藍凪の少女・幸せに暮らしました[01]

 銀河帝国第二十四代皇帝アルトルマイス。
 十八歳で即位した彼は ”平民帝后を生母に持つ皇帝” として有名だが、本人にはそれ程触れられることはない。
 アルトルマイス帝の死から僅か十数年後に、宇宙は加速度的に暗黒時代へと突入する。
 斜陽ではない、暗黒。

 その未来を知る者は、誰一人ない

**********

 即位式典を終えて、真の即位である神殿での宣言を終えて外へと出て来たアルトルマイスを、
「陛下」
「シルバレーデか」
 ザイオンレヴィが出迎えた。
「陛下、帝太后陛下がお待ちです」
 アルトルマイス帝は頷いて、母であるグラディウスの元へと向かおうとしたのだが、
「ベルティルヴィヒュ!」
 いつの間にかグラディウスが傍まで来ていた。
「母上……」
 背後には 《大皇》 となったサウダライトもいる。
 サウダライトは十八歳になった皇太子に位を譲り、グラディウスと共に大宮殿から出て旅行へと向かう事になっていた。
 旅行はサウダライトの貴族時代の趣味であり、宇宙が大好きなグラディウスもそれをとても楽しみにしてた。
「おめでと! 皇帝になっておめでと!」
 十五歳でアルトルマイス帝を産んだグラディウスはまだ三十三歳。
 そして 《中身》 は大宮殿に来た頃とほぼ変わりがない。
「ありがとうございます母上……それでですね、母上」
「なあに?」
 《にこにこ》 と笑っているグラディウスと、背後に立つサウダライト。そしてその両隣に立つ、アルトルマイス帝とは少々年の離れた双子の実弟と実妹。
「余は帝国の最高の地位に就いた。だから、貴女の望みを叶えよう」
「……?」
 グラディウスは生涯子供っぽさを残したが、それはあの特徴的な大きな藍色の瞳にある。この時も不思議そうに首を傾げ、特徴的な目を見開く。
「これからは、貴女の望み通りこう呼びますよ。 ”かあちゃん” と」
 笑って言ったアルトルマイス帝に、かなり時間をかけて理解してから抱きつき、
「あてし、かあちゃん!?」
「そうですよ、かあちゃんですよ」
 喜びの声を上げる。
「嬉しいなあ! でも、なんで ”かあちゃん” って呼べるようになったの?」
 不思議さを隠さずに見上げてくるグラディウスに、アルトルマイス帝は背後の神殿扉に手を触れて開き、グラディウスの瞳には闇にしか見えない空間を指さす。
「ここに入って 《許可》 を貰えたからですよ。一番偉いという許可を」
 グラディウスは中をのぞき、そして、
「ありがとー!」
 言って神殿の中へと目がけて駆けだそうとする。
「危ない! 帝太后陛下!」
 ザイオンレヴィの素早い対応で、無許可で神殿へと足を踏み込んで……の大惨事を避ける事は回避された。
「あっ! 入っちゃ駄目だったね。ごめんね、白鳥さん」
「いいえ。陛下も扉を開かないでくださいよ」
「悪い悪い、お兄様」
 苦笑いしながらアルトルマイス帝は扉を閉じようと両側に押し開かれている扉に両手を乗せた。そうしていると、ザイオンレヴィの腕に抱き止められている形になっているグラディウスが大声で叫んだ。
「ありがとね! あてし、ずっとベルティルヴィヒュに ”かあちゃん” って呼んで欲しかったんだ! ありがとね! えっと、……えっと! リーじゃなくて、ヒーじゃなくて……」
 《神殿》 の人格システムの名を忘れてしまったグラディウスに、アルトルマイス帝が耳元で囁く。グラディウスはその名を聞いて、目を輝かせて 《神殿》 の人格システムにお礼を叫んだ。それが届いているのか? いないのか?

 確認する術はないが、恐らく届いているだろう

 閉ざされた扉を見上げているグラディウスから少し離れて、大皇となったサウダライトとアルトルマイス帝が視線を合わせる。
「ベルティルヴィヒュ」
「何だ」
 アルトルマイス帝は父親であるサウダライトが好きではない。
 グラディウスの年齢やら、一歳年下の実弟エルシュルマルトが生まれた経緯などを 《理解》 しているので、好意的になることができない。
 サウダライトを蛇蝎の如く嫌っているエルシュルマルト(神殿でできた子の意味)に比べればマシではあるが。
「何ねえ……まあいいや。あのな、私が死んだ後の話だがグラディウスを……」
 皇帝崩御後、正配偶者は殉死をして同じ棺に入ることができる。
 殉死は希望しても、新たな皇帝の許可を得なくてはならず、その皇帝の手により命を絶たれなくてはならず、大皇も同じである。
 サウダライトとグラディウス、先に死ぬのはサウダライトと決まっている。

**********

「お待ちしておりましたアルトルマイス陛下」
「イデールサウセラか」
「まあな、ここには僕しかいない訳だし。出迎えてやったんだ、ありがたく思えよ」
「口の悪い男であり、女だ」

 窓の外にもう家はない。

「……」
「どうした? ベルティルヴィヒュ」

 皇帝は窓の外を眺める。かつてそこには家があった。小さな家で、その前庭がこの巴旦杏の塔の大窓に面していて、ある家族がよくそこで食事を取って、そして遊んでいた。
 その一人が、今僕の目の前にいる。

「サウダライトが死んだ」
「悲しいのか?」
「そんな訳ないだろうが。頭おかしくなったのか? イデールサウセラ」
「じゃあなんだ? ベルティルヴィヒュ」
 あの男が死んだか。
 その前庭で家族仲良く遊んでいた、皇帝だった男。大皇になった貴族。

「霊廟に棺を収めるだろう。その輸送で、母上が大宮殿に戻ってくるのだが。泣くよなあ」
「泣くだろうな。君の母親は、愚かしく哀れな程不細工に泣く」

 泣くな、あの帝后は。
 今は帝太后か。
 《あてしグレス! グラディウス・オベラ・ドミナスって呼んでね!》
 僕は部屋に飾っている ”華冠” に目をやる。

「泣くよな……やっぱり……泣いてやる程の男でもなかろうにと思うのだが」
「泣くほどの男か否かは、帝太后が決める事だ。君の決めることでは無かろう」
「まあな……」

 指を組み、僕を見る。
 気付いているのだろうよ ”気付いて居るのだろうな” ああ気付いているのだろう。

「一緒に慰めてやるよ。母后陛下をお慰めしてやるよ、連れてきたらいい」
「ああ。それが最後だ」
「言われなくても解っているよ。誰よりも良く解ってるさ」

 そうだね、そろそろ僕も死ぬ頃だ。

「今から怖くて仕方ないよ」
「何がだ? ベルティルヴィヒュ」
「慰められるのかってな。お前も覚えているだろう? デルシ=デベルシュ皇后が死んだ時」
「まあね、あのエヴェドリット王女だけがサウダライトが皇帝の座にある時に死んだからな。今はないあの家で、大泣きしてたのは覚えている」

 あの皇后も無理難題を言ったものだ。
 帝太后に向かって 《泣かないで笑って見送れ》 などと。律儀に守ったらしいが、その後、泣いて泣いて大変な事になっていた。

「結局泣き止ませたのは、音楽でも物でもなく、死んだサウダライトだった。あの時以上に泣くと解っているのに、余は対面せねばならぬ」
「怖いのかい?」
「ああ」

− 藍凪の少女よ、藍凪の少女よ −
「……連れて来いよ。情けない皇帝だ」

 だが素直な男だ
 その素直さを愛していたよ
 もうじき会えなくなるけれども

 遠離る後ろ姿を見送りながら、僕は歌う

 藍凪の少女よ、藍凪の少女よ。ありがとう、その皇帝をありがとう。そして母にとっても 存在 してくれてありがとう。

 私達は求めているのだよ。全てを教えてくれて ありがとう

**********

「余計な心配はするな。誰が殉死などさせるものか」
「そうは言うと思ったが、一応なあ」
「お前、あの世の入り口で待ち構えているデルシ=デベルシュに、あの世に到着後すぐに叩きのめされて、母上を取り上げられたいのか?」
「それは困る」
 サウダライトは頷いて、グラディウスが死ぬまで幸せであることを確認してから声をかける。
「行くよ、グラディウス」
「おっさん! ……」
「大丈夫だ、かあちゃん。余にはガンダーラ2600世、マルティルディ、そしてイレスルキュランがいる。あとついでにザイオンレヴィもエディルキュレセ、ハルテンビアまでもいる。だから、安心して旅を楽しんでくれ。ガルベージュスとジュラス、ルグリラドに驢馬。リニアにルサ、そしてファラギアとアルガルテスと共に」

 皇帝、意図的にサウダライト排除したな(白鳥の独り言)

 グラディウスは羅列された名前が多すぎて、大事なおっさんの名前が削られてることには気付かなかった。
「うん!」
 満面の笑みで頷き、自分よりも遙かに大きい息子に抱きつき、
「何かあったら連絡してね! あてし何にもできないと思うけど! 急いで帰ってくるから!」
 言って、頬にキスをする。
 そしてグラディウスは神殿に向かって叫んだ。
「何時かこのご恩は返すからね! 神殿の……神殿の……」
 グラディウスに抱えきれない程の幸せを与えてくれた 《皇帝》 その彼等の背後にある 《神殿》 にグラディウスは、あらん限りの声で感謝を叫んだ。
 その感謝を聞きながら、アルトルマイスは前庭端で待っている二人を呼びつけた。
「ファラギア! アルガルテス!」
 呼ばれた八歳の双子姉弟は兄皇帝の傍まで来て、
「はい、陛下」
 第二皇女ファラギア親王大公が、心得たとグラディウスの右手を取り、
「重々承知しております」
 第三皇子アルガルテス親王大公が、グラディウスの左手を取る。そして双子は残りの手で、父親サウダライトを確りと握り、上目遣いで睨み付ける。
「なんか、踊るみたいだね!」
 円になった事に喜んだグラディウスの言葉に、
「では、皆でステップして行け」
 アルトルマイス帝は言い、ポケットから何時も必ず携帯しているカスタネットを取り出して、歌いながら叩く。
 
 アルトルマイス帝。それは ”カスタネット叩かせたら宇宙一” であると、音楽家である実弟エルシュルマルトが認めた程のカスタネッター。

 その軽快なリズムを聴きながら、グラディウス一人だけ ”どすどす” とした、ワルツなのかタンゴなのか、パソドブレなのか盆踊りなのか良く解らないステップを踏みながら、
「足が絡まるよ! おっさん! どうしよう!」
 絡まっていた。
「大丈夫です、母上! 右足を上に! ああ、それは左手!」
「母上、次は左足を半歩……ああ! 何故足を上げられるのですか!」
「グレス、蟹のように歩くんだ! そうだ! あとは私達が上手く誘導するから!」
「おっさん! ゆーどーって何?」
「うわああ、母上。後ろに、ってかああああ!」

 四人は神殿の前を去ってゆく。

「次にファラギアとアルガルテスに会う時は、結婚後であろうな」
 アルトルマイス帝はカスタネットを叩く手を止めて、ザイオンレヴィに話しかける。
「でしょうね。陛下、これからどちらへ?」
「皇帝の座に就かねば直接会えず、就いたら一番に会うと約束していた ”やつ” の所へ」
「御意」

 二人も神殿を離れ、前庭通路で待っていたケーリッヒリラ子爵と共にその場を後にした。

 グラディウスが話しかけた 《神殿人格名》 まだ失われていなかった 《その名》

 彼等は失われるとは思っていなかった。この平和が恒久的な物ではないと理解していが、その戦乱は彼等の想像を遙かに越えていた。

 アルトルマイス帝、彼は後の世において 《平和な帝国最後の皇帝》 とも呼ばれる。

戻る目次進む