繋いだこの手はそのままに −115
 デウデシオンの部下達は最近帝国宰相の神経が研ぎ澄まされているのを感じていた。刃のような、人を突き刺すような鋭さを隠さずに露わにしていると。
 宮殿に残っている帝国近衛兵達もそれを感じ、代理統括を任されている副団長、帝国宰相の異父弟の一人バイスレムハイブ公爵に理由を尋ねた程だった。
 異父兄の狙いを知っているバイスレムハイブ公爵も、長兄のあまりの覇気にも似た殺意を強く感じており、それらを他者に気取られるのは得策ではなと帝国宰相に進言する目的で部下を率いて執務室へと向かった。

「お前達! 何をしていたのだ!」

 そこには激怒する帝国宰相の姿が。
 最近部下達が帝国宰相に感じていた殺意など消し飛ぶが如きの怒気。そして帝国宰相が叫ぶ画面の向こう側には、皇帝陛下の親征に従った団長タバイ、帝国最強騎士キャセル、副総帥タウトライバ、参謀クラタビアが雁首揃えて謝罪していた。
 バイスレムハイブ公爵は兄達が兄に怒鳴られる様を、惚けたように見上げ続けた、見続けるしか彼にはできなかった。
「お前達! よりによって陛下が襲われ! キャッセル! あれ程近付くなと言った! いや、お前達! 大体何を考え! 考っ!」
 倒れかけたデウデシオンに駆け寄り、
「お気を確かに! そして兄さん達、一体何があったのですか!」
『陛下が、陛下が……』
「陛下がどうなされたのですか!」
 そう叫ぶ事しか彼にはできなかった。
 半分意識を失いかけている帝国宰相を仮眠用のベッドに横にした後、最初から室内に控えていた部下に内容を問いただし、それらを聞き終えて……
「副団長閣下! お気を確かに!」
 バイスレムハイブ公爵が倒れかけた。
「兄さん達、一体何を……」
 頑固一徹菓子職人のアニアスと、運良くその場にいなかった ”私達の可愛い可愛い” ザウディンダルの存在があったから何とか堪える事ができたが、全員その場にいて 《皇帝陛下色々なモノ未遂事件》 が起こったのだとしたら、自分も耐えきれなかっただろうと、彼は青い顔をしながら部下達に正直に答えた。
 だがその青い顔をしながらも、これは好機と自分の部下とデウデシオンの部下を集めて告げる。
「帝国宰相閣下はこの先、益々殺意を隠さぬだろう。それは決して我々や周囲に向けられるものではなく、遠く前線にあられる陛下をお守りするためだ。……本日の報告を聞いても解るとおり、殺意もだだ漏れになること多々あろう。お前達も辛いだろうが、帝国宰相の気持ちを汲んで耐えてくれ」
 部下達はバイスレムハイブ公爵の言葉に頷き、デウデシオンの殺意に関してある程度納得した。
「全員いなくなりました。ですがデウデシオン兄、最近誰にでも殺意を向けられているようで、皆が怖がっていますよ。此処まで隠し通したのです、あと三ヶ月程度は隠し通して下さい」
 デウデシオンは身を起こし、髪を乱暴に解いて頷いた。
「悪かったな。だがもう隠せそうにはない。二十年越しの殺意はもう、封印することは不可能だ」

**********

 余はタバイの影からロガを観ておる。
 ま、まあ……室内は広く隠れる場所がないので、タバイの影に隠れる形で……
「ナイトオリバルド様、どうなさったのですか?」
「や、やあ、ロガ」
 何となく顔を合わせ辛かったので、タバイの影からコンニチワー……
「陛下……」
 隠れることを同意してくれたタバイは、今も余を心配そうに見下ろしておる。
 何事も無かったかのように会話を再開したのだが、やはりロガも余に対し最初はぎこちなかった。
 だが、ボーデン卿が怒りの一噛みをくれた事で場が大騒ぎになり、何時も通りの状況に戻る事が出来た。
 ボーデン卿、ありがとう! 余の窮地を救ってくれる卿に感謝する!
 でも騒ぎすぎて疲れたので、余とロガは何時もより二時間も早く寝ることになった。格納庫に向かい、その途中でのエーダリロクと銀狂との会話、余の中にある暗示の存在、解放。そしてロガに触れて途中で後方宙返り、その後のチンコシオシオまで、なんと長く濃密な一日であったのだろう!
 ロガをしっかりと抱けたなら良かったのだろうが……上手くいなかったのは仕方ない。いや仕方ないのではなく、余が至らないだけだ。
 ロガの寝息を聞きながら今日の出来事を思い出すと、掌に熱が篭もった。体も微熱が篭もったのでゆっくりと身を起こす。護衛についているタバイとガルディゼロが近寄って来ようとしたが、それを無言で制して眠っているロガを見つめる。
 余もロガには触れたいとは思う。情けないながらもこれでも成人男性。それも身体的には結構立派。
 だがなんと言うか……余は寝ているロガの頬に唇を寄せた。
 そのまま首筋まで移動した時に、影が余を覆う。

 カプッ! とされました! カプッ! と。

 怒り狂ったボーデン卿に頭をカプリと! そのまま余は転がってベッドから落ち、タバイとガルディゼロが音もなく駆け寄って来た。
 余は無言で二人を再び制し、こっそりと起き上がりボーデン卿の方を伺うと……怒り心頭! といった面持ちのボーデン卿が!
 余は無言で謝り、本日は床で寝ることにした。
 ロガの隣に眠ることはボーデン卿が許してくれないだろう、だがロガからは離れたくないので結果床となる。
 皆が寝床を作ってくれたので、感謝して横になった。
 全く余は何をしておるのやら……だがベッドの上から微かに聞こえてくるロガの寝息に幸せな気持ちになり、全ての憂いがどうでも良くなり余は緩んでいるであろう自分の口元を手で隠して目を閉じた。

「ナイトオリバルド様?」
 頭上から声がして目を覚ますと、ロガがベッドの上から余を見下ろしておった。身を起こして、ロガの頬に触れながら余は尋ねる。
「体の調子は良いか?」
「はい、それは平気ですけれども……ナイトオリバルド様、どうして床に寝てるんですか?」
 ロガの背後には目を覚ましたボーデン卿がこちらを! 《余計な事は言うなよ! 小僧》 といった眼差しで!
「あ、ああ。昨日ベッドから落ちて、そのまま寝たようだ」
「ベッドこんなにおっきいのに。それにシーツの敷かれたマットが……」
 嘘を付くのが下手な余らしい!
 ふんだんに刺繍を施されたシーツを敷いた分厚いマットの上で枕に頭を預けて横になり、柔らかな毛布を掛けられて、簡易の天蓋まで設置されていたら……床に落ちたとはとても思えないな。
 それにしても天蓋は何時の間に設置されたのだろう?
 眠る時は無かったのだが、寝ている間に設置してくれたのだろうな。皆の者苦労をかける。だがやり過ぎだ……
「ま、まあ……余は皇帝なので、ベッドから落ちたら皆が上手くやってくれるのだ!」
「そうなんですか。やっぱり皇帝陛下って凄いんですね!」
 ロガは信用してくれたようだ。伝家の宝刀、世の理を完全無効化できる 《余は皇帝》 を抜いて良かった。

**********

 シュスタークに笑顔で妃の話題を誤魔化しながら「叔父貴はザロナティオン」を語っていたエーダリロクが 《皇帝の御前》 で怒気を露わにする程の報告。それは『先ほど持ち込まれたS-555が動き出しました』というもの。
 原因を解明する前に再起動を開始したという報告に、
「ふざけるな! 何のための技術者だ!」
 エーダリロクは怒鳴りつけ、
「接触不良なんてあり得ねぇ! 何がこの動きを狂わせたんだ!」
 シュスタークの前を辞して去っていった。
 置かれている部屋に戻り、一人だけで原因究明作業を開始する。エーダリロクがどれ程調べても、不具合の痕跡はなかった。
「これ自体の不具合じゃねえ……だが……」
 エーダリロクはS-555から視線を外し目を閉じ呟く。
「何か嫌な予感がする……」


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