繋いだこの手はそのままに −137
 エーダリロクは 《奴隷》 を正妃にするのは反対だった。ディブレシアがシュスタークを意のままに動かしているのと同じように、エーダリロクの中にもそれは存在した。
「余が ”暴れた” のを境に、お前の態度は激変したな」
 皇帝のお気に入りが 《奴隷》 であってはならないというのは、シュスターク本人としても思っていた事なので、それに関してエーダリロクに話しかけることはしなかった。
 だが貴族にロガを蹴飛ばされ ”ラードルストルバイア” が前面に出た後、エーダリロクの奴隷管理区画でのロガに対する態度は激変した。
 だが態度を不審とは考えなかった。エーダリロク個人の見解が ”反対” であっても、兄王であるランクレイマセルシュから ”従うよう命じられた” シュスタークはそのように考えた。

「はい。あの事件の七割くらいは俺が仕組んだもの」

 真実は全く違うとしてもエーダリロクが協力してくれているのは 《事実》
「仕組んだ?」
「あの貴族は奴隷区画に下りては暴行を繰り返す輩でした。あの男を操り陛下が滞在中の奴隷区画に降ろして行動を起こさせるように、兄王に仕組ませたのです」
「余はお前の思い通りに動いたのだな? エーダリロク」
「はい、思い通りではありましたが、別の意味では思い通りではありませんでした。陛下はロガの危機に ”ラードルストルバイア” を目覚めさせると思いました。ですが俺と陛下が同一の人間の場合 ”目覚めさせない” とも考えていました。俺はロガという奴隷があの場面で殴られても、帝王は現れない。それは当然のとこですが、俺自身に陛下と俺が別の人格を持っていることを、はっきりと教えてくれました」
「……」

《馬鹿だ、本当に馬鹿だ。だがお前は今自分が ”誰” なのか解り始めている。だから止めない》

 シュスタークは話を聞きながら、先ほど自分からラードルストルバイアが離れたのと同じ感覚に再び襲われていた。
「俺と陛下は別人で、別の道を歩んでいるのだと実感したのです。別人なのは当たり前のことですが、俺の中にはどこかに陛下と俺は同じ考え方で、同じ物を好むように考えていました。その中にいる男と《私》と俺はやはり別人なのだと。それを教えてくれたのが奴隷……いいえ、”皇后” でした。”皇后” の存在がなければ、帝国の未来を考えてという ”大儀” を掲げて、俺は最終的に陛下を傀儡にしてしまったことでしょう。だがそれは出過ぎたことであり、陛下には陛下のご意志がある」

 目の前で語る自分の従兄弟であり、自分と同じ存在の男が語る言葉は、シュスタークの言葉でもあった。
 向かい合う 《容姿》 は違うが全く同じ自分。その中にいる、同じと言われるが違い、だが存在する者達。
「お前をそこまで心配させたのは余の責任であり、余とお前の特殊な関係のせいであろう。お前がどのような未来を思い描いていたのかは解らんし、聞くこともないが、それはそれで良い未来になったであろうと余は思う。……エーダリロク」
 複雑に絡み合い、互いの存在の孤独さから目を背けさせていた共同体のような意志、そして存在。それはら徐々に離れてゆく。乖離ではなく、離れ見守ってくれる位置に立つ。、
「はい」
「余とお前が別人だとはっきりと言ってくれ感謝する。余の中にも ”余とエーダリロクは同じ人間” であるという認識は確かに存在していた。今この瞬間まで確かに存在していた」
「陛下」
「余は脆弱であり、皇帝としては些か……」

 シュスタークが言い終える前にタウトライバから ”后殿下が戻られました” という報告が届き、会話は途切れてしまった。
「行きますか?」
 エーダリロクは会話の再開があるかと見つめたが、シュスタークは首を振り 《キーサミーナ銃》 が設置されている部屋へと向かう事にした。
「そうしよう」
 二人は廊下に出て並んで歩き始めた。
「陛下。俺はカルニスタミアと違って后殿下を好きになることはありませんが、貴方が戻ってこなければ、俺が后殿下を身籠もらせて皇太后に仕立て上げ支配します。ヤシャルに皇位をくれてやるわけには行きませんので」
「約四十年後にロガは皇太后となるであろうが……后殿下のまま自由にはしてやれないか?」
「無理です。陛下が后殿下だけを傍におき、ここに俺という ”帝王” がいる。権力を手中に収めたものは優しくはない」
「そうだな……そうであったな。エーダリロク、余は必ず帰ってこようと思う」
「帰ってきて貰わなければ困ります」

− 盤上で 《女王の駒》 と共に並ぶ 《王の駒》 に過ぎぬ。動かしているのは死者皇帝 −

 無数の星々のような輝きを持つ、かつての白銀の帝王よ

「エーダリロク、銃は……銀狂の銃は撃つだけならば誰でも撃つ事ができる。そう、お前やカルニスタミア、ビーレウストも撃つ事ができよう」

『テルロバールノル王。儂が注文した品は出来たか?』
『出来上がっておる。この装置を装備することにより、カルニスタミアお前の能力で ”動かす” ことは可能だ。だが、実際の戦闘で成果を上げられるとは言えぬぞ』
『構わん。成果を上げる目的ではなく、威嚇や敵の虚を突くためのものじゃ。アロドリアス、配置は任せたぞ。そしてテルロバールノル王、イジューシャの配置場所移動はどうなっておる』

[イジューシャ:戦闘が行われている空間の最後尾に配置される、自立自動制御で移動する対質量物質防御壁。戦場において発生した巨大な残骸が、帝国内部に入り込まないように機体側面で受け止める(破損することもあり)]

『通常の倍の距離を取った事により、自動制御で本来の仕事をこなしておる。現在は貴様の指示通りの配置場所についておる。そうじゃ、カルニスタミア。ウィルビース03ラインに敵の攻撃がこないようにしておけ。そのラインを使って手動で要治療者をイジューシャの背後に移動させた医療艇へと運ばせておるのでな』
『ウィルビース03ラインではなく、509ラインにを使え。陛下が後方に陣取ることを考えて、前線を一気に下げる可能性もある。その場合、03ラインは剥き出しになる』
『どこまで下げるつもりじゃ?』
『万が一のことを考えて、イジューシャの背後にある医療艇にあっても ”指揮を執られている” 形になるように。この戦いは勝つ為のものではない、陛下の為のものじゃ。陛下が皇帝として、軍事国家の頂点に立たれるために用意されたものじゃ。それを優先せねばならぬの』
『その通りじゃが、陛下がもしも ”その位置” にあるとした場合、前線を下げると崩壊してしまうのではないのか?』
『それに関しては心配する必要は無い、テルロバールノル王よ。儂が戦線を維持したまま、最高速度で下げてやる。無論攻撃にも転じられる』
『ふむ……期待しておるぞ、カルニスタミア』
『王のご命令に沿えるよう、最大限の努力をし、結果をお見せいたしましょう』
『よろしい。プネモス! 儂用の高速移動艇を用意しておけ。陛下に何かがあってはならぬが、もしもの場合、直ぐに駆けつけられるようにな』
『御意』

『ライハ公爵殿下、配置完了いたしました』
『そうか、アロドリアス。では戻って来い。リュゼク、報告書は読んだな』
『読みました。ライハ公爵殿下のご指示のもと、最高速度で後退する用意も調えております。もちろん前線を後部にするほどの早さで出る用意も』
『リュゼク。解っているだろうが、死ぬなどということは許されんからな。前線の崩壊など許されんことじゃ。解っておろうな』
『御意、ライハ公爵殿下』

 宇宙の色の如き黒髪を持つ皇帝よ

「撃った後に回収などされなくても、使い捨てであっても余は納得出来る。そのくらいの我が儘を言って ”出ている” ことは理解している」

『シダ公爵閣下。イデスア公爵殿下、レビュラ公爵閣下、ガルディゼロ侯爵閣下の三名が、指定ポイントに向かう為の出撃許可の申請を』

「だが余は戻らねばならぬ。皆は余を帰還させなくてはならない」

『イデスア公爵殿下、ニーデス(ビーレウスト専用の機動装甲狙撃銃設置移動機体)の配置ポイントは此処で宜しいのでしょうか?』
『そこでいい。あとはシルヴィアを確りと ”溶接” で固定しろよ。何時もみたいに重力制御で腹ばいになってられねぇんだからよ』
『全力を尽くさせていただきますが、最大出力で動くと固定は外れてしまいますので』
『そのくらいで外れてくれなけりゃ、俺が狙い撃ちされて死ぬ。そうだ今回使うクッション材用の銃の隣に、何時もの狙撃銃を設置しておけ。直ぐに援護に回れるようにしておきたい』
『畏まりました』
『ニーデス自体に人員は必要無い。敵の制御を受けないように、設置が終わったら移動に使う部分は全て破壊してお前達は戻れ』

「それは余が……ラードルストルバイアよ 《多くの犠牲の上に立ち、全ての者を従えて、お前は征く。それは ”誰” だ? もう解っているんだろう?》 答えは ”皇帝” だ。余は皇帝であるから征く。皇帝であるために征く」

『ザウディンダル、ポイントについた?』
『ちゃんとついたぞ、キュラ』
『ビーレウストはまだ色々やってるみたいだね。まあ責任重大だもんね、一番手なんてさ』
『正直俺だったら、拒否する』
『僕だって断固拒否するけどさ。でも今の僕や君みたいな考えの奴に、重要な仕事は回ってこないよ。出来ると確り言い切れて、それが出来るっていう実績があって、躊躇いなく引き受けられる奴にしかね。やっぱりビーレウストは王子だなあって思うし、同じようにカルニスタミアも王子だと思うね』
『そうだな』
『あのさあ、ザウディンダル』
『なんだよ、キュラ』
『僕のことを信用しないんだよ』
『どういう意味だ?』
『君は自分が二番手だと思って行動しろって事さ。僕なんかを信用するなってこと』
『……頼りにしているから』
『君のそういう所、僕は嫌いだけど長所だってことは認めるよ』


「全てに犠牲を求めて、全てを犠牲にすることを厭わずに、全ては皇帝のためであり、全ては皇帝の責任となる」

《そうだ、皇帝。お前は皇帝になったんだ》

「エーダリロクが同じである。その事実を知って以来、皇帝は余一人ではないという思いもあった。だがそれは違うのだな。余は一人きりであり、一人だけの皇帝だ。それは孤独ではあるが、孤独ではない。ただ一人、この宇宙で全てを意のままに動かす事が出来る。不満を持つ者もあろう、納得出来ない者もいるであろう。だがそれらを全て従えて征く。余はこの帝国、唯一の皇帝だ。そう、エーダリロクもザロナティオン、そしてラードルストルバイアも全て余に従い、余が従わせるものだ。異存はないな」

「もちろんでございますとも、陛下」

 音で返された ”返事” は一つだけだった。
 《当たり前だろ》
 − 征け。私であり私ではなきものよ

 キーサミーナ銃のある部屋へと入ったシュスタークは、ミスカネイアとキャッセルに声はかけなかったが、視線を合わせて頷いた。
 二人も ”ご武運を” 等と言う言葉をかけることもなく、ミスカネイアだけが深く礼をする。
 青白い光に包まれているキーサミーナ銃の前に達、シュスタークは手を触れてエーダリロクに振り返る。
「エーダリロクよ」
 マスク越しにシュスタークは真剣な面持ちで、最も聞きたかった疑問を尋ねる。
「何でございましょうか? 陛下」
「ずっと気になっておったのだが……こんな時でもマント、必要なのか?」
 機動装甲に搭乗する際はマントは無いと聞かされていたシュスタークは、わざわざ作られた皇帝の紋様がはいった硬いマントの両端を掴み持ち上げて尋ねる。
 エーダリロクは何時もと変わらない表情で、
「陛下、それも皇帝の一つですから」
 内側に存在している 《彼》 の言葉を完全に無視し、親指だけを立てて ”着ていってください” の意を込めてゆっくり頷いた。
「そうか。では征くとしようか、エーダリロク」
《お前は本当に……余裕なのかバカなのか、天然なのかバカなのか、大物なのかバカなのか……まあ良い》

 そしてシュスタークは宇宙に立つ。

第八章≪退却か帰還か≫完


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