幼児と老人【04】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
 ハロウィンは一応「ザウデード侯爵」が開催し、招待客が正妃および王と王太子なのでグラディウスが招待状を持ち挨拶周りをしなくてはならない。
 普通の寵妃なら嫌な仕事というか、そんなイベントは開催しないところだが、グラディウスは子爵と一緒に作った手のひらサイズハロウィンランタンと手書きの招待状を持ち、ヨルハ公爵とルサ男爵と共に各自を訪問することになる。
 事前連絡はサウダライトが終えている。警備責任者の子爵は館に残って、イベント用の装飾品に勤しみ、警備はヨルハ公爵が受け持った。
「つぎは、誰のところ?」
 一番に招待状を持って向かったのはマルティルディの元。
「デルシ様。大きいお妃様だよ」
「おおきいおきちゃきちゃま! おちびちゃんにも会えるかな?」
「無理じゃないかな。これから行くのはお仕事しているところだから。ちびはお家にいるから」
「そっかー残念」
 ヨルハ公爵と仲良く話しをしているグラディウスの後ろを付いて歩いているルサ男爵は、
「……」
 当然無言であった。
 グラディウスとは違い、ルサ男爵は「ヨルハ一族にまつわる話」を網羅と言っても良い程知っている。殺されるだけの存在であったルサ男爵にとって、殺すために存在するヨルハ公爵は、知識としても本能としても恐い存在。
 グラディウスと話をしているヨルハ公爵ゼフ=ゼキその人自身、家族に一族郎党、惑星にいた人全部殺した見事なまで《殺すために》存在しているような人物で、世間から見たら恐がらないほうが、どうかしている……
「ヴァレン部長! お元気ですか」
「元気だよ」
「ヴァレン部長、大宮殿に滞在中、是非とも我が家にもお出でください。一族総出でお出迎えしつつ攻撃しますよ」
【殺しちゃうよ】
「これは失礼いたしました。ヴァレン部長を見るとついつい命をかけたくなるのです!」
 かどうか? ルサ男爵には良く解らない。
「ヨリュハさん、お友達一杯いるんだね」
「貴族が通う学校に行ったからね。さっきの彼もその時の友達だよ」
「そうなんだ」
 気さくに声をかけられて、普通に返事をし、グラディウスに聞かれてまずい部分はさらりと言語を変えて早口で。
 狂人だがルサ男爵よりは世慣れて対人スキルも高く、それ以外もほとんど上である。”ほとんど”が指し示すものが容姿であるのは、もはやお約束であろう。

 デルシは大宮殿にある軍部のカフェテリアで、後任のキルティレスディオ大公と、外部に漏れても差し支えのない仕事を話をしていた。
「書類に不備はないな」
「当然だろう」
 デルシは退役し皇后となるかわりに、幾つかの条件を提示した。その一つが後任キルティレスディオ大公。
 彼に仕事をさせるのは大変だが、こうでもしなければ会うことはもう無いに等しい。
 かつて彼を見守っていたフェルディラディエル公爵も、気にかけてやっていたシャイランサバルト帝もいない。
 デルシは今までと変わらず「皇帝中心」の生活を送るっているのだが、皇帝の種類も違えば仕え方も違う。
 酔って暴れるキルティレスディオ大公を取り押さえるように指示を出すのはガルベージュス公爵で、従うのは若い部下たち。
 皇后がいちいち酒乱大公の元に出向くことはない。

「おおきいおきちゃきちゃま!」
「グレスか。待っていたぞ」
 キルティレスディオ大公に制止の合図を送り、挨拶をするグラディウスへと体ごと向きを変える。
「こんにちは、あてしグラディウス。はろいんのお誘いにきました! お仕事中じゃありませんか? ようけんがすみしだい……あてしグラディウス。グレスって呼んでね!」
 ルサ男爵が挨拶を教えた名残はあるが、順番は何時もの事だが滅茶苦茶。
 聞いていたルサ男爵は俯いたが、デルシは充分だとグラディウスからの招待状を受け取る。
「これ、おじ様と一緒に作ったの。おじ様が型を作ってくれたんだ! あてしは色を塗ったよ」
「ケーリッヒリラは本当に器用だな。色塗りは楽しかったか? グレス」
「うん」
 ハロウィンランタンも渡す。
「あのね! おおきいおきちゃきちゃま! なんのお菓子くれるの!」
「知りたいのか?」
「うん! ほぇほぇでぃ様は、手作りのクッキーみたいなお菓子をくれるって教えてくれたの」

―― ルグリラドだけじゃないよ。僕だってお菓子手作りできるよ。僕の実力を君に味あわせてあげよう。感謝しな ――

「ふむ。では我も菓子を手作りするか」
 話を聞いたデルシは、冗談半分で言ったのだが、
「なにを作るんですか!」
 グラディウスが本気にしてしまった。
 あの藍色の大きな目を輝かせ、手作りを期待する眼差しを向けてくる。
「……」
 デルシ=デベルシュ・エゼラデグリザ=エデリオンザ・フマイゼングレルデバウワーレン。半世紀以上【軍人王女】として生きてきた彼女は、生き物の腹を捌いたことはあっても、調理したことはない。
「いま作ろうと思ったから、まだ何を作るかは決めていない」
「楽しみ! あてしはね! 飴つくるんだって! おじ様とヨリュハさんが教えてくれるって!」
「そうか。それは楽しみだ」

 次が待っているのでここで話を終え、ヨルハ公爵がデルシの耳元で「あとで見繕ってレシピ持って来ますから」と言って、二人は大きく手を振ってルサ男爵は深々と礼をして、イレスルキュランの元へ招待状を届けに行った。

「お前が菓子作りなあ。食えたもんじゃないだろ」
「ミーヒアス」
「なんだ? エデリオンザ」
「念のために注意しておくが、間違ってもお前は、仮装して菓子寄越せと騒いだりしないようにな」
「……」
「ミーヒアス……六十近くなって仮装して菓子を貰い歩くつもりだったのか?」
 キルティレスディオ大公ミーヒアス、帝国上級士官学校首席卒業。それはいつまでも遊び心を忘れない男……要するに参加するつもりであった。
「そんな事するわけねえだろ」
 もちろん年も年なので、デルシには秘密で。
 ただ秘密に出来ているか? となると、キルティレスディオ大公には自信はなかった。長い付き合いのデルシが気付かないとは考えにくい。
「ならばいい。該当の二日間は飲むなよ。大公たちも楽しむ祭り(皇王族は自由参加)なのだから、お前の鎮圧になど向かわせるな」
 酒乱に「少しで済ませるように」などは、言わないほうがマシな言葉である。酒飲みは一口飲んだらあとは我慢など効かずに飲み、酔っぱらうしか道は残っていない。だから酒飲みなのである。


 このデルシがキルティレスディオ大公に下した飲酒厳禁命令だが、目論見があってのこと。
 自由参加の皇王族――
 キルティレスディオ大公を本当に自由に参加させると、惨事になることは明白。全員を気軽に遊ばせるためには、彼に対して条件を付ける必要がある。
 だがデルシは主催者ではなく、デルシが言ったことなどまず聞きはしない。


「陛下。ミーヒアス様が身から出た錆、余計なプライド、毎度毎度の学習しないのかできないのか、しないふりなのか他人には解り辛い失言によりデルシ様からハロウィン排除命令を食らって、いつも以上に酒を飲んで駄目廃人になって軍として困っております。ここは一つ、陛下のお力で」
 良い笑顔で報告しにきたジーディヴィフォ大公に、
「あ、そう……そうそう、上級大将就任おめでとう。それで、ちょっと付いてきてくれるかな?」
 お祝いの言葉をかけて用意しておいた書類を持って立ち上がる。
「はい! このジーディヴィフォ、どこまでもお伴しますとも! 例え火の中水の中。マルティルディ様のトイレタイムまで!」
「私、マルティルディ様のトイレについていかないから、君もついていかないように」
「畏まりました! 陛下! ではマルティルディ様のまったり時間までお伴します!」

―― 君がきたらマルティルディ様は、まったりできないんじゃないかなあ……

 サウダライトは条件付き(飲酒厳禁)のハロウィン招待状をキルティレスディオ大公に渡す。
「キルティレスディオ大公。ハロウィンのお誘いなんですが」
 子爵が作ったハロウィンランタンも持参で。
「ああ?」
「必要ないのでしたら」
「その苛つくかぼちゃ寄越せ! 酒飲んだら参加しなけりゃいいんだろ! 酒飲みたかったら、大宮殿にいなけりゃいいんだろ! ああ! 畜生、参加してやるよ! 酒飲まなけりゃいいんだろ! 当日までに持ってる酒を飲み干しておくから、ほっとけよ!」

―― ガラの悪いルグリラド様のようだ

 サウダライトの気持ち、解る人も居るかも知れないが、ガラの悪いルグリラドなどルグリラドではない。

**********


―― どんなお菓子がもらえるのだろう ――
 グラディウスは見果てぬ菓子を思いながらジュラスが裁断してくれた布を、リニアと共に縫っていた。
 ジュラスは普通に……
「私、針と糸を使うの好きなの。針を人に突き刺すのはもっと好きだけど」
 ……ジュラスは《とりあえず》裁縫は得意で、採寸して型紙をおこすこともできる。縫うのも得意なのだが、グラディウスが縫いたいと希望したので任せた。縫い目がガタガタであろうが《グラディウスらしい》で片付く話であり、強度の問題はグラディウスが寝ている間に高級手芸用ボンドで補強すればよいだけのこと。
「リニア小母さんとお裁縫。待っててね、ヨリュハさん」
「我の衣装は任せた。飾り付け用品の作製はまかせておくんだ、グレス」
 ヨルハ公爵は子爵と共に飾りと、デルシのお菓子用のハロウィングッズ作製も急ぐ。
「そう、デルシ様にはこのカップにかぼちゃプリンを作ってもらう」
「汁気が多いと零れないか?」
「焼きプリンにしようと思うんだ」
「なるほど。それなら表面にバーナーで焼き目を付けたらどうだ? ハロウィンマークに見える用の耐熱材を切り抜いたものを被せて」
「それは良い案だよ、シク! デルシ様もお喜びになる!」
「それにしてもディウライバン大公までお菓子をつくられるとは。思ってもいなかった」
「初めてだって言うしね」
「やっぱりそうだよな」
「でも”やはり我にはむかんな”と零してらっしゃったよ」
「得手不得手はあるからな」
「かぼちゃプリン用のかぼちゃを煮るために砕こうとしたらしいんだが、デルシ様が平手で叩き付けたら酷いことになっちゃったとか」
 四散したかぼちゃ。種は軽く人間を突き抜けるほど。
「それはディウライバン大公だ、当然のことだろう」
 デルシと料理がそのような関係になってしまうのは、軍人であれば誰でも解ること。
「うん。仕方ないよね。あ、そうだ。ハロウィンでさ、グレスと各正妃宮を廻る時、ちびも連れていけってデルシ様に言われたんだけど、いいかな?」
「ちびを? もちろんいいぞ。仮装はさせるのか?」
「ハロウィンおむつがジーディヴィフォ大公から届いた。ケシュマリスタのかぼちゃパンツっぽいおむつ。それとマントと魔女ハットも」
「じゃあいつも通りのおむつ一枚に、マントと帽子か」
「そうなるね。よおし、おんぶして行ってくる!」
「ところでヴァレン。お前はちびを負ぶったことあるのか?」
「ないよ! シク」
「そうだよな。まずは練習してこい」
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