繋いだこの手はそのままに −106
 先遣部隊がもたらした報告に、軍首脳部の面々の表情が曇った。
「どういう事だ?」
 百年近く戦争を続けていると、戦闘開始区域などは 《定位置》 ができあがる。だが今回異星人はその定位置ではない 《もっと奥》 要するに彼等の支配区域の深くに陣取っていた。
「異星人が何か新兵器でも開発したのかも知れない」
 前進する気配がない敵の布陣に、全員が危険を感じるが、今回の戦闘はただ戦争をしに来たわけではない。
 シュスタークに全権指揮する権利を発生させる為に、何が何でも敵と交戦しなくてはならないのだ。
「様子を見ますか?」
 交戦の定義もあり 《搭乗している艦の主砲射程最大距離の半分の位置まで敵陣前線に接近し、延べ三六時間指揮を執る》 とされている。
 本来の予定ならばシュスタークの二十五歳の誕生日二週間前に規定のポイントに到達する予定だったのだが、敵が何時もより奥まったところに布陣しているために余裕などなかった。
「そんな余裕はない。目標ポイントまで到達するのは、帝国標準で陛下の誕生三日前。様子を窺う猶予などない」

**********

 本日もロガと共に旗艦内を散歩している。
 何でも前線が想定していたよりも遠くて、到達までに予定されていた以上の時間がかかるそうだ。
 予定が伸びた結果、自由な時間が増えて、こうして散歩している。
 今日見学をしに来たのは、機動装甲格納庫。
 余は……その絶対に出撃しないとは思うのだが、一応 《帝国騎士》 の能力をも有しているので、体裁として機動装甲も持って来た
 勿論動かせるようにエーダリロクと、ザウディンダルが毎日のように整備してくれているそうだ。
 帝国騎士は機動装甲の基本的な整備が出来て当たり前なのだそうで……余は全く解らんがな。
 操縦はシミュレートで覚えているから出来るが、それは動かすだけで上手に戦闘出来るか? と尋ねられたら 《出来ぬ!》 と間髪入れずにはっきりと答えられる。
 そんな物間髪入れずに答えても仕方ないのだが、動かすのと戦闘は違うと思うのだ。機動装甲はその性質から ”搭乗出来る=動く” となっている。
 我々の特殊な脊椎核に反応する……なんといったか、ファイバーだったか? なんだったかが使用されているので、思った通りに動くのだ。
 思った通りに動くのだが、その 《思い描く》 が正確でなければ、戦闘できない。
 要するに走ったりジャンプしたり程度は、経験上脳に描くだけで割合正確に再現出来るが、いままで戦闘を経験したことのない余が、異星人の兵器を破壊するために宇宙を飛び、武器を構えるのは、想像が正確ではないので役に立たない。
 実際の戦闘と同じ事だ。
 エヴェドリットのように、生まれつきそれらの能力が発達しているのなら、なんの経験なくとも戦えるかもしれないが……余はなあ……。
 余の中にいる 《帝王》 も、機動装甲戦は経験したことがないので、これに関しては劣るかもしれない。勿論出たことがないのであくまでも憶測だが。
 ……ん? 何だあの廊下の隅に落ちている鈍い銀色の亀のような物体は?
「あれは何だ?」
「自動清掃機ですが……おや? 壊れているみたいですね」
 エーダリロクが近寄り、動きが停止している銀色の亀のような物体を持ち上げる……エーダリロク、似合っておるぞ!
 エーダリロクには爬虫類っぽいものがよく似合う。さすがだ! 爬虫類王子の名は伊達ではない!
「故障なんて珍しいな」
「本当だな」
 ザウディンダルも近寄り、二人で亀の腹にあたる部分を開いて押している。
「あの……キュラさん。自動清掃機って」
「ああ、あれね。あれはこの艦内を清掃する機械だよ。メインシステムからの指示のもと、清掃をする機械。埃を吸うことから拭き掃除まで何でもこなす。そしてあの足の部分をみてくれると解るように、壁も天井も関係なく掃除ができるのさ。現在の進軍中の清掃は全てあの機械がやってるよ。大体戦争も有人艦、有人ってのは人が乗っている、この艦みたいなのが六割で残り四割は完全無人なんだ。あの掃除機械と同じく、有人艦から指示を出して無人艦隊が動く仕組み。で、どうなの! エーダリロク」
「ちょっと待ってくれ。下手に動かしてマズイもんだったら困るからよ。団長! これ隔離室に放り込んでおいてくださいな!」
 離れた所から警備していたタバイが近寄り、それを受け取って走っていった。
 進軍前に 《戦艦には僭主の末裔もいるかもしれませんので》 とデウデシオンから聞かされていたし、余が聞かされていると言うことはそれ以上にタバイは聞かされ、注意を払っているに違いない。
「人が手を加えた形跡はなかったから、ただの動作不良だとは思いますけれども」
 ザウディンダルがそう言うが、エーダリロクは面白くなさそうな表情をしている。
「どうした? エーダリロク」
「動作不良ってのが」
「作られた物だ。壊れるのは当然であろう」
「そうなのですが」
 歩きながらエーダリロクが説明してくれたのは、人の手を煩わせないようにするために作られた機械が、廊下などで機能停止をしている。それらを規律で縛り拘束している兵士に回収させる訳にはいかない。
「動作不良のパーセンテージが高くなると、それを回収する専用の人間を用意する必要があります。回収用の人件費と清掃専門員の人件費の差となると」
 さすがロヴィニア、まず費用からだ。
 お金は大事だからな。余はあまりしっかりとは解らないが……
「あの、ナイトオリバルド様」
「なんだ? ロガ」
「ナイトオリバルド様や私のお部屋は人が掃除してくれてますよね。なんであの自動清掃機じゃないんですか?」
「それは権力誇示。要するに人を雇っている事で、偉さを表現しています。それともう一つ、さっき団長に持って行ってもらいましたが、あのような装置は手を加えて様々な殺傷能力を付けることが出来ます。人間でしたらある程度は予想できるのですが、装置は予測不可能な部分が多いので、あのような自動の装置は陛下や后殿下の傍から出来る限り排除しています」
「あ、ありがとうございます」
「解らないことがあったら、何でも聞いて下さい。設備や装置や兵器の事に関して、このセゼナード公爵エーダリロク、答えられないことはありません」
 言い切った……さすがだ、エーダリロク。

 メーバリベユが好きになるのも解る……

 メーバリベユよ……許せ。余はその……騙されたと言ったら駄目だが、余はエーダリロクに騙されていたのだ。
 今から三……四年ほど前か、余の正妃候補だったメーバリベユが、結局正妃にならない事になり、その後エーダリロクと結婚した。
 結婚するまでの経緯などに余はあまり興味がなかったので聞かなかった。
 だがエーダリロクとビーレウストが態々余の部屋まで来て
『実はメーバリベユ侯爵は正妃候補から外れたので、詫びということで王弟のエーダリロクと無理矢理……』
 そう説明してくれた。その言葉に、おかしい所もなく、余と同衾までしておきながら結婚を潰された正妃候補となれば、王弟をくらい与えなければ示しがつかぬであろうと。
 二人は ”出来れば期間をおいて離婚して、新しい人生を” と余に言った。王弟と結婚して、王弟の不備で慰謝料をもらって離婚したら、後は自由にしてやると言われて、余は信じてしまった。

 まさかそれが全く違ったとは……済まん、メーバリベユ

 ロガがメーバリベユから聞いた話は全く違った。もしかしたら嘘を言っているのかもと最初は考えたのだが、女官長が后殿下に嘘を言うとはとても思えない。
 だがエーダリロクやビーレウストは、これに関しては余に嘘をつくこともあるだろう。

 メーバリベユよ、余が帝星に帰還したらそなたの意見を聞き、事と次第によってはエーダリロクに強固に結婚を勧めるから、それで許してくれ!

「どうなさいました? 陛下」
「いや、なんでもないカルニスタミア」

 カルニスタミアと言えば……ロガが 《女の人》 といったカレンティンシス。両性具有なのだろうか? 両性具有だとしたら、カルニスタミアは知っているのか? いや知らないはずだ。
 あの時意識が交錯したが、カルニスタミアの中にカレンティンシスはなかった……と思うのだが、カルニスタミアは両性具有に関して深く意識を閉じていた。
 さすが安定度が最高と言われるカルニスタミア、余はカルニスタミアがザウディンダルを愛していることは解ったが、ザウディンダルが両性具有であったことまでは気付けなかった。
 あの時、確りとそれに関しては意識を閉じていたのだろう。
 となれば両性具有かもしれないカレンティンシスの事も……

「陛下?」

 か、格納庫までが遠い。早くたどり着いてくれないだろうか? 考えすぎて疲れた……


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