繋いだこの手はそのままに −94
 行儀悪くローチェストに腰をかけているのはイデスア公爵にしてデファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネスト。
 体格といい色彩といい、一瞬みただけではシュスタークと見分けの付かない程に似ている。
 もっとも一瞬だけであって、よく見ると似てはいない。シュスタークよりも目は細くそして鋭く、口は大きい。髪の色も皇帝特有の “星の瞬きをまとった黒” とは違い、本当の黒で柔らかさがある。
 帝国で最も聴覚の発達している男は目を閉じたまま、ロガの警備にあたっていた。
 自分に近付いてくる「小さな足音」にビーレウストは目を開き、ローチェストから立ち上がり、すこしだけ腰落として長い指が特徴的な掌を胸に添えて軽く礼をする。
「イデスア公爵さん」
「なんでございましょうか后殿下。それと俺のことはデファイノス伯爵と呼んでください。ビーレスウトでも構いませんけどね」
「あ、はい。デファイノス伯爵さん、お願いがあるんですけれど……良いでしょうか?」
「このデファイノスに出来ることでしたら」
 顔をほんのりとピンク色に染めてビーレウストを見上げるロガ。
『陛下とかカルには可愛くみえるだろうなあ。俺はもう少し大人で派手な方が好みだが』
 誰もお前の好みなど聞いていないと言われそうなことを思いながら、ロガの言葉を待つ。
「あのですね、お菓子の作り方教えて欲しいんです」
「……菓子ですか?」
 突然のことにビーレウストは驚いた。教えるのことが出来るかどうかは別の問題として、銃器の扱いや体術の指導なら解るが、何故目の前にいる皇帝の正妃は自分にそんなことを依頼するのだろうか? 周囲にいる者達も、これほど不適切な人選はないだろうと思いながら事態を静観していた。
「はい。あの、前にカルさん、じゃなくてカルニスタミアさんが持ってきてくれてたお菓子とっても美味しかったです。だから、ちょっと教えてもらえたら嬉しいなとおもって」
 ナイトオリバルド様に今度こそ成功させて食べてもらいたいので、教えてくださいと言ったロガに、
「そのように言っていただけるとは。后殿下たっての願い、このデファイノス喜んで。あー少々用意してまいりますので、お待ち下さいね。警備はアジェ伯爵に」
 女好きは最高の笑顔で答える。
 突然の連絡を受けた、警備を交代してやったサドホモ名高い実兄は、
「任せたぞ、シベルハム」
「いってらっさい、我が実弟よ」
 実弟の内側からあふれ出している闘志にエールを送った。
「あいつどうしたんだ? ところで何処に向かうつもりなんだろうな」

 適当な男である。

 “王子” としては十三歳のケシュマリスタ王太子と同数の国軍しか率いていないカルニスタミアの艦隊に緊張が走る。
 突然の警告音と共に戦艦をすり抜けてくる “突撃専用機”
 通常は惑星などに強襲をかける際に使われる、対空防御攻撃をすり抜ける速度を得ることが可能な、着陸機能を有しない機体。
 着陸機能の代わりに備わっているのは、酸素に触れると粘着性の高いゼリー状の物体が、ぶつかった衝撃により稼働する様に出来ているだけ。
 それを放出・ゼリー状にするための装置が付いている射出孔、ゼリー放出口のそれをクッション材にして、無理矢理止まる形を取る。それだけが動きを止めるものであった。
 衝撃は常人であれば十割の確率で死ぬと言われる程。
「エヴェドリットの突撃艇がライハ公爵殿下の旗艦に! うわあ突き刺さった!」
 相手の懐に飛び込み、自力で飛び出して攻撃をしかけるという原始的でありながら、人間とは一線を画した生き物以外には不可能な攻撃方法。
「一体何事だ?」
 私室で襲撃を受けたカルニスタミアは、側近に声をかけて報告を聞いてビーレウストが突撃した場所へと向かった。
 突撃する場所は選んでいたようで、死者や負傷者は居なかったが、艦の動力に破損を受けたために航行不能となってしまった。それでも二人とも特に気にするわけでもない。
「カルゥ!」
 突撃艇から降りて “カル呼べ!” と怒鳴りつけているビーレウストに、破損を直すべく集まってきた兵士達は遠巻きに “お待ちください、お待ちください” と言うしかなかった。戦場で興奮したエヴェドリットに近寄るなというのは、軍の教本にも書かれている程。
 軍属しなくとも、幼い頃から教えられるものだ。
 三つ子の魂百までもで怯えている兵士達を押しのけて、
「なんじゃ、ビーレウスト」
 カルニスタミアは普通に声をかけた。
 側近達が兵士達に “修理は王子が席を外してから” と一度撤収させる。
「“なんじゃ” じゃねえよ、カル!」
「理由を言え、理由を」
「手前! 何時の間に俺が后殿下の菓子作ったことになってんだよ!」
「后殿下に渡した菓子を作ったのがお前となっていることか?」
「そうだ!」
 ああ、そう言うことか……といった表情を隠しもしないカルニスタミアは答えた。
「菓子を渡す際に “同僚が菓子作りが好きで余している” と言って渡した」
「それが俺と、どう繋がるんだよ!」
「同僚と言った手前、あの時の同僚を挙げた」
「だからなんで俺なんだよ!」
「ザウディンダルは作らんし、キュラに作れといったら叱られるし、エーダリロクは爬虫類食になりかねんから、お前が最も安全であり妥当だった」
 旗艦に特攻をしかけてくる王子を選んだのは、果たして妥当で安全な人選なのだろうか? 誰もがそう思うだろうが、誰も何も言わない。
「普通にアイバス公爵が作ってたって教えりゃいいだろうが!」
「儂は后殿下に嘘つくのは嫌だ」
 まるっきり悪びれない “王子” を前に、怒りもどこかに飛んだかのように肩を落とす。
「ぶはっ! ……お前……」
 それを気にせずに話を続けるカルニスタミア。
「后殿下に嘘をつくくらいなら、周囲に甚大な被害が及んでも甘んじて受けよう」
「被害が及んでんのは俺だよ!」
 自分を指さすビーレウストの肩に手を置き、真剣な顔で告げる。
「作り方覚えて、教えて差し上げてくれ」
 訂正するつもりは全くないことは、自分の肩を握っている手の力で感じ取ることができた。
「無茶苦茶……これだから王子様ってのはよぉ!」


 あなたも王子様ですデファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネスト殿下


 テルロバールノルは頑固で、エヴェドリットは戦闘以外には執着心を持たない。その結果、ビーレウストはカルニスタミアの口から訂正させることを諦め、自らもロガの勘違いを訂正することを放棄した。
 ビーレウスト=ビレネスト、戦闘や殺戮に関してはこだわりもあるが、それ以外は結構流される男である。
 カルニスタミアの旗艦の修理と、ビーレウストが突撃に使った機体の修理の完了を待つまでの間、二人はサウナに入ることにした。
 もともとカルニスタミアが “沐浴するつもりだった” ので誘ったところ、ビーレウストは頭を落としたまま付いてきた。
「カル、お前……狙ってんだって?」
 二人きりになったところで、ビーレウストから話しかける。はぐらかすかとも思ったが、カルニスタミアはそれもしなかった。
「エーダリロクから聞いたのか」
 エーダリロクに “それらしいこと” を語った時点で、ビーレウストにも伝わっていることは驚くに値しない。
「ああ……」
 だが “それに関して” ビーレウストが尋ねてくるのは意外だった。人を殺すのには興味があっても、簒奪や他人の行動にはほとんど興味を持たない男からこの話題を持ちかける事に、不思議な感触を覚える。
 ビーレウストの考えていることを知ろうと、一度は捨てた考えをあたかも継続的に考えていたかのように話し続ける。
「もう少し時間をかけてな」
「お前は兄貴を殺す気はあるのか?」
「その処遇が決まった時が、行動を起こす時だ」
「なるほど」


 ビーレウストに取って “殺す” 対象にならないほどに弱い実兄カレンティンシスの処遇について尋ねたのか? その真意をカルニスタミアが知った時こそが簒奪の始まりとなる


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