プレゼントにロケット【14】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
 サウダライトから渡された飴の入った袋を持ったまま、リュバリエリュシュスは硬直した。初めて観る光景だったために。
 グラディウスも初めて見た光景で、口を半開きにして見送り、三人の姿が見えなくなって、やっと口を開くことができた。
「昨日乗ったほうきみたい!」
「星が降ってくるほうき……たしかに」

 サウダライトは星をまき散らす兄弟と共に青空へと消えた――

 消えるまでの経緯は、飴を手渡したサウダライトの両脇に兄弟がやってきて、しっかりと腕を組み、
「それでは私たちと陛下は先に戻って、今宵の準備をすることにします」
「お菓子もらいにいきますので、よろしくお願いします!」
 グラディウスに別れを告げて、履いていたかぼちゃパンツに穴を開けた。
 実は今履いているのは、昨晩までの超ヘリウムガス入りのかぼちゃパンツとは違い、空気に触れると空に飛び上がってゆく燃料が入っていた。それだけでは面白くないと、ロヴィニア王家が作らせていた魔法☆ほうきの失敗作を買い取り、飛び上がると当時に星をばらまき去ってゆくようにしたのだ。
 目には止まるが、轟音がすさまじいかぼちゃパンツロケット。
 大空を飛びながら、

―― 先代陛下はこういうの、笑ってお許しになってたからなあ……

 星を振りまくかぼちゃパンツロケットの本体に両脇を固められながら、サウダライトは一度私室に戻ることになった。ちなみにこのロケットは着地などというシステムはないので、突き破って入っていかなくてはならない。
「ちょ! 君達、止まらないのかな? これは」
「星を振りまくかぼちゃパンツは簡単には止まれませんし!」
「なにより止まるつもりはありません! 大丈夫、お怪我をさせるような真似はいたしませんので。このゾフィアーネの胸とかぼちゃパンツと腰布マントを信じてください! 陛下」
 腰布マントとは言葉のまま、腰布をマントにしたもので、肩に背負ってる程度にしかなっていない。
「ご安心ください、陛下! 私たち兄弟、美形なので大丈夫です!」
「美形は正義! ですよね! 兄さん」

 ”正義”は人によって違う……それが良く解る言葉かどうかは不明だが、ゾフィアーネ大公の言葉が正しいとすると、三人の中でもっとも美形として劣るサウダライトの身は危ないとも言える。

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「おっさん、楽しそうだったね」
 星を振りまきながら笑顔で空へと螺旋を描いて消えてゆく姿は、グラディウスにはとても楽しそうに見えた。
「ん……そうだな。楽しいだろうなあ」
 皇帝に危害を加えることはないのは分かっているので心配してはいないが、今の行為をサウダライトが楽しんだとはとても思えない子爵であった。
「おじ様、あれできる?」
「出来ると……思われる。今度やり方を聞いてきて、材料を揃えておく」
「嬉しいなあ!」

―― 半裸(強)でかぼちゃパンツを履くのは固辞させていただくが

 飛んでいった衝撃から立ち直ったグラディウスは、リュバリエリュシュスに飴の説明をする。袋に入っている飴はハロウィンマーク色違いが六種類で十個入り。
「赤いのはヨリュハさん。オレンジ色はおじ様。薄い紫はジュラスで、黄色は白鳥さん。ゼラさんが茶色であてしが白。あてしのは形も違うよ」
 グラディウス以外は一個で、
「グレスの作った飴、五個も入ってるけど、いいの?」
 グラディウスだけ五個。本当はもっとたくさん入れようとしたグラディウスだったが、皆の説得により五個に収まった。
「うん。一杯食べてね、エリュシ様」
「大事にいただくわ」
 今日はこれから続々と”王族”が訪れるので、ここに長居するわけにはいかない。
「また来るからね!」
「待ってるわよ、グレス」
 反射材入りのオレンジ色の用紙を切り抜き作られた大量のハロウィンマークがヒモに繋がっている”飾り”で飾り立てられた反重力ソーサーに乗り、グレスは手を振る。巴旦杏の塔がグラディウスから見えなくなるまでは、ゆっくりとソーサーを移動させる。
「エリュシ様! エリュシ様!」

 グラディウスが帰り、静寂を取り戻した塔の中で、リュバリエリュシュスは飴の入った袋を眺める。誰も見ることができないの優しげな笑み。
 袋のリボンを解き、中身をトレイに広げ、指先で恐る恐る飴に触れる。甘みがある食べ物特有の肌触り。指先を離し舐める。
「甘い……ありがとう、皆さん。そしてグレス」
 舌先に触れた指は飴の甘さをリュバリエリュシュスに幸せと共に伝えた。

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 キルティレスディオ大公は邸でデルシを待っていた。彼女の訪問ルートはキルティレスディオ大公のところを訪問してからグラディウスの所へと向かう予定であった。
「ミーヒアス」
「来たか、エデリオンザ」
 デルシは昨晩のキルティレスディオ大公の格好と同じく”吸血鬼”の扮装。違うのは肩からぶら下げているハロウィン巾着袋。中身はもちろん”ちび”
 椅子にロープをかけて吊し、座って肘をつき、
「菓子をくれぬと、戦争するぞ」
「素直に決まり文句言えよ、エデリオンザ。その言いぶりじゃあ、菓子渡せねえだろ。お前等に”戦争するな”って菓子渡してどうする」
「それもそうだな。では言い直すか。菓子をくれぬと悪戯しようではないか」
 キルティレスディオ大公は用意しておいた菓子を運ばせて、
「ほらよ」
 デルシの前に黒地に絵が描かれている箱を置いた。
「和菓子か?」
「蓋明ける前に当てるなよ」
「この黒の漆塗りの箱をみたら分って当然だろう」
 彼は非常に手先が器用で、和菓子と漆塗りと蒔絵の技術をフェルディラディエル公爵から習った。才能だけならば”青は藍より出でて藍より青し”であった彼は、早くに師であるフェルディラディエル公爵を抜いた。

―― 勿体ない才能というか……腕は衰えていないというか

 若い頃、それこそまだ二人が婚約していた頃、キルティレスディオ大公はデルシに手紙を入れる箱を作り贈ったことがある。朱漆に螺鈿でエヴェドリット軍の紋が施された、兄である国王ですら持っていない一品。
 婚約破棄になった後も、捨てるような真似はしなかった。
「蓋を開けないのか?」
「家に帰ってゆっくりと見たい。お前のことだ、この箱の中に和菓子で絵を描いているのだろう。楽しみだな」
「楽しめるかどうかは分からないがな。ところで未だ時間はあるのか?」
「ある」
「じゃあ、別の菓子を」
 家臣に丁重に扱えと命じてから、キッチンへと入り厚切りパンの表面に切り込みを入れトーストし、バターを塗り蜂蜜をかけてココアパウダーを少量まぶし、その上にチョコレートで線模様を入れ、パンプキンアイスを自作のハロウィン型デッシャーで飾り、仕上げにミントをそえる。
「ほらよ」
「ではありがたく食べさせてもらうとするか」
 ナイフとフォークを持ち、デルシはゆっくりと味わった。
「ところでミーヒアス」
「なんだ? エデリオンザ」
「今日は暇か?」
「酒が飲めないから暇だな」
「ではこれから一緒に菓子を貰いに行かないか?」
「ダグリオライゼが可愛がってる子供のところにか?」
「そうだ」
「…………まあ、見物させてもらうか。で、ちび! 椅子の背もたれ食ってるんじゃねえよ!」
「(にたあ)」
「ちび。背もたれだけでやめておけ。グレスのところで菓子にありつけるかもしれないのだからな」
「(にやあ)」

 椅子の背もたれを食べてご機嫌になったちびと、仮装したキルティレスディオ大公と共にデルシはグラディウスの館へ。

**********


「みてみて!」
 館に戻ったグラディウスは、ロールケーキに出迎えられた。
「あー! おちびちゃんのお顔!」
「さっきグレスが作った飴と同じで、どこを切っても”ちび”なんだよ」
 プレーン生地に生クリームにブルーベリーソースで顔と髪と目の下のクマに眼帯。首から下はオレンジソースで描かれたかぼちゃの中に。
「おちびちゃん用のお菓子?」
「うん」
「おちびちゃん、喜ぶよ。ヨリュハさんは、優しいとうちゃんだ!」
「そう?」
「うん!」

 グラディウスが飴を届けに行っている最中に、ヨルハ公爵の指導の下、ザイオンレヴィはマルティルディに渡す菓子を作った。
 ”ちび”のように顔を描くのではなく、ケシュマリスタ王家の紋を。
 生地はケシュマリスタらしく緑にしなくてはならない。食用色素を使えば簡単なのだが、マルティルディに簡単なものを差し出すような馬鹿はいない。
 心がこもっていれば食用色素でも……など言うようなマルティルディではないことは誰もが知っている。
「でもマルティルディ様、抹茶とか好きじゃないわよ」
「そうなんだ、ジュラス」
 代表的な緑を出す抹茶は使用禁止。好きではないものを使ったら最後、間違いなく殺される。
「じゃ、バジルにしようよ。甘いロールケーキじゃなくて、酒のつまみにもなりそうな、大人のロールケーキ」
 生地はヨルハ公爵が、ジベルボート伯爵と共にケシュマリスタ王家の紋を描くにはどうしたらいいか? を機械に計測させたり……
「ゼフ=ゼキが紋を作ってくれたら嬉しいんだけど」
「そこはネロムが作るべき」
「ヴァレンが全部作っちゃったら、意味ないじゃないですか! さあ、頑張るのです! ザイオンレヴィ」
 脇で”おちびロールケーキ”に続き、パンプキン生地のテルロバールノル、苺と黒すぐりを混ぜた生地のエヴェドリット。そしてロヴィニアの青は、
「食用色素ですよねヴァレン」
「そうだよね、クレウ」
 効率良く、市販の天然食用色素で。
 マルティルディに対しては使えないが、ロヴィニア勢はそこら辺は深く追求はしない。

 ザイオンレヴィがまだ奮闘しているロールケーキ以外のケーキを前に、飴を袋に詰めながら、
「みんなが来るの楽しみだなあ」
 グラディウスは”今か、今か”と訪問者を待っていた。


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