「……」
美形兄弟と血を不本意ながら同じくするキルティレスディオ大公は、由緒正しい吸血鬼ドラキュラの正装を見事に着こなしておきながら、行儀悪く建物前の階段に腰をかけて、悩ましげに眉を顰めていた。
その前の道を仮装した皇王族の少女たちが行き交い、情報を交換する。
「デルシ様のところ行った?」
「まだ」
「デルシ様お手製の焼きプリン。数に限りがあるから急いだほうがいいよ」
「今から急いで行ってくる。アーディラン様の所には行った? かぼちゃのポタージュ温かくて美味しいよ。絶対行った方がいいから」
「うん。わかった。じゃあね」
小悪魔の格好や全身黒タイツに尻尾と耳を装着し黒猫の格好をした皇王族の少女たちが通り過ぎたあと、
「……残り僅かか……エデリオンザのやつ、娘を優先するからな」
酒乱で迷惑かけまくってくれている中年元婚約者大公よりも、可愛い娘達を優先するのは女好きなデルシでなくても当たり前のことである。
ぶつぶつ言いながら、階段に腰を下ろしたまま動こうとしないキルティレスディオ大公に声をかけるものはいなかった。
**********
訪問予定時間を大幅に過ぎて(二十分)もまだ訪れる気配のないグレスの到着を”いまか、いまか”と、うろうろして待っているルグリラドに声をかけられるものはいな……
「ルグリラド様。ここは諦めたほうがよろしいのでは」
いないわけではない。
ジータ公爵家の長女ロントコーファーが声を上げる。
貴族の子女らしい彼女。礼儀作法は完璧で、身体的に若干強いが、頭は弱い。当人頭が弱いことを理解している程度の、救いのある弱さであり、性格も素直(馬鹿正直とも言う)なので《無能な働き者は有害である》と諭され、自分”たち”がそうであることを受け入れて、働きすぎず、だが忠義を持ってルグリラドの仕えている。
「やはり、そうじゃ……」
「ルグリラド様」
「メディオンや」
「来ました!」
「来たか!」
入り口でうろついていたルグリラドは、メディオンからの連絡を受けて、部屋へと戻った。外で来るのを待ち続けてたと知られるのは恥ずかし……とのことで。
グラディウスがそんなことに気付くはずもないのだが、そこは王女の矜持である。
色とりどりの星を振りまきルグリラドの宮の前に巨大かぼちゃ容器を無事に着地させたヨルハ公爵は、
「グレス、起きて」
”おちびちゃん”を抱き締めて幸せそうに居眠りしているグラディウスを揺すり起こし、
「う、うぇ……ヨリュハさ……」
「ルグリラドのところに到着したよ。睫のお妃様のところだよ。ちょっと遅くなったから、早く行こう」
グラディウスの腕で疲労回復を図っている、頬が自分と同じくらいに痩けている”ちび”を掴んでリュックサックに戻す。
「…………おきちゃきちゃま!」
言われたことを理解したグラディウスはかぼちゃ容器の縁に足をかけて、もたもたと容器の側面を滑り落ち、
「睫のおきちゃきちゃまあ! お菓子くれなきゃ、いたずらするから! お菓子を下さい!」
大声で叫びながら宮へ一目散に駆け出す。
「もぎもぎ! ……ではなく、グレス!」
グラディウスの声を受けて扉が一度に開き、奧で待っているルグリラドまで一直線。
「睫のおきちゃきちゃま! いたずらするから、お菓子をください!」
決まり文句が若干おかしくなっているが、待ちに待ったルグリラドにとって、グラディウスらしい間違いに頬が緩むだけのこと。
「遅かったではないか!」
「ご、ごめんなさい」
「悪いのはグレスじゃないよ」
「そんなことは解っておるわ! ヨルハ」
「主な理由はジーディヴィフォ大公とゾフィアーネ大公だよ」
「それならば仕方ないな。さ、グレスや。儂についてこい」
気位高く、頑固なテルロバールノル王家の王女だが”あれには何も言わん! 絶対に言わん! 近寄らん!”……あの勢いには、ちょっと勝ち目がないのだ。
「待たせちゃってごめんなさい、睫のおきちゃきちゃま」
「別に待っとらん」
グレスの繊細さの欠片もない手を握り、用意しておいた部屋へとつき進む。
「お家に飾りがいっぱい!」
「ちょっと飾っただけじゃよ、ほんのちょっとじゃ」
一々説明するまでもないが、一万人二十四時間体勢で宮を飾り付けていたのだが「凄いじゃろう」と言うのはルグリラドの性格では無理。
「すごいなあ。あのね、あてしのお家も飾るよ。おじ様がね、飾ってくれるんだって!」
「ほぅ。ケーリッヒリラがな。あれはそういうのが得意な男じゃからな。明日、お主の邸を訪問するのが楽しみじゃな」
「えへへへ。お菓子もあるよ。貰いに来てね!」
「時間を割いて訪問してやるから、きちんと儂を出迎えるのじゃぞ」
今日の準備も明日の準備も万全。楽しみ過ぎるを通り越して、胸が痛むほどのルグリラド。
「はい!」
そんな彼女がグラディウスを連れてきたのはピザを焼くための石窯が備え付けられているキッチン。
「儂がピザを焼いてやる」
料理上手で伝統を重んじるルグリラドは、基本ピザはマルゲリータしか焼かないのだが、
『甘い物ばかり食べてくるのじゃから、味が違う物が良いと思うのじゃよ、メディオン』
『そうですな、ルグリラド様』
『……ハロウィンマークつきのピザならば喜ぶであろうか?』
『喜ぶと思いますよ、ルグリラド様』
『……協力してくれるか? メディオン』
『もちろんに御座います。このメディオン、言われずともどこまでもお伴いたします!』
”やっぱり見た目は重要だろう”ということで、頑固をちょっとカーテンで目隠しし、ハロウィンマークの塩味がきいているピザと、
『じゃが、やはり甘い物も必要じゃろうか』
『あれば喜ぶかもしれませんな。生地にチョコレートを塗りバナナやナッツをトッピングして焼いたピザもあると……聞いたことはありますが』
甘いピザを焼くことに。
「待っておれ、グレス。儂が直々に焼いてやるからな」
「ありがとうございます! 睫のおきちゃきちゃま!」
ルグリラドと一緒に石窯前に立ち、良い香りに体を揺らす。
「グレスや、少し離れておれ」
「はい!」
ピザが焼けたので取り出すためにグラディウスを遠ざけ、石窯からピザを取り出すための大型のヘラのような物に乗せて、
「ふんぬっ!」
気合いを入れて取り出した。
―― あのヘラって、ちょっとハルバードに似てるよね ――
帰宅後、子爵にヨルハ公爵はそう語り、こうも続けた ―― やっぱり、ベル公爵の実姉でテルロバールノル王女なんだね ――
ルグリラド、早くグラディウスにピザを食べさせてやろうと「はやく! はやく」と気が急いて、そして気合いが入りすぎて、取り出した際の動きが「薙ぎ払う、ハルバード」になってしまい、ヘラ部分に乗っていたピザが勢いよく横滑りに飛び出していった。
声を出すこともできず、宙を舞うピザを見るルグリラド。
なにが起こっているのかまったく解らないグラディウス。そのままであったなら、ピザは床に落ちて悲しい時間が始まるところであったが、
「とうっ!」
幸いなことにヨルハ公爵が、その類稀なる身体能力を生かしピザを上手く受け止めたことにより、チーズとトマトソース、ハムやブラックオリーブで描かれたハロウィンマークも崩れることはなく、
「はい、グレス。ルグリラド様のピザ」
「うわああ! はろいんだ!」
一瞬息を飲む羽目にはなったが、楽しい時間は楽しい時間のまま継続された。
「よくやった、ヨルハ。褒めてとらす」
「いえいえ。セヒュローマドニク殿下、見事な薙ぎ払い拝見させていただき、ありがとうございます」
こうして無事に焼き上がったハロウィンピザに、ルグリラドが仕上げを施す。
「こうしてカッターで、かぼちゃの線を入れてやるとな」
最後にかぼちゃを表す、特有の上下の線を入れ完成となると同時に切りわけた。
「ピザ、おい……あちっ!」
熱々のピザを食べているグラディウスを眺めている脇で、第二弾である甘いピザをメディオンが焼く。
満足いくまでピザを食べたグラディウスは、帰宅時間になった。
遅れて来ても帰宅時間は動かしようがない……のだが、
「グレス」
「なに? ヨリュハさん」
ヨルハ公爵がさっくりと動いた。
深く考えつつ、それほど深みに嵌らず、わりとあっさりと最良の解決作をはじき出し、それに合った動きをとることができる。それがヨルハ公爵。
「今夜、泊まらせてもらったらどうだい?」
グラディウスはその提案を聞き、理解に少々の時間を要し、やっと”解って”からルグリラドのほうを向く。視線があったルグリラドも、丁度混乱から立ち直ったばかりであった。彼女の場合は、嬉しさで混乱していただけである。
「でかした! ヨルハ……ではなく、そのどうしても泊まりたいというのであれば、泊まらせてやってもよいぞ、グレス!」
「泊まっちゃだめみたいだよ、ヨリュハさん」
「あれ? そうかな? 【ルリエには難しい言い回しは理解できないよ】……いや? 良いみたいだよ」
「……」
グラディウスの大きい藍色の瞳に見つめられ、
「そうじゃな、グレスには難しかったな。儂は泊まって良いといったのじゃ!」
彼女にしては素直に誘った。
それを隣の部屋から見ていた、
「殿下が素直じゃ」長女ロントコーファー。
「なんとも素直じゃ」二女セドルトトーファー。
「見たことないのじゃ」フランカラトーファー
ジータ公爵家の三姉妹。
明察な頭脳は持ち合わせてはい三人だが、嫉妬深いこともなく、主が喜ぶことをするのは大好きなので、
「仲良くするべきじゃよな」
「そうじゃな」
「そうじゃな」
グラディウスはマルティルディの配下の玩具だと聞き警戒していたのだが、主が気に入っているとなると別だとばかりに、仲良くすることに決めた。
三人とも賢くないので、悪意を持続するのはちょっとばかり苦手……というところもある。
「それでなんだけど」
「なんじゃ? ヴァレンや」
「今日グレスがルグリラドのところに泊まることを、シクに報告しにいってくれる?」
「メディオンを使者に立てんでも」
「実は手伝って欲しいんだ。ザウデード館、明日のために飾り付けしてるんだけど、人手が足りなくてさ」
「そういうことならば。メディオンや、頼んで良いか?」
「ですが、儂は警備が……」
久しぶりに子爵と一緒にイベント準備ができる……のだが、学生時代とは違い、ルグリラドの護衛という重要な仕事を受け持っているメディオンは、すぐに「はい!」とは言えない。
「そこは心配ないよ。警備してもらえるようにガルベージュス公爵に連絡しておくから。手配が済んだら我も行くからね!」
「ヨルハもこう言っておるが。行きたくないのであれば、無理に行かんでも良いのじゃぞ? メディオン」
「いいえ! 行かせてもらいます!」
こうしてルグリラドは、
「お願いします。めでさん!」
グラディウスたちに見送られ
―― 急いで連絡せねば、寵妃の館の者たちが不安がるであろう。警備たちの不安を解消するために急ぐのであって、べ、別に儂は……
主であるルグリラドと同じく、内心でも照れを隠しながら子爵がいるザウデード侯爵の館へと急いだ。
「それじゃあ我も行くね。ちびのこと可愛がってくれてありがとね、グレス」
眠っているちびが入っているリュックサックを掴み、
「ありがとう、ヨリュハさん! あてしもおちびちゃんと一緒で楽しかった」
ルグリラドに挨拶をして宮を後にした。
そのままヨルハ公爵はガルベージュス公爵の元へと向かい、事情を説明してから、ちびをデルシの元へ送り届けるために星をばらまきながら空を飛んでいた……ところ、地上に思い悩む酒乱を発見したので降りた。
「みったん」
「ああ?」
”やるぞ、このゾンビ”と声を荒げたキルティレスディオ大公に、
「しー。ちびが寝てるから」
口元に人差し指をあてながら、ちび入りハロウィンリュックサックを差し出す。
「なんだ?」
「デルシ様に届けてください」
「なんで、俺が」
「我、これからルリエ・オベラの館に行って、明日のための飾り付けするんです。明日、正妃様達がおいでになるから、ぎりぎりまで飾り付けるつもりです」
そう話すヨルハ公爵が乗っていた魔法☆ほうきからぶら下がっている容器の中にある《エデリオンザ作焼きプリン》を見て、
「わかった……引き受けてやる」
キルティレスディオ大公はちび入りリュックサックを受け取り、デルシの宮へと向かった。