藍凪の少女・少女が街へやってきた[2]

 ドミニヴァスはグラディウスを連れて官舎へと戻った。
 職員が求職者を自宅に連れ帰るのは禁止されているが、時と場合と相手にもよる。グラディウスのような未成年は求職簡易宿泊所を使用できない。使用できない理由は未成年なので一般的な仕事を紹介することが出来ないため、施設を使用させるわけにはいかないからだ。
 だが未成年者の求職は現実として存在し、それらに手を伸ばさないと少年少女達はいとも簡単に攫われてゆき生死不明となる。この場合は通称:孤児院、正式名称:未成年者保護育成センターに収容するのだが、近場の施設に空きがなかった。
 近場の施設に空きがなかったのでドミニヴァスにグラディウスは回されたと言った方が正しい。
 施設に空きがなく、所持金もたかが知れている子供を放り出すわけにも行かない。その場合はどうするか? 職務規程に反しているのだが対応した職員が自宅を提供することになる。
 官舎に住む独身者で、過去一年遡って就業希望の未成年者を宿泊させていない人物が選ばれる。
 ドミニヴァスは官舎に住む、昨年離婚した独り身で、婚姻していた頃は未成年者の対応をしたことがなかったので泊めたこともない。
「田舎娘だから、再婚相手にしたらどうだ? 黙って養われてくれそうな子だろ」
「冗談でも、そういう事はやめろ。レンディア」
 書類を提出し、許可を待つ間に同僚が声をかけてくる。
 ドミニヴァスは妻と不仲で離婚したわけではない。妻は別の仕事についており、異動命令がでた。その異動先がとてつもなく遠かった。惑星一つ二つのレベルではなく、星系移動級、二度と会えない確率の方が高いような移動。
 後に夫婦の移動は国営企業と民間企業との間でも連携をとるようになるが、この頃はまだ完全に分離しており、夫婦であろうが考慮一切なしが珍しくはなかった。
 どちらかが仕事を辞めて、養われて暮らす道を選ぶしか夫婦としての未来も描け無かったので、妻から離婚を言いだしドミニヴァスも受け入れた。
 特別申請の許可がおりたのを確認したドミニヴァスは、グラディウスを連れて帰途につく。エルダーズ28星は帝星などの首都惑星とは違い、土地が余っているので官舎は平屋の一戸建てで庭もついている。
「すごいお家だ! お兄さんお金持ち?」
 村長さんのお家みたい! と大きな声をあげるグラディウスに苦笑いしながら、
「お金なんてないよ。これは官舎っていうんだよ」
 ドミニヴァスは答える。
「カンシャ?」
 グラディウスは当たり前だが “官舎” が何であるのかも良くわからなかったが、通された家が綺麗なことに驚いて喜び、
「部屋見ても良い?」
 尋ねてきた。
「後でね。まずはシャワーを浴びてもらうよ」
「シャワー?」
 シャワーの存在すら知らないグラディウスは当然ながら使い方など解らないので、ドミニヴァスはバスタブに湯を張って、体を洗うように言ってから浴室の扉を閉めて、グラディウスが脱いだ洋服を洗濯機に放り込み、新しい服を 《早急なお届け》 で数着注文し、ついでにと食事も注文する。
 二十分ほどで届けられたグラディウスの着替え五着ほどを自腹で支払い、その後届いた夕食をテーブルにおいて浴室に様子を見に行く。
 想像通り、泡の風呂で大喜びしていたグラディウスに、
「ある程度遊んだら出ておいで、夕食も届いたから。着替えも用意しておいたから」
 伝えてからリビングに戻り仕事に取りかかる。滅多に家に持ち込むことのないドミニヴァスだが、今回ばかりはと必死に仕事を探す。 
「ありがとうございます」
 風呂から上がってきたグラディウスが礼を述べたことにドミニヴァスは “失礼だが驚いた” が、そんなことを感じさせないような態度で椅子を勧めて、食事を並べる。
「どれも初めて食べる料理だ」
 笑顔で美味しそうに食べている故郷から追い出された自分の娘にしては年齢が合わない少女を前に、ドミニヴァスの表情も少しほころんだ。
「お兄さん一人暮らしなの?」
「そうだよ」
 離婚したことは当然言わずに、グラディウスに寝るように言って再び仕事に戻る。
 そんな奇妙な同居生活が始まった。
 グラディウスは端末などは “それなあに?” と一切操ることができないが、料理や掃除は得意だった。得意といっても、官舎には自動で室内清掃や畳むのまで完全に自動の洗濯機が完備されているのでグラディウスがする必要は無いのだが “ただでご厄介になるのはいけない” とグラディウスはドミニヴァスに、
「サイズがあってないから、処分したほうがいいんじゃないか?」
 そう言われた、この街を訪れた時に着ていた自分の洋服を解して縫い、雑巾を作り必死に掃除をしていた。
 洋服五着に三食とおやつが二食ついているだけで、グラディウスは誠心誠意働くことを厭わなかった。
「ドミニヴァス、良い仕事手に入れたぜ」
 初日にドミニヴァスに再婚相手にしたらどうだ? 笑えない冗談を言ってきたレンディアが詫びとばかりにドミニヴァスの元に求職情報を開く。
「宮殿の下働きか! 良いのか?」
「もちろん。その代わり高いぞ」
「おごる!」
 皇帝の代替わりによって宮殿内の召使いは慣例として一新される。
 一新といっても巨大帝国の最大宮殿の人員なので、一斉に入れ替わることはなく何回かに分けて行われる
 色々な人員の募集を各惑星に振り分けるのだが、帝星は給金が帝国でもっとも高く、出世に繋がる道も多岐に存在するので人が群がる。エルダーズ28星全体への募集は千人。ドミニヴァスの勤めている職業斡旋所からは十人の紹介が求められていた。
 その紹介だが、
「所長がカスクジ引いたのが幸いした」
 急いで登録しているドミニヴァスの脇で、カスのカスを割り当てられたレンディアが笑う。
 口の悪いレンディアが “カスクジ” と言っている理由は、斡旋所への割り当てのことを差している。千人の求職は “この程度の知力を持った者” や “この職種に五年以上従事した者” など色々な条件のついている物と “性別女性の平民五十名” や “性別男性の平民五十名” など数だけを求める物もある。
 エルターズ28星の担当者はそれらを公平に振り割ることをせず「このクジを引いた斡旋所はこれを紹介」「このクジを引いた斡旋所はこれを紹介」と単一で割り振りした。
「他の斡旋所大変なんだってな。毎日人があふれかえってるって聞いたぞ」
「当たり前だろうよ」
 ドミニヴァスの勤めている所長が引き当てたのは “奴隷でなければ年齢も性別も病歴も何も問わない十名”
 何のために集められるのか良くわからない項目。このやる気のない適当な、そして利害関係の絡まない求職がこの斡旋所に振り当てられた。色々な条件のある、高給にありつける仕事と違って、
「帝国の法定最低賃金だから、人の集まりも悪いったらありゃしねえ」
 帝星最低賃金は高給で人は群がるが、帝国最低賃金は本当の最低賃金なので人足も鈍る。
「人がこないうちに、急いで申し込む」
 色々な利点のある求職なら所長自ら選ぶが、なんの利点もないうま味もない求職なので、やる気もないと即座に部下達に選ばせることにして権利を渡す。それの一人分を渡されたのがレンディアだった。

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