藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[06]

『帝国は馬鹿に寛容である
 我々は天才という愚者によって作成された人造人間である
 天才は己が創造主となるべく、人造人間を創り上げた
 創造主たるべく、地上にはない物質を使用して、人類と全く異質なものを創り上げた
 それは才能である
 それは我々も認めよう
 だからこそ、我々は学問を修め、優秀な成績で配下となった人間を虐げる
 我々は優秀な人間に、天才と呼ばれ、奇才を謳われた人間により勝手に生み出された
 よってそれらの存在を憎む

 が!

 馬鹿はそれに入らない
 馬鹿は悪い事しなかった
 馬鹿は人造人間など知らないし、馬鹿に我々が造れるとは到底思えない
 よって帝国は馬鹿に対し、怒りを持たない
 そんな前提はあるが、全宇宙を支配する帝国は未だ馬鹿と出会ったことはない
 馬鹿はある種、天才よりも稀少である
 才能は試験により見出すことが可能であり、天才は人々の噂により知ることができるが、馬鹿はそうはいかない
 馬鹿と言われる者の中には、嫉妬が多く含まれ、また自らを卑下するする表現も含まれている為だ
 勉強という能力の上下ではない
 純粋な馬鹿であり、人々が知り得ぬ馬鹿
 馬鹿は我々の製造に携わらず、本来ならば我々の支配下に置かれるべき存在ではなかった
 馬鹿は天才と謳われる愚者の巻き添えとなった
 人間である以上、馬鹿も敵ではあるが
 無用に敵対するつもりはない

 我々は馬鹿に寛容ではあるが、馬鹿と対面したことはまずない

 全宇宙を支配する帝国は未だ馬鹿と出会ったことはなかった

 そう……今まではなかった』

 ロヴィニア王女にして后殿下であるイレスルキュランは、一生分の『馬鹿』を連呼しながら、そんな事を考えていた。勿論視線の先にはグラディウス。

 場所は演技場である。

「ほぁぁぁぁ!」
 グラディウスはサーカスを楽しんでいた。
 寵妃と正妃の対面は終わったのだが、母親の事を思い出し沈んでいるグラディウスの気晴らしになればとデルシ=デベルシュが宮殿で楽しめる演目を見せてやることにした。
 マルティルディは忙しいので去ったが、他の二人の正妃も同席して無重力下で行われる数々の妙技に、
「ひょぁぁぁぁ! ほぁぁぁぁぁ! うぁぁぁぁ!」
 奇妙な歓声を上げて、身体もつられて動かしてグラディウスは没頭している。正妃達はそのグラディウスを ”楽しんだ”
 一応人間に対しての表現としては不適切だが、それは最早楽しむとしか表現できない状況。演技を見せている者達も 《皇后殿下から子供向けの演技を》 と通達を受けて 対象はグラディウスと解って演技しているので、正妃達の視線が向かない事は承 知の上だが、空中ブランコに向かって、 「落ちちゃう! 頑張ってぇ! お兄さん達!」  叫びながら、ひっくり返るグラディウスに彼等の視線は向いていた。全身で驚 き、全身で喜ぶ、ちょっと何かが弱そうな観客は、演技者達をも魅了した。
 《魅了》 が正しい表現であるかどうかは解らないが

 騒ぎ過ぎ、椅子にぐったりと座っているグラディウスにかがみ込みデルシ=デベルシュが声をかける。
「楽しかったか? グラディウス」
「はい! とっても楽しかった! おきしゃきしゃま!」
 身体は疲れているが、精神的にはまだ高揚しているらしく声も大きい。
 そこで休憩していると、仕事を終えたサウダライトが現れた。グラディウスを迎えに来たのではなく、本日は皇帝として皇后と夕食から朝まで共にしなくてはならない日なので 《訪れた》 のだ。
 デルシ=デベルシュとルグリラド、そしてイレスルキュランに囲まれてソファーの横になり、笑っているグラディウスを見て少しばかり安心した。
「おっさんだ!」
 急いでソファーから起き上がり ”おっさん! おっさん!” と言いながらまとわりつくグラディウスを優しく見つめながら、皇后は提案をもちかけた。
「本日の夕食は我と小僧、そしてお前も一緒に食べないか? グラディウス」
「えっ!」
「極上の鴨肉だ。嫌いか?」
「あてし嫌いなものなんてないよ! いいの?」
「もちろんだ。良いなダグリオライゼ」
「勿論ですとも、デルシ=デベルシュ殿下」
 皇帝が皇后に敬称を付けているのに、皇后は皇帝に敬称をつけていない。この辺りが ”偉い人” のくだりに関係するのだが、目の前で繰り広げられるている事など理解できないグラディウスは ”ごくじょうのかもにく” が何なのかをうっとりと考えていた。
 グラディウスは鴨を食べた事が無いので、極上以前に何の肉を食べるのかも理解できていない。
 ”ごくじょうのかもにく” ”ごくじょうのかもにく” ”ごくじょうのかもにく” と心の中で繰り返している最中、その傍では、
「儂も招待してもらおうか、ディウライバン大公」
「では私も」
「我として招待なぞしたくはないが、同席する皇帝に意見を求めてみたらどうだ? 皇帝陛下が認めたら、我も認めざるを得ないな」
 二人の正妃も立候補して、サウダライトは心中「うわぁぁ〜」となっているのだが、グラディウスは ”ごくじょうのかもにく” に心満たされていた。
「サウダライト! 儂の同席を認めるか!」
「勿論にございます。セヒュローマドニク公爵殿下」
 セヒュローマドニク公爵殿下とはテルロバールノル王女時代のルグリラドの爵位で、当然今も所持している。正妃ではあるが、正式な称号が決まっていないので、まだ正妃の称号で呼ぶ事はできない。特に決まりに煩いルグリラドに向かって間違えば、それから暫くは延々と 《皇帝としての心構え》 を聞かされるので、サウダライトは細心の注意を払っている。
「私を招待したくなくば、金を払え。まあ、皇帝が自由にできる金で私を引き下がらせる事が出来ると思うのならば」
「お出でいただいても宜しいですよね? デルシ=デベルシュ殿下」
「貴様が望むのであらば、我は貴様の家臣である以上、拒否はできんな!」
 誰がどう聞いても、拒否できない人の言葉とは思えない台詞を放つ皇后と、舌なめずりする巨乳の自分の娘より年下である王女。その間に挟まれる「おっさん」こと皇帝サウダライト。彼が安らぎを求める心は、日々のこの状況から生まれる。
 そんな彼の安らぎは、あらぬ方向をうっとりと眺めながら ”ごくじょうのかもにく” を連呼していた。
 どれ程考えても ”ごくじょうのかもにく” が何なのか理解できないグラディウスは、離れた所に立っている何でも教えてくれるルサ男爵に気付く。
「グラディウス。本日は小僧、ではなくサウダライトと我とデカ乳と睫と一緒だが、良いか?」
 名前が当然覚えられないグラディウスに、身体的な特徴で呼ぶように言ったデルシ=デベルシュ。ちなみに彼女は 《おっきい人》 である(230p 210s)
 声をかけられて振り返ったグラディウスは、おもむろに腕を振りながら、
「ルサお兄さんも一緒じゃ駄目?」
 何時も一緒に食事をしているルサ男爵もと願い出た。
「ルサお兄さん? あの男爵か?」
 軍人の射貫くような視線を浴びたルサ男爵は怯んで後退る。そんな彼の気持ちなど良く解らないグラディウスは、彼をも食事に誘った。
「うん! いっつも一緒に食べてるの! おっさん居ない日とか。あっ! ”ごくじょうのかもにく” が足りない? 足りないならあてしの半分あげるから! だからルサお兄さんも一緒に ”ごくじょうのかもにく” を! 一緒に!」
 鋭い視線を柔らかな物に変えデルシ=デベルシュは見上げてくるグラディウスの肩に手を置いて、
「大量……一杯あるから心配するな」
 微笑んだ。
 こうして傍系皇帝サウダライトと、そのお気に入り田舎娘グラディウスを王女達が取り囲んみ ”ごくじょうのかもにくを食す会” が開かれた。
 迸りを食ったルサ男爵も彼女達と同じテーブルについて、夕食を取ることになる。

『生きて帰ること出来るのだろうか……無事ではなくてもいいから、生きて帰りたいものだ』

 テーブルに並べられた銀のナイフに映る自分の表情は、不安に怯えていることだけは、はっきりと解った。

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