繋いだこの手はそのままに −119
 余が開戦を告げてから時間にして約一日(25時間)が経過した。
 素人の余が見ても解る程の劣勢だった。
「帝国騎士の投入を命じてください」
「解ったシダ公爵」
 多くの 《戦艦》 が使い物にならぬ以上、こうするしか無いのだろうが……
「陛下」
「解っておる。余の騎士、オーランドリス。伯の能力を持ってして、余の前に勝利を持ってこい」
【御意】
 画面の向こう側にいるキャッセルはバラーザダル液を満たした ”筒” に入り出撃体勢が整っておった。
 余の命令を受けて、キャッセルは他の帝国騎士達にも出撃するように命じ、自らがまっさきに飛び出していった。
 ”余の前に勝利を持ってこい” 決まった文句だから仕方ないことだが、容易に成し遂げられるものではないことはキャッセルや、
「機動装甲の援護射撃開始」
 実質的に指揮を執っているタウトライバが良く知っておるであろうが。
【シダ! また ”来る” ぞ!】
 エーダリロクの声が響き、家臣達が大慌てで操作を手動に切り替え、余の傍にタバイが近寄ってくる。
「陛下、ご安心ください。このイグラストがおります」
「あ、ああ……」
 何故余が絶対に指揮を執らねばならぬ時に、お前達は新兵器を投入してきたのだ。余が初陣であり、二十五歳直前で決して引くことの出来ぬ時にお前達は……
 敵の新兵器を前に、余は既に自軍の二割を失っておる。引くに引けぬ ”帝国皇帝” を完成させるための戦い。

 そう、全ては余のためである。

「全プログラム停止! 乗っ取られました!」
 敵の兵器は此方の戦艦やその他、自動で動くことが可能なように作られている物の全てを異星人の意のままに動かすことが出来るようにする信号を送ってくる。
 この信号は強力で、自動操縦にしている物は全て敵の手に落ち ”味方” を攻撃してくる。人が減ったために、自動操縦の戦艦を大量に投入しているために、敵が増えてしまった形となっている。
「乗っ取られていることくらい解っている。手動で動かせ! セゼナード公!」
 幸いというか、エーダリロクが何事かで ”異変” に気付いていたために、主要艦は ”特殊” な方法で動かす用意をさせており、指揮艦だけは何とか保たれているが、それ以外は酷い有様だ。
【俺が今支配できるのは、ダーク=ダーマと陛下の空母だけだ。空母に集めた機動装甲のナビは完全に行えるが、それ以外は無視する。あとはあんたの指揮だ、シダ!】
 人造人間の手前、機械とリンクする能力を持つ者が多数いる。殆どのものがリンク出来ると言っても過言ではないが。
 今では使われなくなった人造人間をメインシステム据えた兵器制御。その機能は一応どの戦艦にも作られている。人造人間のリンクシステムは、敵の兵器よりも支配力が強いが、支配が及ぶ範囲が敵兵器よりも狭い。
− 自動清掃機が! 清掃機……あああ……
 骨が切られ、肉が潰される音が艦橋に響く。
 全ての自動制御機が敵の攻撃により、我々に攻撃を加える。調理や清掃など、完全自動化されている物が、牙を剥き人間を次々と殺害してゆく。特に自動清掃機はあらゆる箇所に入り込めるように、あらゆる汚れに対応し、いかなる場所をもどの機体でも清掃できるように作られていたのが災いし、ダクトなどを通り次々と人に襲いかかっておる。
 実際余のいるこの艦橋にも、ダクトから五体ほどの清掃機が侵入したきた。艦内の警備システムの全てが敵の配下にあるために、気付くのが遅れた。
 遅れはしたが、余の背後にはタバイがおるので、即座にその五体は破壊されたが、一般兵の居る区画では、恐ろしい音が響き渡っている状態だ。
【よし、第5229隊はすべて移した。次は何処だ?】
「第8740隊を41艦隊に移動」
 人が乗っている戦艦であっても、手動で制御できない者だけが搭乗しておる艦もあるので、それらの人員を次々と手動、もしくはリンクにより動かすことが可能な艦に移し、そこで任務につかせたりしておる。
 もちろん艦と艦の間を移動する手段も自動操縦艇ゆえに、リンクしておる者が誘導する。
 ケシュマリスタはヤシャルが、エヴェドリットはアジェが、テルロバールノルはアルカルターヴァ自らが、ロヴィニアは王の異母弟で庶子のリグレムスがリンクして出来る範囲をカバーし、帝国軍はもっとも優れた能力を持つ、
【よし、移動は終わった。おい! 長官殿下! 解析は進んでるか! セミラミス、出撃用意にはいれ。座標215.4,48.33。照準確定、セミラミス出撃! ミサイルライン600に搬入開始。アルテミシア待機!】
 エーダリロクが請け負っておる。特にエーダリロクは、自らの機動装甲の一つにケーブルを引き、万が一を備えており、敵の兵器の稼働後に、全機動装甲とその騎士を余のダーク=ダーマに移動させて、通常戦艦がする指示の全てをだしている。
 機動装甲は通常のリンクシステム以上に、我々に深く関係している兵器なので敵の信号では誤作動を起こさない。

 負けている。間違い無く負けておる
− 艦が! こっちは味方だって
 だが、余が三日間指揮せねばならないので
− 動力が暴走して、艦が崩壊……
 どうしても留まらねばならぬ
− 救助! 救助を!
 たしかに黙って引き下がるわけには行かぬであろうから
− 私は下級貴族だ! 先に助けろ! 奴隷よりも先に!
 この惨状と何ら変わらないのかもしれないが
− 助けて! 助けて!

 白い大理石で囲まれた艦橋の、金と銀で飾られた玉座を模した総指揮官の席に、軍最高位を表す着衣を纏い座るだけの余は、それをどうすることも出来ない。

 椅子の左後ろにある ”元帥杖” とその静止機、右側にはタバイ。
 敵に一時的にほとんどのシステムが乗っ取られている。それが終わるのを確認するためにも、あらゆる所に通信網を張り巡らせるので絶叫は容赦なく届く。
 もっとも、全ての絶叫や断末魔を拾えているわけではない。この状況からすると、僅かなものであろうが……僅かだが、確実なる最後の声。
 名も知らぬ余の臣民の、泣き叫ぶ声だけを聞く。
 何をしてやることも出来ぬ無力な皇帝である余は、皇帝であることだけを考える。
 表情を変えず、視線を落とすでもなく、皇帝然としてその場にある。

”ああ、ロガに会いたい”

 敵の信号が途切れ、四方から届く声を聞くたびに、余の胸中にはロガの笑顔が浮かんでくる。脳裏でもなく、瞼の裏でもない、胸中に。
 ロガの笑顔は冷たくなってゆく余の身体を温めてくれる。
 この手で抱き締められたなら、どれほど温かいであろうか。だがそれを求める訳にはいかない。余は一人でここに居なくてはならない。
 再び聞こえてきた助けてという声に、通信兵が振り返りタウトライバを見ておる。
「無視しろ」
 彼等が搭乗している艦がどのような状態かは解らんが、今すぐ助けが向かわねば死んでしまうのだろう。助けてやってはくれないか? と言いたいが、言ってはならぬことなのだ。
 多くの奴隷がかり出されているこの状況。勝手にかり出しておきながら、一番に見捨てられているのは、やはり奴隷だ。
【セミラミス、一回帰って来い。デネブ、出撃だ。ポイントは……】
 こんなこと、余が言ってはならぬのであろうが、早く戦争が終わる……いいや、膠着してくれないであろうか。
 出来るだけ、多くの臣民を生きたまま連れて帰りたい。
 望むだけでは叶わぬことだとは知っているが、何もしてやれん。
【長官殿下! データを送れ】
【言われなくとも、送っておるわ! カルニスタミア! 再出撃を急がぬかっ!】
「陛下、陛下」
「あ、ああ……どうした? イグラスト」
 話掛けられていた事に気付かなかった。何事であろうか? 戦闘全般はタウトライバや、クラタビア、メリューシュカだから……
「后殿下がどうしても陛下にお会いしたいと。艦橋前までお出でに」
 椅子から立ち上がり、入り口の方を見ると、ザウディンダルと共にロガが立っておった。
「どうしたロガ」
 入ってくるように手で合図すると、ロガは薄い紫色のスカート部分の端を持ち控え目に歩いてきた。
「ナイトオリバルド様」
 一日ぶりに聞いたロガの声に、なにかが崩れ落ちそうだった。
「あの! 怖いかもしれないが、その……此処は安全だからな! 私室が不安ならば、この艦橋にいると良い。ここならば、タバイも……タバイもおるしな」
 ロガはタバイが苦手だが、タバイほど信頼の置けるものはいない。
 手を広げて語りかけるようにして話掛けた余。その右掌に両手を延ばして包み込み、ロガはにっこりと微笑んだ。余が見たかった表情だ。
 だがその笑顔はほんの僅かで、すぐに真面目というよりは強ばった表情になり、息を大きく吸い込み、いつもよりも大きな声と、少し早めの口調で、
「ナイトオリバルド様、お願いを聞いて欲しいんです」
 珍しく願いを言ってきた。
 ロガは滅多に願い事は言わない。
「何だ? ロガ」
 何であろうか? 帰りたいというのだろうか? 帰りたいのであらば、何時でも帰る手筈を整えてもらおう。何故今まで気が付かなかったのだ! 戦況が不利なのだから、ロガをすぐに帰還させておくべきだった。
 そう思っていたのだが、ロガは余よりも余程強かった。
「ナイトオリバルド様、私……怪我をしている人の救護をしたいんです! 私包帯を巻いたり出来るから! だから行かせてください!」
 治療器のプログラムも異常をきたし ”自動” で治すための器具は、ほぼ使い物になら無い状態。だが人員の確保は必要だ。
 見捨てた者達も大勢いるが、助かった者達は治療して再び戦闘に投入する……
「ロガ……」
 本当に強いのかどうかは解らない。
 不安なのかも知れないが、
「……」
「駄目ですか?」
 駄目と言いたい。駄目だと言って、余の隣に置いておきたいが……この艦橋に居てもロガは何も出来ない。
 メーバリベユが言っていたではないか、ロガに自信をつけさせる機会を設けるのも余の重要な仕事であり、皇帝の采配であると。人手は足りていない、特に治療にはエーダリロクも制御を割けない状態にある。
 余ももう片方の掌でロガの手を包みこみ、
「タバイ」
「はい」
「ロガの警護に人員を割けるか?」
 向かって貰うことに決めた。
 ”后殿下” 余の心の内では ”皇后” であるロガを単身で向かわせることは出来ない。この状況下で警備に人員を割くことが出来るのかどうか? 近衛達は、信号により起こる殺傷能力の高い自動装置の暴走を止めるために、個々で破壊に向かっていたり、リンクしている者の警備についたりしているから……
「私にはこの状況下で割ける団員はありません。ですが 《陛下の意のまま》 に動かせるレビュラ公爵は如何でしょうか?」
「前線の維持に必要ではないか?」
 ザウディンダルは確かに余が無理を言っても良い相手かもしれぬが、帝国騎士だ。前線の維持もっとも必要な者だが。
「それら作戦に関してはシダ公爵に」
 タウトライバは余の提案を受け入れ、ザウディンダルに護衛につくように命じ、臨時に儲けられたどの治療場所に向かうかなどを、急いで指示を出す。
 その間の指揮は、クラタビアが行っていた。
 すぐに何処に向かうかが決まり、ザウディンダルは余に膝を突き、
「身命にかえてもお守りいたします」
 そう言ってロガと共に艦橋を出て言った。
 去って行く小さな後ろ姿のロガに、
「ロガ!」
 かける必要もない声をかけてしまった。
 ロガが振り返る。柔らかい金髪が揺れて、綺麗な琥珀色の瞳が余を映し出していた。
「何でしょうか? ナイトオリバルド様」
「ロガ……頼むな。全て余の大切な家臣であり、臣民だから……頼む」
「はい、ナイトオリバルド様」


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