藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[07]

 グラディウスは円卓でサウダライトの隣に座った。かなり密着した形だったが、デルシ=デベルシュは当然許可した。
「はい、あーん。おっさん」
「……美味しいよ、グラディウス」
 何故グラディウスが近付きたがったのかは、ルサ男爵以外の三王女にも直ぐに解った。グラディウスは、
「お肉だよ、おっさん!」
 サウダライトが切った肉をフォークで指し、口に運んでやっているのだ。”あーん! あーん!” と言いながらサウダライトの口に運ぶグラディウスの表情は、とても楽しそうであり、マナーに煩い最古の王家出の王女も黙っていた。
 元凶であるサウダライトを睨んではいたが、声を上げはしなかった。何せグラディウスが、
『おっさんはこうやって食べるって、教えて貰ったの! 家? 家ではしないよ、こんなことするの子供と年寄りだけだよ。でも貴族様はするって教えてもらったの! 凄いでしょ!』
 その発言で、騙して子供に食事を運ばせている中年親父が判明。例え皇帝であってもケシュマリスタ王の家臣としか認識していないルグリラドは、
「はい、お肉!」
 物を知らない少女に嘘を教えた中年親父が、周囲の正妃にびくびくしながらも、鼻の下延ばして口を開けている姿は腹立たしい事この上なかった。
 好き嫌いではなく、マナーの問題なのだが、グラディウスの楽しげな顔に、この場で怒る事は諦めた。 ”後日を待っておれ! 傍系皇帝!” と。
「グラディウス」
「はい、きしゃきしゃま……うんと、おっきいおきしゃきしゃま! なんですか」
「我にも ”はい、あーん”」
 切った肉をフォークに刺してグラディウスを呼ぶデルシ=デベルシュ。
「でもおっさんが、おっさんだけだって……」
 おっさんの言葉を優先するようにルサ男爵に教えられていたグラディウスは、優しくしてくれる ”おきしゃきしゃま” の提案に困惑する。そのオロオロする動きも可愛いなと思いつつ、
「今日だけは良いよな、ダグリオライゼ!」
 向きもしないで皇帝に許可を一応求めた。口調と語気は完全に命令状態で。
「もちろんでございます。さ、グラディウス。デルシ=デベルシュ殿下に ”あーん” を」
「うん! おっさん、解った!」
 椅子から飛び降り、行儀悪く駆けて皇后の傍に近寄り肉の付いているフォークを受け取って、帝国で色々と最大の女性の口に運ぶ。
 口に入れてゆっくりと噛み、そしてグラディウスを撫でて、
「鴨肉が何時もより旨く感じるぞ。良い子だな、グラディウス」
 喜色満面で語りかけた。
 人殺し王家にして、人食公爵家出の皇后は、それはもう楽しそうに。そのまま傍においていると、グラディウスが食べられてしまうのではないかと言う程に楽しそうだった。
「そこの、次は私だ」
「でかいお乳のおきしゃきしゃま?」
 巨乳は馬鹿に見えると言われる事が多いが、このイレスルキュランは巨乳であっても馬鹿には見えない。
 鋭く知的な顔立ちと、スレンダーながら張っている胸、その形全てが鋭さを感じさせる。全体に 《もさっ》 とした胸の大きい、でもくびれのないグラディウスとは全く違う体型。
 その彼女は指を鳴らして、グラディウスを呼ぶ。
 おっさんに忠実なグラディウスは、驚いたようにおっさんを見つめると、笑顔でおっさんは ”行っておいで” と告げた。
 おっさんには、彼女達を止める力はない。
 グラディウスはルサ男爵の後ろを走り、その隣にいるイレスルキュランにも、
「はい、あーん」
 をした。賢くなく、あまり気の利かないグラディウスだが、此処まで来たら最後の ”おきしゃきしゃま” にも 《あーん》 をするべきだと考えた。
 呼んでくれる期待に充ち満ちているグラディウスの藍色の瞳に、右の赤い瞳をちらりと向けて、溜息をつきつつルグリラドは肉を切りフォークに刺して呼んだ。
「特別じゃからな」
「はい! 睫のおきしゃきしゃま」
 気位の高い王女の中でも最も気位の高いテルロバールノル王家出の睫の長い王女ルグリラドは、歯にガツリと当たるフォークの感触に、眉間に皺を寄せながらも怒らずに食べた。
 フォークが歯に当たる音を聞いて気がきではなかったサウダライトと、生きた心地のしなかったルサ男爵。特にルサ男爵はグラディウスにテーブルマナーを教える役でもあり、この非礼は全て彼に降りかかってくる。
 そんなルサ男爵の恐怖と葛藤など知らずに食事は続き、最後のデザートが運ばれてきた。百五十種類ほどのケーキを選び、皿に飾り付ける。
 百五十種類もあると、自分で選ぶ事は稀で、専門の者に 《このような味を》 《このコーヒーに合うものを》 と命じて選ばせる。
 選ぶ者は口に合う菓子をいかに的確に選べるかで評価される。そんな中、グラディウスはこう言った。

「おいしいの下さい」

 これ以外の言葉を知らない……とも言うのだが、それを受け取ったこの道三十五年の大ベテラン、先代皇帝にも仕えていたフォウミアドレクは、藍色の瞳の寵妃の言葉に声を失ってしまった。
 デザートが出て来るのが待ち遠しく、フォークを持ったまま輝く瞳でフォウミアドレクに 《美味しいお菓子》 を注文したグラディウス。その注文を承った彼は今日、それもこの食事の最中だけの行動でグラディウスの好みを計りきらなくてはならない。
 平素、普通の相手ならば想像も付くが、彼が初めてみた寵妃グラディウスさんの行動。

1.鴨肉の塊をフォークで突き刺し、食いちぎる。ナイフが上手に使えない(どちらが刃か良く解らない模様)
2.お米が大好き。実家ではライスを食べたことが無かった。シーフードピラフ追加
3.何故かサラダで噎せる
4.冷たい飲み物は苦手(氷を入れて飲んだことがないらしく、氷ごと飲んでしまい、変な顔をしながらもしゃもしゃと氷をかみ砕く)
5.全体的にもぎもぎしてた

 彼は心の中で頭を抱えた。そんな彼の助け船は、
「フォウミアドレク、どれを選んでも大丈夫だ。この子は……うん」
 皇帝サウダライトその人。
 グラディウスは何を食べても余程でない限りは 《美味しい》 と言う。グラディウスがこの宮殿に来て、食べて不味かったのはマルティルディにからかわれた時に食べた花くらいで、それ以外は何でも ”美味しい” 子だ。
「そうはいってもお前も困るか。それと、私はこっちで。そうだ」
 指し示されたのは、癖のないチョコレートケーキと、サウダライトが何時もは絶対に選ばないような生クリームでコーディングされたスポンジケーキ。
 不思議に思いはしたが、異議を唱えるわけにもいかないので、皇帝が選んだケーキを皿に盛りつけさせ、給仕達が置きグラディウスは真ん中から切り分けて、隣のサウダライトの皿に載せる。
「おっさんと半分こ〜」
 サウダライトも笑顔で半分にしてグラディウスの皿に載せた時、三人の自分の妃にして王女達が自分を見る眼に凍った。

− なにしてるんだ、このおっさん(小僧)

 何時もなら洋酒の利いているケーキを選ぶのだが、この皇帝という尊貴な地位にある中年男性は、グラディウスと ”半分こ” する為に何時もは食べない甘いケーキを選んだのだ。
「おっさんのケーキも美味しい」
 笑顔のグラディウスと、それを見ながら偶に 《もぎもぎ》 している頬を指で ”ぷにっ” と押し楽しんでいる ”おっさん”
 低い鼻の頭にクリームをつけて、それを舐めてとってやる ”おっさん”
「ダグリオライゼ、楽しそうだな」
「あ、いいえ。その、済みません」
 皇帝にあるまじき行為を繰り返した、その男に王女達が向ける眼差しは厳しい。そして完全な空気になっている、ルサ男爵。
 この場では空気だが、この空気は意志があり、恥もあり、責任感もある空気なので、軽く死ぬ覚悟をしていた。
 皇帝が正妃達にグラディウスのテーブルマナーで叱られたら、死なねばならぬと 《空気、悲壮なる最後の晩餐》 といった所だ。

「お腹重くて動けなくなった」

 ルサ男爵の決意など知らない、しきたりも知らないデザートを食べ終えたグラディウスは、そう言うと床に転がった。マナーとか言う以前の問題である。
「せめてソファーに横にならぬか」
 ルグリラドが床に転がったグラディウスに言い、召使い達に持って来るよう指示を出し、
「ここのじゅうたん、綺麗だし柔らかいから」
「あのな、床に寝るのは行儀が悪いのじゃ」
「そうなの?」
 言われたグラディウス重たいお腹を抱えて起き上がる。
「知らぬのか? 貴様はどのような生活を送ってきたのじゃ」
「”どのようなせいかつをおくってきたのじゃあ?” 良く分かんないです、睫のおきしゃきしゃま」
 グラディウスの心の底から解りませんという表情に、
「貴様は寝る時には、ベッドやソファーと教えて貰わなかったか? と聞いたのじゃよ」
 ルグリラドにしては随分と譲歩し、優しい言い方で問い直すと、グラディウスは頷き、元気よく答えた。
「あてしの家にはベッドもソファーもなかったの! 寝る時はみんな床だよ! 床にね、とうちゃんとかあちゃんと一緒にね」
 ルグリラドは先ほどグラディウスが話題にしてしょんぼりしてしまった人物が出てきたので ”しまった!” と内心で慌て、
「早うソファー持って来んかああ! 儂を怒らすな! 召使い共ぉぉ!」
 怒鳴り散らした。
 突然のルグリラドの声にグラディウスは驚く。そこに、
「横になれ! 早く横にならぬか!」
 ルグリラドはグラディウスを引き摺ってソファーに置き、
「ではな!」
 去っていった。
「ありがとうございます! 睫のおきしゃきしゃまあ!」
 ブランケットまでかけてもらったグラディウスは ”おきしゃきしゃま” の優しさにうっとりしながら、その美しい後ろ姿を見送った。
 勿論、横になったままで。

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