繋いだこの手はそのままに −121
「エーダリロク!」
 機動装甲の操縦席で計算しているエーダリロクの元に、ビーレウストが訪れた。
「どうした? ビーレ……」
 差し出された記憶媒体に入っているシダ公爵の紋章。不吉な予感を覚えながら受け取り、カルニスタミアの生存率計算の途中で、それを立ち上げた。
「陛下どうだった?」
 この状況でシダ公爵がシュスタークの傍を離れることは考えられないので、ビーレウストが直接足を運び受け取ったとしか考えられない。
「傍目には揺るぎない空気をまとって、堂々と座られてたぜ。あの人は優雅に恐れず席に着いているだけで、兵士の士気があがる方だからなあ。内心は ”ひょぉぉ……どうしよぉぉ” って所だろうが、立派なモンだ」
 何度か暗証番号や、必須要項を打ち込んで画面を開いたエーダリロクは、

《やはりそうきたか》

 《銀狂》 の呟きに 《最悪だ》 と答えながら、エーダリロクは画面をもう一枚開き、ビーレウストにも向ける。書かれている文章をざっと読んだビーレウストは、
「この機動装甲の腹部で良いのか?」
 笑いながら頷いた。ビーレウストも ”何となく” こうなることを理解していた。
「そうなるな。俺が繋げちまったから、ここが最も楽に全てを連れて自爆できるだろうよ」
 シダ公爵はシュスタークが指揮を終えた後、皇帝と后殿下を僅かな供を連れて逃がし、帝国軍の全てを使い、敵兵力を出来る限り破壊することを決定した。
 通常の一艦、一艦の独立した自爆攻撃ではない。帝国全軍が可能な限り敵を減らすために、一糸乱れぬ動きで効率よく自爆する。
 それも敵により通信システムの殆どが途絶しているとなると、自爆を制御する人物が必要になってくる。もちろんエーダリロクでも可能だが、彼には採取したデータから敵兵器を調査する仕事があるので、誰かと変わらなくてはならない。
 その 《誰か》 がビーレウストだった。
「自爆用に何か工作しなけりゃならない事あるか?」
 ビーレウストの核である第三の目は、リンクシステムに良く馴染むものである。元々機械制御に使われていた機種の名残で、非常に機械に 《近く》 機械を見る為の存在する目といっても過言ではない。
「そうだな。破壊力を増すために……敵の攻撃をかわすために移動能力を奪った無人艦あるだろ。あれの動力部をケーブルで繋いでくれねえか」
 無人戦艦からの攻撃をかわすために、次々と移動能力を奪い、その後離れた箇所にまとめていた。それらを、
「繋ぎ方とかに条件は?」
「ねえよ。繋げるだけ繋いだら、お前の機動装甲の一つに繋いでダーク=ダーマの1-5ラインの外部ポイントにリンクさせておいてくれ。そして出撃してこいよ。それで最後になるはずだからな、お前の機動装甲での出撃は」
 1-5ラインポイントとはダーク=ダーマには1から5までのポイント(通信室)があり、それらの通信室を円で囲み、ポイントとポイントの間を番号で区切ったラインと呼ぶ。
 通信室は内側に存在しているので内部ポイントであり、ライン上に存在するのは外部に面しているので外部ポイントとなる。
 外部ポイントは大体が艦を繋ぐ際に使われる。
「よーし。じゃあ、後のことは任せたぜ、エーダリロク」
 これから自分が自爆する為の準備を整えに向かう男は、何時もと変わらない状態だった。
「おう。気を付けろよ。あと死ぬなよ。俺はこの作戦に参加なんてしたくねぇからな」
 機動装甲の側面を滑り降りながら、ビーレウストは笑い声を上げて、
「任せておけよ。俺の事信じてろって!」
 ”信用できるかよ” と笑いながらエーダリロクはビーレウストを見送り、カルニスタミアの生存率の計算を再開した。

 《完全に一艦を破壊できるが、破壊確率が上がれば上がる程、帰還率は下がる。早い話が自爆してもらえば、確実だ》 

 カレンティンシスの元に届いたエーダリロクのこの言葉と、それを裏付ける数値に溜息を漏らしながら、彼は弟に命じた。
「銀河帝国の御為に死んでこい」
 受け取った弟の方も、
「御意」
 だけだった。それ以外の言葉は必要ではない。
 だがそれに異議を唱える者が現れた。
「許可しない」
「ガーベオルロド公爵!」
 帝国騎士の総責任者は、カルニスタミアが死と引き替えに、敵フィールドの効果を探るのを認めなかった。そして、
「私が行こう」
 自らが向かうことに決めた。
「何時も通り、戦艦の援護で進む。戦艦の援護がなくなったら、そこから君が私の援護をする。君は何時も通りの場所で戦艦に戻り補給を行って、戻って来る私の援護を行う。これで両者の生存率は上がる筈だ。君には使えない策でもある、戻って来られる確率は少ないのだろう」
 作戦が変更になった報告を受けて、カレンティンシスは内心で ”ほっ” とし、
「無事に戻って来てくださいよ。色々な仕事があるんですからね!」
 作戦が変更になった事で、シダ公爵タウトライバは心配事が増えた。
「解ってるって」
「絶対解ってないから……でも、お願いしますね」
「ああ」
 生きて戻ることが決まっているタバイの為にも、キャッセルは生きて帰って欲しかった。己が死ぬことは確実であるからこそ、余計に。
 タウトライバは率いて来た帝国軍の兵士を全て殺害する。
 戦線として立ちゆかない、作戦を立てることもできない。それ以上に、この軍には 《僭主の一派》 が乗っている。
 兵士として紛れ込んでいる僭主、そして帰還する戦艦に乗り込もうとしている僭主。
 それら全てを知っているからこそ、この崩壊した軍の全てを消し去る。作戦は変更になるだけで、なくなることはない。
 僭主を狩る作戦を立てている中に 《帝国軍の壊滅》 もあった。
 当然の作戦である。戦争はいつでも予期せぬ事が起こり、自軍は敗走する可能性があるのだ。その作戦に従ったまで。
《デウデシオン兄の為にもタバイ兄は帝星に何としてでも戻らなくてはならない。そしてタバイ兄の為に、キャッセル兄は戻らなくてはならない。クラタビアは私の後釜に納まって貰わなくてはならない》

 だから彼が、シダ公爵タウトライバが全ての責任を負って死ぬ。

「シダ公爵閣下。レビュラ公爵閣下から連絡が」
 走って来た伝令からのメモを受け取り、シダ公爵は安堵した。六時間ほど前に、治療に向かったロガが 《居眠り》 をしたとの知らせ。
 彼の待っていたものであった。
 シダ公爵はまず先に、兄であるタバイに告げてから皇帝に連絡を伝えて、指揮席から動きたがらない皇帝を何とか動かした。

「これで、全ての作戦が開始できる」


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