繋いだこの手はそのままに −139
全てが皇帝に集い、皇帝が敵を撃つ。それは帝国その物。
《引き金を引くのはお前のタイミングだ。好きなときに引け》
皇帝の元に集った力を、躊躇いなく撃ち出す。自らが引き金を引いた瞬間に、本能とはまた違う 《過去》 が早く指を放せと命じ、それに従い ”終えた” と理解した時には既に立っていた地点から後方に相当移動し、最初のクッション材に前から激突していた。
「なんで! 余は半転しているのだ!」
《知るか!》
最初のクッション材から抜け、驚きを感じたシュスタークは次々とビーレウストの撃ち出すクッション材に激突してゆく。
シュスターク体の軸をそのままに百八十度回転してしまい、クッション材に顔面から突っ込んでいくような形となっていた。
必死に重力を発生させているラードルストルバイアの迷惑になってはならないと、無言を貫こうとするのだが、頭の中では色々な事を考えてしまう。
―― 突っ込む! 突っ込む! 突っ込んでしまう! うわああああ!
《……》
声に出さなくても頭の中の考えを感じとることのできるラードルストルバイアとしては、正直なところ声に出してくれた方がましだった。
だがそんなことを言っている暇もないので無視し、的確な位置に撃ち出されてくるクッション材を視界に捕らえてはシュスタークの体が傷つかないように重力制御を繰り返す。
―― 凄いぞ! ラードルストルバイア! 凄いぞ!
一瞬 《ここでしんでやろうかな?》 とラードルストルバイアが考えたのは、全ての者に対して秘密だ。そう本体の主であるシュスタークに対しても。
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『キュラ! 次っ!』
ニーデスに固定されているビーレウストの機能装甲では撃てない範囲に到達する十秒前に通信機が稼働しているかどうかを確認せずに叫んだ。
動作確認をしている暇もなく撃ち続けたビーレウストの元にキュラの「言われなくても解って ”たよ”」という答えが返ってきたのは、シュスタークが無事にザウディンダルの手の内に確保されてからのこと。
その返事に対するビーレウストの答えは無かった。
ビーレウストは前線の最奥に広がる光景を前に、全てを忘れていた。キュラからの応答も興味を失ってしまったどころか、頭から抜け落ちてしまっていた。
シュスタークが背を向ける形となった 《前線》
全ての艦隊が壁を隔てた宇宙空間と同じような暗さに陥っている中で、エーダリロクのいる区画だけは特別許可を得て ”炎” による灯りの確保が許されていた。
炎は酸素消費と供給の関係許可と、失火を防ぐ専門の管理者が必要なため、他の場所では使用されていない。
技術の粋を集めて作られた戦艦の、最新鋭の機器が揃えられ、皇帝の銃を制御する室内だけが原始の方法で灯りを得ていた。
だが室内の広さに対して炎は僅かで仄暗く、普通の人間である医師のミスカネイアにとっては視界を得るのは非常に困難でもある。
それでも彼女は片手で夫の弟の心臓マッサージを行い、もう片方の手で血管に酸素を送り込む管を制御していた。
意識を手放した体と、送り込まれる大量の情報とエネルギーにキャッセルの体は拘束していたベルトをはじき飛ばして、暴れミスカネイアの頬を切り、腹を蹴る。
事態を予測して腹部や胸部にはプロテクターを装備したミスカネイアだが、それでも体のつくり自体が近衛兵であるキャッセルの与える衝撃に息が詰まり、動きが止まりそうになる。
だが”止まりそうになる”だけであり、彼女は決して動きを止めずに、停止してしまった生命活動を補佐し、取り戻すべく処置を続ける。
エーダリロクは一人、機動装甲のモニターで銀狂の光を追っていた。
だが直進していったその光は突如消え去る。
「消えた! 迷い込んだか!」
ワープの原理にもなったそのエネルギーだが、全てが解明されているわけではない。予測できない動きをとることは予測できても、それがどのようなものかは”予測できない”。
《消えたが、五秒後に出る》
エーダリロクの頭の中で響く声は、自信に満ち、そして本人の意志を無視して体を動かし、全体図の一点を指さした。エーダリロクは全機動装甲に向かい叫ぶ。
「三秒後に、ポイントはここだ!」
―― 何で解るんだよ?
《私が何度この引き金を引いたと思っている?》
笑う帝王と共に頬を引きつらせて、画面を凝視する。
《奴等も”危険”と理解はできたようだな。気付いたところで、なにか出来るかな?》
銀の細い光が持つ異常なまでの力を計り、認識することができた異星人は、指示を出し次々と無人戦闘機が体当たりして直進速度を緩めようとするも、全てが無駄になる。
速度が緩むことなどなく、その威力が減ることもない。
無駄に破壊される兵器、その残骸が辺りに散るだけのこと。
「戦争は俺達、人類と”人類が作成した兵器”の得意科目で存在意義だ。これで負けたら、人類や俺達は存在する価値もねえ! さあ、貫けえ!」
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―― 異種族に遭遇しました! 歴史上初めてのことです
―― 向こうは対話を求めております。友好的な種族のようで
誰が対話などするものか! 種の違う者同士が相容れることはない。そう人間は自らが作った生物そら相容れなかった! だから僕たちは! そして帝国は! そのために…………殲滅戦を開始する! 全面戦争だ! 講和などありえない!
―― ビシュミエラ陛下
―― 僕は間違ってはいないよ。間違っているとしたら帝国の建国理念だ。でもね……シャロセルテは帝国を再建したがって、再建に命をかけ、そして死んでいったんだ……僕は帝国を続けるよ。建国理念を掲げて僕は戦うよ。君の代になったら好きにしなよ、ルーゼンレホーダ
―― 陛下……
―― 言っておくけど、僕が死んですぐに戦いを止めないと、もう止められないよ。君は止めようと考えているのなら、即位してすぐに止めるべきだ
戦争は続けるよ、ビシュミエラ。帝国再建に命を捧げた君を否定するつもりはない。なにより私はシャロセルテだ。帝国を帝国として維持するために、戦い続けるよ。帝国建国理念のもとに
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ザロナティオンの言葉通り”戻って来た”銀の光は、その後も直進し闇に吸い込まれるようにして、フィールドが設置されているポイントで消えた。
音はなく震動も感じられなかった。
ただ吸い込まれ、そして消え去ったとしか映らない。
《ついに破れたか。私の光よ》
「人類が戦いの末に生み出した”俺達”その俺達が殺し合いの果てに生み出した兵器が”対話による平和主義で発展してきた生物”が急ごしらえで作った兵器如きに負けるかよ!」
帝王を否定し、エーダリロクは叫ぶ。
敵は人類以外と戦ったことがなかった。
ゆえに、人類よりも科学力で勝っていても、兵器を生み出す能力が極端に低かった。
正確な理論も解らずに、完全にその力を制御できぬのに、恐れずに愚かにも兵器に転用するのは、人類だけであると《のちに彼は語った》という。
「百年にも満たない戦争経験が生み出した兵器如きが、有史以前より! 生物として誕生した時から戦い続けてきた俺達に勝てるか!」
胸を切り開かれた男が暴れ、その血を振りまいている仄暗く血腥い空間で、銀の髪が揺れると同時に暗闇に銀の華が咲いた。
華は瞬く間に散り、その無数の花弁が走り出す。
不可視であったフィールドが徐々に色を帯びて可視となってゆく。放射線状に近い形でゆっくりと広がるエネルギー。
花弁にも見えた光は走り、すべて直角で方向を変える。華が咲いた部分を中心とするなら、それは外側へ広がっていったと表現してもいいだろう。
大昔の電子回路のように通路を光が走る。外側へと広がるにつれて ”ザロナティオン” が到達した中心の輝きは増し、何も無かった空間に朱の壁が広がる。
朱の壁を光は走り続け、ついに壁が破壊された。そのとき壁を象った光の形が、二対の翼にも見えた。
―― なんか、背後がすごく光ってるような気がする。振り返ってもいいか? ラードルストルバイア
《そんな余裕はねえ! 天然ばか》
その二翼はシュスタークの背中に生えているかのように見えた。
シュスタークの背を飾り立てた翼は、何度かの羽ばたき、朱の壁は消えた。
”砕け散る” それ以外表現のしようがない形で、フィールドは叩き壊され、何もない何時もの宇宙空間が彼等の眼前に広がる。
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結果としてそれは無害であった。
無害と解明されたのは帰還後、本格的に研究された結果であり、その時タバイがとった行動は正しい。
ザロナティオンにより銀の華が咲き、朱の壁が光りの翼により破壊された時、タバイは前方からやってくる光の存在を、異形の持つ力で感じ取った。
その光がどのようなものであるのか、タバイには解らなかったが、自らの表皮を通過しない自信はあった。
会議室を飛び出し、未だ明かりの戻らぬ艦橋にいるロガとボーデンを包み込む。
暗闇の中で、音もなく行われた行為なのでロガは気付かなかったが、ボーデンと視線があった。
”吼えたり、唸ったりしないでいただきたい”そう願ったタバイの思いが通じたのか、もともとタバイの真の姿を見抜いていたのか、面倒であったのかは解らないが、ボーデンはタバイと視線を合わせるだけで、吼えはしなかった。
壁を彩った朱よりも赤みの強い光が全てをすり抜けてゆく。
タウトライバは振り返り頷き、
「照明よりも、今の光がの詳細を。下手に照明を戻すな!」
状況が解るまで暗がりにしておくことを命じた。
「閣下、通信が」
「なんだ?」
「陛下はご無事とのことです」
「そうか」
タバイの内側にいることを知らないロガは、その声を聞いて胸に手を当てて微笑む。
シュスタークの無事を伝える一報後、カレンティンシスより”先程の光線は、簡易検査だが人体に害はない”との通達が届き、やっと照明が戻った。
「シダ公爵! 陛下は?」
再び会議室へと戻ったタバイの方を少し眺め、ボーデンは再び頭を降ろした。
「陛下はもう一度、撃たれるそうです」
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