繋いだこの手はそのままに −124
 その警告音は鳴ることは多いが、すぐに鳴り止むタイプのものであった。
 だが今その警告音は鳴り続ける。
 その警告音は機動装甲が敵主砲範囲内にかかった時に響くもの。ザウディンダルとキャッセルに関してはすでにその音は切られている。
 この音を響かせているのは、その二人以外。
「カルニスタミア……」
 敵主砲範囲に向かって飛ぶカルニスタミアが搭乗する機体。
 彼は戦場でカレンティンシスの旗艦から見ると、美しい弧を描き敵すらも逃げる区域へと向かう。
 彼が目指す者は誰の目にも明かだった。動けなくなったザウディンダルを救う為に、退避空間をつき進む。白と緋色の大きな肩当ての付いているデザインが特徴的な、攻守に長け移動力も優れているその機体は、意識を失った最強騎士と、動くことが一時的に出来なくなり、避難できなくなった両性具有に向かって迷ういなく進む。
「カレンティンシス様」
 プネモスの言葉など聞こえぬかのように、カレンティンシスは画面を眺め、そして警告音を消した。
「カルニスタミア」
【はい】
 カルニスタミアの返事には搭乗している機体からの警告音は聞こえてこない。既に音を切って、覚悟の上でつき進んでいる。
「陛下の帝国騎士と陛下の 《モノ》 失われぬように貴様が守れ。守り通してこそ、テルロバールノルの王子じゃ! 行け! 死しても守り通せ!」
 止めろといって聞くような男でないことを、カレンティンシスは最も良く知っている。ナビゲートしている兄に、死にゆく音を聞かせることになろうが、あの弟は行くのだと。
【王のご意志に沿えるよう、全力を尽くして参ります】
 ならば王として、行けと言うしかなかった。そうではなかったとしても、彼は王としてそれ以外の言葉など選ぶことはできないのだ。

 カレンティンシス ”彼” は王である。それ以外の何者でもない
 カルニスタミア 彼は皇帝の我が永遠の友であり ”全てを知る者・ラヒネ” である

 カレンティンシスは感傷などに浸るような王ではない。
「エーダリロク。カルニスタミアへの指示を任せる」
− 了解した! カルニス! 軌道は完全だ。そして、途中で足切ったりするなよ! そのままの体勢で飛べ!
【誰もそんな事せぬわ。この位置で0.0001度でも方向が狂えば、ザウディンダルの所に到着する時には全く違う位置になる】
− よし。一応教えてやったんだよ。ザウ! 良いか! 今、カルニスが行く。お前は、
「磁界を張る。牽引用のワイヤーを増やしたほうが良いか?」
− そこまで解ってるなら良い。ワイヤーは後三本使える筈だ。今戻ってる動力でやれ。その間にすることがある。0.002秒カルニスが早い。体が僅かに残るから、それを回収しにいく。お前の再生用バラーザダル液を用意して、宇宙空間活動の用意をしろ。カルニスを回収して、第一殻で液のゲル化を中和している間にキャッセルを引き出して、収めろ。ざっと見たところ、工作用部位と、収納プラグには破損はない
「解った!」

(第一殻:腹部機動装甲操縦席の外殻。二つの球で構成されており、内側の殻はバラーザダル液で満たされている。その外側に70pほどの隙間を設けて、外殻になる球が存在している。隙間には液体などは存在していない。外殻に移動重力安定ポイントが幾つか設置されている)

 そしてエーダリロクは言う。
「フィールドの状況も解ったし、最も被害の少ない形で終われそうだ」
 そして彼は、カルニスタミアの 《パーツ》 が戻って来た後の事を考えて、
「長官殿下! カルニスの体再現用のデータ頼む。こっちで大雑把に修復した後、そっちに送り届けるてやるよ。カルニスの事だ、頭を重点的に復元させりゃあ軍の指揮くらいはすぐに執れる」
【……了承した】
 カルニスタミアは圧倒的な安定度を誇ることで有名だった。それは ”復元” においても言える。身体の破損復元は可能だが、それに伴うストレスは一定の時間、精神の均衡を奪う。
 単純な死亡、事故などで何が起こったのか理解できないうち、そして体が全く破損しない状態で復元されても、体が精神に恐怖を与える。
 カルニスタミアは完全に死にに行く事を理解し、そして結果は、
「脊椎が三個残れば良いくらいだ」
 そうなることも理解している。常人ならば体が消え去る感覚などないだろうが、カルニスタミアの神経伝達能力は消えてゆく体を感覚と痛みを、伝える事ができる早さを持っている。

 カルニスタミアは静かな空間をただ一人飛んでいた。
 敵も退避した空間は静けさが漂っていた。その死の音が響く直前の偽りの静けさなどカルニスタミアには何の意味もない。
 彼の視界にはまだザウディンダルの機体が入った時だった。

《敵主砲発射! 2秒早めやがった!》

 エーダリロクが声をあげる。
 敵は帝国最強騎士を葬りたいと思うあまりに、エネルギーを充分に濾過せず放つ。膨大なエネルギーを 《直進》 させるためには 《濾過》 が必要。
 だが敵はそれらを省き、周囲を巻き込むかの如き 《渦》 を放つ。直進する能力が低く、周囲に被害を及ぼしながら、近付いてくる巨大なエネルギー。
 カルニスタミアは二つの機体を押しながら、通過ポイントにいる二人を押す。システムは警告してくる、万の単位で距離が近付いてくる、洗練されていないその押し潰すかのようなエネルギー。
 彼は焦りもせずに、二つの機体を押し安全圏へと二人を押し出す。最後の最後にまるでザウディンダルの背中を押すかのように、機体の腕を伸ばし、

− ああ。戻ろうか、ザウディンダル……何にしても儂は、お前の背を押してやるしかできんからな −

 ブランベルジェンカオリジンを軽い砲撃で飛ばした。その直後、ザウディンダルは頭の上を黄色の強いエネルギーが通り過ぎていったのを感じた。
(カル……死んだのか)
 取り乱しようがない、たった一人の世界。
 エーダリロクの指示を待つまでもなく、周囲の余波の状況を見て、すぐにザウディンダルは周囲を探る。
 周囲に漂う小さな破片がカルニスタミアの乗っていたセミラミス機だと捜索機が判断を下したので、残っていた牽引用のワイヤーを飛ばし、その機体を引き寄せる。
 操縦室が僅かに残っている状態で、半分以上は破壊されていた。
 バラーザダル液が真空に触れてゲル化し、カルニスタミアの体を覆っていなければ、ザウディンダルが気付いた時には既にカルニスタミアの体の ”残骸” は宇宙空間を漂っていたことだろう。
 ザウディンダルはゲル化中和剤を投与して、操縦席から出て外側から機動装甲の一部分を操りキャッセルの入っているプラグを引き抜き、収容部位に無事に収めて再び操縦室へと戻る。
[ザウディス、出来そうか]
 その時、やっとビーレウストが援護に入った。
「大丈夫だ。周囲の敵は?」
[そろそろ来そうだ。後は?]
「カルの背骨が幾つ残ってるかをエーダリロクに伝えながら、再生液を最高濃度まで引き上げる。俺のだけど、この場合仕方ねえし」
 言いながらカルの顔半分と脊椎だけになったカルを抱えて操縦席に戻り、盛り上がってきた肉を指でよけながら骨を数え、
「脊椎三個残ってる。後は任せるぞ、エーダリロク」
 再生液の濃度を上げた。
 個人用に計算されている再生液は別人のものを使うと諸々の弊害が出るのだが、カルニスタミアとザウディンダルは元が完全に一致しており (テルロバールノル王家は開祖以来、直系が途絶えたことはないので、同血統間の異物混入率が極めて少ない) その上 ”カルニスタミアはザウディンダルの異父弟と神経の伝達が近い” ために、体に及ぼす ”薬” の部分と ”毒” の部分を考えると ”薬” の部分が遙かに高い。
「よし、戻るぞ」
 ザウディンダルはビーレウストの援護の下、エーダリロクが待機している皇帝の旗艦へと戻った。
 小さくなったカルニスタミアを抱きかかえて操縦席から降りて、エーダリロクに手渡す。エーダリロクは頭部から指先まで、機動装甲の動力を介して色々なケーブルが繋がっており、まさに動くメインコンピュータの状態。
「ひょぉーちぃちぇえ! カルニス! 10kgあんのかなあ?」
 言いながらエーダリロクは片手で頭からコードを外して、カルニスタミアを治療するために用意させた治療器にそれを差し込み、スイッチを入れてからカルニスタミアの体の一部分を、疑骨格と疑内臓のある体にはめ込み声をかける。
「おーい聞こえるか! カルニス! 聞こえてたら返事するか、右手を挙げるかしてくれ!」
「あ……」
 カルニスタミアは返事をしながら、右手を僅かに挙げた。
「すげえ! 信じられネエ。一秒前まで死んでたんだぜ? 理解できるか? 理解してるなら今度は左手の人差し指を上げろ」
 カルニスタミアは事も無げにそれをクリアした。
「これなら一時間後には艦隊の指揮くらいできるだろうな。よし……ザウディンダル、一回体調確認に戻れ」
「何処に? すぐにでも再出撃できるけど」
「念のために戻って、団長の奥様から許可貰ってこい。帝国最強騎士は……脳のダメージが大きすぎるな。最強騎士はカルニスほど回復力と安定度がないからな。丁寧に治療しろ。それと……ザウ!」
「何だ?」
「最高だ。帝国騎士が一人も死なないで、敵兵器の実態の一部を明かにできた。これ以上の事は無い。良くやった、ザウ」
 エーダリロクは言いながらキャッセルとカルニスタミアの二人の治療器を制御しながら、別の作業へと向かっていった。


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