繋いだこの手はそのままに −138
 その時だけ男は立っている
 明るめの藍色の空には狙い撃つ標的

 全てが終わった後
 男は崩れ落ちている
 壊れた銃と共に

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 シュスタークを確保する作戦の、最も重要なポジションにいるビーレウストの元にカルニスタミアから連絡が入った。
「なんだよ、カル」
 ビーレウストの前に映し出されたカルニスタミアは、右肩から体前面全てが軍旗で覆われていた。
『儂は貴様のことは信用してはおらんからな』
 もう攻撃態勢に入り、王であるカレンティンシスが所定の位置で待機しているのかと理解したビーレウストはその時を待つ。
「当然だろう。見惚れて撃ちそびれたら、生き延びてしっかりと処刑してもらうぜ」
 ”見惚れる” とはシュスタークが銃を撃つ瞬間。
『エーダリロクは全幅の信用を置く事が出来るが、お前はリハーサルも過去の情報もなく本番じゃからな』
 ”銀狂の銃” は ”撃つ瞬間” が映像として収められたことは一度もなく、今回も収められることはない。
 ”狙撃前” の映像は残っているが、エネルギーが集められると同時にそれらの映像機器は停止し破壊してしまうために、撃ち出す瞬間は一切残っておらず、射撃後も時間がかなり経った映像しか残されていない。
 ”銀狂帝王” が銃を撃つ瞬間を見ることが出来るのは生物だけであり、記録は映像ではなく全て文字と、見た者が記憶を頼りに描いた絵だけ。
「この距離だと、撃つ姿がしっかりと見ることができる。今から楽しみだ」
 ビーレウストは銃を撃つことが好きだが、銃が敵を貫いている姿を見るのも好む。
『見惚れて撃ちそびれるなよ。アシュレートが悔しがるであろうなあ、あれはザロナティオンの戦いの全て分析するのが好きな男だ。銀狂の記録されている戦闘時の動きは全て目を通したが ”銀狂の銃” が発射される瞬間だけは記録がないと嘆いていたな』
「俺が帰ったら、撃って見せてやるよ。俺もザロナティオンが銃を抱きかかえている姿を観た時は震えた。あの映像は何度も観てる」

**********


 白銃は今、天を向いていた
 宇宙を撃つように垂直に立っている銃は、抱かれていた。持っているのではない、抱かれているのだ
 青と白の服、そして白銀の髪
 後に帝王と呼ばれる男は膝をつき、銃を垂直にして抱き締める
 右腕は銃身に添うように、左腕は銃把を包み込むように
 目を閉じ、表情はなく、何もかもが静止しているかのようなその場
 だがよく見ると、白い銃を抱き締めている白銀の男は、何かを呟いているのだ。音なく唇を動かし続ける
 ”無言の歌” を歌い終え、口を閉じた男はゆっくりと目を開く
 男の瞳は昏く深く、そして澄み渡っていた

 この青空のように

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『お前が撃つためには、許可を与えてくださった陛下の無事が必要じゃ』
 カルニスタミアも話ながら、過去に観た撃つ直前の映像を思い出す。
 そしてその姿が 《今でも観ることができること》 を知っている。画面越しのビーレウストが知らないことに少々驚いたが、考えてみればビーレウストの親友はエーダリロクであって、銀狂ザロナティオンではない。
 そこに皇帝であった男など必要は無いのであろうし、知られたくないのだろうと理解して口を噤む。
「ああ。任せておけよ。まあカル、お前は俺に任せるしかねえんだけどな。でもよ、これでも俺は陛下の影武者やる関係で、陛下の体の ”動き” や ”動かし方” を結構観察してるから、モーションは想像できる。一秒以上二秒以内の先は読める」
『期待などしてはやらぬが、責務は果たせ』
「その喋り方、とってもお前のお兄様にそっくりだぜ、カル。テルロバールノル王そのものだ」
『言ってろ』
 カルニスタミアは通信を切り、右肩から体を覆っているテルロバールノル王国軍旗にそっと触れ画面を見つめる。
 カルニスタミアが見つめる先はシュスタークではなく、四王の一人ラティランクレンラセオ。

 ”妙な動きを取らねば良いが……取られた所で打つ手は無きに等しいのが現状じゃが”

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 それは確かに人の形をしており、確かに人ではあるが 《本当に皇帝であるのかどうか?》 は、宇宙に出る為の専用服で全てが隠れてしまい解らない。

 ”ラティランクレンラセオ王。皇帝陛下が 《御出陣》 なさるそうです”
 「そうか」
 愚かな皇帝と言わずして何と言おうか。
 だが確かに皇帝であることを人々に知らしめる。


 ここに存在する全ての者を犠牲にして初めて、あの宇宙に立った者が 《皇帝》 であることを人々は認めるのだ。



「テルロバールノル王、準備が整いました」

 カレンティンシスは自らの国旗を床に敷かせた。四辺の緋色地に角の部分が紫色の三角形に塗られており、中心はオリーブの枝が白抜きで描かれている。
 その中心部分に跪き、カレンティンシスは自らの手で持ち運んだ帝国の国章を、自らの額を置く場所に丁寧に置きシュスタークの出陣と共に、国章へと額を乗せる。

 時をほぼ同じくして、

「ロヴィニア王。陛下が」
「解った」
 カレンティンシスと同じようにランクレイマセルシュも自国の国旗を敷き、帝国の国章に額を乗せる。
 テルロバールノル側と違うところは、ロヴィニア国軍総司令官の座る椅子に、ロヴィニア王国軍の軍旗が突き刺さっている事。
 旗艦ではなく機動装甲に搭乗している二人の王、その一人ザセリアバは銀狂の銃と共に現れたシュスタークを観て動きを止める。
「宇宙にただ一人立つか。……かつて熱狂して連呼したように、我も叫ぼう。皇帝! 皇帝! 我等が皇帝!」
 狂ったように叫びだしたザセリアバと同じく機動装甲で出撃しているシセレード公爵も、
「皇帝! 皇帝! 我等が皇帝!」
 声を上げ、それがエヴェドリット軍全体に伝播してゆく。

 その頃ロガは無意識のうちに手を合わせて指を折っていた。左右の甲に食い込む自分の指の痛みにも気付かずに、そのまま頭を下げて目を閉じて。
 だがそれではいけないと覚悟を決めて、柔らかい金色の髪よりも濃いめの睫に飾られている瞼を開き、透き通る様なそして甘やかな琥珀色の瞳を画面のシュスタークへと向けた。
 白い銃と共に闇夜に立つシュスターク。
 その姿を見ているだけで恐ろしくなり、ロガはまた頭を下げて観ることを拒否したくなってしまう。

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「全ての電子制御が無効、使えなくなるんだよ。この銃の引き金を引けるのは皇帝陛下のみ。勿論ただの皇帝じゃあ引けない選ばれた皇帝のみが撃つことが可能なんだ。そしてシュスターク陛下はこの銃を引く能力をお持ちなのさ。凄いだろ」
 キュラティンセオイランサが色々と説明してくれていたようだ。
「は、はい!」
「陛下は本当に凄いお方なんだよ」
「ああ、だがロガよ。余が引き金を引けるということは、カルニスタミアは間違いなく引けるぞ。法律上、皇帝以外撃ってはいけないだけであってな」

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「エネルギーの調整は任せたぞ」
 血腥さに覆われた部屋でエーダリロクはシュスタークをモニターから見守りながら、目の部分をゴーグルで覆われたキャッセルに声をかけた。
「脳が適当に判断してやってくれるだろうから、ね」
 キャッセルの脳は様々な機器と繋ぎやすく、また機能を代行する能力は高いがその代償も大きい。
 一度別の機能代行能力を作動させてしまうと、生命機能維持能力が停止し、それらは外部からの補助で補わなくてはならない。
 通常では 《そう》 なのだが、今回のエネルギー制御は補助機器は一切使えず、機能停止から全てミスカネイアが人力で行う。
 かつては人工呼吸や心臓マッサージなどは普及していたが、携帯可能で無料配布されている機器で全てが行える現在、それらの技能を持っている人は極端に少なく、医師でも出来る人は少ないくらいであった。そしてミスカネイアは数少ない ”一人” でもあった。
 だがミスカネイアは普通の人間なので、キャッセルに心臓マッサージを行うのは胸部を切り開かねばならなかった。
 切り開くミスカネイアは躊躇わず、切り開かれるキャッセルも怯えはなかった。特にキャッセルは銀狂の銃と、エネルギー集積機の間を取り持つために額の一部分を切り開かれ、様々な針に似たものを脳に突き刺されてもいた。
 子供と楽しむ化学実験のような単純な機具で酸素を作り、手袋をはめた手を心臓の上に置きながらその瞬間を待つ。
 

**********


 皇帝以外に許されていない銃に被さるように触れ、そして引き金へと手を伸ばす。
 その姿を見て ”ケシュマリスタ王” は機動装甲ごと頭を下げ、
『ご武運を』
 何時もと変わらぬ美しい声で、本心とは真逆の言葉を全軍に向けた。


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