな事を言うのは、皇帝としても憚られる。ここは儀礼に則らねばな。
「扉を開き、余の前に姿を現すことを許してやる」
 右手をゆっくりと肩の高さまで上げて、まずは”姿を現す許可を与えてやる”
「御意」
 さすが艦長! 扉が自動に開かないようにしておるのだな。半自動くらいになっているらしい扉に艦長自ら手をかけてゆっくりと開くと同時に、いつの間にか揃っていた白兵戦用の兵士たちが一斉にカレンティンシスの方に銃口を向ける。
 扉が開かれた向こうには、片膝を付き頭を余の方を見ているカレンティンシスと、平伏し額を廊下に押しつけているローグの姿が。
 扉を開いた艦長がカレンティンシスの携帯してきた武器を預かり、副官がローグから武器を取る。
 艦長も副官も冷や汗かいておるし、カレンティンシスに銃口を向けている者たちも変な汗かいておる。
 それでも余に面会する際の規則に則ってくれ、本当に感謝しておるぞ。
「武器を下げ整列してやれ。艦長、余の傍へと参れ」
 銃口を向けていた者たちは武器を下げて道をつくり、艦長は余の傍へと戻って来てカレンティンシスの武器である細工の美しい芸術品のような銃を差し出した。
 この銃を受け取り、
「立て艦長」
 艦長を立たせてから、やっとカレンティンシスを呼ぶことができる。
「アルカルターヴァ。余の足先に触れることができる距離に近付くことを許してやる」
「ありがたき幸せ」
 カレンティンシスは立ち上がり、あの緋色に皇帝以上の刺繍を施しているマントの両端を持って両腕を広げて歩き出した。
 見事だ、カレンティンシス!
 そなたを褒めたいと常々思うが、皇婿が「褒めてはいけません」と言うので褒めん。
 テルロバールノル王が礼儀作法がなっているのは当然のことで、褒めたりすることではなのだそうだ。むしろ偶に褒めると「今までなっていなかったのではないか!」と悩むので、してはいけないと。
 その上、テルロバールノル王の礼儀だけ褒めると、他王の気分が良くないので不仲になるとも言われたので褒めることができぬが、本当にお前は見事だカレンティンシス。
 弟のカルニスタミア共々、見事の一言に尽きる。
 膝を付き、頭を下げたところで余の足に触れる距離で立ち止まり、両腕をゆっくりと降ろしてマントを後方に払い手を使わず、だが音もなく膝を折り頭を下げて足先に触れる。


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