繋いだこの手はそのままに −125
 遠離るエーダリロクと、近付いてくるビーレウスト。
「良くやったな! ザウ」
 突然頭をはたかれて、ザウディンダル驚いてはたいた相手を見ると、劣勢にも関わらず、
「そ……そうか?」
 何時も戦場にいる時と変わらずに陽気だった。むしろ、いつも以上に陽気に見えた。
「じゃあ、俺は出撃してくる ”元気でな”」
 最後の言葉に声が詰まる。まるで二度と会う事が無いようなその言い方。これがビーレウストでなければ、もっと奇異に感じたであろうが、
「あ、ああ。気をつけてな」
「大丈夫。絶対戻って来るからよ!」
 それはこの言葉によってかき消された。
 補充や修復の殆どを人力で行い、全て声で指示を出している格納庫は騒がしく、とても狭かった。ザウディンダルは言われた通りにその場を後にして、自分の主治医であり皇帝と后殿下の主治医でもあるミスカネイアに元に向かう。

 キャッセルは 《皇帝が撤退する際までに治療が完了していれば良し》 との判断で、再生を急がせないようにした。
 精神的に不安定な部分が多いタイプは、再生を早めると精神が追いつかないで、結果余計に時間がかかることがある。
「これで独立型になった! 静かな治療室に運んで、医師の巡回を手配しろ。三十分おきに確認すること!」
 エーダリロクがキャッセルの治療器に手を加え、敵からの干渉を受けないようにプログラムを組み直す。
 治療器は他の機器と情報が行き来することが最大の利点(患者の基本カルテの自動検索から、疫病の場合は特定を、機器の不備はその不備を指摘する)だが、その利点を使うためには、自動治療プログラム生成が必要であり、その生成が敵の干渉を受けることになるので、他の機器との連結を切ることで、単独治療器となる。
 当然、基本データの照会が出来ないので、エーダリロクが権限で引き出し、彼の治療器に入力した。
「残りはカルニスか。ひぃぃ! すげえ、何だよお前! 放置してても平気じゃねえか!」
 遠離るキャッセルの治療器から目をはなし、カルニスタミアの復元データに目をやり、大声で笑いだす。銀髪を覆い隠す無機質な銀のケーブルが笑い声に揺れる。
 その笑いに疑骨格に自らの神経を被せるまでに再生したカルニスタミアが、まだ再生していない歯の全て見えている口を開いて、ヒューヒューと音を立てながら笑った。
 脊椎の核は再生能力を補佐される装置で、最大の力を発揮し、培養液から必要要素を吸収し、脊髄から無数の神経を成長させて疑骨格に神経を張り巡らせ、疑骨格内部にある疑神経を次々と奪い、自らの神経として繋いでゆく。
 筋肉の再生よりも神経の再生に力を注いでいるらしい。
「プログラム必要ない男だよなあ」
 治療器が神経に指示をだし、補佐するよりも早く、
「当然……だ……ぐっ……喉は、早め……回復させる……か」
 脊髄から脳を半分復元させて、次々と神経再生の指示をカルニスタミア本人が出し続ける。
「ああ、声も出せるようにしておいてくれ。見た目は、その皮剥がれた人みたいで良いからよ。カレンティンシスお兄様には、軍を指揮するよりもさっき帝国最強騎士が取ってくれたデータの分析を依頼したいから、その間お前が軍を指揮してくれ。そうしてくれるように依頼しておく」
「…………解った。声はこのくらいで充分か? 充分ならば、次は脳と脊柱の回復に回す」
「充分だ。痛み止めは必要か?」
「不必要だ。痛みは確りと感じているが、我慢できない程ではない」
「身体中の皮と肉剥がれてるってのに、余裕だな」
「安心しろ、内臓も抜かれている。だが、神経は全ての痛みを完全に伝えられるくらいに回復し、脳はそれを理解するくらいに復元された」
「常識外れだぜ」
「お前に言われたくはない、エーダリロク」
 カルニスタミアはそう言って目を閉じ、エーダリロクは再生の脳と脊柱以外の回復指示を出し始めた。二人で一つの体を再構築する。

**********

 治療を終えて再出撃の準備に入っていたキュラの元に、キャッセルが呼んでいるとの伝令が入った。何事か? と思い、戦況を見て足を運ぶだけの時間はあると判断を下して、キャッセルの元へと向かった。
 敵である異星人は 《白と金で彩られた最強の機体》 が無事に戻ってしまった事に警戒し、少しばかり後退した。異星人は機体を動かす騎士が負傷したかどうか? またその負傷の度合いを測ることができなかったので、すぐにでも再出撃してくる可能性を考慮してのこと。

 五代目 《帝国最強騎士》 ガーベオルロド公爵キャッセル。五人目にして、人類を凌ぐ科学力を持つ敵をも恐怖させる存在となった 《兵器》 の名の一つ。

 自らの存在が敵を恐怖させ、その名が後世において 《兵器核》 の一つとして伝えられることなど、
「なあに? キャッセル様」
 キャッセルには何の関係もないことであった。
 現れたキュラに、何時も通りの笑を浮かべて、もっと傍に来てと手を動かす。医師も巡回時間ではなく 《脳に損害があるので、静かな状態がもっとも好ましい》 と判断を下されたキャッセルの部屋は、戦場の喧噪とは正反対で静謐ですらあった。
「耳貸して」
「はあい」
 周囲に誰もいない状況だが、敢えて耳を貸せといったキャッセルに、キュラも笑顔で答える。長い髪をかき上げて、キャッセルの口元に耳を寄せる。
「逃げなさい。帝国軍は全軍自爆する。カルニスタミアもテルロバールノル艦隊に移しなさい」
 驚いた表情を何処まで隠せたか? キュラには自信はなかった。
「……ありがとう。愛しているよ、キャッセル様」
 傷を負っている額に触れないように、キスするような素振りを見せて、手を振って立ち去る。
「どうも。無事に戻ったらまたね」
 皇帝と共に撤退することが決まっているキャッセルの言葉を背に受けて、キュラはカルニスタミアが治療されている格納庫の一部分へと走り出した。

**********

 ザウディンダルに再出撃の許可は下りなかった。
「何でだよ!」
 ダーク=ダーマの艦橋の二階部分にある会議室で、ザウディンダルはタウトライバから以降の出撃許可は出ないことを告げられた。
 タウトライバの背後に立っているのは、ユキメル公爵クラタビア。指揮を執っているのは妃であるメリューシュカ。
「お前はブランベルジェンカIVとブランベルジェンカ105の調整に入ってもらう」
「……」
 背の高いタウトライバの見下ろすような視線に、驚きを隠さない表情で見上げる。
「意味は解るな。すぐに両方の調整に入れ。調整後はブランベルジェンカ105内で待機していろ」
 タウトライバはそれだけ言うと、ザウディンダルから背を向けた。
「なっ! い……いや……」
 感情では ”嫌だ!” と言いたいが、それを口にしてはならない事くらい、理解している。立ち尽くすザウディンダルに、
「早く行け」
 振り返らずにタウトライバは言う。ザウディンダルの方を向いているのはクラタビア。彼の表情もタウトライバ同様に、全く動かない。
 ザウディンダルは言いたかったが、何も言えなかった。
 泣きはしないのが、嗚咽のような声が漏れ、足が動かない。その声にタウトライバはマントをはね除けて振り返り、ザウディンダルの傍まで近寄り襟を持って引き寄せて、口元だけで語った。
「両性具有如きが作戦に異義を唱えるな!」
 言い放ち椅子に向かって突き放すように放り投げた。
 椅子に体が埋まる音を聞き、そして会議室から二人が出て行った足音をも聞いた。
「下手くそ……もう、子供じゃねえんだ……よ」
 溢れてきた涙を拭いて、何事も無かったかのような顔でザウディンダルは会議室を出て、艦橋から去った。
 ザウディンダルが去った後、クラタビアが頭を振りながら隣に立つ兄タウトライバに声をかける。
「心にも無い事など言わなければ良かったのに」
「嫌われても良いし、嫌われたと思いたい」
 二十年以上昔に駄々をこねたザウディンダルをはじき飛ばして大怪我をさせた男は、疲れたように、そして昔を懐かしむように笑った。
 本心から言った言葉ではない事をザウディンダルが理解してくれている事を知りつつ、
「死ぬのに覚悟が必要だ」
 弟を最も卑怯な言葉で傷つけた自分は死ぬべきだと自らに言い聞かせる。


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