職業斡旋所職員ピラデレイス・ドミニヴァスは、就職して四年目にして初めて無理難題に直面していた。
彼が勤めているのは平民の職業斡旋所。
本当に金のない人が仕事を求めてくるところで、金がないから身なりが薄汚いことも多い。
特別苦労もなく育ち仕事に就いた彼等にとって、顔をつきあわせて会話する相手から漂う異臭に耐えることが最初の苦難。
それを乗り越えると、徐々に困難な仕事がまわってくる。
ドミニヴァスもその一人だった。
「えーと……君は仕事したいんだね」
職業斡旋所で対人している時点で、仕事は限られている。
「うん。ここに来たら仕事みつかるって聞いた」
カウンターを挟んだ向かい側に座っている少女のよく言えば屈託のない、悪く言うと無知そのものの笑顔を前に、ドミニヴァスは気取られないように溜息をつく。
彼の目の前にいる少女は平民身分証明カードを持っていた。
身分証明カードは基本的に身体特徴だけを記して配布する。その後、病院にかかると病歴が追加され、学校を卒業すると学歴が追加され、就職した場合も追加登録される。家族歴が登録されないのは、養子の問題などがあり、所持者が勝手に血縁を検索、あるいは血縁が検索などをすると問題が発生するためにカードに追加されない。
ある程度の技能を持ったものは、町中に設置されている端末で求人情報にアクセスして仕事を得る。
以前はこの無人システムしか存在しなかった。だが世の中は全てがそれで片付くわけでもない。
かつて平民から皇妃になった女性が、端末を操作できない平民が未だに多数存在することを夫である皇帝に教え、皇帝はそれらを救済するべく、時代を遡ったような人を介する職業斡旋所を設置した。
人を介する職業斡旋は、賄賂や仕事を与えてやる見返りとして体を自由にさせることを強要するなどが記録として残っているために廃止されていたが、それらの危険性があっても人を介するシステムの導入に皇帝は踏み切った。
その皇帝の名は第十六代オードストレヴ帝。平民を妃に迎えた最初の皇帝。
現在は第二十三代皇帝の御代。
もっとも第二十三代皇帝に代替わりしたのは、半年前のことで帝国はやっと喪が明けたばかりでもあった。
「お仕事か……」
ドミニヴァスと向かい合っている少女は十二歳で、カードは生まれた時に配布されたまま何も追加されていない。
家出だろうかと家族に連絡をいれるべく調べると、両親は死亡していることが確認できた。身内は最近結婚した兄一人。
「お家は農家だよね。お家の仕事手伝った方がいいんじゃないの?」
まとわりついている堆肥の匂いと、泥だらけの爪を見ながらドミニヴァスは優しく声をかけた。
「出て行けって言われたから、出てきたの。そしたら村長さんがカードくれてね! これをくれたの!」
少女が持っていた村で作っている藁半紙には、村長の指示と少女の身の上とが書かれていた。
身の上といっても “この娘は憐れで……” といったような安っぽいものではなく、村の経済状況と、少女の家の貧しさ。少女の両親の死亡と、兄と結婚した女の性格の悪さが、村長として客観的に書かれていた。
ドミニヴァスも少女が学校に通っていないことと、通信教育をも受けていないことから村が裕福ではないことは予想が出来ていた。
村が裕福ではないのだから、その村の農家の一つも決して裕福ではない。
兄嫁はかなり性格が悪く、少女を身一つで軒下に放り出して生活させていた。
暖かいうちは何とか生活できていたのだが、季節が移り寒さに耐えかねた少女は、村の堆肥置き場へとゆきそれに身をくっつけて眠っていたのを見て、村長は決断をくだす。少女の両親が村長に預けていた《娘の結婚資金》を渡し、藁半紙の手紙と預かっているカードと共に街へと送り出した。
村では両親を失った子供を三人ほど《村》で雇っており、これ以上は村として雇うことはできなかったための判断。
村長の手紙と、村の経済状況を見てドミニヴァスは今度は隠さないで深い溜息をついた。それをかき消すかのような、終了時間を告げるチャイム。
何も疑わないで笑顔で自分を見上げている少女に、ピラデレイス・ドミニヴァスは覚悟を決めた。
「仕事が見つかるまで俺の家においで。グラディウス」
グラディウス・オベラ。
後の帝后 ザウデード侯爵 グラディウス・オベラ・ドミナスの物語はここから始まる。