繋いだこの手はそのままに −93
 ザロナティオンは皇帝になる以前、当然ながらロヴィニア語発音で名を名乗っていた。*1
 それがシャロセルテ。
「バオフォウラーと呼ばれますか。その方はビシュミエラとして皇帝となったのに」
 帝国語は発音することが出来なかった。帝国語どころか言葉をも失っていったとされる男。
「私はバオフォウラーが皇帝になった世界を見たかった。このシャロセルテとバオフォウラーが作った世界を見たかった。私はエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルの命が尽きるまで帝国を見守る」
 帝国の統一と統治の代償に支払ったものは、彼の人生。
「《あなた》 にお会いできたこと、そして会話をかわせたこと誠に嬉しく光栄です。マルティルディの末落胤に生まれた者が拝するにはあまりにも大きな栄誉。この栄誉、墓まで持って入る誓いを 《あなた》 に捧げることをもって、祈りとさせていただきます」
 キュラは言い終えると、膝をつき頭を床にこすり付けた。
 それに対する返事はなかった。彼がキュラの答えに満足したかどうか、キュラ本人には解らない。
 だが彼はキュラの前から去った。遠ざかる彼の足音をを聞きながら、キュラは考える。

 何故あれほどに仲の良いエーダリロクとビーレウストの精神感応が開通していないのか?

 エーダリロクは “デイロン・シャロセルテ” の存在をディルレダバルト=セバインの末であるビーレウスト=ビレネストに知られたくはなかったとしか考えられない。エーダリロクは精神感応が開通する特徴を兼ね備えているのに、誰とも開通させないで成長する道を選んだのだと。
 それを気取られる事を恐れただけなのか? それとも違う理由が存在するのか?
「ザウディンダル、意外なところに君を守ってくれる人がいるようだ。いや、君の為じゃなくて彼のラバティアーニに対する贖罪なのかもしれないね。エーダリロクが君に手を出さないのは、爬虫類云々じゃなくて……」
 両性具有を殺害した 《銀狂帝王》
 巴旦杏の塔はなく玉座の前で、周囲で見ていた誰も助けようとはしなかった。衆目で犯し殺した両性具有に対する哀か。

「あなたは狂っていなかったのですね」

 誰もいない部屋で、キュラは床に落ちるだけの呟きを零し何時ものように笑いを顔に ”貼り付け” て立ち上がった。

**********


シャロセルテは色々な人々の考えを覗くことが出来た



「さあ憎悪と悪意で私を狂わせてみるがいい。マルティルディの末王よ、お前は私を狂わせられるほどの男かな?」



《お前が探しに来たのは 《これ》 だな》

 小さな子供がいる
 褐色の肌をした、怯えた目をした子だ
 子供は柱に縛られている
 ……ああ、子供が泣き出した

 ダークブラウンの膝まであるロングストレートの美しい髪を持った、正気を失い欠けている女が手に何かを持っている

− ……燃料? ケシュマリスタ語で書かれている。液体燃料だ
《ああ、あれはケシュマリスタ語なのか?》
− そうだ、ケシュマリスタ語だ

 女は縛られている子供に液体燃料をかけて、火をつけた

 燃え盛る火と、叫び声を耐える子供

《何度も焼かれているな》
− そうなのか?
《焼かれ慣れしている。口を確りと閉じ、呼吸を止めている。騒ぐと熱気により気道が焼け、さらなる苦痛を味わうことを知っているのだろう。気道は熱に弱いからな》
− 酷いもんだな
《その女を追ってみよう》

− どうやって? ラティランの野郎の記憶は、中々上手に閉じられているぞ?
《簡単だ。切欠になる行動を取ると良い。お前はガルディゼロ ”伯爵” の過去 ”も” 知りたくてきたのだろう? もっとマルティルディの末王を揺さぶるといい。そうだな、私がロターヌ=エターナであることを教えてやれ。間違いなく動揺して、ガルディゼロ ”伯爵” を見る。同時に、過去を拾いやすくなる。なによりマルティルディの末王は私達が記憶からガルディゼロ ”伯爵” を拾っているとは思っていない。あれはあくまでも自分と皇帝と両性具有のことを探りに来たと思っている。まさかお前が ”そこ” まで気付いているとは、思ってもいないだろう》
− そうか。じゃあ、景気良く吸い出してくれ。あとキュラは伯爵じゃなくて、侯爵な。ガルディゼロ侯爵
《出来るだけ間違えないようにする。そのガルディゼロに関してだが、あまり良い記憶ではないだろう。構わないか?》
− 構いはしねえよ


ダークブラウンの膝まであるロングストレートの美しい髪を持った、正気を失い欠けている女が手に何かを持っている

《その女に液体燃料を手渡した手。手袋に描かれた朝顔を図案化した紋章》
− この色使いと紋章はケシュマリスタ王太子だ!
《記憶を戻していこう》
− ガラスに映った顔は……やっぱりラティランだ!

《マルティルディの末王が燃料を用意して渡していたようだな》
− キュラは知らないんだよな
《ああ。 ”以前探った時は見えなかった” このガルディゼロ侯爵もマルティルディの末王の簒奪にとって重要な駒の一つだ。その役割を気取らせないよう接しているのだろう。もう少し深く見てみるか。何故ガルディゼロ伯爵……ではなく侯爵が末王に従うのかを》

[さて、助けてやろうか]

− 蛆? あの野郎!
《知っていながら、火傷を治させず蛆がわくまで放置しているとは、見事な善王だ……この末王……やはり》


 青年は焼かれて放置されても中々死ねない異母弟に、さも今知ったかのように驚いた声を上げる
 周りに居た取り巻きの声を無視し、皮膚が焼け爛れ放置されて蛆がわいた異母弟に近寄り抱きしめる


[私に従うのならば助けてやるぞ従わなければ永遠に苦しむことになるだろう]
 
− キュラは『気付いていない』な
《……》
− どうした?
《いいや、探り続けるか》


 青年王太子は異母弟の皮膚を張り替えるように指示を出した。褐色の肌に金髪だった少年は、白い肌に金髪になった。

《……》
− なんで肌の色を変えられるんだ! 俺たちは! ……ザロナティオン?
《マルティルディの末王め。話は後だ、辿り着ける所までゆくぞ!》


[この色の方が似合うぞ、キュラティンセオイランサ。そんな平民のような肌など認めないよ……どうした? キュラティンセオイランサ。ああ、この虫が恐ろしいのか。これは私に従順でな、ほらお前の肌をまた食らう]

− 食ってないのに、虫なんてついてないのに! なんでキュラは暴れるんだ?
《幻覚だ。だがマルティルディの末王は、虫も使える》
− なんだって? あ……

 少年を虫が覆う
 助けてくれと少年は叫ぶことも出来ない
 少年を虫が覆い隠す。そしてダークブラウンの髪をしていた女性がもがく
 頭の内側に虫が這っていると叫んで、髪を引き抜く

− 幻覚……ラティランが実弟三人を殺害した方法は……まさか
《両方使えるのだ。虫を自体を操り、そして幻覚を見せる事も。エターナ=ロターヌであるからして幻覚は予想していたが……叔父皇君オリヴィアストルか》
− ……

[ああそうだ。あれは平民帝后と同じ瞳をしているな。無様だが兄達はそれは可愛がっている。お前とは違って愛くるしいのだろう]

 美しいダークブラウンの髪を持っていた女は、それを全て引き抜いてでも頭をかきむしる
 息子に虫がついて取れないから、焼き払うのだと叫ぶ。彼女が見ているのは幻覚だ

[お前は美しくなかった。だが今は美しい]

 お前は良い子だキュラティンセオイランサ。《断種》 よりも性能が良い。本来ならエヴェドリット王子を使う予定だったのだが、あれが 《断種》 とはな。《断種》 ではさすがに手を出せん。
 だが私の手元にあってよかったよ。

− やっぱり ”それ” が狙いか!
《これ以上は危険だ! 引き上げるぞ》
− ああ!



「マルティルディの末王よ。貴様は盤上で 《女王の駒》 と共に並ぶ 《王の駒》 に過ぎぬ。動かしているのは死者皇帝。どの死者皇帝かは語らぬが、そのこと覚えておくが良い」



バオフォウラーはシャロセルテにだけ、意志を伝えた。それは伝える事が出来た ”彼女” が……

**********


 エーダリロクは部屋に戻り椅子に深く腰をかけ、指を組み目を閉じる。ゆっくりと 《デイロン・シャロセルテ》 と 《エーダリロク》 を入れ替える。
「まあ、俺にも色々あるのさ。ラティランに娘をくれてやる気はねえし、何よりも……」
 正装を解きながら、エーダリロクは首を回す。何時もよりも長く、そして深く力を使ったので、疲労も大きい。
 足を組み、乱れた格好で肩を落として前かがみになりながら、彼の人生を彼は思う。
 多種多様な疲労で “呆けて” いると、突然連絡が入った。
「セゼナード公爵殿下、デファイノス伯爵殿下より緊急のお話があると」
 その声に、エーダリロクは何時もに戻り画面越しに大親友に話しかける。
「どうした? ビーレウスト」
『頼みがあるんだ。オーブン作ってくれねえか?』
「いいよ、直ぐに作って持っていくから待ってろ」
 笑顔で通信を切って、立ち上がる。

 エーダリロク自身がはっきりとザロナティオンを確認したのは、シュスタークにに初謁見した日。その時玉座を、そして皇帝を見て、エーダリロクは己の内側の叫び声をはっきりと聞いた

― 私よ! 私はまた玉座にあるのか! 嗚呼! もう皇帝にはなりたくはなかったのに! 両性具有を犯し殺した座に再びつくのか ―

 《彼》 は酷くエーダリロクに謝る。
 《彼》 も一生現れるつもりはなかったのだが、玉座に就いている自分を見て、瞬間的に幼かったエーダリロクを押し退けてしまった。

【幸せになるがいい】
 エーダリロクの全てを知っているのは、エーダリロクとデイロン・シャロセルテのみ。
【幸せだよ。生きてるんだからな】

 デイロン・シャロセルテは自らの幸せの為にシュスター・シュスタークを、そしてアグディステス・エタナエルを幸せにしなくてはならない。
「あと、キュラもな。まさかこんな目に会ってるとは知らなかったんだよ……悪ぃ。でも、これで駒は揃った。女王はビーレウストに渡せる。お前にはカルニスを渡す、それまでは生き延びてくれよキュラ」



*1
ザロナティオンとビシュミエラは数ある僭主の中から勝ち上がり皇帝になったので、他の僭主同様皇帝名は持っていなかったため、本人の名前がそのまま皇帝名となった


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