―― 子爵が中尉二名と共に”生かぼちゃ直履き大公”の元へと向かう二日前 ――
「貴方たち。この企画本気なのですか?」
計画書はガルベージュス公爵に提出されていた。一通り目を通した彼は本気であることを知りながら、決まり文句として尋ねる。
「本気ですとも、ガルベージュス公爵。ねえ、弟さん」
「兄さん同様本気です!」
「それで、貴方たちの本心は、リュバリエリュシュスを見ることですか?」
「はい!」
「そうです!」
ゾフィアーネ大公は帝国システムのいかなる場所にも潜入できるが、唯一潜入できない場所がある。それが巴旦杏の塔。
自分たちの手が届かない場所に、秘密にされているが”美しい”と言われる存在。興味を持っても致し方ないことである。その巴旦杏の塔に近付くにはガルベージュス公爵の認可が必要になるのだが、正面から”見てみたいのです”と……言っても許可してもらえるのだが、そこはこの兄弟。騒ぎは大きいほうが良いとばかりに、計画を立ててやってきた。
「まあ、良いでしょう。貴方たちでしたらリュバリエリュシュスに心奪われることもないでしょうしね」
「ご安心ください、ガルベージュス公爵閣下。このガニュメデイーロ、腰布以外に心奪われることはありません!」
心がどのように腰布に奪われるのか? それはガニュメデイーロにしか分からないこと。
「心配する必要はない、ガルベージュス公爵。私ことお兄さんは、騒ぎを起こせぬ相手に心奪われることはない!」
騒動の中心にこの人ありと、誰もが知っているジーディヴィフォ大公
「分かってますとも。計画を見ると、誰もが一律幸せになれるようですので、警備責任者として通行を認可しましょう。あとは陛下からイベントその物の許可をもらってください」
サウダライト帝から許可をいただく前に、ほぇほぇでぃ様を攻略する。これこそが大戦略!(策士・ジーディヴィフォお兄さん)
「ありがとうございます! ベル公爵が帝星に滞在していたら立てられない計画でした」
「ありがとう! ありがとう! ガルベージュス公爵閣下。私たちはヒレイディシャ男爵の犠牲を無駄にせずにイベントを楽しみますとも! ありがとう! ヒレイディシャ男爵! アルパカの友よ!」
**********
―― 帝星にくるんじゃないよ、イデールマイスラ(マルティルディ)
―― 帝星に来るなああ! 儂は忙しいのじゃあ(ルグリラド)
「……帝星でなにがあるのじゃ? イヴィロディーグ」
仕事の関係でケシュマリスタ王国にいるイデールマイスラの元に、滅多に連絡がこない妻と、最近呆れられて(白鳥愛人騒動)まともに話をしてくれなくなった姉から立て続けに連絡が入れば”おかしい”と考えるのは当然のこと。
「メディオンが言うには、寵妃主催の仮装パーティーだとか」
「そうか……」
「主に女性といいますか、正妃たちとマルティルディとイダ王が乗り気だとか」
乗り気という可愛いものではないのだが、それ以外の言葉で言い表したくはないのでヒレイディシャ男爵は茶を濁し、
「……まあ、下手に近付かぬほうが良いじゃろうな」
イデールマイスラもそれをしっかりと感じ取った。
「そう思います」
”寵妃の館を飾るのは、エディルキュレセなのじゃあ”
―― メディオンも喜んでおるようじゃから……儂と殿下は近付かぬとするか
**********
「…………」
隻眼から見下ろす世界。
「これが」
「Y字」
「「バランス!」」
ちびはケシュマリスタの美形兄弟二名の手により、グラディウスが作ってくれた心地良いクッションが詰められたリュックサックから取り出され、夜の空気を肌に浴びながら高らかに掲げられた。
なにをされているのか解らない”ちび”ではあったが、なにかせねばならぬと立ち上がった。天才の子はまた天才。
生後二ヶ月で人の手の上で立ち上がり、見事なY字バランスを作った。
「……」
なぜY字バランスを作ったのか? ちび本人にも解らない。だが生存本能と狩猟本能と戦闘本能の三つが”Y字バランスをしろ”と叫んだのだ。
「あーすごい、すごい。ちび凄いな」
ヨルハ公爵は骨張った手を叩き、我が子の素晴らしく早い成長を褒め讃える。
「おちびちゃん、すごい!」
”にたあ”も”にやあ”もせず、幼児にあるまじき真剣な面持ちで、短い手を広げてバランスをとり続けるちび。
耐えられなくなり前のめりに落ちかけたところで、ヨルハ公爵がマントを掴んで持ち上げて、グラディウスに渡す。
受け取ったグラディウスは、
「エリュシ様、おちびちゃん」
抱き締めてリュバリエリュシュスの側へと連れてゆく。
「おちびちゃんって、随分小さい人なのね」
「小さいよ。だって赤ん坊だもん」
「赤ん坊?……人ってこんなに小さく生まれてきて、大きくなるの?」
「そうだよ」
「初めて知ったわ」
「そうなんだ……あ、おちびちゃん、疲れたみたいだね」
”とろん”と目蓋が落ちてくるのは確かに疲労が原因だが、その疲労は普通の生後二ヶ月の赤子が感じる疲労とは違う。
「そうだね。さ、そろそろ、次のルグリラド様の所へ行こうグレス」
指を吸うようにして眠ったちび。その指を口からはずし、ハロウィンかぼちゃのおしゃぶりを口に入れる。そうしないと、指がなくなってしまうのだ。
「う、うん!」
「ご安心ください!」
「私たち兄弟と陛下がこのように腕を組み」
サウダライトの右にジーディヴィフォ大公、左にゾフィアーネ大公。
「足を高らかに上げて、エリュシ様の為に歌い続けますので」
「心配ご無用!」
「ご無用!」
「楽しさを保証いたします!」
ミュージカルさながらに歌い語る二人。
「ねえ、陛下」
「あ、うん。ここは大丈夫だよ。リュバリエリュシュス様を存分に楽しませるからね。おっさんを信用しなさい」
宇宙でもっともグラディウスが信用してはならないおっさん。だがグラディウスは宇宙でもっともおっさんを信用しているので言いつけに従った。
「うん! じゃあね、エリュシ様。明日も来るからね! お菓子楽しみにしててね! じゃあね」
「蜜柑、ありがとう。エリュシさん。じゃ、またね」
リュバリエリュシュスに手を小さく振り、ちびを抱いたままハロウィンかぼちゃ容器に入り座る。
「行ってらっしゃい、グレス。おやすみなさい、おちびちゃん。そしてありがとう、ヨルハ」
リュバリエリュシュスとかぼちゃ美形兄弟と、その兄弟に脇を固められたおっさんに見送られグラディウスはルグリラドが待つ宮へと向かった。
「えへへへ。寝てるおちびちゃんも可愛いなあ」
ほうき☆から舞い散る星を眺め、
「おちびちゃん、寒くないかな」
マントでくるみ、骨ばった頬に頬をすり寄せて。
「可愛いなあ、おちびちゃん」
**********
夜に柔らかな陽光――
輪郭など最初からなく、声も朧げ。だが美しい声だった。その記憶がなんなのか? だが誰にも聞かなかった。聞いて否定されたら消えてなくなってしまうような気がしたから……
「なんでこんなにも、そしてあんなにも”俺様”なんだかなあ」
巴旦杏の塔の前で溜息をつく、眼帯ゾンビ。
「言うな」
それを諫めるのは、アルトルマイス帝。
「淡い記憶の中では、儚げに微笑むイメージだったのに……はあ、両性具有のイメージ壊しだ」
「言うな。言ってもいいが、声を小さく」
”おやすみなさい、おちびちゃん”
巴旦杏の塔に入ったアルトルマイスに、
「あいつ、連れてくるなよ」
聞いていたイデールサウセラが詰め寄る。
「あれはお前に恋しなから、連れてきても安心なんだ。だから許せ、イデールサウセラ」
「前にいたのが綺麗だったからか? むかつく」
「違う。リュバリエリュシュスには余も会ったことはあるが……あれは記録通りの両性具有だったなあ」
「遠い目してるんじゃないよ。君もむかつくねえ」
「嫉妬か?」
「違うよ」
「そうか。そうそう、ヨルハの娘だが、あれは強い相手以外に感情を揺さぶられたりはしないから、お前がどれ程美しかろうが、美しいとは感じない」
「でも”エリュシちゃん”は別なのかい?」
「輪郭も声も覚えていないが、ぼんやりと覚えている。だから忘れられないんだそうだ」
「ふーん」
皇帝が巴旦杏の塔から出てくるまでの時間を潰すために、大宮殿後宮の庭をうろうろとしていると、
「イルギ」
見知った顔がいたので声をかけた。
「よぉ、ドノヴァン。陛下のお伴で夕べの園の向こうか?」
「ああ」
「ところで、お前さんの名前の改名通ったか?」
「駄目だって。良いと思うんだけどなあ、オチビチャン=オラジェタン。シクおじ様は”オラジェタンって……”と頭抱えてたがな」
「デルヴィアルスに名前が似てるからなあ。ところでよ、オチビチャンってなんだ?」
「それな。それを語るには、あのケシュマリスタのガニュメデイーロから話が始まる」
「ええーあれなのかよ。てっきり陛下のもぎ……じゃなくて生母だとばかり。まあ、仕方ない聞いてやるよ」
**********
グラディウスが去ったあと、美形兄弟はリュバリエリュシュスを驚かせ続けた。楽しませているつもりだったのだが、あの兄弟に免疫のないリュバリエリュシュスは、とにかく驚くことしかできなかった。
だが決して退屈せず、不快にもならず。
「もう眠くて起きていられない。とても残念ですけれども……」
目覚めれば彼らがもう居ない事を名残惜しみながら、リュバリエリュシュスは寝室へと戻り、即座に眠りに落ちた。
―― エリュカディレイスお兄様も、こんな感じの方だったのかしら……
【君がそう思うのは仕方ないことだけど……なんか悔しいってか、もうもどかしいなあ】
「陛下」
「陛下」
「なんだね?」
「お待たせいたしました!」
「今まで退屈させてしまったお詫びとして」
「美形兄弟である私たち、朝までお付き合いします」
「いや、君達遊んで来たらどうだ……」
「さあ!」
「いざゆかん! かぼちゃ酒で!」
「今日の弟さんの腰布は、かぼちゃの葉一枚です! さあ、弟さん! かぼちゃを割って本当の姿になるんだ! 弟さんは腰布一枚でこそ弟さんだ」
腰布一枚ではなく、葉っぱ一枚なのだが、そこら辺はどうでもいいようである。
「……(まあ、仕方ないか。マルティルディ様の所に行かれるくらいなら……)」
サウダライトは朝までこの兄弟に付き合っていました。