繋いだこの手はそのままに −111
 カルニスタミアは 《ブランベルジェンカIV》 の操縦部に入り、ソフト面のチェックを、ザウディンダルハード面の整備を行っていた。
 不自然なほど無言で。


”ロ、ロガは何時も女の子だぞ。もしかしてロガは、奴隷は男の子になったりする日もあるのか?”


 真剣な面持ちで大真面目に言いはなった、もうすぐ二十五歳になる皇帝に、
『帝国宰相、自分が女性嫌いだからといって、陛下まであの調子にお育てするとは……年下の儂が言ってもせんなきことだが。陛下はアエロディクやアルリエラのことをご存じだからあのように言われたのだろうが、普通はアエロディクやアルリエラとは混同せぬだろう……陛下だからな』
『兄貴……マズイだろ。あの言動をそのまま后殿下に向けたら、主治医のミスカネイア義理姉様が、兄貴を怒るぜ』
 様々な思いをはせていた。
 ザウディンダルは皇帝と言うよりは兄であるデウデシオン……いや、自らの主治医も務めてくれている義理姉に対してだが。
 妙な空気のまま、二人は作業を終えてブランベルジェンカIVの足下に立ち見上げる。
 出撃することのない白い機体 ブランベルジェンカIV。
 現在最高の技術で作り上げられた、中距離攻撃能力を有する機体。
「まあ、これが機動するとしたら、儂等が死んで前線が崩壊し、陛下お一人で戻られる時だろうな」
「縁起でもねえ事いうなよ」
 カルニスタミアに言い返したザウディンダルだが、そのことは整備を任されているザウディンダルが最も良く理解していた。
 皇帝機の隣の格納庫にあるのはザウディンダルが搭乗する機体が一つ。
 勿論このダーク=ダーマから出撃するのではなく、皇帝が脱出する際のお供ようにと用意されているブランベルジェンカ105 という皇帝の機体と見た目がそっくりの機体。
 何らかの場合というのは、異星人だけではなく簒奪狙いの場合もある。それらの目を誤魔化すため物。
 他にも適任者はいるのだが、ザウディンダルは 《両性具有》 であり、親征の際に皇帝の許可無く戦死させるわけにはいかず、またシュスタークが 《戦死の許可》 を与えられるような性格ではないことは誰もが知っているので、ザウディンダルが今回の親征の 《撤退護衛帝国騎士》 白い機体搭乗する帝国騎士に選ばれた。
「まあ陛下がこれで戻られる事など無いようにするのが儂等の役目じゃし……それにしても、まさかお前がエーダリロクの部下になるとは、考えたこともなかった」
「俺自身驚いてんだよ」
 カルニスタミアとザウディンダルは正式に別れた。カルニスタミアの性格上、別れたら一切顔を合わせるつもりはなかったのだが、エーダリロクに ”ザウディンダルが情緒不安定になる” と言われ、別れたというよりは肉体関係だけを切った形になっている。
 本当は完璧に切り捨てる予定だったのだが 《両性具有の管理者》 にそのように言われ、説明も受けた。
 この親征で重要な仕事を大量に与えられたザウディンダルが不安定になるのは、戦力的に大問題。カルニスタミアはエーダリロクと共に一度は関係をはっきりと切ったと告げた兄王に、帝国軍所属の軍人として事情を説明しに向かった。
 怒鳴られ否定され、何度も兄王カレンティンシスを説得せねばならないだろうと考えていたのだが、エーダリロクの書類と、カルニスタミアの一切の関係を持たないという書面を作りサインし、皇帝に提出して証明を得た宣誓書を前に、ことのほかあっさりと頷いた。
 頑固で両性具有嫌いの実兄があまりにあっさりと頷いたので、カルニスタミアの方が驚いてしまった程だった。
『裏でもあるのか?』
『あるわけもなかろう。レビュラの能力の高さは今までの試験期間で充分儂も認めておる。両性具有特有の感情の不安定さは少々問題じゃが、それもお前である程度の安定が見込めるのであらば仕方あるまい。特に今回は陛下の初陣、ことと次第によっては肉体関係を回復させても安定を図れ! 良いな、ライハ公爵。テルロバールノル王子として陛下の初陣を成功させろ! その為にはレビュラから目を離すな!』
『あ、ああ』
 あまりに実兄らしくない言葉に驚き、退室した後にエーダリロク尋ね返した程だった。
『ありゃ、本当に儂の兄貴じゃったのか?』
『お前が言いたいの良く解る……俺もすげー吃驚した。お前の兄貴の儂王様、悪いモンでも食ったのか? 何か拾い食いでもした? 俺の兄貴は普通に拾い食いするけどよ、まさか最古の王様がしたりはしねえよな』
 返ってきた返事も同様。
 思わず兄の側近ローグ公爵に ”兄貴の頭……じゃなくて、体調がおかしいようだが。拾い食いでもしたのか? プネモス” そう連絡を入れてしまったくらい。

 勿論、カレンティンシスは拾い食いなどしていない。

「だが中々上手くいっているみてぇじゃねえか。長官は頑固な儂の兄だが、まあ……儂と別れたからある程度の譲歩はできるだろう」
「……」
 カルニスタミアは自分の言葉に ”半眼で抗議する” ザウディンダルから目を逸らして、困ったように何度も頷きながら、信じられない譲歩を見せた実兄を、後ろ向きながらに擁護した。
「済まん。だがあれでも随分譲歩しているほうだ。あの儂王にあれ以上は求めないでくれ。あの男のシャングリラ(テルロバールノル王城名)よりも高いプライドで出来る最大限の譲歩じゃ」
「ま、まあ……お前の兄貴じゃあそうだよな。最古の王家の王様だもんな……でもさ、意外って言っちゃ悪いんだろうけど、意外と……や、やさしい? かなあ。はっきりとは解んねぇけど、そのうん……仕事に関しちゃあ、やさしい? っていうか、その……解んねぇ」
「無理するな、ザウディンダル。そう言ってもらえただけでも、良かったが」
 ザウディンダルも最初エーダリロクに持ちかけられた時には驚いて、乗り気ではなかった。
 技術庁長官カレンティンシスの配下になるなど、考えただけでも恐ろしかったザウディンダルだが、それでも仕事を完璧に終わらせると、研修期間にも関わらずアルカルターヴァ公爵の名前で、褒美が贈られてきた。
 貴族同士では割とある事なのだが、まさか ”あのカルの兄貴から両性具有の自分に” 贈られてくるとは、思ってもみなかった。
 特にザウディンダルは、今まで全ての仕事が兄達を介して与えられていたので、その様な贈り物には縁がなかった。
 どうして良いのか解らず、思わず自分の推薦して全面的にバックアップしてくれているエーダリロクに尋ねてしまった程。
『今回のは俺が返してもいいが、次もあるから覚えておけよ。そうだな贈り物の内容を聞くのは、やっぱりテルロバールノル出の皇婿がいいだろな』
『両性具有からでも受け取ってくれるのか?』
 そう口から出てしまった。
 だがエーダリロクは意外とあっさりと、だがはっきりと言い切る。
『気になるなら代理人でも立てて贈ればいいだろうが、あの儂王様がシュスター・ベルレーから与えられた栄誉ある ”アルカルターヴァ” の名前で直接お前宛に贈ったんだぜ? 本当は嫌だったら、あの人は俺宛に贈って来ると思うぜ』
 そこまで言うのならと覚悟を決めて、失礼が無い贈り物かを皇婿に聞きに行き、お墨付きをもらって送り返し、無事に受け取ってもらえた。
 カレンティンシスは褒めて人を伸ばすようなタイプではないが、仕事に関しての判断は公平だった。
「期待してるぞ、ザウディンダル」
「あ、うん」
 ザウディンダルはそんなカレンティンシスを見ていると、やはり長いこと実弟のカルニスタミアと付き合った事を後悔していた。
 自分と一緒にいなければ、仲が良いままだったのだろうなと。過去に何度もカルニスタミアに言い ”違う” と言われた言葉を、もう重ねるつもりはないが、心の内ではその考えから逃れられないでいた。
「それはそうと、帝国宰相とはどうなった?」
「な、何が?」
 突然話題を変えられ、顔色まで変えたザウディンダルに、カルニスタミアは面白そうに尋ねる。
「何が? って。そりゃあ陛下の生誕式典の期間中、帝国宰相を独占していただろが。その際に上手くいったか? とな。お前は意外に晩熟だからなあ」
 兄である帝国宰相と最後までは無かったが、多少のことはあった。だが……
「…………」
「どうした? ザウディンダル」
「笑うなよ」
 ”この台詞が出た時点で笑えと言っているようなもんじゃろうが” 思いながら、カルニスタミアは表情も声も変えずに話続ける。
「何が?」
「あ、兄貴、勘違いしてた」
「何を勘違いしていたのだ?」
「お前さ、俺とキュラ以外の男には手を出さないよな」
「たしかに儂は女の方が好きだ。キュラはまた別だ、あれは契約のようなモンだしよ」
 自分の性癖が両性具有のザウディンダルと女性嫌いの帝国宰相の仲の進展に、何が関係するのだろうか? 不思議に思いながら、顔を真っ赤にしながら ”ぼそぼそ” と語るザウディンダルを優しく見守るカルニスタミア。
「兄貴もお前が普通に女好きなのは知ってたから」
「知ってるじゃろうな」
「だから、その……俺処女だって言ったら、恐ろしい形相になった」
 カルニスタミアは口を手で覆い、笑い出したいのを堪えて重要な部分を聞いた。
「あ……信じてもらえたのか?」
 カルニスタミアは両性具有のザウディンダルに手を出したが、女性には一切触れていない。一度触れようとしたら、ザウディンダルが大暴れして泣き出して以来、そこをどうかしようとは思った事もなかった。
「う、うん。俺がそう言ったら……その……」

 ”儂は女が好きな訳だから、処女奪ったと勘違いされていたのか……おや、もしかして陛下のお相手に選ばれなかったのは……帝国宰相の勘違い? 陛下が十八歳以前の話題だから……陛下はもうすぐ二十五歳”

 単純計算で七年。それ以上の間、帝国宰相は異父弟であり異父妹が、王弟と 《男女の関係》 にあると勘違いしていたのだ。
「ぐ……」
 やり手と名高い帝国宰相が、愛しい弟に対しての勘違い。愛しいからこそ正面から真偽を問いただせなかったのだろうと思うと、腹から笑いがこみ上げてくる。
「笑うなよ!」
 全身で笑いを堪えるも、押し殺した低い笑い声はどうしても漏れる。
 自分が笑われているのだと勘違いしたザウディンダルは、食ってかかってくるが、カルニスタミアが笑っている相手は、遠くにいる人物。
「我慢しとるんじゃ! はっはははは! あーそうか!」
「笑うんじゃねえよ!」
 機嫌を損ねて顔を背けたザウディンダルに、これ以上笑うと怒り出すだろうと、王子として重ねた精神操作で笑いをおさめて、普通に話掛ける。
「それで、帝国宰相は喜んだか?」
「知らねえ!」
「確かに喜ぼうが喜ぶまいが、儂の知ったことではないが。ザウディンダル」
「何だよ!」
「頑張れよ」
 そう言って、ザウディンダルの頬に触れた。
「う、うん……あのさ、カル」
 触れられた掌に手を重ねて、視線を上げる。
「どうした?」
「あのな……俺、お前にお願いがあるんだけど……」
「言ってみろ。よほどの事ではない限り協力してやるぞ」
 その言葉に、ザウディンダルは頷き頬に触れている手をゆっくりと除けて、
「あの! ……この会戦終わったら! でもいい?」
 笑顔を作り小首を傾げて尋ねてくる。
「ああ。戻ろうか、ザウディンダル……何にしても儂は、お前の背を押してやるしかできんからな」
 二人は格納庫をロックして、次の持ち場へ向かおうとしたのだが、そこに連絡がはいる。

 二人が話している頃に、皇帝の私室で大騒ぎがあり ”兄王を大至急引き取りに来い”  と格納庫から出た所で連絡が入ったのだ。
 疲れ果てた声の近衛兵団団長からの連絡を受け取り ”これは間違いなく阿呆な方向に一大事!”  そう直感したカルニスタミアは、王家の名誉のためにもと兄王を受け取りに疾走する。

「さすが兄貴。陛下もシオシオじゃ、恐れ入る」
「煩い! 儂を馬鹿にするな!」


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