繋いだこの手はそのままに −105
 ビーレウストのことは不問に処した。
 余が持ちかけた事もあるし、何よりもそろそろエヴェドリット勢は臨戦態勢になるので、迂闊な事を言ってはいけないのだった。
 それらを全て忘れていた余の失態。
 エヴェドリットの特性を忘れて、あの状況であのような話題を振るなど、殺して下さいと言っているようなものだ。
 戦争が始まると落ち着くのだが、開始前は非常に感情が高ぶる。

 余の警備からエヴェドリット勢は完全に外れたので戦闘中か終了後でもなければビーレウストには直接会えないのだが、少々聞きたい事があったので通信で話をした。

 食堂で何を聞いていたのか? 

 それが少々気になった。
 ビーレウストの答えは 《后殿下の周囲の音を拾ってました》 とのこと。一般食堂なので、少しでも離れた所に居ると危険だろうという判断からだそうだ。
『なんとなく危険な感じがしましてね』
『そうか』
 開戦間近になったので気が立っている事もあるのでしょうと言いながら、ビーレウストは笑った。

 それで余は本日、
「これがビーレウストが撃ちたいと騒いだ銃のレプリカだ。勿論撃つ事は可能だ」
 ロガを連れてダーク=ダーマには必ず備え付けられているキーサミナ−銃の元へと足を運んだ。
「これって……」
 白一色で出来た巨大な銃。
「宇宙最大射程を誇る銃だ」
 エネルギーを完全充填すると1tを軽く超える重さとなる、エネルギー砲。
 大きさに驚きながら、ロガは引き金部分から、銃口までを走って観ていた。
「后殿下、大きさに驚かれていますね」
「そりゃまあ、普通に生きてりゃあこんな銃を観ることはないからな」
 傍にいるのはキュラティンセオイランサとザウディンダルとタバイだ。
 タバイがな……先日の事件で 《これから毎日警備につかせてください!》 と頭を下げてきたので、仕方なくというか……。
 絶対に目の届く範囲に居たいと強硬にな。
 だが少々不思議であった。
 タバイは今まであまり余の警備についていなかったのだ。宮殿にいるときは何時も傍にいたのに、進軍開始をしてから余の傍には殆どつかなかった。
 近衛兵団団長であらば、この倍以上は余の傍にいる筈なのに……今も余から少し離れた場所にいる。

 ……何故だ? いや違う……そういう事か!

 余はロガを観た。
 警備につく回数が少ないのは、余がロガと居る回数が多いからだ。
 恐らくロガはタバイの事を……嫌っているというのではなく……恐怖しているのやもしれない。そのことを他の誰かが……
「キュラティンセオイランサとザウディンダル、ロガにザロナティオンの腕の説明をしてやってくれ」
 余はそう言ってタバイの方へと向かう。
「陛下、何かご用で?」
「ロガがお前を怖がっているのか?」
 タバイは頭を下げた。
「やはり恐れていらっしゃいますか?」
「いいや、余は一言も聞いたことはない。ロガは余の兄弟に対して不満を述べたことはない」
 タバイは余の顔を見ながら、苦笑を浮かべた。
「陛下には言われていないようですが、后殿下は私が怖いそうです。后殿下は聡明な方ですので、私の正体に漠然とながら気付かれて……困惑したようです。私としても后殿下を恐怖させたくはないので、出来るだけお二人が一緒の際には警備につかないようにしたいたのですが」
「ずっと共にいれば理解してくれるであろう。タバイは優しいからな」
 タバイが何者なのか、解らないながら理解したのだろう。


 タバイの事をも見抜いたロガの言葉にはやはり信憑性がある。となると……カレンティンシスは 《女》 なのか?


 余はタバイにそのまま警備しているように命じて、話をしている三人の元へと戻ってきた。
「全ての電子制御が無効、使えなくなるんだよ。この銃の引き金を引けるのは皇帝陛下のみ。勿論ただの皇帝じゃあ引けない選ばれた皇帝のみが撃つことが可能なんだ。そしてシュスターク陛下はこの銃を引く能力をお持ちなのさ。凄いだろ」
 キュラティンセオイランサが色々と説明してくれていたようだ。
「は、はい!」
「陛下は本当に凄いお方なんだよ」
「ああ、だがロガよ。余が引き金を引けるということは、カルニスタミアは間違いなく引けるぞ。法律上、皇帝以外撃ってはいけないだけであってな」
 余がそう言ったら、三人が硬直した。
「陛下ぁぁ……」
 ザウディンダルが床に四つん這いになり、悲鳴のような声をあげる。
「何だ? 何か悪いことでも?」

 本当の事を述べただけなのだが……

 キュラティンセオイランサに 《陛下が一番と持ち上げているのですから、黙って ”余は凄いのだ” と言ってください。カルニスタミアなんざ、話題に出してやる必要なんてないんですよ!》 そのように耳打ちされた。

 そ、そういう事だったのか……済まぬ、皆の努力を水泡に帰していて。

 余とロガの警備が交代し、エーダリロクとタウトライバがついている。タウトライバには全幅の信頼を寄せているらしいタバイは一時的に下がった。
 余は二人にも遠くにいるように命じ、ホールで外の景色をロガとともに眺めながら話掛けた。
「タバイが怖いと聞いたが」
「あ、あの……」
 ロガは言われると顔を真っ赤にして、体を硬直させた。
「怖がっても良い。ロガのように体の本質が簡単に見えてしまう人間には、あれは恐ろしかろう」
「あの……」
「はっきりとは解らないのであろう? 何が怖いのかは解らないが、タバイを観ていると怖い」
「そ、そうです。あの……」
「怖がって良い。だが否定しないでやってくれ。上手くは言えないのだが、悪い男ではない。ただ生まれつき……言葉は悪いが畸形なのだ。内臓の類が全て畸形でな……その」
 タバイは我々の言葉では 《畸形》 ではなく 《異形》 という。見た目は人間だが、中身は全く違う。
 身長が222cmで体重が1903kgもあるのだ。
 見た目から判断したら1903kgなどとはとても思えないだろう。見た目では精々190kgくらいだ。
 タバイは 《異形化》 することが出来るタイプだ。現在帝国にいる 《異形》 のほぼ全ては平時には 《人間の形状》 を保つ事が出来るが、それにも比重というものがあり、タバイは少々異形に偏っており、あまり頻繁に異形化すると人間の姿に戻れなくなる。
 余が何故タバイが異形であることを知っているのか? 教えられた訳ではなく、異形制御の訓練を受けているのを観た為だ。
 余の父である皇君と帝君も異形である。
 特に帝君は己も異形であり、異形が多いリスカートーフォン一族の出なので、制御の仕方を教えてやっていた。余は帝国の全てを知る必要があるので、生きている異形を直接観る必要があった。
 
 異形は異形であることを報告する義務はない。《神殿》 は判断を下せるから、余はそれから情報を得ることが出来るが、普通は知らない。
 ただ異形は異形を見分ける能力があるのだそうだ。
 タバイは昔隠していたらしいのだが、皇君と帝君にすぐに見破られ訓練を受けることになった。
 異形というのは訓練を施さないと、異形化した時に自分自身ですら操れなくなるのだという。操れないというのは、人間の姿に戻れないということだ。

「ごめんなさい」
「そんな事はない。先に説明しておくべきだったな。タバイは内臓をみたら、誰もが目を背けるだろう畸形なのだ。治らなく、そしてロガには危害を加えることはないから……余とロガの警備をすることを認めてやってくれないか? 勿論傍には近寄らせぬからな」
「あの……」
「時間をかけてでいい……」
 余はロガの頬を両手で包み込んだ。
「大丈夫です。タバイさんに謝ってもいいですか? 何も知らないのに怖がったりして。本当に失礼なことしました」
「要らぬよ。むしろ謝罪されたらタバイが困るであろう。あれは結構階級に厳しい男だからな。后殿下に謝罪などされたら倒れる……」
「どうしました?」
 やぶ蛇になるかも知れぬが……だが聞かないでおくわけにもいくまい。
「タバイは内臓畸形だが、余の傍にはもう一人 《骨格畸形》 がおる。ロガは他に誰か恐ろしいと感じる相手はいないか?」
 両頬に触れている余の手に手を乗せて、ロガは少しだけ考えて口を開いた。
「失礼ながら、ナイトオリバルド様の父君の一人、皇君様ですか?」
「その通りだ。やはり皇君も怖いか?」
 皇君はタバイとは違うタイプの異形だ。異形の中でも特に変わった異形で、そのデータは神殿にすら殆ど無い。
「ちょっと怖いですけれど、理由が解れば平気です」
 ロガはその琥珀色の瞳で真っ直ぐ余を観て、はっきりと言ってくれた。
「済まない、中々言い出せなくて。ロガは言えば解ってくれると信じていたが、その……」

 今も嘘を教えている。畸形ではない異形なのに、言葉を誤魔化している。
 タバイの中身に恐怖を感じる。それは 《人間として》 は当然の事だ。
 だからあまり教えて……

「ゆっくりと教えてください。私、あまり頭が良くないから、一度に一杯教えられると覚えきれません」
「ありがとう、ロガ」

 まだ待ってくれ。
 余の気持ちが定まらない。もっとはっきりと決められると良いのだが……


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