「誘ったんだけど、断れたのよ」
「顔が地味だと、また虐められたのかのう」
ジュラスとメディオンが”誰のことを”を話しているかというと、
「僕も気を付けてるんだけどね」
「ザイオンレヴィ。男が気を付けても女性の陰口は防げませんよ。ましてケシュマリスタ……うああああ! オヅレチーヴァ様! フェルガーデ様!」
「落ち着くんだ、クレウ。ビデルセウス公爵も気にせずに来ればいいのに。そう思うだろ、シク」
話題はザイオンレヴィの妹・ビデルセウス公爵クライネルロテア。
「まあな……だが話を聞く分には、……なあ」
ビデルセウス公爵はケシュマリスタ女性にしては苛烈な性格をしていないだけではなく、控え目。原因は容姿が優れていないことと、頭脳が特段に優れていないこと。
「仕事するようになってから、益々劣等感を感じているみたいよ。自分の直属の部下が帝国上級士官学校卒業のジベルボート伯爵ってのも気にしてるみたい」
ケシュマリスタは美形が勝者だが、勝者になれない容姿を持っている場合は、普通の社会と同じく優秀な人物が上となるのが当然であった。
「気にしなくていいのに」
ビデルセウス公爵は頭脳でも美貌でも上に位置するジベルボート伯爵が部下になったことを気にしている。
父親が皇帝なのだから、
―― カーテンの隙間から見える、漂いつつ速い影! その名は! かぼちゃぱんつの精
―― 見なかったことにしておくべきだろうね。年を取ると眠りが浅くなって困るなあ
才能的に優れている人が部下になってもいい……と考えられるタイプならば良かったのだが、彼女はそのように考えられないタイプであった。
ジュラスは他者の才能に物怖じせず、気にする必要がない美貌の持ち主なので、こうして帝国上級士官学校卒業生と楽しく過ごせるのだが、彼女は楽しむよりも劣等感を抱くのが先でどうしても楽しめない。
昔のジュラスであれば、わざと連れて来るところだが、ジュラス自身『首席卒業生はちょっと……』と苦手な帝国上級士官学校卒業生の存在があるので、これに関して意地悪はしない。
「いつか仲良くなれるといいよね」
「そうですね、ヴァレン」
叫びからいつの間にか立ち直ったジベルボート伯爵が、再び飾り付けに戻る。
「ジュラス。僕の家、飾り付けたりしなくて……」
「要らないって言ってるでしょ、ザイオンレヴィ。貴方は明日、お菓子用意していなくて、マルティルディ様に悪戯されるって決まってるの」
明日、強制的に悪戯されることが決まっているザイオンレヴィを助ける者は誰もいない。彼の家にお菓子を貰いに行くのはただ一人。
もしかしたら、
―― 漂いながら高速残像!
―― 見てますか! ライフラ!
同族(ケシュマリスタ系皇王族・ザイオンレヴィもこの分類)が突如やってくるかもしれないが、彼ら”も”お菓子を用意しておいたところで、どうなる物でもない。
「エディルキュレセ。このテープはどこに飾るのじゃ」
「そのテープはカーテンレールから下げて、カーテンを飾るように……」
彼ら大貴族の認識としてはそれ程大きくはない館の一部を、丹念に楽しく、
「お茶飲む?」
「飲みます! 飲みます!」
休憩を入れながら飾り付け、飽きることもなく朝を迎えた。部屋の中心に座り、
「止め時を決めるのが一番難しいな」
「そうだね、シク。もっと飾りたくなるけれど、このくらいが……でも飾りたくなるね」
飾り足りない気持ちと、飾り続けたい気持ちのせめぎ合いをしていた。
それらの気持ちは、
「ケーリッヒリラ子爵閣下。セヒュローマドニク公爵殿下の宮から迎えを寄越すようにとのことです」
本来の仕事の連絡が入り、
「ルリエ・オベラのお迎えに上がるとするか」
「儂も帰るとする」
決着がついた。立ち上がったメディオン、そして時計を見るヨルハ公爵。
「ちょっと早すぎじゃないかな?」
時計はまだ午前六時を少し回ったところ。
「確かに早いな」
確認の連絡を入れたところ、例のジータ公爵家の三姉妹が迎えにくる時間を告げなかったことが判明した。
「午前八時に到着すればいいんだな」
「済まんのう。あいつら悪気はないのじゃが、悪気がない分困るというか……」
「メディオン」
「なんじゃ? エディルキュレセ」
「我は今から散歩がてらに歩いて迎えにあがろうと思うんだが、メディオンはどうする」
部屋にいると折角決着がついたのに、また飾り付けを再開したくなるので、それを避けるためにも館から離れることにした。
子爵の足ならば二時間もあったらルグリラドの宮に到着できる。
「では儂も一緒に」
こうしてメディオンは、
「じゃあ迎えに行ってくる」
「行ってらっしゃい。そうそう、メディオン。今夜の訪問、待ってるわよ」
「おう。儂も楽しみじゃ」
徹夜で飾っていた四人に見送られ、子爵と共に館を後にした。
朝の空気の心地良さに、二人とも無言のまま歩き続ける。
「……」
―― 楽しかったのじゃ……もいたら、もっと楽しかったのじゃがなあ
―― これがまた同意できないのが……
「……」
二人とも相手が言いたいことを理解しながら、無言のままで。
**********
「おきちゃきちゃま。おはようございます」
グラディウスは目を覚まして、一緒に寝ているジータ公爵家の三姉妹を起こして共にルグリラドの元へと向かった。
「おお、起きたか。グレスや」
「はい、起きました。おきちゃきちゃま、早起き」
「儂はな……まあよい。グレスや、儂が朝食を作ってやる。希望などはあるか?」
「ぴ、ぴざ!」
「気に入ったのかえ?」
「うん! とっても美味しかった。お姉さんたちが言った”ほんもののピザ”が食べたいです!」
ジータの三姉妹が言ったのはもちろんピザ・マルゲリータ。
グラディウスに起こされた三人は寝る前に「この寵妃に、ルグリラド様がもっとも得意なピザを教えてやろうではないか!」と誓い合っていた。
『ルグリラド様のピザは上手いのじゃ』
『本当のピザを知って帰るのじゃあ』
『一緒に寝ているのは、側にいろとルグリラド様が命じたからじゃあ』
誰が言うのかを決めると、言わなくて良い方は忘れ、言うべき方も忘れると悲惨になることを”何度も”経験しているので、この三姉妹は誰が告げるか? を決めることはない。
一人一人責任を持って、とにかく告げる。
最後の一人(三女フランカラトーファー)の語った一緒に寝ていた理由はそれで正しい。ただしルグリラドは感覚的な意味で”側にいろ”と命じたのだが、三姉妹は実際の距離的なイメージでの「側」を考えて、
―― これだけ側であれば、ルグリラド様のお心に副えるに違いないのじゃあ ――
グラディウスに添い寝することになった。
本当は眠るつもりはなかったのだが、人肌の温かさに三人とも簡単に陥落した。
「よし。特別に作ってやろうではないか」
ルグリラドは作りなれたピザを完璧に焼き上げて、
「ほれ。食べるが良いぞ」
「ああ! これ、バシー……バシーじゃなくて」
グラディウスはマルティルディに作ってもらったパスタに飾られていた”バジル”を指さして、必死に知っていることをアピールする。
「そうじゃ。バジルじゃ」
”あち、あち”と言いながらピザを頬張るグラディウスを見ながら、ルグリラドは昨晩から今朝方にかけての尖った幸せがつけた傷が塞がってゆくのを感じた。
「これは、マルゲリータというのじゃ」
「……ほぇほぇでぃ様のお名前に似てるね!」
グラディウスに悪気はなく、完全に褒めているのだが……マルティルディ嫌いのルグリラドとしては面白くない。
「そうじゃな」
だが彼女にしては華麗に堪えた。
ピザのチーズの伸びを楽しみながら満面の笑みで朝食をとっているグラディウスを怒る気にはなれなかった。
なによりも”ほぇほぇでぃ様に似てる”がグラディウスにとって褒め言葉であることを……
「知ってはおるが、腹立たしいのじゃあぁぁ」
「どしたの? おきちゃきちゃま」
「なんでもない。お主は気にせずに熱々のピザを頬張るのじゃ、グレスや。三姉妹や、グレスの館に迎えを寄越すように連絡を入れろ」
**********
ルグリラドの宮の門をくぐり抜けたところで、二人は口を開いた。
そこまで無言であったが、逃げたくなるような無言ではなく、穏やかな静寂。
「帰りの移動艇を貸して欲しいのだが」
「わかった。どんなのがいい? レトロタイプなど喜ぶのではないか?」
「今日は普通の素っ気ないのを借りたいな」
「どうしてまた?」
「今日はイベントがあるからな。変わった移動艇にひっかかって飴を作り損ねたら大変だろう」
「それは大変じゃ! ルグリラド様も楽しみにしておるからな。分かった、素っ気ないものにするな」
沈黙が怖ろしいものではないこと、二人の間にある沈黙は決して裏切りや哀しみではないことを――
ピザを食べ終えたグラディウスは三姉妹とルグリラドと共に、楽しく双六で遊んでいた。
立体型宇宙双六はそれはそれは複雑で、賽子も面数が多く二十を越えるのだが、グラディウスが面に書かれた数を数えるのが苦手なので『六』までしかない賽子と、ただの平面双六を楽しむことに。
「儂等姉妹は”ひき”が良いのじゃあ」
「六までならば、数えやすいしのう!」
「立体じゃないから進む方向も間違わんのじゃあ」
「あてしは一だった! すぐに数えられるから、一大好き!」
子爵が到着した頃、ちょうど双六も終盤”ひき”が強いことで有名な二女セドルトトーファーが一位で上がった。
「お姉さんすごい! 何回やってもお姉さんの勝ちだ!」
「また勝負してやるのじゃあ! ルグリラド様、よろしいでしょうか」
「機会を作ってやるぞ」
「ありがとうございます」
「ルグリラド様、帰りました。そして迎えも到着いたしました」
メディオンの声と、
「迎えにきました」
子爵の声に弾かれたようにグラディウスが振り返る。
あまりに勢いよく頭を回したせいで、太くて硬い三つ編みが飛んでルグリラドの顔面を直撃。
「いたっ」
「お、おきちゃきちゃま! ごめんなさい! 痛かった、ごめんなさい!」
グラディウスは顔を押さえているルグリラドの手を撫でる。
「よいよい。気にするな」
移動艇を用意してもらうまでの間、顔と手を撫でて赦しを貰い(もともと怒ってもいないのだが)決まり文句を告げて、
「今日の夜、お菓子貰いに来てね! おきちゃきちゃま! あてし飴作って待ってるから」
「おう。儂が貰いに行ってやるから、しっかりと用意しておくのじゃぞ」
「はい! お姉さんたちも、めでさんも来てね! 待ってるから。飴、たくさん作って待ってるから!」
グラディウスは館へと帰った。
「おじ様、おじ様。エリュシ様からおじ様にお菓子が。白鳥さんにもエリュシ様からお菓子が」
顔が描かれた蜜柑をグラディウスは手渡して、幸せ一杯に笑う。
受け取った子爵はどんな顔をしていいのか悩みかけたが、グラディウスの前なら素直に笑うべきだろうと――そう思う前に、笑顔が零れた。
「エリュシ様に飴持っていこうね! おじ様」
「ああ。行こう」