藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[08]

 ルグリラドが去ったことで、夕食会は終わりとなった。本来ならば、この後サウダライトは皇后と共に夜を過ごすのだが、
「よろしいのですか?」
 彼女の提案により、本日はグラディウスと共に夜を過ごして良い事となった。
「グラディウスの笑みを見たら、譲ってやりたくなるのは当然であろう」
 ”あの笑み” とは、夕食前にサウダライトがグラディウスの様子を見に来たときの笑顔。”来てくれた! 来てくれた!” と喜び跳ねている時の表情に皇后は、自分はさほど好きではないが、グラディウスは気に入っているのだろうと。
「我が言うのもおかしいが、まだ子供だ。中年男性に父親を重ねているのかも知れんな」
 十三歳年下の小僧にそう言って笑った。
 ちなみに彼女の笑いは一族特有の鋭く、獲物を狩り、そして貪るような、野性に満ちたものである。
「は、はあ」
 イレスルキュランも、
「今度は私が呼び出すから。その際は来いよ」
「はい、でかいお乳のおきしゃきしゃま!」
 横になり頬が溶け出すかのように変形して、満面の笑みとちょっと気を抜くとすぐに垂れてくるらしい涎に彩られた顔は、知性派として名高い彼女からすると馬鹿にしか見えなかったが、馬鹿でも困ることはなかろうと自らを納得させて去っていった。
 デルシ=デベルシュも、
「少し休憩したら帰るがいい。今度はお菓子の家でも作って招待しよう。ん? どうしたその顔は? なに、お菓子が余ると勿体ないと? そんな心配は無用だ。その際はイレスルキュランとマルティルディをも呼んでやろう。あの二人は大食らいで有名だからなあ」
 また誘うことを ”サウダライトに向かって明言し” その場を去った。
 横になっているグラディウスの頭部側に腰を下ろしたサウダライトは、
「少し休憩したら、散歩して帰ろうね」
 言いながら、やっと何とか揃い見られるようになった前髪を指で挟んでは、頭を撫でる。
「おっさん、お散歩好きだよね! 貴族様って、歩くの好きだよね!」
 日々生活に追われ、できるだけ身体を休めたいと願うような所で生活してきたグラディウスにとって、意味もなく歩くという行為は、とっても貴族らしいと感じていた。
 周囲の風景を楽しむとか、リフレッシュするとか、そんな余裕は当然なく、会話を楽しむなども出来ない。なにせグラディウス、会話をしながら歩くのが苦手だ。
 風景を見つつ会話を楽しみ、だが足を止めずに転びもせずに優雅に時間をいっぱい使って歩く。
「そんなに好きって程でもないんだが……グラディウスは嫌いかな?」
「おっさんと一緒なら楽しい。誰かと一緒なら楽しいけど、お話しながら歩くの、あてし苦手だなあ。すぐ転んじゃうんだもん」

 グラディウスにとって貴族とは、散歩上手な人を指す

 サウダライトがグラディウスと会話を楽しんでいる時、空気……ではなくルサ男爵は、
「セヒュローマドニク公爵殿下にお取り次ぎを願いたい」
 一足先に立ち去っていたルグリラドを追いかけていた。
 視線の先にルグリラドは見えているが、相手はテルロバールノル王女であり正妃の一人。ルサ男爵が直接声をかけるわけにはいかない。
 声にルグリラドは足を止めて振り返る。
 床に伏しているかのように頭を下げているルサ男爵に話をしてもいいと伝えろと、引き連れている家臣の一人に命じる。
 ルサ男爵はルグリラドに、本日のグラディウスのテーブルマナーの至らなさを詫びた。
 グラディウスを貶すこともなく、自らの力不足であることを要領よく語ったルサ男爵に、ルグリラドは直接声をかけた。
「構わん。あれは全て皇帝の趣味なのであろう。貴様ごときが皇帝の趣味に口を挟めるはずもない。それと貴様、男爵にしては中々優美なものであった。儂とは比べようもないが、男爵のなかでは良いほうであろう。それだけでもあるが」
 そう言ってルグリラドは立ち去った。
 王女一向の足音が聞こえなくなるまで頭を下げ、そして静寂が訪れてからゆっくりと頭を上げて息を吐き出してから立ち上がると、次の仕事へと向かう。

《今日帰れることになったから、お前はリニアに連絡を入れて着替えと身体を拭き清める用意をしておくようにと伝えろ》

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「それでどうだった?」
「馬鹿だった」
「馬鹿ってお前……」
 正妃と寵妃の面会の後、正妃の実家の長は彼女達に寵妃がどのような人物だったかを聞きに来る。グラディウス以外は、ほとんど名の知れた上級貴族なので、それ程知ろうとはしなかったが、今回は下働き上がりの平民。それもかなり幼い。
「馬鹿以外言いようがない」
 馬鹿馬鹿いっているのはイレスルキュラン。ロヴィニア王でありヴェッティンスィアーン公爵である実姉の真意を知っての事。
「そりゃ解るが、どうだ?」
「どこにも売っていないとおもうぞ」
 正妃の座が一つ空いている。その残りの座をもロヴィニア縁の者で占めたいとロヴィニア王は考えており、
「それ以外の特徴はないのか?」
 妹王女に ”サウダライトが何処を気に入ったのか?” を探り出して来いといったのだが、
「ない。馬鹿なんだって。それも類い稀なる馬鹿」
 妹王女は馬鹿以外言わない。
 似たようなお気に入りを用意して、寵妃として送り込もうとしている姉王に、イレスルキュランはひたすらに ”馬鹿” を連呼した。
「馬鹿馬鹿いっても訳が解らんと」
「仕方ないな。イメージを見せてやるから」
 そう言ってイレスルキュランは口一杯に水を含んで、姉王に向かって吹き出した。
 妹の水霧攻撃を食らった姉王は、呆気にとられた表情で、
「お前、馬鹿なのか? 馬鹿なのか?」
 脱力気味に尋ねる。
「今の気持ちが、延々と続いた。解るか? 馬鹿なのだ。そういう馬鹿なんだ」
 イレスルキュラン、今日一日で内なる ”馬鹿” への叫びも、外の ”馬鹿 ” という叫びも使い果たした。

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「どうであった? デルシ=デベルシュ」
 エヴェドリット王でありリスカートフォンである実兄を持つ皇后デルシ=デベルシュは、その問いに笑顔で答えた。
「我が欲しいくらいだな」
「いや、そうではなくてな。排除できそうか?」
 ロヴィニアと同じく寵妃の座に送り込もうと考えていた。ロヴィニアと違うのは、彼等は同じような娘を多数用意して気を引くことを画策しているが、エヴェドリットは同じ者を用意して今居るのは排除しようと考えていた。
 リスカートーフォンの排除とは、殺害のことである。
「黙れ」
「黙れと言われてっ!」
 異議を唱えた兄王(55歳・孫持ち)に無言のままボディーブローを入れ、吹っ飛んだ王のマントを掴み床にその身体を叩きつけ、頭を踏みつける。
「黙ったかな? 我が兄よ」
「お、おお……」
「大人しく黙れば良かったものを。良いか? 我が黙れといったら黙れ。身体能力値で我に劣っていること、理解していると思っていたが、調子に乗ったか? 我が兄よ」
 エヴェドリットは身体能力が優れている者が偉いという認識があるので、
「わ、悪かった」
 現在エヴェドリット王族で最も強いデルシ=デベルシュに、兄王は頭が上がらない。言葉の意味だけではなく物理的にも。

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「煩いわ! 貴様、煩いぃぃぃ! 言い訳するな! 貴様のせいで恥かいたぁぁ!」
 娘に扇で乱打されているのはテルロバールノル王にしてアルカルターヴァ公爵。父王を乱打する娘の手に容赦はない。
「悪かったといて……いっでぇ!」
 顔を上げたら眉間を扇でど突き続けるルグリラド。
「貴様! 貴様のせいで! この儂が笑いものになったのじゃあ! 父であろうとも、いや父であり王であるからこそ、貴様が許せんのじゃああ! この眉無しがぁぁぁ!」

 眉がないのは関係ないじゃろう(父王の叫び)

 ルグリラドがここまで父王を怒鳴っているのは、グラディウスの両親の話に端を発している。開拓している民の状態があまりに悪いことを他の正妃の前で暴露されたことで、ルグリラドは非常に恥ずかしい思いをしたのだ。
 グラディウスの言動から、生活状況の悪い平民がいる惑星が自らの王国に属していると知った時、ルグリラドのプライドは引き裂かれた。
「貴様なんぞに解るかあ! あのマルティルディの前で他の正妃共に暴露されたのじゃぞぉぉ! 貴様の統治能力が低いと低いと! 儂のプライドを傷つけた貴様なぞ、貴様なぞぉぉ! 眉無しめぇぇぇぇ!」

 だから眉がないのは、関係無いと(父王の絶叫)

 ルグリラドの名誉のために断っておくと彼女は普段、決して身体的なことをあげつらったりはしない。
 ただ例外があり、その例外が父王である。もちろん、父王に対して何時も眉無しと叫んでいるわけではなく、何か面白くない時に、
「眉! 付けてこんかぁぁぁ!」
 それを叫ぶだけである。
「眉よりも先に、その惑星を……だぁ! 痛ぇぇ! 落ちつかんかぁ! ルグリラド」
「貴様のせいで、マルティルディに馬鹿にされた儂のプライドを! どうしてくれるのじゃああ! 眉剃って償えぇぇぇぇ!」

 だから儂には眉はないと(父王のピエタ)

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「お腹、落ち着いたかグラディウス?」
「うん! おっさん。あのね、あのねえ! おっさん! あのねえ!」
「何だ? グラディウス」
「おきしゃきしゃま、みんな優しかったよ。すごく嬉しかった。偉い人はみんな、よゆーがあって優しいんだねえ」
 満面の笑みで言ったグラディウスの頭をサウダライトは優しく撫でる。その時の彼の表情は非常に曖昧であった。

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