祭りの始まり【15】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
 続々とグラディウスの館を訪れる、高貴な面々。
 胸を強調し、大きく開いて谷間を見せ、際どいレオタードに網タイツのイレスルキュランと、手や首など服からのぞく部分に包帯を巻いたキーレンクレイカイム。
 顔は当初隠す予定であったが、隠すと誰か気付いてもらえなさそうなので。
「イレスルキュラン! 貴様、なんという破廉恥な格好じゃ! そしてそこの破廉恥、顔も隠してこい!」
 輝く飾りのついた大人数用の反重力ソーサーに乗っているロヴィニア兄妹に怒鳴り付けているのは、馬に”薄くぼんやりと光る”青いサーコートを着せた馬車でやって来たルグリラド。
 馬車の手綱を握るのはメディオンで、上記の反重力ソーサーと並走している。
「ルグリラド。その格好ならデスサイズ必要だろ」
「誰が持つか!」
 ルグリラドは”死神”をイメージし、上質な黒いローブを着用しており、メディオンも同じ。ローブの下はテルロバールノル王家としては”普段着”という、豪華な格好。
 その二組の後ろをデルシたちが、そのまた後ろを輿に乗ったマルティルディが館を目指していた。
「その半分以上見えておる乳をしまわぬか! 貴様、正妃じゃろうが!」
「このおっぱいの谷間にもらったお菓子を挟む予定なんだよ。お前にはできないだろ、微乳」
「ぬおああああ! 貴様ぁ!」

―― ルグリラド様。あの乳房にはどうやっても勝てませぬ

 メディオンは心で呟いた。ルグリラドの従妹であるメディオンもまた……。
 このような感じで騒ぎながら到着したイレスルキュランとキーレンクレイカイムにイダ王。ルグリラドとメディオンに三姉妹。デルシにおちびに、
「キルティレスディオ大公まで来るとは」
 イダ王が驚きの声を上げるキルティレスディオ大公。
「寵妃見物も良いかと思ってな」
「なるほど」
 互いに罵り三割、牽制七割の挨拶を交わしているところに、マルティルディがやっと到着した。
「遅いじゃないか、マルティルディ」
 全員で一度に訪問することに決めていたので、前の広間で待っていたのだ。
「待ったわい……なんじゃ? マルティルディ。その味気ない格好は?」
 ルグリラドが首を傾げたマルティルディの格好はというと、古典的なドレス。本当に古典的なもので、裾が大きく広がっているのが目立つもの。生地も色鮮やかなレモン色。紫や黒、または若干の毒々しさでもあれば仮装しているように感じられるが、どうみても元々持っているドレス。あきらかに用意したものではない。
「本気で仮装したら洒落にならなくなったんだよ!」
「なんじゃ?」
「もしかして、マルティルディ。翼をつけたのか?」
 イレスルキュランが手を軽く叩く。
「ああ、そうだよ。黒い大きな翼と角を生やしたら、洒落にならなくなったんだよ」
 原型が原型なだけあって、マルティルディのその姿は完璧どころか、誰が見ても真の姿だと本能が納得してしまうような出来上がり。
「それでただのドレスなのか」
「そーだよ。仕方ないじゃないか」
「お主らしからぬ失態じゃなあ、マルティルディ」
 グラディウスを驚かせようと気合いを入れたら、元々完璧であった容姿が仇となり、完璧過ぎて世界に存在できない域に達してしまったのだ。
「そうかもね」
 ともかく全員揃ったので、玄関前に立ち、
「グレス」
「お菓子を」
「くれぬと」
「悪戯しちゃうよ!」
 大声で叫ぶ。その声に待っていました! と扉が開き、室内から篭を持ったグラディウスが飛び出してくる。
「お菓子です! お菓子です!」
 全員に菓子を手渡している間に扉が全開になり、玄関ホールに用意しておいた菓子や料理がのったテーブルを、
「行くよ、クレウ」
「はい! ヴァレン」
 次々と運び出し、風よけを建てて椅子も運び出す。
「デルシ様」
「どうした、ゼフ」
「お菓子作りました! これはお持ち帰り用のロールケーキです。同じものはテーブルにあるので、グレスと一緒に食べてください」
 ヨルハ公爵も菓子を配り、
「はい、めでさん。お姉さんたちもどうぞ!」
「感謝するぞ」
「ありがたくもらっておくのじゃ!」
「おくのじゃあ」
「飴は噛んで食べる儂じゃが、これはゆっくりと舐めさせてもらうのじゃあ」
 グラディウスも顔見知りの貴族たちに飴を渡す。
「……」
 元気よく渡し歩いていた所、見た事もない貴族が目の前にいた。
「? ……初めまして! あてしグラディウス・オベラです! グレスって呼んでください!」
「俺はミーヒアスだ。キルティレスディオ大公ミーヒアス」
「……」
 全てを圧倒するマルティルディや、キラキラしまくっている兄弟の近縁は、やはり”きらきら”としていた。中年を過ぎても変わらずに”きらきら”で、
「おばちゃんも飴どうぞ」
 グラディウスに女性と勘違いされた。
「は?」
「うわ!」
「ミーヒアス。グレスを驚かせるな」
「大きいおきちゃきちゃま!」
「グレス。その男を恐がることはない……」
「ごめんなさい! あてしおばちゃんって! ごめんなさい!」
 キルティレスディオ大公は決して女顔ではなく体格もしっかりとしているのだが、グラディウスには女性に見えた。
「……聞かなかったことにしておく、ミーヒアス」
「おう」
 女性であるデルシよりも背が若干低く(225cm)あとは似たような体の厚みなので、グラディウスが女性だと勘違いしてもおかしくはない……わけでもない。
(普通の平民なら、こんな大きいの見たら、まず男だと思うだろが)
(確かに。だがケシュマリスタの血は体格を凌駕する中性的な美しさなのだろう)
「本当にごめんなさい」
「いい。気にするな」
「グレス。この男はミーヒアスと言い、我の古くからの友人だ。名前は呼びづらいだろうから、おじさま……は駄目か。”おじちゃん”とでも呼ぶがいい」
「は、はい。おじちゃん、飴どうぞ」
「おう。他にも配りに行ってこい。みんな待ってるぞ」
「はい! おじちゃん!」
 篭を片手に去っていったグラディウスを見送りながら、
「デルシ。どう考えても俺はお爺さんだろう」
 ”おっさん”の父親でもおかしくない年齢のキルティレスディオ大公だが、
「その顔で”お爺さん”などと呼んでもらえると思うな、ミーヒアス」
 彼はとても若々しく見える。

**********


「失礼する」
「ルサ男爵。どうしました?」
 ルサ男爵に銃器の扱いを教えているケルディナ中尉は、意外な来訪者に立ち上がり声をかけた。
「お菓子を貰いにくるようにと」
「……あ、やっぱり行かなきゃ駄目ですか?」
 グラディウスは貴族は漠然と知っていても、身分や階級というものが良く解らない。なので今回のハロウィンは『館のみんなとも楽しめる』と疑っていなかった。
 下手に訂正し、参加者を制限するとグラディウスの気分が沈むのは確実なので、
「陛下が呼んでくるようにと私に命じた」
 控え目なる下々の者に頑張ってもらうことになる。
「はい。それでは」
 皇帝が来いと命じたら行くしか道は残っていない。
 警備としては”してはならない”ことだが、一人、二人詰め所に残して、後日足を運んでいなかったことが露見して「特別」に作ってもらったりすると、非常に困るので、施錠して全員で向かうことにした。
「わざわざ済みません。行かなかったばかりに、男爵にご足労をおかけしてしまって」
「気にする必要はな……」

 話をしていると、宙を幾つかの物体が飛んで来た――

 それに気付いた時、ルサ男爵や中尉たちの手には、
「なんだ? これは。ハロウィンマークがついているが?」
「ドーナツと」
「ベーグルのようです」
 ドーナツとベーグルが。
 中尉二人が部下たちを見ると、彼らの手にも同じものが。
「ケルディナ。俺が持ってるドーナツとベーグル、俺の名前がハロウィンマークと同じく書かれている。お前が持ってるのはどうだ?」
「俺も俺の名が書かれているぞ、ガラード」
 手元に飛んで来たドーナツとベーグルは名が書かれていた。受け取った人の名と、裏側には制作者の名が。
「ドーナツはジーディヴィフォ大公閣下で」
「ベーグルはゾフィアーネ大公閣下の署名焼きごてか……」
 全員顔を見合わせて、ポケットにしまい、
「お礼言いに行ったほうがいいですよね、ルサ男爵」
「あ……ああ。おそらく……」
 華麗に強制されたベーグルとドーナツを持ったまま、ルサ男爵は彼らと共に館へと引き返した。
 善良で皇王族の極みになれていない帝国貴族と末端皇王族を驚かせた兄弟はというと、館前の楽しげな広場に降ってきた。
 キルティレスディオ大公をして「沸いてこなかっただけマシだろよ」と言うような状態で。
 首から簡易屋台のようなものを下げて、
「お菓子がありますよ!」
「お菓子ですよ!」
 主旨に外れた動きとかけ声。
「グレス。このオバケ変装シーツを被って、お菓子を貰いに行くといい」
 先程の中尉たちよりもこの兄弟になれている子爵は”念のため”にと、飴作りの後にジベルボート伯爵が被ったシーツを手元に置いていた。
「いいの?」
「お菓子をあげたくて来たんだ。貰いにいってやらないと。かけ声は覚えているか?」
「うん! 覚えているよ、おじ様。”お菓子くれなきゃ、悪戯するよ”です」
「よし、行ってこい」
 シーツを被ったグラディウスは”お菓子くれなきゃ……”言いながら、もたもたと駆け寄り、そしていつも通り”べちゃ”と転んだ。
 シーツの裾を踏んで転んで、やっと辿り着き、
「お菓子くれなきゃ、悪戯するよ! だからお菓子を下さい」
 兄弟に向かって手を伸ばす。
「そう言われたら、お菓子を渡さないわけには行きませんね! 行きますよ! 弟さん」
「分かっていますとも、兄さん」

―― だからそのようなイベントじゃないと……

 子爵の心中を他所に、兄弟はグラディウスの前で飛び上がり、簡易屋台を首から下げたまま、地面に平行になり高速スピンを開始。二人から打ち出されているかのようなドーナツ、そしてベーグル。その二つの中心に穴が空いている物体は、ためらわず一直線に名が書かれた人たちの元へと飛んで行った。
 そして、わざとグラディウスたちに背を向けて着地し、
「もうお菓子はないので」
「悪戯されると困るので」
「私たちは」
「帰ります」

 再度飛び上がり、空中でクロスしてから彗星の如く消えていった。

「どう見ても、悪戯してるのあいつらだよね」
「お前の親戚じゃろうが、マルティルディ。どうにかせんかい!」
「ルグリラド。それはマルティルディにも無理ってもんだ」


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