繋いだこの手はそのままに −114
 銀河帝国の御身が四方八方に一大事になっていた頃、
「私、失礼な事したんでしょうか」
 銀河帝国で最も重要な少女、ロガは目に涙を浮かべていた。
「何も失礼なことはありませんでしたよ、后殿下」
 主治医のミスカネイアが、必死に宥める。
「でも、ナイトオリバルド様が……」
 ロガは自分が 《このため》 に連れてこられ、そばに置かれていることは重々理解していた。理解しているからこそ、今手を触れられた時に、恐怖や驚きはあったが、それを上回るほどに安堵したのだ。
 自分が魅力的だと思った事は一度もないが、それでも良いと言ってくれるシュスタークを信じて此処まできたのだが、出だしちょっとでシュスタークがシュスタークになって何事もなく終了。
「后殿下はまだご存じなかったでしょうね」
 自分に自信がなくなって当然のことだった。
「何がですか?」
「陛下は幼い頃から、月経中の女性と性行為をしてはいけないと教えられ、育てられたのですよ」
「あの、それは子供ができないからですか?」
「それも少しはありますが、女性の体を考えますと最初からその様に覚えていて下さった方が良いのです。元々陛下は后殿下ではなく、王女を正妃にする様育てられた御方です。王女殿下は中々に厳しいので、性行為で言い争いなどが起きぬように、ある程度の譲歩を陛下にお教えするものなのですよ」
「……」
「それを知っている陛下が、思わず后殿下に触れてしまった。これが魅力的ではないと言わずして、何を魅力といいますか。陛下のお心をかき乱し、教えられた事すら忘れさせたのですから」

 陛下は割と重要な事を簡単に忘れますけれどもね……そこは飲み込んで。

**********


 ロガは少々中傷というか、嫌がらせを宮殿で受けていた。
 《シュスタークがザロナティオンに変貌する原因》 にあたるロガなので、面と向かって言えるような者はいない。
 面と向かって言えなければ、どうするか?
 親切心を装って、心を乱させる。
 ずらりと並べられた皇王族との顔合わせ後の立食会。ロガはシュスタークの隣から離れないようにデウデシオンから言われていたので、それを守った。
 皇王族はそれを知っていながら、シュスタークに気付かれないようにロガに色々と吹き込んだ。
「后殿下も美しくありますが、正妃候補だったエダ公爵も中々に。ああ、エダ公爵とは彼処に立っている近衛です」
 指さされた先に立っているのは、シュスタークの隣に立っても見劣りしない程に背の高い美しい女性。
「そうそう、后殿下の女官長のメーバリベユ侯爵。あの方は、皇后を確実視されていた御方でしたなあ。ロヴィニア王が手放すのが惜しくて王弟殿下の妃にしたとか」
 何時も優しくしてくれる女官長のメーバリベユ侯爵も、言われてみるとシュスタークの隣に立つには相応しいとロガには思えてしまった。
 ロガの些細な反応に ”これは嫌みが通じる” と解った皇王族達は、この類のことを細かく言い募らせた。
 伝説の平民帝后は、頭があまり良くなかったので、肉体や物質面での嫌がらせは理解できたが、言葉だけの嫌みは全く通じなかった。
 肉体や物質はすぐに足が付くので、結局ザウディンダルの名前の原型ともなったザウデード侯爵 グラディウス帝后は虐められることも殆ど無く、幸せのうちに人生を終える。
 だがロガは帝后グラディウスよりも賢かった事と、生まれつき顔がただれていた事で、容姿に深いコンプレックスがある為に、それらの嫌がらせに反応してしまったのだ。
 シュスタークは、これに関しては全く気付けなかった。悪意が向けられたら気付けると思っていたシュスタークだが、元々悪意とはほど遠い所で生きてきた銀河の支配者は、

 ”皆、ロガに貴族のことを教えてくれているのだろうな”

 くらいにしか受け取ることができなかった。シュスタークらしいと言えばシュスタークらしいのだが、役に立たないと言えば全く役に立たない。
 此処で動いたのが、皇王族がロガのコンプレックスを刺激するために使ったかつての正妃候補の一人、エダ公爵。
 エダ公爵は親切にロガに近寄り、シュスタークの親征に従うよう勧める。
 ロガは最初はついて行くつもりはなかったのだ。だがエダ公爵に色々と言い含められ、最後に、
『陛下の進軍に従わぬ正妃とな。戦場の有様から目を背ける、ただの肉人形かね。そんなのは后殿下とは言わないし、誰も認めない』
 そのように言われて、付いていきたいと申し出た。

 エダ公爵の進言はある人物からの依頼でもあった。
「依頼してくると思っていたよ、帝国宰相」
「私が依頼することを見越して、后殿下に近付いたのだろう」
 帝国宰相、デウデシオン。
 自分に言い寄る女を使い、無関係を装ってロガを宮殿から出した
「さあ、私に何をくれるのかな? 帝国宰相」
「さて、欲しい物があるのなら言え、エダ公爵」

 嫌みに晒される事を恐れて皇帝の進軍に従った奴隷后。皇王族はそう見て、深くは考えなかった。
「お前達が言うことなど知っている。私の弟達が散々言われたのだからな……そして言った方は、それ程深くは考えていないことも」
 長い間皇王族に虐げられた男は、彼等の特性を完全に理解していた。
「あの二人がいると、動き辛いのだ」

 デウデシオンは皇帝の初陣を機に大粛清を行う計画を立てていた。二十年以上をかけた作戦であり、デウデシオンとタバイの人生その物をかけた復讐でもあった。

**********


「嫌われたわけじゃないんですよね! ミスカネイアさん!」
「勿論ですとも。それよりも后殿下に嫌われたかもしれないと、陛下が青い顔で戻ってこられるでしょうよ。その際は優しくしてあげてくださいね」
 部屋を片付けさせ、ミスカネイアがそう言うと、ロガは安心して笑った。
「その笑顔ですよ、后殿下。本当にお美しい笑顔ですわ」
「え、あ……」
 突然言われて頬を赤らめ少し俯く。
 その一連の動きは同性が思い描く ”可愛らしい少女の動き” そのもの。もしも娘が生まれたらこのように育って欲しいと思いながらも、夫の血筋を考えてミスカネイアはすぐに諦めた。
「陛下は口には出されませんが、后殿下の笑顔を何よりも大事にしておりますのよ」

”口にはでていません。態度には表れまくってますがね……慣れない后殿下に気付けというのも無理ですが、あの奇怪な動きの全ては后殿下の笑顔に感動してのこと……はあ、あの人達もう少し陛下の情緒面を普通に育てて下されば”

 普通貴族からタバイの妃となったミスカネイアは、天然一族の長兄が育てた最高の天然の動きを脳裏に描き、表に出せぬ溜息を胸の内で二度ほどつく。

”ここにメーバリベユ侯爵が従っていたら、もう少しどうにかして下さるのかも知れませんが、私にはこれが精一杯です”

**********


 その頃、メーバリベユ侯爵は招待された皇婿宮で、
「もうお腹が目立つようになりましたね、アニエス殿」
 同じく皇婿に招待されたシダ公爵妃アニエスと、ビーレウストの愛妾アルテイジアと共にお茶を楽しんでいた。
 ロガが宮殿に戻ってきてから結婚するまでの手はずは全て整え終えて、時間を持て余しているように ”見せかけて”
「ええ。予定ですと、あの人が帰ってきた頃にはもう生まれてます」
 シダ公爵妃は五人目を妊娠中で、大事を取り住居を後宮の帝君宮に移していた。いつの間にやら帝君宮の主になっているデファイノス伯爵ビーレウスト、そこにはアルテイジアという愛妾が置かれている。
 そこにアニエスは夫が進軍中、何度も住まわせてもらっていた。
 元々はシュスタークが ”あの愛妾アルテイジアも、ビーレウストが進軍中は心細かろう” と考え、アニエスに少しだけ相手をしてやってくれと頼んだ事が始まりだった。
 幼い頃家族で旅行している時、宇宙海賊に襲われそのまま戦利品として持ち帰られた彼女の人生は決して明るい物ではない。
 ビーレウストはあの通り ”何をしても構わん” と言う性格のため、シュスタークの異父兄弟の妃達は彼女と交流が深かった。
「お腹を触れなくて、残念がるのでは? シダ公爵はそれは愛妻家で子煩悩と聞いておりますよ」
 メーバリベユ侯爵の言葉に、アルテイジアも笑顔で頷く。
「子煩悩ですけれも、まだ兄の気分が抜けていないですね。たまに子供達の兄になっているような」
 子供達に混じって、本気で遊んでますのよ。そう九歳年上の妻は笑う。
「お年から考えたら、年の離れた兄弟でも充分通用しますしね。特に貴族は年齢差のある兄弟は珍しくありませんし」
「そうなんですけれども。あら、オロディロウス」
 移動用のベビーベッドに寝ていた、タバイとミスカネイアの末っ子がむずがる。メーバリベユ侯爵はさっと立ち上がり、
「私が抱っこしますわ」
「お願いします」
 あやし始める。
「赤子は成長が早いですね」
「そうですね」
「全く。私ももう二人くらいは子供がいて、三人目を妊娠し生まれてくる子についての話をしながらお茶をしていても、何もおかしくないのに」
 言いながら笑うメーバリベユ侯爵に、アルテイジアも笑顔を向ける。ビーレウストの愛妾のアルテイジアは主の大親友の ”一応” 妻であるメーバリベユ侯爵と会う機会が多い。
 そのアルテイジアから見て、二人は世間一般的な夫婦ではないが、王族の夫婦としては完璧に感じられた。
 セゼナード公爵は良く彼女を頼り、彼女は少々放埒で研究熱心な夫の軌道修正をしてやり、二人で同じ目的に進む。その姿を彼女は何度となく見ていた。
 そのアルテイジアの優しい視線を受けながら、
「帰還なさった時、后殿下のお腹が大きくなっていると嬉しいのですがね」
 メーバリベユ侯爵はオロディウスを抱きながら椅子に腰をかけ直した。
「そうですわねえ」
「無理だとは思いますけれど。后殿下がどれ程可愛らしかろうと、周囲がどれ程努力しようとも、帝国の支配者たる陛下は」

− 絶望的に天然ですからね…… −

 三人はそれには触れずに、話を続ける。
「夫はそれ程奥手ではなかったのですが、タバイ閣下は本当に奥手でしたわ。ミスカネイア姉を気に入ったのに、全くその素振りを見せないで。諦めるのかと思えば、ミスカネイア姉の周囲を見回ったり。勿論あの方の能力ですから、ミスカネイア姉は全く気付かないのですけれどもね」
 全く持って性質の悪いストーカーとしか言えないようなタバイの行動。
 タバイ本人は気付いて欲しくて周囲を徘徊したのだが、その卓抜した運動神経と極度の照れ屋が合致して、ミスカネイアには気配すら感じさせない影のように見守って……

 やはり隠れているが、隠れもないストーカーである。

「そうかと思えば、あのユキルメル公爵がバールケンサイレ侯爵メリューシュカ殿に恋した時は、周囲どころか当人にまで知られているのに、あの兄弟は ”どうやったら気付いてもらえるだろう” と本気で悩んでましたからね。あの当時、ジュゼロ公爵まだ付き合っても居なかった近衛のバデュレス伯爵ギースタルビア殿ですら知っていた程の騒ぎだったというのに」
 アニエスは義理異父弟達の恋愛に溜息をつく。
 割と普通に結婚したタウトライバとアニエス。そしてタウトライバは兄弟達の恋愛が成就することを願うあまりに、結構首を突っ込むクセがあった。

 長子 デウデシオン・恋愛感情混乱。弟を愛して王に喧嘩を売りまくる
 二子 タバイ=タバシュ・伝説のストーカー
 三子 キャッセル・お友達はサド伯爵

 四子のタウトライバはせめてこのくらいは自分の手でなんとかして、兄達の負担を減らそうと変な努力をしてしまい、弟達は兄の心遣いに感動して、一緒にと……
 ユキメル公爵とバールケンサイレ侯爵は共に侵攻軍の参謀本部に勤めており、ジュゼロ公爵とバデュレス伯爵は共に近衛兵団に在籍していた。
 同じ帝国軍だが、管轄が大きく異なるので、噂で共通のものが上がることは滅多にないのだが、その時は全体の噂になっていた。
 噂をまき散らしていたユキメル公爵は気付いていないし、当時はまだ付き合いもなかったジュゼロ公爵は、話の流れでバデュレス伯爵に語り、兄の好きな相手を言い当てられ本心から驚く姿を見せた。
 バデュレス伯爵はその時、監禁状態だったので 《自分の緊張を解くために、その様な姿を》 と思ったそうだ。
 それから二人は晴れて付き合いが始まったのだが、そこで初めてジュゼロ公爵が本気だった事を知る。

 この変な状態に陥った原因はシダ公爵にあったが、それは何時の事なので割愛しておこう。

「帝国宰相閣下と陛下、そして私の夫であるセゼナード公爵は帝国でも屈指の……ねえ」

− 朴念仁ですから −

 その部分を無言で表し、互いに顔を見合わせて女達は笑った。


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