繋いだこの手はそのままに −128
 会議室からタウトライバが去った音を聞いて、壁からエーダリロクが降りてきて、
「本気で撃つのは構わんが、死ぬ確率は高いぞ」
 ザロナティオンが口を開いた。
「補佐を頼むぞ。安全面においてもな」
「了承した。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルはそれらの技術が高い。さて……入れ替わるか……陛下、全権は私でよろしいか?」
「頼む」
「陛下、それでは一つ。私も万全を尽くしますが、もしものことを考えていただきたい」
 もしも? もしも? もしもーし! ……とは確か古代の通信機器が不通になった時の合い言葉! あれ? 合い言葉じゃなくて……そんな事よりも! もしも……そうか! 余が死んだ場合に備えての事か!
「そうだな」
「この ”もしも” は後継者などではありません」
「違うのか?」
 良く解ったな、エーダリロク。余が後継者のことしか思い浮かばなかった事。
「正直に言います。陛下が後継者を定めたところで、何の意味もありません。その混乱は生きている者にしか止められず、生きている者が招きます。それではなく、この軍をどうするかです。陛下は ”銀狂の腕” を用いて自爆作戦を阻止したいのですよね。ですが残念ながら、陛下が戦死なされてしまえば 《今の状況では》 自爆作戦は阻止できません」
 後継者問題以前の問題か。
 自爆作戦は本来無人戦艦を用いて行うもので、有人では……昔は有人で行っていたらしいが、有人は避けたい。
「どのような状況を作れば、余が戦死したとしても自爆作戦を阻止出来るのだ?」
「副司令のシダ公爵が自爆作戦を遂行できるのは、公爵が帝国軍において陛下の次にの命令の優先度を所持しているためです。ですからシダ公爵よりも命令が優先される人物を任じ、その人物に自爆阻止を命じるのです」
「なるほど……」
 聞けば当たり前なのだが、誰に全権を与えるべきであろうか? 考えながら余は会議室を出て、階段を下りる。司令席の後ろに立っているロガ……何故ロガが此処にいるのだ? えっと……
「ロガ」
 声をかけると振り返り、泣きそうな顔で微笑んできた。
「どうした? ロガ」
「ナイトオリバルド様」
 首の辺りにおかしな跡がついている。……なんだろう?
「……ロガ」
「はい」
 実質的にタウトライバが指揮している帝国軍。今までもタウトライバが余の代理として指揮していた。恐らく長い間指揮下にあった者に突如 ”代理” を命じても、タウトライバに遠慮してしまうだろう。
 帝国軍の将校でタウトライバの下になった事が無いただ一人が、余の前におる。
「ロガ、余の代理として全軍を預かってくれ。タバイ、総指揮杖を持て」
「御意」
 タバイが140sほどある杖を取りに向かった。
「ナイトオリバルド様?」
「余はこれから敵と戦ってくる。生きて戻れるかどうかは解らない」
「……」
「余が戻って来られなかったら……余が死んだら全軍退却を命じ、帝星まで全軍を率いて戻ってくれ。それだけで良い。他の指揮は今まで通りタウトライバに任せよ」
「……」
「頼む、受け取ってくれ」
 杖は金で出来ており、掴む部分は装飾は少ないが、頭部に当たる部分は大きな透かし彫りされた球があり、その中で二十色に変わる鉱石が回転し続けている。
 杖は重さがあるので宙に浮かせて背後に飾るのが慣わしだ。その装置ごとタバイは持って来て、余の隣に置きロガの横に膝をついて、手を差し出し補佐する体勢をとる。
 ロガはその杖を見て、ゆっくりと頷き、
「解りました。その杖を……こういう時って何て言うんですか?」
 無学でごめんなさいと小さな声で言って、笑った。余の中にあった全ての緊張がとけてゆく。杖を持ち平行にして、差し出す。
「堅苦しく考えないで、受け取ってくれ、ロガ。そして……頼む!」
 持っている余の手にロガが両手を重ねて触れ、そしてゆっくりと見上げてきた。
「ナイトオリバルド様が帰ってくることを信じて、少しの間だけその杖を預からせていただきます」
 余は手を離し、タバイが背後から支える杖をロガは両手で抱き締める。
 ロガよりも大きく重い杖を、タバイの指示のもと装置に戻し、ロガはゆっくりと頭を下げた。
「行ってくる、ロガ……タウトライバ、指揮は任せたぞ」

**********

《全軍に告ぐ。皇帝陛下、一時指揮を離脱。后殿下が全軍代行となる。繰り返す……》

 タウトライバに代わりシュスタークが攻撃を仕掛けている間は、ロガが指揮を執ることになる。
 シュスタークは前線を放棄したわけではなく、未だに距離を保ち射撃の練習をしているので、初陣を完了させるための時間としては換算されている。
「……」
 白味を帯びた金色の光の中に浮かぶ指揮杖の隣にロガは黙って立ち尽くしていた。シュスタークから命じられた 《退却》 という言葉を忘れないように何度も繰り返しながら、胸の前で指を組み目を閉じる。
 人が祈る時に取る姿勢であり、帝国で祈る相手はただ一人、シュスターク。ロガが祈る相手はシュスタークであり、ロガが無事を祈る相手もシュスターク。
 祈りは無意味だと思いながらも、指に力を込める。
「后殿下……」
 タウトライバの声に、ロガはゆっくりと瞼を開き、笑いかけた。
「大丈夫です。私のことは気にしないで、指揮に全力を尽くしてください。私が命令することなどないと、必ず帰ってきて下さると信じています」
 ロガには何が起こるのか解らない。
 ただシュスタークは兵を救うために危険な場所へ向かおうとしている。その志が半ばで途絶えるか、完成してもシュスタークが生還しなければ自分が 《退却》 を命じなくてはならない。この 《撤退》 だけは、何としても自分が行わなければならないのだと。
「畏まりました」
 目の前で頭を下げた 《余より、余程軍事に詳しいのだ》 と言われていたタウトライバには頼むことのできないシュスタークの願い。
 女性幕僚のメリューシュカがロガの傍に仕えることが命じられた。ミスカネイアはエネルギー調整用に使われるリンク個体 《キャッセル》 の生命維持に携わらなくてはならないので、ロガの傍にいることはできない。
「后殿下、何か不自由なことは御座いませんか?」
「解りません」
 何をして良いのか、ロガには解らないのだ。今この場にいる事自体、はっきりと理解出来ていない。
「緊張なさらないで下さい……とも言えませんが、后殿下どうぞ、その席にお座りください」
 メリューシュカはロガに皇帝の御座に座るように促した。
 ロガはそれを見て小さく頭を振って否定したが、すぐに思い直し深く頷く。ロガは考えた。
 慢心するわけではないが、自分は今、皇帝の代わりに皇帝の意志を遂行しなくてはならない。立っているだけで誰もが ”皇帝” と認める生まれついての皇帝シュスタークと、奴隷の自分は違う。
 奴隷は立っているだけでは奴隷以外のものにはなり得ない。未だはっきりとして称号を持たない自分は権座にあってこそ、全てに指示が出せると。
 ロガは意を決し、長い薄紫色の光沢あるドレス風の裾を広げ、
「座ります。裾を持って」
 メリューシュカに命じた。彼女は言われた通り裾をさばき、ロガはゆっくりと皇帝の座に座った。
「隣の見える位置に杖を置いてください」
「御意」

”顔を下げてはいけない、背筋を伸ばして顎を引いて!”

 今は亡き母親がロガに何度も言った言葉を思い出し、俯くことなく正面のスクリーンを見据えた。


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