繋いだこの手はそのままに −110
 エーダリロクがそこまで隠したい理由。何れ教えてもらえるだろうし、理由が正当なものであるのならば、処刑はするまい。
 正当でなければ処刑は……言った手前しないわけにはいかないが……迂闊な事を叫んでしまったものだ。
「それで続きはなんだ?」
「はい。あのですね、これはかなり余談なんすが……陛下は実父、要するに叔父貴の身長が低い事を不思議に思ったことはありませんか?」
「デキアクローテムスの背が低い事を……いや、別に……特に」
 身長の高低など生まれつき……生まれつき? そうだ、我々は生まれた時から大まかな成長具合が推測できる。
 寿命の推測もできるのだから、身長の推測など容易い。
「えっとですな、叔父貴は自分の子がザロナティオンになることを知っていました」
「はぇ?」
 推測できるというのは、背の伸びない理由が解っているという事になる。なにを計測して身長を推測するのかは解らないが、その原因の中に 《ザロナティオン》 があったとしても驚くべきものではない。

 余はものすごい驚いて、変な声をあげてしまったがな。

「これは陛下にもお話しなくてはならないのですが、俺は叔父貴が兄貴、要するに俺の親父バイロビュラウラ王に依頼して作らせたものです。生まれ方としては、陛下と同じです」
「……」
 実母だけではなく実父までもが……。
 皇家や王家など、計算して子供を増やすものだが、そこまで計算尽くと聞かされると気分の良い物ではない。
「叔父貴を悪く思うのはちと間違いですな。叔父貴、皇君からある事を教えられたのですよ」
 エーダリロクは何時もの ”王子としての自覚が足りない” と言われる笑いを浮かべながら、余の内心を否定した。
「な、何を! デキアクローテムスはオリヴィアストルから何を聞いたのだ!」
「俺の子は絶対に姫になるって事です。俺には無性の姉がいて、俺自身が男。両親が同じ場合は、俺の子は絶対に 《女性》 で生まれてくるのです。もうあの頃には女性因子の死滅が確認されていましたら、手をこまねいている訳にはいかなかったようです。本当は俺が姫作って陛下の皇后として差し出す予定だったんですが、まあ、ほら、俺爬虫類の上に 《デイロン・シャロセルテ》 で、微妙な事態になっちまったんですよ。さすがの皇君も、そこまでは知らなかったようで。と言いますか初の事態ですから、なんとも」
 次代を用意するためだけの政略結婚であり、政略結婚をしている者同士、次の政略結婚の駒を用意する必要がある。
 市井の 《家庭》 などに夢を持った事は無い。
 それがどのような物なのか、漠然とも解らないからであるが……これがあまり良くないことは解っている。
「そ、そうなのか……」
 だが余はそれらを飲み込んで、頷かねばならぬのだ。これが帝政支配であり、我々は血族結婚が重要だ。
 血族結婚を繰り返す隠れ蓑こそが階級社会で、この階級社会でなければ我々の姿は保たれない。
「陛下。后殿下との間にどちらの性別の御子が誕生しようとも、このエーダリロクが居る限り無事正配偶者を得て次の皇帝となることは確定しておりますので。ご安心ください」
 余は自分の子を作る事だけに必死だが、周囲はその先も考えている。当然と言えば当然だ。
 エーダリロクの子と余の子が結婚する。
 余であるエーダリロクの子と、エーダリロクである余の子の結婚か。互いに違う妻を持っているから、子の血統は公には出来ぬが異母兄弟姉妹になる。
 異母兄弟姉妹同士の結婚が許可されているから認められるが、不思議な感じがする。別れてしまった余とエーダリロクの内側にある存在が、再び融合して孫として生まれてくるのだろうか?
 その前に!
「あ、ありが……そうだ! エーダリロク! お前とメーバリベユとの結婚だが! ロガがメーバリベユから聞いた話と随分と違うぞ!」
 余の子もそうだが、エーダリロクの子だって生まれる気配がない。
 そもそも生まれる気配というのは、行為があってのこと。余とエーダリロクは妃に、妃……うわ!
「えっと……それに関してはまた後で、話はまだまだ続きますよ」
「おまっ!」
「それで、叔父貴のザロナティオンなんですが」
「話を逸らしすぎだろうが! 待て! エーダリロク!」


 結局メーバリベユの事は、上手くはぐらかされてしまった。さすがロヴィニア、口は達者だ。余もロヴィニアの筈なのだが、滑舌の悪さと言ったらもう……


 本当は聞き終えるまでは離さないつもりだったのだが、エーダリロクは先ほどタバイが運んだ銀色の掃除亀がどうかしたらしく、連絡を持って来た兵士を怒鳴り付けて駆けだしていった。
 その後ろ姿に声をかけられるほど、余には度胸がなかった。それで余の警備には銀色の掃除亀を隔離室に置いてきたタバイがつくことに。
「后殿下もお部屋に戻られたそうです」
「そうか。では戻るか……それにしてもタバイ」
「はい」
「お前はロガがストレスでそのような状態になっていたことを、知っていたか?」
「はい。妃……いいえ后殿下の主治医ロッティスより聞かされておりました」
 ロガの主治医はタバイの妻ミスカネイア。
 仕事をしているときは本人が継いだロッティス伯爵と言うのが正式な呼び方だ。夫であるタバイもそれを守っておる。
 ミスカネイアが後宮の医師となったのは、タウトライバがアニエスの結婚が切欠だったと聞いた。
 アニエスは普通の貴族なので、普通の医師を一人は用意しておかねばならないと……どこかで関係があったらしいミスカネイアをアニエス本人がデウデシオンに推薦したのだそうだ。
 推薦した理由が『さあ、団長閣下。頑張って下さい』なのだそうだ。余は推薦された理由は知らなかったが、タバイがミスカネイアを気に入っていたのだが、タバイは 《余の兄らしい性格》 なので自分では動けず、弟のタウトライバがアニエスに依頼したのだと。
 余はただタバイの主治医がミスカネイアで、その縁だけで結婚したとばかり思っていたが、色々あったらしい。これらの出来事もロガから聞かされた。
 異父兄の妃達はロガの話相手をしてくれている。ロガは『皆さん……なんとか結婚じゃなくて、普通に出会って結婚してるんですね』驚きながらも、嬉しそうに笑った。
 思えばデウデシオンは弟達を政略結婚させない、女性が存在しないと言うこともあるが、それを差し引いても自由にさせている。
 結果として余まで政略結婚しない。
 皇帝としては不出来なのだから、せめて政略結婚くらいしなければと考えていた……そんな過去の自分が懐かしいが、戻りたいとは思わない。
「教えてもらっても何も出来ぬが、周囲も者が知っているのに、夫である余が妻の不調を知らぬのは……どうした? タバイ」
 タバイが転けた。
 無類の運動神経を誇るタバイが、無防備に廊下で転び……廊下が凹んだ。全力を持って脱力させてしまったようだが……何かおかしな事をいったのか?
「いいえ。失礼ながら、あまりにも流れるように妻と夫と言われたので、このイグラスト、少々驚きまして」
「あ……いやっ! 変なつもりではなく!」
「いいえ、よろしいのですよ。私も本心から陛下にお伝えしたかったのですが 《女性の体調をなんと思ってますの!》 と主治医から……その。こと患者を第一に考える主治医の意見を蔑ろにするわけには行きませんで、帝国宰相や陛下の父君達と話合った結果、報告しないことに」
「そ、そうか……父達も逐一そのような報告を受けて大変だな」
「はあ……勝手に相談して話を広めた為に 《后殿下の名誉に関わるでしょう!》 と帝国宰相は叱られました。陛下の父君達は 《そんな話題聞いたのはじめてで興奮してしまいました!》 などと三人で手を取り合い感動していらっしゃり、さすがの妻も引きました」

 叱られたのかデウデシオン、済まぬ。そして喜び過ぎだ父達よ……何で喜ぶのか解らぬが。
 ディブレシアはずっと妊娠しておったから、そんな話題すらなかっただろう……まあ無くて良いのだが。
 それにしてもディブレシアは何故 《真祖の赤》 を作ろうとしたのであろう? 何か深い考えでも。デウデシオン……実母と子を儲けただけではなく、実母に狂おしい程に愛されておったとは。
 そしてウキリベリスタル。カレンティンシスが両性具有であり、それを隠してもらう為にディブレシアに従った……そう考えるのが最も妥当……待て!

《そうです。通信管理者は代々両性具有の任とするべきと考えております》

 エーダリロクは先ほどその様に言った。
 無性は遺伝しないゆえに除外だと。だが両性具有は高い確率で孫が両性具有になる。《代々》 この部分、まるで次の候補が上がっているかのようだ。
 余はザウディンダルに女性と間に無理矢理子を作るようには命じない。ザウディンダルはデウデシオンの物だ。
 そしてデウデシオンにはもう子供は出来ない。
 《断種》 を使用したということは 《断種》 の本体であるビーレウストは当然知っている。ビーレウストが使われたとなると、あの仲の良いエーダリロクが知らぬ訳がない。
 そしてカレンティンシスには既に子がいる。カレンティンシスが両性具有ならば、孫は……
「……」
 余は足を止めて、隣を歩いているタバイを見た。
 カルニスタミアとよく似ている、テルロバールノルが強い 《異形》 である異父兄。
「どうなさいました? 陛下。私に何か?」
「いいや……」
 余は頭を振り再び歩き始める。
 宮殿には及ばぬが、磨き上げられた廊下に響く自らの足音を聞きながら心を静める。

 左右の足が交互に出て、自然に前に進んでゆく。
 
 今まで余は 《自然の成り行き》 で実父がデキアクローテムスだと思っていたのだが、もしかしたら違うのではないだろうか?
 異形は既にタバイが存在したから、皇君と帝君は候補から外れたと見て間違いない。ほぼザロナティオンだった帝婿を選ぶとして、皇婿は何のために除外された? 正配偶者ほど、特徴がはっきりする物はない。特に皇婿はウキリベリスタルの実弟。調べられていないわけがない。

 帝婿だけが子をなした。

 皇婿の血統に顕在化する両性具有が存在しているとしたら? 余の前に僭主両性具有ザウディンダルが誕生している。
 何よりもその血統は、テルロバールノル。ウキリベリスタルが捕らえた者。
 まだ確証はない。だが余に言わぬのがある種の確証でもある。エーダリロクは隠している。
 何故隠しているのかは解らないが……もう暫く待つか。


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