藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[03]

 マルティルディが他の王達との間で「グラディウス・オベラ[平民]をケシュマリスタ王家後見の正配偶者待機候補者に認定」する事が認められた。

「ほら……よ」
 ケーリッヒリラ子爵エディルキュレセは館に作られていた工房で、グラディウスの目の前で硝子球を直す。
「すごい」
 手渡された硝子球を、あらゆる角度から見ながらグラディウスは喜びの声を上げる。
「ありがとうございました!」
「どうって事はない。ベゼラ、髪飾りの事だが、あっちは新しいのを作る。その時も此処で観るか?」
「観て良いの! おじ様!」
「勿論。その代わり、この工房で俺に好きな物作らせてくれないか。気に入ったのはルリエ・オベラ様に献上するから」
「ルリエ・オベラ様って誰?」
 ルリエとは爵位を持たない、正配偶者待機候補者を指す。
 皇帝の正配偶者候補が貴族ではない事の方が珍しいので、滅多に使われることの無い称号でもある。
 皇帝の正配偶者の座に就いた事のある、爵位を持たない者は歴史上ただ一人。夫である[賢帝]に[軍妃]と称えられたジオ・ヴィルーフィだけで、彼女は皇子を産む前に ”ルリエ・ヴィルーフィ” と呼ばれていたと記録にある。

 使われる事のないその様な[称号]が何故 《初の平民正配偶者誕生以前から存在しているのか?》 それを問う者は存在しない。
 存在していたとしても、その存在は消される。

 ケーリッヒリラ子爵はグラディウスに説明したのだが、
「あてしはグラディウスが良い。おっさんにお願いするから、グラディウスって呼んで、おじ様」
 [ルリエ]の意味が理解できないグラディウスは、首を ”ぷるぷる” と振って否定する。
「それはまあ、陛下が許可くだされば……それとな、俺の事は 《おじ様》 じゃなくて、出来ればケーリッヒリラ、無理だったらザナデウでも良いから、そのどっちかで呼んでくれたら嬉しいな……」

 サウダライトは仕事を適当に切り上げてグラディウスの元へと戻って来た。

「グラディウス! 元気かな?」
「あてし元気だよ! みてみて! おっさん! おじ様が直してくれたの!」
 笑顔で大切な宇宙の硝子球を差し出したグラディウスの頭を撫でながら、
「良かった良かった」
 サウダライトも笑顔になる。
 少し離れた所で観ていたケーリッヒリラ子爵は、近付いてきたザイオンレヴィに怪訝さを含んだ声で話掛ける。
「陛下のあの手の笑顔を観たのは初めてだ」
「どんな笑顔だ」
「胡散臭い」
 直球ど真ん中、ストライクゾーンで不敬罪を投げたケーリッヒリラ子爵と、
「皇帝に対する発言としては……聞かなかったことにしてやるが、私もそうは思う。なんか、下心がダダ漏れしてて気味が悪い」
 それを受け止める女房役の立場に置かれた息子であり真面目な家臣ザイオンレヴィ。息子は確りとそれを受け取りつつ黙殺した。

 グラディウスは自分が「ヘゲラ・オベラ」(ルリエ・オベラと言いたかった)と呼ばれるのは、覚えられないから嫌だと言うことと、 《おじ様》 は 《おじ様》 と呼びたいと言うことをサウダライトにお願いをした。
「構わんよ。だが、おっさんも、あれを 《おじ様》 って呼ばないといけないのかな?」
 警備として室内で立って話を聞いていたケーリッヒリラは ”なぜ四十歳のおっさん皇帝におじ様と呼ばれ……”と思ったが、上級貴族の嗜みとして表情を変えずに黙っていた。
 結局ケーリッヒリラ子爵、グラディウスは 《おじ様》 その他の人は 《ザナデウ》 と呼ぶ事になり、
「ザイオンレヴィのことは 《白鳥》 と呼ぶって事でいいかな?」
「うん!」
 ザイオンレヴィは白鳥になった。ザイオンと略すとザナデウと被るので、全く違う名前に……という配慮から生まれた名称である。
 色々と意見したかったザイオンレヴィだが、皇帝と寵妃の会話に割って入るわけにもいかず 《おじ様》 と視線を交わしながら、溜息をついていた。
「それにしても、よくあの硝子球を手で直せたな」
「耐用年数を度外視すると、何とかなる。修復機械にかければ、半永久的だが」
「あの硝子球、後何年持つんだ?」
「二百年前後って所だ。それだけ持てば充分だろ? あの硝子球、後一年もしないうちにゴミだろ。皇帝陛下の贈り物の前に、あれが価値を持ち続けられる訳がない」
 何度も何度もサウダライトに「おじ様が直してくれたの。こうやって!」と説明しているグラディウスを眺めながら、ザイオンレヴィも同意の意を込めて頷く。

 だが二人の予想は大きく外れ、その硝子球はグラディウスの生涯の宝となる。

**********

「休憩を入れた方がよろしいのでは?」
「ありがとう」
 ルサ男爵は、グラディウスの生活費から領地管理に人件費など全てを管理するように命じられた。
 彼の今居る場所に、別の皇王族が就いてその人がやるべき仕事なのだから仕方のない事だが、今まで緩慢に生かされるだけだったルサ男爵にとって、怒濤のような日々でもある。
 細かい礼儀作法などは、正配偶者候補の一人であるジュラスが引き受けてくれるので、全てを負わなくて良いのだが、それにしても凄い量だった。
 リニアはグラディウスが皇帝と共に寝所に入ったので、愛妾時代と同じく部屋から下がり、書類に埋もれている男爵の元へと向かった。
 ルサ男爵は支配階級の中では下位に属するが、リニアから観れば上位の人間なのだから、求められた際に拒否など出来はしないのだが、それらを加味してもリニアはルサ男爵を嫌いではなかった。嫌いではないからこそ、身体を預けた。
 二人の間にゆっくりとした時間が流れ、男爵はリニアの手首を掴み身体を引き寄せる。
 瞼を閉じて違いが唇を近づけた瞬間、
「邪魔するぞ!」
 突然の来訪者。二人は急いで離れて、声の主に対し礼をとる。声の主は、
「陛下?」
「リニア小母さんだ!」
 サウダライトと、その小脇に抱えられているグラディウス。
「どうなさいました?」
 ルサ男爵に近寄ってきたサウダライトは、
「隣室を少しの間貸せ」
「御意……」
 そう言って、サウダライトは駆け込んでいった。二人は小脇に抱えられている、グラディウスのもったりとした尻を見送る。
「一体何が……」
 寝室にはジュラスが控えていて、サウダライトは何もできなかった。
 どうしてもグラディウスを触りたかったサウダライトは、取り敢えずとルサ男爵に与えられた区画に走り、そこでグラディウスの胸を揉み、舌で乳首を転がして、
「昨日練習してみたいにするんだね!」
 自分の下着を降ろし、
「そうそう」
 それをグラディウスの口の中に入れた。
「んぐっ……ん……んぎゅっ……む……もご……」
 扉の向こう側から何時もとは違うくぐもった声が聞こえて不思議に思ったルサ男爵は、扉を僅かに押し開き、サウダライトがグラディウスの頭を持って動かしているのを観て ”そういう事か” と下がる。
「変な味」
 頭をサウダライトの手で動かされ、口の中に放たれたグラディウスはそれを何の躊躇いもなく飲み込む。
「でもおっさん、飲んで貰って嬉しかったよ」
 口に出された物がなんなのか解りもしなければ、飲んだ後にちょっとポーズを取り ”貴方のだから” のような狡さも何も無いグラディウスは、笑顔を浮かべて、
「そお? じゃあ、あてしこれからも飲むよ!」
 ただおっさんが喜んでくれるから嬉しいよ! と力を失ったそれをもう一度頬張り身体ごと動かし始める。
「おっさん嬉しいなあ」
 言いながらしっかりと二回口に放ち、皇帝の怒濤の詐欺行為を繰り広げた後に、皇帝と寵妃はその場を立ち去る。
 翌日、
「おい、ルサ」
「閣下」
 ルサ男爵は警備を任されているザナデウに声をかけられた。理由は昨晩の 《かくれんぼ》 の際に皇帝が寵妃に何かしなかったか? と言う物。
「いいえ、なにも。何時も通りでした」
 愛妾時代も訪れる度にグラディウスが気を失うまで抱いていた皇帝の口内射精二発は、ルサ男爵にとって ”なにか” には含まれず、質問の意味を完璧に取り違えて返事をかえす。
 まさか皇帝が上級貴族や王族にはまだ手を出していないと言っているとは、皇王族でも下位のルサ男爵には知るよしもなかった。
「そうか。そうだよな」
 その表情を観て ”幾ら皇帝でも十五歳に性行為は強要しないよな” とザナデウは納得する。
 
 グラディウスを寵妃に迎えたのは良かったのだが、ジュラスの目が厳しく寝室での性行為はほぼ不可能になってしまった。
 いかなる方法でグラディウスを抱こうか? それを必死に考える四十歳皇帝サウダライト。
 彼の敗北を望まれる、孤独で援軍の無い戦いは始まったばかりである。

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