藍凪の少女・幸せに暮らしました[02]

 巴旦杏の塔へと向かおうとしたアルトルマイス帝は、
「ぱおぉぉぉん!」(野郎は乗せん!)
 足に使おうとしたガンダーラ2600世の頭に乗ったら、鼻で掴まれて捨てられた。
「陛下!」
 ゴロゴロゴロゴロ……と転がったアルトルマイス帝に声をかけるザイオンレヴィ。
 あまり必死に救おうとしなかったのは、アルトルマイス帝が軍人でかなり丈夫なところにある。彼等の父だったサウダライトは、これらに関しては全く駄目だったので必死に助けたのだ。
「……」
 立ち上がったアルトルマイス帝に、ケーリッヒリラ子爵が声をかける。
「巴旦杏の塔へは、馬で」
 今は亡き2599世もこういう性格だったよなあ……と懐かしみながら。
 2599世はグラディウスは乗せたが、サウダライト一人では決して自分の頭には乗せなかった。男の中の男というか、そんな象であった。
「シルバレーデ、ケーリッヒリラ。二人とも下がれ」
「陛下?」

 アルトルマイス帝はガンダーラ2600世と向かい合う。

「貴様の言いたい事は良く解る。野郎を乗せたくはないのだろう」
 男達(象と人造人間)は睨み合う。
「だがっ! 余にも言いたい事がある!」
 何を言うのだろうか? と構える、ザイオンレヴィとザナデウと、ガンダーラ2600世。

「余だって野郎には乗りたくはない! 余とて乗るならば女が、雌がよい! だがっ! 貴様が余の、帝国皇帝の白象と定められた以上! それを守らねばならぬ! 解るか、象よ! 象、象よ! その名もガンダーラ2600世よ! 余は皇帝! 貴様は皇帝の象!」

 ザイオンレヴィとザナデウは顔を見合わせて、この場にはいない 《皇太子の軍事教育担当者》 の顔を思い浮かべ小さな、だがかなり絶望的な溜息をついた。
 アルトルマイス帝。彼は若干 《帝国でもっとも暑苦しい男》 ガルベージュス公爵が入っている。
「象よぉ! 余は皇帝ゆえに拳で語り合うことはできぬ! よって貴様とは話し合いで解決せねばならぬのだ! 解るかあ! 男たるもの語り合わねばならぬのだあぁぁぁぁぁ!」

 これでも少しだけ。

**********

 グラディウスが産んだ皇子皇女は合わせて五人。
 長子で皇帝の座に就いた皇子のベルティルヴィヒュ。
 第二子で第二皇子であり 《神殿でできた子》 なる屈辱の親王大公名を持つエルシュルマルト。
 警備のザイオンレヴィが目を離した隙をついて出来てしまった、マルティルディ王に容姿も性格も生き写しの第三子にして第一皇女ヒルメルシアデウサ親王大公。
 そして少し間をあけて生まれた、グラディウス待望の双子、ファラギア親王大公(皇女)とアルガルテス親王大公(皇子)の姉弟。

 皇帝は当然ながら四王家から后を娶り、第二皇子はエヴェドリットの王太子の婿となった。このエヴェドリット王太子は、最後の直系皇太子の妃になる予定の王女が繰り上がった王女。
 第一皇女のヒルメルシアデウサはケシュマリスタ王太子の妃となる。
 第三皇子アルガルテスは十二歳の時にテルロバールノル王太子の婿となり、第二皇女ファラギアは十三歳でロヴィニアのキーレンクレイカイムの妃となった。
 キーレンクレイカイムの姉王イダには子がおらず、政略結婚に専ら使われることになったのは、このファラギアとキーレンクレイカイムのと間に生まれた八人の子。

 各王家に散り、そして帝国へと戻って来たその血が未来へと繋がってゆく。

「お待ちしておりました」
 サウダライトが退位すると同時に、サウダライトの軍事権限代行であった帝国軍総司令長官・ガルベージュスも退官した。
 彼はこれから、大皇と帝太后、その他大勢の者達の警備をしながら宇宙を案内する。
 大皇に相応しく誂えた宇宙船に乗り、グラディウスは彼に一室一室を案内してもらう。
「ここは?」
 共に旅をする人達の部屋の入り口は、その人の紋様が大きく刻まれている。
 グラディウスは一緒に旅をする人達の紋様は全て覚えたのだが、その扉の紋様は知らなかった。
「それは大皇陛下にお聞きください」
 くるりと振り返り、何時も通り微笑んでいるサウダライトに尋ねる。



「だれのお部屋?」



 周囲の警備の戦艦は全て故デルシ=デベルシュの紋を持ち、その宇宙船は宇宙の至る所へと旅をした。
 美しいと有名な惑星。素晴らしい建築物があると有名な惑星。
 その宇宙船はガルベージュス公爵の指示により偶に民間船の傍を通る事もある。そうする事により、民間船の安全が保たれるので皇帝も許可を出していた。
 勿論グラディウスはそんな事は知らなかったが、全ての者が理解していた。その頃、宇宙は平和だった。

**********

「何故、貴様が同乗しておるのじゃ? キーレンクレイカイム」
 ルグリラドは大宮殿に残らず、グラディウスと共に旅に出た。グラディウスが伴った、二人の年若い親王大公の教育係になると皇帝に申し出て、ある条件の下、許可された。
 皇帝アルトルマイスの出した条件はただ一つ。

 ”あの大皇を見張れ” という物。

 ルグリラドは ”任せておくがよい! 尿道開発は阻止してみせようぞ!” と胸を張り、そして日々グラディウスと行動を共にしている。
「何となく成り行き」
 キーレンクレイカイムの方はというと、ルグリラドに夜這いをかける目的で同乗してみたら、ルグリラドはグラディウスと同室で休んでいて、手の出しようがない状態。
 だからと言って、サウダライトを焚きつけて上手く引き離すような事をしたら、大宮殿に残っている妹王女や姉王、その他大勢が怖い。
 どうした物かと思いながら、毎日 ”グラディウスの食事風景” を見ては吹き出し、過ごしていた。
 そんな会話をしている二人の傍で、まんじゅうをもぎもぎと食しているグラディウスは顔を上げて言う。
「あてしは、ルグリ”ドラ”様もキーレンクレイカイム”ス”様も一緒だと嬉しいよ」
 口の周りに粉を付けて、にこにことしているグラディウスを前に、
「ま、そういう事で」
 キーレンクレイカイムは笑いかける。その笑いは、サウダライトとは違い、心の底が知れない胡散臭さのある笑いだったが、ロヴィニア一族に ”その笑い方を止めろ” というのは ”死ね” というのと同じなので、ルグリラドは何も言わなかった。
「まったく。もぎ、ではなくてグレス! ほら、口の周りに。行儀が悪い……悪くてもまあ良いが。ほら、儂が拭いてやる」
 ルグリラドに口を拭われたグラディウスは、
「あてしも、ルグリ”ドラ”様のお口を拭きたいな! 汚れてないけど、拭きたいな」
「構わぬぞ」
 お返しに! とルグリラドの口を拭う。
 その拭い方、明かに失敗し、
「どう見ても、口が裂けてるぞルグリラド」
 そんな感じ。
「煩いわい! キーレンクレイカイム」
 口紅を顔中に伸ばされた方は、それで満足していた
 ルグリラドを口裂けにしたグラディウスは、サウダライトを見つけて駆け寄っている。
 そう、何時も通りに、
「おっさん!」
 早く飛び付こうと気が焦り ”べちょり” と転んでは起き上がりを繰り返し。
「後、何回転ぶか賭けないか? ルグリラド」
「四回。賭けの代金は何だ?」
「さて、何にしようかな。ちなみに私は六回」

 グラディウスは五回転んで、サウダライトの元へと辿り着き抱きついた。

「おっさん、大好き!」
「おっさんも、グレスのこと大好きだよ」

**********

 とうちゃん! かあちゃん! あてしはとっても幸せだよ
 大好きなおっさんと、五人も子供ができて
 どの子もさ! おっさんに似て賢くて綺麗で、とっても優しいんだ!
 五人とも、おっさんに似てるって言うと ”違う!” って言うけど、五人とも照れてるんだよね

 ベルティルヴィヒュが皇帝になるお式の前に、お婿にいってたケルシュトと、お嫁にいってたアデードが、お祝いするために帰ってきた

 その時、あてしはケーキを切ったんだ
 ワンホールを切るの。おっさんお金持ちだから、ケーキが一個まるいまんまで出て来ることもあるんだ!
 あてしは六個に切り分けて、子供とおっさんに渡したら、あてしの分がなくなっちゃった!

 でもさあ、かあちゃん。とうちゃん

 あてし、悲しくなかったし、食べたいと思わなかった
 美味しそうなケーキだったのに、みんなに渡したら嬉しくなっちゃったよ!
 お腹が鳴ってたけど、ちっとも悲しくなかった

 そしたら、おっさんが半分くれた
 そしたら ”ずるい” って言って、子供達が全員半分ずつくれた
 あてしは、みんなに食べて欲しかったけど

 かあちゃん、あのね……
 あのね、あの日、やっぱりあてしは、かあちゃんにもビスケット食べて欲しかった
 やっぱり少しだけでもいいから、かあちゃんに食べて欲しかった
 食べて欲しかったなあ……

 だからあてしは、みんなから貰ったケーキを食べたよ!
 涙が溢れてきたけど、全部食べた
 ケーキはとっても美味しかった
 涙でしょっぱかったけど、美味しかった

 かあちゃん、とうちゃん、あてしはとっても幸せだよ!

 だって、おっさんがいるもん! あてしのこと、大好きって言ってくれる、あてしが大好きな! 大好きなおっさんが!

**********

「だれのお部屋?」
 レモンの木を図案化した紋章と、淡いクリーム色の室内。
「リュバリエリュシュス様のお部屋」
 グラディウスは泣きそうな顔で笑った。そしてサウダライトは昔と変わらず、グラディウスの頭を撫でる。何時までも、変わらずに。

 帝国が平和だった頃、幸せになり、それ以上に人々を幸せにした少女の物語


− エリュシちゃんのお部屋に、一番見て欲しいもの、とっても大事なものを置くと良いよってみんなが言ったから、あてしはおっさんを置いた。あてしはおっさんと一緒にいたいから、いつもエリュシちゃんのお部屋にいた。気が付いたら、みんなもエリュシちゃんのお部屋にいるようになった −


藍凪の少女

《終》



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