繋いだこの手はそのままに −140
 のちに”皇帝がはばたく”と記されるようになった敵フィールド破壊。もたらした皇帝は、
「なんか、遅くなってきたような気がするな」
《遅くなってんだよ!》
 中にいる別人格のフォローの元、クッション材に突っ込んでいた。
「ああー今はどこ……」
《くるぞ!》
「え?」
 宇宙を単身で転がるのにも慣れはじめた頃、突然掛けられた声に驚いたところで視界が閉ざされた。
「こ、これは?」
『陛下! お怪我はありませんか?』
 周囲を見回しながら、聞き覚えのある声の主に返事をする。
「おお。ザウディンダルか。余に怪我はないぞ」
 いつも通りの口調にシュスタークを”手”で確保したザウディンダルは安堵し、急いで皇帝の身柄確保と無事を全軍に通達した。
『ご無事でなによりです。そして、敵フィールド完全に破壊された模様です』
「なんと!」
 ザウディンダルはシュスタークを包み込んでいる掌に少しの隙間をつくり、前方の状況を見せる。
『先程まで、破壊の閃光がこの暗い空間を支配しておりました』
「おお! あの明るさは、それだったのか!」

《ふつうにかんがえたら それいがい ねーよなあ》

 ラードルストルバイアは天然の天然加減に、いい加減疲れてきていたが、それを言っても仕方ないので黙っていた。
 ザウディンダルは収容ポットを開放し、シュスタークを乗せている掌を入り口部分まで移動させる。
『あまり良い環境ではありませんが、移動をお願いします』
 ポットの縁に手をかけて、移動し”縦”に収まると、入り口が閉められモニターが三つほど映し出された。
「いやいや、十分だ」
 シュスタークは映し出される戦場の映像を眺めていた。その時のシュスタークは何も考えてはいなかった。
『陛下』
「なんだ? ザウディンダル」
『エーダリロク……いや、セゼナード公爵より、そのまま伝えさせていただきますが”もう一度撃つか”との通信が』
 皇帝に対しての言動としては乱暴過ぎるが、そのまま伝えろと言われたザウディンダルは「なんらかの意味があるのだろう」と疑問をおしこめ、不敬から目を逸らして尋ねる。
 シュスターク自身としては撃って出るのは簡単だった。
 恐怖はあれど、それらを上回る家臣に対する信頼がある。だが自らを援護してくれる家臣たちはどうであろうか? を考えると、果たしてもう一度撃って良い物か? と悩んでしまう。
 前方で繰り広げられる閃光と爆破、一糸乱れぬ艦隊の動き。それら全て「皇帝の決断」を待っている。

―― 聞くのは卑怯だが、撃った方がいいか? ラードルストルバイア
 本来ならばシュスタークは皇帝として一人で決断を下さねばならぬのだが、頼ってしまった。
《答えてやらねえ。でも、お前が撃った理由はなんだ? それを考えたら答えは自ずから出せるはずだ》
 誰もが恐れる存在の答えにシュスタークは今自分がこの場にいる理由を考える。

 その間にもザウディンダルの機体は前線へと移動していた。皇帝が指揮を執っている、その限界線を保ちながらの緩やかな移動。
 銀狂の銃を撃った興奮から覚めつつあるシュスタークは、自らが「自爆を阻止するため」に撃って出たことを思い出した。
 エーダリロクが「もう一度撃つか」と尋ねた理由。
―― まだ自爆に転用するだけのエネルギーは残っているということか
《だろうな》
 敵のフィールドを張っていた巨大空母のほとんどは、先程の爆破に巻き込まれ破壊された。だが戦場には巨大空母は残っている。
 これらが再びフィールドを張らないと言い切れない。小規模であっても、フィールドを張った場合どうなるか?
 再度帝国側が劣勢に陥る。
―― 余が指揮を執らねばならぬ時間は、まだまだあるな
《あるぞ》
 崩壊間際まで指揮をし、後をタウトライバに任せたとしたら、彼は再び自爆に転じる。
 彼が自爆するのは、皇帝の初親征の軍が壊滅的打撃を受けた痕そのままで戻るわけにはいかないということも理由の一つ。軍事国家の頂点に立つ皇帝が「戦争」をし、無様な姿をさらして帰還するわけにはいかない。
 シュスタークが十代前半であれば、壊滅的な打撃を受けていようが「初親征」として世間に容認されたであろう。
 だが二十代半ばの指揮官として責任を負える年齢になっている以上、求められるものは十代前半とは違う。責任を負うことの出来る皇帝は未知の敵対する生物に対し、勝利はできずとも「敗北してはならない」のだ。
 この敗北を誰かが肩代わりできるのであれば、タウトライバは喜んで負うであろうが「第三十七代皇帝初の国家防衛戦役」は、誰も負うことはできない。勝利も敗北も、栄誉も全て「皇帝シュスターク」が一人で背負い立つもの。
 よってシュスタークは自らの敗北を気にせずとも、タウトライバは「帝国全軍と敵の損害を比較した場合敗北である」と誰の目にも明かである場合、行動に移さなくてはならない。

 自爆に転じるエネルギーが残っている 

 シュスタークは全軍帝国軍の自爆を阻止するために撃った。一度では足りないのならば、もう一度撃つしか道は残されていない。
「ザ……」
《待て》
 ザウディンダルに「撃つから調整を」そう伝えて貰おうとした所で、声が消された。
―― なんだ?
《言っておくが、二度目は一度目なんか比べものにならないほどに危険だぞ。敵は知的生命体だ、一度やられりゃあ理解できる。もう一度お前が撃つためにザロナティオンの銃の前に立ったら、あいつらは全ての軍をお前に向けてくるぞ》
―― みなに苦労をかけるな。

「ザウディンダル、エーダリロクに伝えてくれ。もう一度撃つから、調整を急げと」

 再び皇帝が撃って出ることを聞かされ、ラティランクレンラセオは笑い、タバイ=タバシュは再び臨戦態勢となり、タウトライバは内心の動揺を隠して指揮を執り、ロガは再び背筋を伸ばして機能を取り戻した画面をみつめる。
 エーダリロクは一度内部に銀狂の銃を戻し、再調整を開始する。
「部品に破損はないな。これならもう二回は撃てるだろうよ。まあ、エネルギーの関係上、撃てるのは次の一回で終わりだろうな」
《無茶をする子供だ》
―― 若き日のあんたみたいだろ?
《たしかに。確かにあれはヒドリクの末であり……私だな》
 万全を期す為にエネルギー発生用の鉱石を取り替え、シュスタークが戻って来るまで銃を内部に留めておくことにした。
 敵もあの銃が、強大な力を持つことを知ったため、ダーク=ダーマにより一層の攻撃をしかけてくる。
「俺は攻撃できねえから、守備を……ん?」
 モニターで敵味方の動きを確認していたところ、想像していない兵器が四つ突如現れた。
 敵ではなく、味方側に。
「なんで? カルニスの機動装甲が動き出すんだ? それも四つ同時に!」

**********


 機体の再固定を急がせていたビーレウストは、突如現れた「覚えのある四つの機体」に、
「なんだ、ありゃ……いや、動かしてるのはカルだよな……」
 戦場においてあるまじきことだが、呆けてしまった。
 ビーレウストだけではなく、ザセリアバも動きを止め、共に機動装甲で戦っていたシセレード公爵に同じように問いただす。
『どういうことだ? 自動操縦? にしちゃあ、良い動きだぞシセレード』
『カルニスタミア本来の動きには程遠いが、四つが上手く稼働しているな、王よ』
 指揮官のほぼ全員が呆けていると、
「なにをしておるのじゃ。とっとと動いて働け」
 全員を驚かせた張本人が話しかけて来た。
『驚くに決まってるだろうが!』
 機体再固定と、クッション材の追加などで全く動けない状態のビーレウストは叫ぶが、叫ばれた方は何時もと変わらない。
「教える時間がなかっただけじゃよ。テルロバールノル王に特注して、大至急作ってもらった遠隔操作機器じゃ」
 画面を繋げたるといまだ皮膚が覆い被さっていない頭部に「まさに試作品」といった、内部機器が剥き出しになっている遠隔操作用機器を被り指さして、カルニスタミアは現れた。
『すげえ』
 口調からは、こんな姿になっているとは誰も想像できないような状態。
「脳や神経、脊椎が剥き出しになっているのが幸いして、直繋ぎができるので、すぐにできた」
 よくみると耳の後ろや首、背中に頭頂部などに、太いケーブルが突き刺さり、軍用の設備応急処置用のテープでとめられていた。
『へえ……お前のお兄様、顔の割に作る装置は大胆で大雑把だな』
 エーダリロクは試作品であろうとも、ここまで「試作品」といった状態でだすことはない。
 そこがエーダリロクとカレンティンシスの才能の差だが、装着しているカルニスタミアの才能で、それは覆い隠されてしまっている。 
「一般用でなければ、他の王族用でなければ、テルロバールノル王家だけであればこれでよい。陛下の偉業を補佐できるのじゃからな」
 アロドリアスに機動装甲を出撃体勢まで用意させて、リュゼクとともに指揮をとりながら、タイミングを見て出撃させ、陽動と牽制を行う。
『ところで、それは何機まで同時に動かせるんだ?』
 まさにテルロバールノル王家が誇る、軍人として完璧な王弟殿下であり、噂以上の才能の持ち主であることを知らしめるカルニスタミア。
「秘密じゃ。そうそう、陛下の援護見事じゃったよ、ビーレウスト。次も期待しておるぞ」
 言ってカルニスタミアは通信を切った。
 この場でこの状況で”まだ”隠すということは、それなりの理由があり、ビーレウストにもすぐに思い当る。

―― なるほど。ラティランクレンラセオに対する牽制が最大の理由か。たしかカルの残機は二十機。それら全てを同時に動かせるとしたら……それにしても、最も信頼できない野郎が、この場で最も強くて、頼らなけりゃならないってのが辛え。オーランドリス伯爵が出られないのは、本当に痛ぇ……あの人は裏切らねえからやりやすいが……

『イデスア公爵殿下。再準備、終わりました』
「よし、もう一度戻れ。次は……あると思って待機してろよ」
『御意』

 ビーレウストはクッション材を撃ち出す為の銃ではなく、敵と応戦するための銃に手をかけて、その照準をラティランクレンラセオに合わせた。

―― この位置から狙撃したところで、あの野郎なら余裕でかわせるだろうが……照準が合わせられている事を知って……っても無理か

**********


「銃の整備はこれで完了。あとは陛下がお戻りになるのを待って、それと……」
 エーダリロクは腕をやや下の方で組み「エネルギー制御用機器」であるキャッセルへと視線を向けた。一度目はミスカネイアの努力でなんとか命を取り留めたのだが、二度目となると機能が全停止する覚悟を決めた方が良い状態。
 点滴している腕を工業用のテープで固定しつつ、剥き出しになっている心臓の状態を確認しているミスカネイアの傍へと近寄り、
「二度目は無理だと思うぜ」
 エーダリロクはこの状況から導き出せる、指揮官として当然の判断を告げた。
 意識を取り戻しているキャッセルも、
「私もそう思うよ。二度目のエネルギー調整までは持たせるつもりはあるけれどね。ありがたいけど、義理姉さん。あまり無理しないでください。貴女にになにかあると、兄さんが悲しみます……おそらく」
 何度も破壊した自らの体の限界点は、キャッセル自身良く知っていた。
 ミスカネイアはテープでの固定を終えると立ち上がり、エーダリロクの前に立って頬を打った。
「……え?」
 全く痛くはないのだが、思わず頬を手でおさえて、驚きのあまりに眼球を小刻みに動かす。そんなエーダリロクを無視して、
「治ったら、あなたも叩きますからねキャッセル。覚悟していなさい」
「ミスカネイアさん?」
「いままで貴方が体をこわした時、そばに私がいたことがあって? なかったでしょう? 私が貴方の傍にいる、それは絶対に助かるということよ。解った? ”キャッセル”」
 ミスカネイアはそう言いながら、治療用の手袋をはずし新しいものに取り替え、今度はエーダリロクを容赦なく睨み付ける。
「私を無視して、失礼にもほどがありますわ。殿下はキーサミーナ銃の調整をなさってください。余計な事に口出しは無用!」
 そして背を向けて、治療へと戻った。
《さすが異形の妃、胆力が並ではない。王子の頬を打つとは。まあ、確かに今のは私とエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルお前が悪かったな》
 ザロナティオンはそういって笑った。
―― あんたは笑うだけでいいけどさ……
「ロッティス」
「なんでしょうか? セゼナード公爵殿下」
「あのな、今のこと……」
「メーバリベユ侯爵に伝えられたら困るのですか? それは、失言と認められたも同然ですけれども」
「認めるから、伝えないでくれ」
 それだけ言って、肩を落として銃の元へと戻った。
「殿下、非礼を受け入れてくださったことに感謝いたします」
 キャッセルの一通りの処置を終えたところで、ミスカネイアは土下座した。
「いいや。構わんよ」
 ”感謝というか度量で言ったら、完全に俺の負け”と思いながら画面を見ながら、エーダリロクは戦況を追った。
―― 笑うなよ……反省してるんだから
《よい女ではないか。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルお前の妃、異形の妃、ヒドリクの末の妃、どれも逸材揃いだ》


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