「皮を残して剥いてあげるよ」
館に戻ったグラディウスは、昨晩もらったお菓子を広げて、一つ一つ説明する。ただ説明と言っても、
「これはほぇほぇでぃ様からもらった、綺麗なお菓子。これはでかいおきちゃきちゃまからもらったおおきいお菓子。それでこれが……」
この程度である。
そしてリュバリエリュシュスがくれた蜜柑を手に取り、
「はい、白鳥さん」
「あ、ありがとうございます」
渡して欲しいと言われた相手にしっかりと渡す。
「皮剥くの勿体ないね」
顔が描かれた蜜柑を見ながら、幸せ半分寂しさ半分のグラディウス。
「上手に剥こうか? こんな感じに」
ヨルハ公爵は自分がもらった蜜柑に果物ナイフをあてて、上下を少しだけ切り中身を上手く刳り貫いた。刃物を使って中身を刳り貫くのは、エヴェドリットの得意とするところである。何に対して得意としているのか? は……。
「皮はシクに加工してもらえばいいんじゃないかな?」
「……」
大きな藍色の瞳が輝き期待に満ちた眼差しで子爵を見つめる。
「作らせてもらう」
グラディウスの蜜柑だけではなく、子爵とヨルハ公爵、そしてザイオンレヴィの蜜柑も同様に中身を刳り貫き、皮に加工が施されることとなった。
「防腐処理をして硝子コーティングするだけだから、すぐに出来るよ」
防腐処理前の洗浄用溶液を吹きかけて、専用ボックスに収める。
「うわあ! 楽しみ! できあがったらエリュシ様に見せにいこうね! それでねはい、ジュラス。エリュシ様の蜜柑、少しだけどどうぞ」
蜜柑の皮が置物として残ることを喜び、手に持っていた中身を一房ずつ分けてジュラスに、そして、リニアやルサ男爵にも手渡す。
「リニア小母さんもどうぞ。エリュシ様からのお菓子だよ。ルサお兄さんもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「……ありがとう、グレス。でもグレスの分が少なくなるから、私は気持ちだけで……」
リニアの”気持ちだけ”という言葉にグラディウスは頭を振り、
「みんなで食べたい」
大事に丁寧に蜜柑を分ける。もらったヨルハ公爵にも子爵にも、ザイオンレヴィにも。
「え……えっと、お兄さんは誰? あてしグラディウス! グレスって呼んでね」
「僕はジベルボート伯爵クレッシェッテンバティウです」
「く……く……くれ……」
「ゼラならどうでしょう?」
「ゼラさんでもいいの?」
ゼラとはジベルボート伯爵の第二名。
「もちろん。ゼラと呼び捨てでも構いませんよ!」
「あてしはゼラさんって呼ぶよ。ゼラさんは貴族様だもん!」
こうして若干遅い自己紹介を終えて、全員で蜜柑を一房口に入れた。
―― エリュシ様からもらったお菓子をみんなで食べる……
その時のグラディウスの幸せは言葉に出来ないものであった。
お菓子を一口ずつ食べ終え、ジュラスと衣装の最終合わせをしてから、飾り付けられた部屋を見て興奮し、
「昼食にするぞ」
子爵が作ったハロウィンランチを前にもっと興奮する。
「すごい! おじ様凄い! みんなで食べるの!」
”あのハロウィンライスいいですよねー僕も食べたいな”とジベルボート伯爵からおねだり視線を受けた子爵は、ヨルハ公爵とジュラスとザイオンレヴィにも尋ねて、計五人分のハロウィンライスを完成させた。もちろん手抜きなく、プレートに絵も描いた。
ハロウィンライスだけではランチとして足りないだろうと、中心には各種フライを組み合わせて作ったお城。三角屋根の塔や、城壁に中庭に塀などがはっきりと分かる。
「屋根とかにソースをかけて色を塗ってやるといいぞ」
「うわああ! おじ様凄い! 凄いよ!」
「喜んでもらえて良かった。こんな感じの細工料理が食べたかったら希望するといいぞ。料理人達は何でも作ってくれるからな」
「おじ様みたいに! すごい!」
”凄い、凄い”を連呼して褒めてくれているグラディウスの気分を萎ませるようなことを口走るほど、子爵は空気を読めない男ではない。
―― いやあ……皇帝陛下の料理人クラスになると、一気に揚げて色も付くだろうよ
子爵はパーツになるフライを揚げてから細工用の乾麺のような物を刺して組み立てるが、皇帝の料理人たちになると食材に切り込みを入れて組み合わせてゆく。
もちろん単調な味にならないように、部分部分は子爵と同じく違う素材を使うのだが、彼らはそれを一度に揚げる。揚げる前の下ごしらえで様々なことをしているので、火の通りは均一。
だが油からあげた時、そのフライの衣は全部色が違い完全に城となる。それはパン粉の原材料の違いから砕く大きさ、油を吸った時に変わる天然素材を混ぜ込む……など、多種多様なる技を用いて作りあげる。
とは言うものの、
「あー! この屋根外れる!」
簡単に外れるので、子爵作のフライ城は食べやすく楽しみやすい。
皇帝の料理人達が作ると、食べる時はナイフで切り別けない限り無理なほど、しっかりと組まれている。
「玄関の扉も外れるわよ。この玄関扉はなんで出来てるのかしらね」
「なんだろね! ジュラス。おじ様、このはろいんライスおいしいよ! 綺麗で食べるの勿体ないけど、あてし全部食べるよ!」
そう言っているグラディウスにジュラスがサーモンフライ(窓に使用)を口に入れてやる。
「うま……うま……」
幸せと料理が詰まった頬の膨らみ、それらを噛む仕草。まさに”もぎもぎ”
「そ、それは良かった……ぷっ。我はデザートを用意してくるから、その……じゃあな!」
仕事中ではあるが、部屋にいるのは子爵の知り合いばかりで笑っても咎めるような人はいないので、何時もより笑いを我慢することができず、さっさと部屋を出ていった。後ろ姿、そして肩は笑っていることを物語っていた。
―― シク、相変わらず笑いの耐性が低……僕もシクのこと言えませんね! ふふふ……
幸せを詰め込んだ頬が動くたびに、ジベルボート伯爵も笑いたくなったが、笑撃耐性の高い彼は耐えた。
ちなみにヨルハ公爵はグラディウスが食事をしている姿を見ても笑うことはない。”楽しそうの食べてるな。良いことだ”と、わりと大人目線で見ている。さすが一児の父と言うべきか、天才と言うべきか?
みなに幸せを振りまきつつ、子爵が作ってくれた食べ慣れた味に近いハロウィンライスに、下働きの者達が好むソースをかけた衣がさくさくのフライ。ヨルハ公爵の頭に乗っている、小さな海苔ハット。なによりもみんなで食べる昼食。毎日幸せなグラディウスは、今日も幸せであった。
「おじ様のご飯、おいしいよ」
「シクは料理上手いんだよ」
「また作ってもらいましょうね、グレス」
「今度はあてしがおじ様に作るよ」
この幸せな時間の締めくくりは、子爵が作ったゼリー。
「ほら、デザートだ」
形はもちろんハロウィンで、色も薄いオレンジ。中には先程のフライ城やプレートに描いた絵と同じような城と蝙蝠、そして月に星が閉じ込められており、スノードームを思わせる”キラキラ”も散りばめられている。
「おじ様! これ、硝子じゃないの?」
オレンジ色がついているものの、そのゼリーは”透き通って”おり、子爵が作る硝子細工かと見紛うほど。
「ちゃんと食べられるぞ」
グラディウスはそう言われてもしばらくは下から見上げたり、上からのぞき込んだり、方向を変えて見たりと。
「シク。あの様子だと、同じ硝子細工を作ってこないと食べなさそうだよ」
グラディウスの動きは明らかに《食べるのが勿体なくて食べられない》
「もう、シクったら! 本気出し過ぎですよ」
同クラブで共に精巧さを極めた友はそう言い、お菓子を用意しなければ悪戯されるが、用意しておけば叱られる男ザイオンレヴィが頼み込む。
「ケーリッヒリラ子爵」
「なんだ? ザイオンレヴィ」
「何個か予備で作ってるだろ」
”予備を一個でいいからくれ。マルティルディ様に……”無言の懇願だが、
「作っているが……やらんぞ」
子爵はあっさりと目を背けて断った。
自分の作った菓子がマルティルディに出されるなど、想像することもできない。子爵は先日、かぼちゃパンツを履いたマルティルディも想像はできなかった……子爵のマルティルディに対しての想像力が貧しいのではなく、子爵は想像力があるからこそ、拒否するのだ。かぼちゃパンツについては不問ということで。
「駄目か」
「五個ほど作ったが、そのうちの一個はメディオンに渡すために作ったからな。メディオンにくれてやった物と同じものを、まさかマルティルディ様に渡すわけにはいかないだろ?」
「そうだね……どうしよう」
黙ってマルティルディに悪戯される覚悟を決めるしかない――
口を半開きにして目を見開き、ずっとゼリーを見つめているグラディウスに、硝子細工で同じものを作ると約束する。
「無理して食べなくてもいいけどな」
「ううん! あてし食べるのとっても楽しみ! 硝子細工も楽しみ!」
グラディウスは少しばかり泣きそうになりながら、”キラキラ”している子爵作ゼリーを食べた。味付けも完璧だったのだが、ちょっとばかり塩味が効いていたのは、グラディウスだけの秘密である。
楽しいランチが終わり、次はいよいよ菓子作り。以前デルシに「飴を作る」と宣言していた通り”飴”を作る。棒状でどこを切っても同じ柄が現れる、いわゆる金太郎飴。
「どこを切ってもハロウィンマークが出るように作る」
「?」
聞いただけでは分からないだろうと、
「こういう形だ」
子爵は前もって作製していた飴を四つほど切り別け、面を見せる。
「あうわああ! はろいんマークだ! あてしも作れる?」
「作り方は簡単だ」
一から作らせるのは危険だということで(飴に巻かれる恐れがある)基本は全てつくり、あとは図面通りに組むだけになっていた……のだが、
「あてしの飴だけ、絵が違う」
グラディウスだけ違う図柄が出来上がった。
「いや……これも、ハロウィンらしい……よな、ヴァレン」
出来上がったのは「おばけマーク」
ハロウィンマークを作る際に重要な凸凹だが、グラディウスが作ったのは下だけが凹凸があり上が”つるんとした楕円”となってしまった。それ以外はしっかりとしており、あの特徴である顔もしっかりと収まっている。
「そうだよ……あ、クレウ」
「こんな感じですね」
シーツに顔を描き被ってやってきたジベルボート伯爵と、
「お菓子下さらないと悪戯しちゃいますよ」
「どれが欲しい、ゼラさん」
「どれにしようかな? いや、まず悪戯を」
「きゃああ!」
菓子作りも終わったので、シーツを被ったジベルボート伯爵とグラディウスは少しばかり鬼ごっこをし、幾つか切り別けた飴を透明の小袋に入れて、
「上手く結べない」
口を薄いピンク色のリボンで結ぶ。蝶結びの形が若干悪いが、グラディウスらしいと言えばらしい。
「エリュシ様にお菓子届けに行ってくるから!」
喜び勇んで、躓いて。子爵が転ぶ前に掴んで立たせて、飾り立てられた反重力ソーサーに乗り込んで、二人は巴旦杏の塔へと向かった。
見送った四人は……というと、
「ネロム」
「はい、なんでしょう? ゼフ=ゼキ」
「我と一緒に菓子作るか?」
「え? いいんですか?」
「ああ。手の込んだものを作れば、マルティルディは許してくれるさ」
「手が込んだもの? 具体的には?」
「さっきの飴に似た……」
**********
巴旦杏の塔に辿り着いた子爵とグラディウスを、
「お待ちしておりました!」
「お待ちしておりました!」
今日も元気にかぼちゃパンツを履いて出迎えた兄弟二人と、
「今日は! お兄さんたち。おっさん! おっさん! 見て見て! 飴だよ」
「グレスが作った飴かい?」
本日は休みのサウダライト。皇帝は休みの日も仕事が……の典型的というか、これが典型ならば……というか、とにかく子爵あたりは言葉を濁したくなる状況である。
「うん! このおばけになってる飴があてし! それでね、この回りが赤で囲まれてるハロウィン飴はヨリュハさんでね!」
誰が作ったものか? を、サウダライトに説明していると、
「グレス?」
リュバリエリュシュスが戻って来た。彼女は先程まで、兄弟たちの寸劇を固唾を飲んで見守って居た。大部分は意味不明な劇ではあったが不快感はない。
後ろにいるサウダライトの困惑の表情は、この無駄に眩しく輝く兄弟の前にかき消された。
「エリュシ様! お菓子くれないと悪戯……じゃなくて、あのねエリュシ様」
「お菓子くれないと悪戯しちゃうわよ、グレス」
リュバリエリュシュスが小首を傾げて微笑む。仕草はマルティルディと同じなのだが、受ける印象はまるで違う。
どちらが美しいや、どちらが優しい……などではなく、だが違う。
「おっさん! おっさん! エリュシ様にお菓子を渡して!」
「ああ。渡すよ」
サウダライトは袋を受け取り、両手で包み込んで窓に手を差し込み手渡した。