グラディウスは昼食に満足した。昼食のおいしさもあるが、ルサ男爵とリニアの二人が同じ席につき、食事をしてくれた事が大きい。
ルサ男爵は人と会話をしながら食べる事は経験がないので無言に近かったが、リニアはグラディウスと楽しく会話をしながら食事をする。
ルサ男爵は非常に疲れたが、
「明日も一緒に食べようね!」
グラディウスにその様に言われてしまえば拒否出来る筈もなく、ルサ男爵は黙って頷く。その後部屋に戻り、勉強を開始することにした。
「それでは基礎知識を学んでいただきます」
「?」
「えっと、勉強するんですけれども、良いですか?」
「えっー! あてしが?」
「はい。お嫌でしたら、陛下にそのように」
眩暈を起こすのではないか? ルサ男爵が不安になるほど、グラディウスは否定の意を表す方向に首を何度も振り、
「うれしいぃ!!」
目を輝かせた。
たかが勉強如きにそれ程喜ぶグラディウスに、ルサ男爵は困惑の表情を隠せなかった。
「あのね、あてしね! お勉強したかったけどね! あのね!」
グラディウスの話を纏めると、村ではある程度賢い子しか教育を受けられず、グラディウスは 《この通り》 なので最初からその中には入れなかった。
勉強は村長の家で行われており、村長の家に足を運んで仕事を貰っていたグラディウスは、偶に廊下から勉強している部屋をのぞいていた。皆の真剣な眼差しが、とても羨ましかったが、同時に自分が馬鹿な事も理解しているので、黙って諦めてもいた。
「それでね! あてしね! 村出る時にね! 村長さんが!」
村を出す事に決めた村長は、グラディウスを教室に連れて行き、書き取り用のノートに何度も本人の名前を書かせた。
名前だけは書けなければ何処に行っても何も出来ないので。
「楽しかった。名前書けるようになった時、とっても楽しかったの」
「そうなの、良かったわね、グラディウス」
グラディウスは大きな瞳でルサ男爵を見つめる。ルサ男爵は表情は変えないが全身に冷や汗をかいていた。彼の想像していた範囲の勉強と、グラディウスの知識は差が大きすぎる。
「あ……はい。そうですね、まずはグラディウス殿がどのくらいの知識を持っているかを確認してから……」
「良くわかんないけど、あてしやるよ! 頑張るよ! お勉強って何するのかわかんないけど」
とりあえずルサ男爵はグラディウスに書ける文字の全てを書いて貰う事にした。
「これなぁに?」
「紙です」
「……」
「昔は紙に書いていまして、今は何処でも電子用紙ですが。帝国では紙を使用します」
すかしながら観ていたグラディウスは、思い出したようにペンを掴み書ける文字の全てを記入した。
『グラディウス・オベラ』
楽しそうにルサ男爵に差し出すグラディウスを前に、ルサ男爵は倒れる寸前の眩暈に襲われる。
「グラディウス、読めるけど書けないの?」
リニアが声をかけると、
「うん! 読むのは少しできるけど、書くのはこれだけだよ!」
グラディウスははっきりと言い切った。
「さ、左様で。えっと……あと、帝国語は使えますか?」
グラディウスが使っているのは帝国語ではなく、テルロバールノル語のそれもかなり独特のアレンジが入ったもの。
皆、テルロバールノル語で話掛けているので会話が成立しているが、帝国の公用語はもちろんながら帝国語。
「何それ?」
グラディウスも下働きの時、別の言語を話している人とも接していたのだが、理解出来なかった。それを自分は頭が悪いので、何か難しい事を言っているから理解できないのだと解釈した。他言語の存在を知らないグラディウスはには、その理解しかできないのも事実。
「……左様で……」
ルサ男爵の前途は厳しい。
嬉しそうにグラディウスの元を訪れたサウダライトは、
「おっさん! あてし、お勉強するんだよ! 頑張るよ!」
これまた嬉しそうにしているグラディウスに出迎えられた。
「そうか。でもあんまり無理しなくて良いからね。グラディウスはグラディウスのまんまが好きだ。でも楽しみかな?」
「うん! だって、村じゃ頭良い人だけしか出来なかったのに! おっさんの所にきたらお勉強までさせて貰えるなんて! 嬉しい!」
サウダライトは頭を撫でて、庭に寝椅子を用意してグラディウスを抱きかかえるようにして夕食を取る。
「おっさん、今日はねリニア小母さんとルサお兄さんと一緒に食べられて、美味しかった!」
「そりゃ良かった。本当はおっさんも、いっつもグラディウスと一緒に食べたいんだけど、別の人と食べなくてはならない 《仕事》 の場合も多くてね」
皇帝ともなれば、会食も多く、他の妃達との食事も仕事になってくる。好きに食べられるのは精々愛妾の元にいる時くらい。
「おっさん、ご飯食べる仕事してるんだ」
「そうなんだ。だからグラディウスとお仕事じゃないご飯を食べるのが楽しくてね」
食事をし終えた後に、サウダライトはグラディウスの髪を撫でながら、ペットの話題を持ち出した。
今は愛妾を迎えたばかりなので多少大目に見て貰えているが、それに甘えて何時までも、他の妃を蔑ろにしたりしてはいけないので、この先訪れる回数も減ることになる。そんな時は一人で居て寂しい事もあるだろうから、何かを飼って時間を過ごしたらどうだろうかという気持ちで。
「……動物? 欲しい動物?」
「何でも言ってごらん」
サウダライトは生まれ時から間違いなく 《大貴族》 そんな彼と、後に六花と呼ばれる支配階級以外の出自で次代皇帝の親となった者の中において、最も貧しい出だったグラディウスとの間には、隔たり程度では言い表せない物がある。
「雌山羊!」
「……? 雌山羊?」
グラディウスには愛玩動物と言う、動物の飼い方があることなど知らない。グラディウスの中にあるのは 《家畜》
「あてしミルク搾るの得意だよ」
「そ、そうか。それは凄いな、おっさんは山羊の乳は搾れないな」
猫や犬、鸚鵡などを想像していたサウダライトは当然ながら驚くが、その驚きなど全く気付かずにグラディウスは話続ける。
「じゃあ! あてし搾るから! 飲んで!」
「そうか。それはありがたいな。じゃあ近いうちにおっさんは雌山羊を連れてくるから、その時は搾ってね」
「うん! 本当にそれは上手なんだよ! 村長さんのお家にね山羊がいてね! あてしね、ご飯貰えないから、村長さんが山羊のミルク飲ませてくれてたの。でもね、山羊のミルクだけだとお腹壊してね! パンがあったら平気だからね! でもミルク美味しかったんだよ。おっさんのお家はパンもあるから、ミルク飲んでもお腹壊さないよ!」
そう言って笑顔を浮かべたグラディウスに顔を近づけて、
「可愛いことばっかり言うね」
キスをした。
「何が?」
「そのままで良いから。それじゃあ、おっさんと寝ようか」
「今日も一杯くすぐるの?」
「ああ。おっさんは山羊の乳は搾れないけれども、グラディウスの胸は搾れるよ」
「あてしの胸、お乳でないってば」
グラディウスは言いながら、サウダライトの後を付いてベッドに入った。