繋いだこの手はそのままに −104
ロガの作ってくれたクッキーを一口頬張り、不安げに見上げているロガに視線を降ろして、
「とても美味しいぞ、ロガ」
シュスタークは落ち込みから回復した。
周囲の者達は胸を撫で下ろしながら、心の中で喝采を送っていた。
クッキーをバスケットに収納し、部屋で食べる事にして、七人は食堂から引き上げることになった。
食堂で足止め状態になっている兵士達は ”はあ、良かったあああ” と表に出してはいけない感情を持って頭を下げる。
「食堂を使わせてもらったお礼をしてきますから」
ロガがそう言って軍服の裾を持ち、調理室に駆けてゆく姿をシュスタークは眺めていた。
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ロガが食堂を使わせてもらった礼を言いに、調理室を管理している者の元に駆けていった……可愛いなあ。あっ! そうだ!
「ビーレウスト」
「なんでございましょうか? 陛下」
余も礼を言ってやらねばな。
「ロガにクッキー作りを指導してくれたこと、感謝する」
兵士達が一斉にビーレウストを凝視したが……どうしたのだ? ビーレウストがクッキー作るのはそれ程驚くことなのか?
「いえいえ」
ビーレウストは少々聴覚機能を上げているようだ。何を聞いておるのだろうか?
何故聴覚機能を上げているのか解るか? と言われそうだが、これは割合簡単に解るのだ。
ビーレウストの話声が何時もより小さい。
余や王族は基本的に人前で声のトーンは一定に保つように教えられる。そのトーン以外になるときは、様々な理由がある。
ビーレウストの場合は己の聴覚機能を解放することで、自分の声が聞こえすぎるので、それを防ぐ為に声を低く小さくする。
ビーレウストが何処で何を聞いているのか解らないが、余も声を小さくして話掛ける。
「それでだな、また菓子作りを教えてやってくれないか?」
「あ……いや、それはちょっと……非常にありがたいお言葉なのですが……」
「それ相応の褒美も与える」
ビーレウストは金銭などには一切興味がないので、褒美と言えば《あれ》しかあるまい。
「褒美……ですか?」
「帝星にある本物のザロナティオンの腕を、エネルギー量40%で撃つ事を許可しよう」
「えっ!!」
……いや、その……済まんな、ビーレウスト……
何が起こったかと言うと、余の提案に驚いたビーレウストが自分で上げた声の大きさに聴覚と脳が揺れて鼻と目と口と耳から血を垂れ流し始めた。
「本当ですか!」
だがそんな事など気にならないのか、ビーレウストは余の両肩を掴み力を……力を……痛いかもしれん。
「もちろんだ。まあ、まず血を拭けビーレウスト」
「本当です……うわぁ」
まずいぞ……ビーレウストの瞳孔が 《殺人者》 になっている。
「落ち着け! ビーレウスト」
「そうだよ! 落ち着くんだよ! ビーレウスト」
でもな余は思うのだ。
この場で言おうが、違う場所で言おうが、ビーレウストがこの状況になっただろうと。
ビーレウストは余の両肩をそのまま押して床に押しつけた。要するに余は押し倒された状態だ。
「陛下! あなたを愛している!」
嬉しいのだろう。
腰に差している銃を取り出して、余の頭に銃口を。
エヴェドリットはこういうのが多いからなあ。
「馬鹿者! 陛下になんてことをしてるんじゃ!」
カルニスタミアが銃を持っている腕を捻るが……余の上に座っている状態のビーレウストに力を込めるので、全体重が余の腹にかかかるので少しばかり圧迫感が。
平気と言えば平気だが。
「落ち着けよ!」
驚いたザウディンダルがテーブルを持ち上げて、ビーレウストの頭上に叩き降ろした……カルニスタミアも巻き添えを食らったが、
「幾らでも教えますから! うわ! 撃って良いの!」
「はやく、どかぬか! この馬鹿者があ!」
二人とも全くこたえておらぬようだ。
そしてこういった状況のカルニスタミアの喋り方は、非常にカレンティンシスに似ておるな。
「早くどけろよ、ビーレウスト。俺もセットアップ手伝ってやるから」
余の上で 《愛してますよ陛下ぁぁ!》 と叫びながら、首を絞めたり殴ったりと殺しにかかってきたビーレウストに、これがリスカートーフォンかあ……と思いつつ余は意識を失った。
応戦してしまうと ”ラードルストルバイア” が出てくるかもしれんからなあ。それに周囲にはカルニスタミアもエーダリロクもおる。
意識を失っても余は無事であろう。むしろ暴れない方が、皆のためだ。
《いつもおもうが こうてい ってのは たいへんだな》
− うむ。クッキーは美味しかった。また後で食べような、ラードルストルバイア
《あのなあ てんねんさんよ そういうもんだいじゃなくてよ》
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銀河帝国帝星ヴィーナシアの帝国宰相執務室で、報告書を読んで怒りに震える男が一人。
「……」
「長兄閣下……」
共に報告書を見たデ=ディキウレが ”どうしましょう” といった表情で声をかける。
「あのば……かっ! ああぁぁぁぁぁ!」
怒りのあまりに意識を失ったデウデシオンを揺すり起こし、水の入った豪華過ぎるグラスを差しだして膝をついて頭を下げながら今回の 《陛下殺害未遂事件》 に対して詫びる。
デ=ディキウレが詫びる筋合いのものではないのだが、誰かが詫びの一つでも入れないと帝国宰相の気持ちが収まらないだろうと。
血走った目と歯軋りをしながら、帝国宰相はもう一度報告書に目を通す。
その後ろで、
「あと報告によりますと……食堂の修繕をセゼナード公爵が行ったとか……」
デ=ディキウレが別ルートから入った報告を告げると、帝国宰相は執務机を真っ二つに割った。
「どうせ……あの爬虫類銀狂のことだ。ロクな事しておらんのだろう……」
デ=ディキウレは怒りに震える長兄から目を逸らしつつ、
「はあ、まあ……そのようです」
正直に答えた。
『お労しいや、長兄閣下……』
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ビーレウストが暴れ、それを取り押さえる為にカルニスタミアが暴れた結果、食堂は見るも無惨な姿に変わっていた。
シュスタークが意識を失った時点で危険と判断したキュラとザウディンダルは、食堂にいた兵士とロガを連れて待避。
直後食堂では大乱闘が起きて、十分後にカルニスタミアが 《首が変な方向に曲がったビーレウスト》 を小脇に抱えて廊下に出て、無言のまま歩き去った。
「完全に首の骨折ったね」
「そうだなあ」
キュラはロガを軽く抱き締めて、それが目に入らないようにしていた。
その次に出てきたエーダリロクはシュスタークを抱きかかえて風のように走り去った。
「后殿下、ちょっと騒ぎになっちゃいましたけど、お部屋にもどってお茶の準備でもしましょうね」
「は、はい……あ、あの何があったんですか? デファイノス伯爵さんとナイトオリバルド様が喧嘩ですか?」
調理室を使った挨拶をしている間に起きた出来事に、ロガは当然ながらついて行くことができなかった。
「あれは気にしないでください。何時ものことなので……悪ふざけがちょっと失敗した感じですから」
”また兄貴の血管がぶっちぎれるんだろうなあ”……と悲しく切ない思いを隠しつつザウディンダルは答える。
「気にしない、気にしちゃ駄目ですよ。さ、僕とザウディンダルと一緒にカップやお茶の葉を選びましょう。僕結構詳しいんですよ」
言いながらロガを促し、クッキーを持ち二人は立ち去った。
シュスタークを近衛兵団団長の元に届けて、エーダリロクはダーク=ダーマの管理者補佐として食堂の修復材料を持ち急いで戻り修理をした。
結果食堂は白兵戦訓練用室のタイルで覆われ、対白兵専用防御盾素材で出来たテーブルと椅子が完備された。
「これで、カルニスタミアとビーレウストが暴れたって大丈夫だぜ!」
一般兵用食堂で度々暴れられたら困るのですがと誰もが思ったが、敢えて誰も何も触れなかったのは言うまでもない。
エーダリロク自信作の食堂を訪れる兵士は殆ど居なかったという。また何かが来たら困るので。
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