繋いだこの手はそのままに −120
「え? ……あ、解らないんじゃなくて、はい……」
 ロガは仮設の治療所に向かう途中で、ザウディンダルから ”今回の希望が聞き入れられた真の理由” を聞かされていた。
 帝国騎士一人を前線に向かわせないで、ロガの警備に回した理由。
「後で詳しい説明があると思いますが、陛下は睡眠不足に陥ると、非常に良くない状態になる方でして」
 シュスタークを休ませるために、ロガの希望が叶うように仕向けたのだ。シュスタークは三日間を、一睡もせずに完遂するつもりでいた。
 その為に神経高揚剤をも用いて総指揮官の椅子に座り続ける。
 シュスタークの身体はまったく問題はないのだが、精神面に不安が残る。三日程度の不眠ではおそらく問題はないだろうが、中に潜む銀狂を知っている者達は恐れ、シュスタークには出来れば休んで欲しいと考えている。
 前線維持の時間が長くなろうとも、それは仕方がないと。短期で決着を付けようと三日間の不眠不休を容認してシュスタークが精神に異常をきたしては意味がない。
「休んでいただくために、后殿下にはここに残っていただいたのです」
 当初は半日程度でロガの元で休んで貰う予定だったのだが、シュスタークは生来の真面目さが ”災い” してしまい、ロガが私室で待っていても戻ろうとしない。
 このような危険な状態で、ロガを前線に留めている理由を探る余裕のないシュスタークなので仕方のない事なのだが、彼等はどうしても皇帝を三日の間に一度は休ませたかったのだ。
 三十二年の生涯で約900時間しか眠らずに狂った帝王そのものであるシュスターク。エーダリロクの内側にあるのは、狂ってはいないために誰も恐れないが、シュスタークは元が発狂状態のため、誰もが恐れる。
 同じではないが ”同じ銀狂を有している” と極一部に知られているエーダリロクも 《陛下の扱いには注意しろ。特に睡眠は》 と彼の内側にある帝王の言葉を伝えていた。
「では私は、ある程度治療に携わったら休むと言う事ですね?」
「はい。勿論、無理に休む必要はありません。お疲れになるまでお仕事をなさってください。ですが、体調不良になるほどは止めてくださいね。治療にあたれる者が足りない状況なので」
 タウトライバはロガの望みを聞いた瞬間、入り口付近に立っていたザウディンダルのことをも考えた。
 シダ公爵タウトライバは、シュスタークが三日間の指揮を終えた後の事を既に考え、実行する手筈も整え始めている。
 その中で重要なのは、ザウディンダルとキャッセル。
 この二名には皇帝と后殿下を守って撤退して貰わなくてはならない。タウトライバは前線の維持はシュスタークが指揮しなくてはならない三日間が ”限界” であることを理解していた。三日目が訪れると当時に、シュスタークには前線を離れて貰う必要がある。その警備がキャッセルとザウディンダル。
 皇帝の帝国騎士である、帝国最強騎士。そして本来ならば后殿下の生家類縁が帝国騎士に就くが、ロガにはそんな類縁は居ないので帝国宰相が用意した庶子の中でキャッセルに次ぐ帝国騎士の能力を持つザウディンダルがロガの騎士となっていた。
 キャッセルは身体能力がタバイに似ており、性質的にも頑丈だがザウディンダルはそうではない。特にザウディンダルは薬物中毒が治ったか? まだ治っていないか? の状態なので、前線に投入したくないというのがタウトライバの本音でもあった。
 下手に前線に投入し、后殿下を守りきれなかったら帝国宰相の命も危うくなる。シュスタークは絶対に生かす、そして何物にも代えてロガを守る。これは庶子の全てを守るために絶対に必要な事だった。

 負け逃げ延びることに決まっているロガだが、彼女はそこまでは解っていない。ザウディンダルも、皇帝を眠らせるために后殿下に……とまでは聞かされたが、自分も安全圏内で撤退が決まっている事など思いも寄らない。
 医療用の手袋に手を通し、マスクで顔を覆い、ゴーグルを付けてからロガは治療に参加を始めた。

**********

《お前の親友ディルレダバルト=セバインの末伯爵が ”異変” に気付いていなければ、被害はもっと拡大したであろうな》
− まあなあ。だが、最悪なことに変わりはない
《……》
− どうしたんだよ
《あのシダとかいう男、この状況をいかにするつもりだ?》
− 押しとどめるのに必死だろうさ
《押しとどめられるか?》
− 解らねえ。敵兵器が……ああっ!
「長官殿下はどう考える!」
 エーダリロクは自分の内側に存在する 《銀狂》 と話ながら、声を出して ”長官殿下” ことカレンティンシスと現状を話し合っていた。
【敵の兵器が、現在 ”特殊フィールド” を張っている機体のみと仮定するならば、援軍要請を今すぐにでも出すが、あれが他の巨大戦艦でも張れるとなれば、撤退する以外の道はない】
 敵の陣地の最奥に。巨大は長方形型の ”フィールド” が張られている。この ”フィールド” から、帝国軍の無人制御機器を操る信号が発信されている事までは突き止めた。
 この ”フィールド” を張っているのが、等間隔に配置された 《敵巨大艦》 であることも解るのだが ”フィールド” を張ることに使用されている艦と、攻撃を加えるために前進してきている艦に違いがあるのか? となると、簡単に判断は下せない状態であった。
 測定できる範囲の数値は同じなので、張れる可能性が高い。だが張れないのならば、今 ”フィールド” を張るために存在している艦を破壊してしまえば、この開戦は一時膠着となるだろうと見ている。だが最も遠い位置にある艦を破壊するとなると、犠牲など一切考慮せずに軍そのものが崩壊するのを覚悟で最速前進しなくてはならない。
 敵は帝国軍が前進すると、最奥の距離を保つために、一斉に後退したことが確認されている。敵の巨大艦の後退速度を上回り、尚かつ破壊できる兵器となれば、それは 《機動装甲》 しかない。
「そうだよな。……セミラミスに命じて出来そうか?」
 ただ 《攻撃できる機動装甲》 となると、数は限られて来る。
 筆頭は帝国最強騎士キャッセルだが、彼は陛下の撤退に付き従うことは確実であり、次に名を上げられる人物に対しての牽制のためにも、どうしても生かしておきたいという気持ちが、二人にはあった。
 その問題のある次の人物とは、ケシュマリスタ王ラティランクレンラセオ。なにより一国の王に 《試しに破壊してきてくれ》 とは簡単に言うことはできない。
 真偽を確かめるために破壊しに向かってしまえば、戻ってこられない確率の方が高い。艦隊の主砲で機動装甲を援護し、主砲援護がなくなった所から機動装甲は武器を使用し、武器の残量が三分の二の所で撤退をして、使い切る前に補給艦に戻るのが一般的な戦いだ。
 前線艦隊の位置から機動装甲が何処まで進撃してくるかが推測出来ている。当然 《最奥》 はそれらを考慮して作られていて 《機動装甲》 が容易に破壊しに向かえない位置にある。
 だから 《破壊したら別の艦では代用がきかないのではないか?》 とう説が考えられるのだが 《機動装甲を一機ずつ破壊するための囮ではないか?》 とも考えられる。
【セミラミスか……正直な所、自信はあるのか? エーダリロクよ。セミラミスは貴様が考案した機体じゃ】
 セミラミスは腹部操縦席型の 《新型》 機動装甲で、その性能は作った当人が最も良く知っている。
「数値的には今ある頭部操縦席型と同等な筈だ。後は乗っている奴の能力だ。セミラミスに乗るあんたの弟は……弟を捨てる気はあるか?」
 数値的には頼りないが 《何とかなりそう》 だが、確信できる決定的な数値ではなかった。
【カルニスタミアに陛下の御為に死ねと命じることは容易じゃ。じゃが、そんな問題ではない。儂が言いたいのは、弟は死んで任務を果たせるかということじゃ。向かう途中で撃たれ死んだり、到着したは良いが破壊できずに死んだのでは、情けなくて墓も建ててやれぬわ!】
「それは今は解らない。大至急計算してみる。数値的にいけそうだったら、命令出してくれるか?」
【当然じゃ】
 エーダリロクは通信を切って、カルニスタミアとその機体に関してのデータを出して、計算を開始し始めた。
 同じく会話を止めたカレンティンシスは、再び訪れる 《異常操作》 に備えて、支配できる全てに自らを張り巡らせる。
 《命じることは容易い。儂は王じゃからなあ。あれだって命じられれば戻って来られる確率がどれ程低かろうと……行くであろう。それは使命じゃ、だがな……》
 カレンティンシスは手元にある ”キャッセルが出撃した場合の帰還率” を見て
 《この数値であっても行けと命じるのは、いささか躊躇うがな……》
それよりも確実に帰還率の低い弟の事を考えるも、何も言うことはなかった。


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