繋いだこの手はそのままに −127
 エーダリロクは自爆準備の最終段階に入っていた。
 その間も、制御しなくてはならない ”数値” を多数かかえている。空調や重力など活動用システムの安定、敵との交戦に必要なデータの数値化。
 そして、
「……っ! 何だ?」
 シュスタークの体調管理。
《この脳波、懐かしいな》
 そのシュスタークの体調管理用システムが異常警告音を発した。恐ろしい程の ”異常” それに向けて、エーダリロクの内側に棲む男は 《急げ》 と叫んだ。
「懐か……団長! 陛下が ”目覚める” ぞ」

 その脳波はザロナティオンの兄ラードルストルバイアのものである。

 現時点で ”生きている” 数少ない通信で、異変を知ったタバイは、目の前で 《眠りながら異変を起こしている》 シュスタークの寝室から、隣室へと飛び込んだ。ロガと話をしている妻が夫の形相に声をかける。
「あの、ミスカネイアさ……」
「あなた、どうなさった」
「早く睡眠薬を寄越せ」
「はい、どうぞ」
 ”何?” ”何故?” ”どうしたの?” などという言葉などなく、手元に用意している、シュスタークを眠らせるためだけに調合された睡眠薬を差し出す。
 それを掴んだタバイは部屋へと取って返した。
 何事だろうかとロガは立ち上がり、その後をついてゆく。彼女はシュスタークに何かあったのだろうかと心配を隠すことができなかった。
「冥界の番犬か」
 睡眠薬の入ったシリンダーが床を転がる。ロガは手から離してしまったタバイの後ろから、起き上がった 《シュスターク》 を見た。それが 《シュスターク》 ではないこと、以前奴隷の管理区画で会ったことのある相手であることに気付いた。
「っ! あ、貴方は喋る事ができ……!」
 ロガは眼前が明るくなり、そして背後に人が立った音を聞いた。
 何が起こったのか、ロガには理解できなかった。タバイに攻撃を加え、一瞬にして弾き飛ばされたタバイを越えて、ロガの脇をすり抜けて背後に立っていたミスカネイアを、軽くなぎ払い、ロガの肩に手を置いた。
「会議をしよう」
 シュスタークではあるが、シュスタークではない手が肩にある。
 以前自分を救ってくれた手の持ち主なのだろうと思いはすれど、ロガには声が出なかった。 ”この人” が誰なのか、ロガは知らない。
「会議など」
 体勢を直したタバイは間合いをつめてながら話しかけてくる。
「お前の意見など聞いてはいない、番犬」
 背に立つ人に 《名前を教えてください》 と言いたい気持ちと 《この方はナイトオリバルド様》 という感情に挟まれロガは声が出てこない。
「……」

 怖くはなかった。ただ真実を知らないことが、いや 《教えてもらえないこと》 が悲しかった。

 肩においていないほうの指がロガの首に伸び、親指が喉元に、中指が項につきたてられる。
「……」
「止めっ!」
 タバイの声とシュスタークの指。
「この小娘の首を、この手で折ってから入れ替わってやろうか?」
 少し力が込められた。それは本当に 《少し》 なのだが、ロガにとっては、死に向かうに充分な力。
「この柔らかい喉の下、少し力を入れるだけで折れる。そして死ぬ。嗚呼人間は何と脆いのか。そして己が手でこの首を折った男は、どれ程嘆くだろうな。そうだ、今は治療器が使えないのだ、死ぬな、死ぬな。ああ、腕の中でこの娘が死んだら、自分が殺したのだけど、殺したのだけど、死んでいったら、死んでいったら、男は狂うかもしれない、カモシレナイ。男が狂ったらどうしよう? ドウシヨウ? ああ、男を狂わせようか? 狂ったら、クルッタラ、嗚呼また私はここに現れるか。そしたら、お前は、オマエは怒るだろうな、オコルダロウナ。私の愛しい弟よ、オトウトヨ。オマエはオマエは、また私をワタシヲ、殺すか、コロスカイ?」
「貴方は一体何者なのだ?」
「何者であろうとも構わないだろ」
「くっ…あっ…」
 我慢が出来なくなり、ロガは手を解こうと親指に両手を重ねるがびくともしない。真赤になったロガをも見下ろして、すぐに指を外して腰を抱く。
「おや、指に力が入っていたようだな。いや入れたつもりはないが、このくらいでも苦しいのか? 奴隷よドレイよ。脆いな、この首。食い千切るのも簡単だ、カンタンダネ。誰に向かって、ダレガイッテイルノ」
「げほっ! げほっ……ごふ……」
 涙を流しながら、解放された気道に空気を流し込もうとするロガに、ミスカネイアがゆっくりと近付き、酸素を補給するタブレットの入ったピルケースを 《皇帝》 に向ける。
 《皇帝》 は二つそれを指に挟むと、一つは自分の口に運び、もう一つを苦しんでいるロガの口に押し込んで口を手で封じる。ミスカネイアは呼吸を安定させようと差し出したのだが 《皇帝》 はロガを時間をかけてを窒息させるようにして、要求を押し通そうとする。
「用意するだろう?」
「畏まりました! 四大公爵は通信でよろしいか?」
「そうだな、後はお前と副司令、そしてもう一人、誰を呼ぶのかは解っているだろう?」
「セゼナード公爵エーダリロク殿下」
 口を封じていた手は離された。
 口の中にあった酸素のお陰で苦しくはなく、呼吸の乱れも収まったが、状況はまったく代わらない。
「よろしい。さあ、艦橋に行こうか。幼子の愛しき奴隷よ。歩け、歩け! 死に向かって行軍だ。はぁーはははははは!」
  《皇帝》 はロガごと手を振って歩き出した。


「貴様等は間違ったのさ、マチガッタノサ。あれが起きているとワタシハメザメナイ。アイツヲ深く眠らせたから、ワタシハメザメタノサ。ワタシヲ恐れるのなら、あれに深い眠りを強要してはいけない、イケナイ。眠りを強要されるべきは、ベキハ、私の愛しい弟であり、オトウトデアリ、ワタシではない、私ではない」


 《皇帝》 は艦橋にある会議室に入る。画面には既に四大公爵、タウトライバと、エーダリロク膝がをついて待っていた。
 《皇帝》 はロガをユキルメル公爵に向かって投げてから、会議室へと入り席に着くと言った。

「自爆するんだな」


− 中々の娘だと認めるぞ。怖がらなかったんだよ。奴隷娘は一度たりとも怖がらなかった


 何故か余は艦橋の会議室で、作戦を聞いておる。
 な、何故余はこんなところに?
 だが今はそんな事は問題ではない! エーダリロクが淡々としておる説明は、全軍自爆して敵の攻撃を……という、とんでもないものだ!
「以上になります、陛下」
「……」
「何か不審な点でも」
 全て不審だと思うのだが。いや、そんな事ではなく……
「エーダリロク」
 声をかけると、全員が視線を交わして頷き、画面の向こう側からランクレイマセルシュが声をかけてきた。
「陛下に ”御戻り” で?」
 ”御戻り?” 御戻りとは……もしかして! いやもしかしなくとも! ラードルストルバイアが現れて、ここまで来て、会議を所望? え? あ? おーいラードルストルバイア! ……いや今はそんな場合ではない!
「余は第三十七代皇帝シュスタークだ。心配をかけたようだな」
 ラードルストルバイアは決して皇帝と名乗りはしないし、余の名を語ることもない。
「許可はいただけますでしょうか」
 タウトライバがそのように言ってきたのだが、許可など出せるわけがない! 確かに余は規定時間に到達したら退却するのは止む得ないが、その後の全軍を持って……というのは許可など出せるものか!
「しばし待て」
「御意」
 最善ではないと言えるが、作戦として ”成り立っている” 
 これを覆すのは容易だ。余は皇帝であるから、許可しなければタウトライバは自爆作戦を実行に移すことは出来ない。
 だが余は最も早くにこの場から離れるので、阻止できない可能性も捨てきれない。
 タウトライバが余の命令に背いて自爆を決行する可能性が高い。
 確実に止めるためには、余がこの場に残っている間に、敵が撤退し、それを受けて余が帰還を命じるのが確実だ。
「エーダリロク」
「はい」
「敵のフィールド。銀狂の銃を持ってしても敵わぬか?」
「陛下!」
 余の言葉にエーダリロクは鋭い瞳を大きく見開いて、そして笑った。
「それは解りませぬ。ですが、あれでしたら確実に届きます」
「お前の ”予想” で良い。破壊できるか? 出来ないか?」
 息を吸い、そして吐き出しながら 《真の持ち主が》 宣言した。
「あれで破壊できなければ、この先人類に勝ち目はなし。撃つか? 撃つことを許されたたった一人の存在よ! 撃つのか?」

「余が撃たずして誰が撃つ」

 ”陛下! 考え直してください” とタウトライバや、カレンティンシスに言われるが、余にはこれ以外の策は考え付かぬから、それらの言葉を無視して、
「キーサミーナの調整と、撃つに関した全てをセゼナードに任せよう。時間はどれ程かかる」
「半日」
 話を進めることにした。
「四大公爵、余の意志に従え。良いな」
 四大公爵は頭を下げて、通信を切らせた。各々国軍の指揮もあるであろうし、ラティランクレンラセオとザセリアバは機動装甲で出撃してもらわねばならぬしな。
「陛下、危険すぎます! ここは宇宙空間、それも戦場なのですよ! キーサミーナの最大の利点は 《敵から離れた位置から撃つことが出来る》 です。それ以外の利点はなく、その利点すらこの場では無意味! 安全装置もなにもない、宇宙空間に放り出されてしまうのですよ!」
 解ってはおるが、余にはこのような当たって砕けるような策しか立てられぬのだ。もっと確り軍略などを勉強しておけば良かったな……と思うが、考えたところで仕方ない。
「考え直してください!」
 タウトライバが食い下がってくるが、ここは引くべきところではない。
「考え直すことはない」
「陛下!」
 とは言っても、タウトライバも引けまいな。
「意志は覆らんよ。なあ?」
 言いながらエーダリロクが余とタウトライバに割り込み、
「去れ、副司令」
 手を伸ばすと、その手をタバイが掴みエーダリロクを放り投げる。壁に足を付き、四つ足になったエーダリロクが壁に張り付いた状態で、タバイを見下ろす。
「タバイ兄……」
 何も言わず口を三日月のように開き、色素の薄い舌を出す。あれは間違い無く、銀狂の臨戦態勢だ。下手に触れれば、容易に殺害に走る。
「何も見ていない、お前は何も知らない、良いなタウトライバ」
 タウトライバはエーダリロクが 《銀狂》 であることは知らんのだな。……むしろ、タバイが知っている事の方が驚きだ。
「タウトライバ、下がれ。余はその壁に張り付いておる男と話さねばならぬ事がある。タバイは残っても良い」


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