お菓子と悪戯【05】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
「はろいん!」
「ハロウィン!」
 お手製の衣装で仮装したグラディウスとヨルハ公爵。
 ヨルハ公爵の背にはハロウィンおむつ一枚にマントに帽子、そして母親譲りの隻眼を露わにするための眼帯を装着したヨルハ公爵の子(生後二ヶ月・洋服嫌い)がリュックサックに入っている。
「おちびちゃん、寒くない?」
「ちびは平気だよ」
 この三人で待ち構えている王女たちの宮をまわる。
「あ、あの……あの、本当にその鞄で行くのですか」
「うん! 飾りありがとう! ルサお兄さん!」
 グラディウスの仮装は一箇所だけ予定とは異なる。その異なる部分とは、グラディウスが直接もらったお菓子を入れる鞄。
 ハロウィンかぼちゃ風のリュックサックの予定であったのだが、衣装を作っているグラディウスとリニアの脇で、裁縫練習していたルサ男爵が作った合わせがガタガタのハロウィンマスコット。それをグラディウスが気に入ったので渡し、そのマスコットは例のピラデレイスが買ってやり、ルサ男爵も繕ったキャンパス地のバックにぶら下げられ「あてしの鞄はこれでいい!」と宣言を受ける。

 微妙な感じなのだが、その微妙さがグラディウスに良く似合う。

 当初使われる予定であったハロウィンかぼちゃ風リュックサックこそが、
「おちびちゃん、りっくさくのクッションはどう?」
「居心地いいはずだよ。悪かったら暴れてる」
 肩ベルトを交換してヨルハ親子の負んぶバックとなった。
 眼帯つきの顔だけが見えている状態で、父ヨルハ公爵瓜二つの顔で母バーローズ公爵とよく似た”にやり”とした笑いを浮かべ、機嫌の良さを表す。
 普通の幼児は生後二ヶ月でこんな笑いはしないが、バーローズ公爵一族は早くから笑う。ただしそのほとんどは”威嚇”だが。

 移動用の《魔法のほうき》とぶら下げられた大きなハロウィンかぼちゃ容器。容器内部にはライトと固定された椅子が設置されている。
「かぼちゃに座る? ほうきに跨る? 跨るなら前にね」
 ヨルハ公爵がほうきに跨り、グラディウスに尋ねると、
「あてし、ほうきに乗りたいよ」
 グラディウスはほうきに乗ることを選んだ。
「解った」
 ヨルハ公爵は手足が長いのでグラディウスをほうきの柄に跨った膝の上に乗せ、腕をベルト代わりにし両手で体を押さえて覆い被さるようにして柄を握る。
「行ってくるよ! お菓子たくさんもらってくるからね! 待っててね!」
「行ってくるね」
 ヨルハ公爵は魔法のほうきを動かし浮かす。
「護衛頼んだぞ」
「まかせておけ、シク! 明日の準備は任せたよ、シク!」
「おう!」

 子爵やリニアやルサ男爵、中尉二名に見送られグラディウスは「強制ちょっぴり紫色の夜空」を飛んでいった。

「さてと、飾り付けに戻るとするか」
「シク! 手伝いに来ました」
「クレウ」
「今飛んでいったのヴァレンですよね」

**********


 空飛ぶ魔法(科学)のほうきで空を飛び、帽子が飛んで首や顎にゴムがかかって”ばほばほ”と音を立てながら、まずは第一の訪問先へと向かう。
「降りるよ、グレス」
「はい、ヨリュハさん」
 推進力やら浮力やら揚力、重力に半重力など、様々な機能が用いられている精密機械を上手く使いこなし、ぶら下げているハロウィンかぼちゃから上手に着地する。
「やあ、グレス」
 待っていたマルティルディの出迎えに、
「ほぇほぇでぃ様、こんばんは!」
 グラディウスはいつも通り大きな声で挨拶をする。
「良く挨拶できたね。でも今夜はそれだけじゃ駄目だろ?」
「あ、はい。お、お、おかしくれないと、いたずらするから! おかしをください、ほぇほぇでぃ様」
「良く出来たね。はい、あげる」
 マルティルディは手作り菓子を詰め込んだ、自家製のハロウィンかぼちゃ容器(怒っている顔バージョン)を渡す。
 小さめでグラディウスでも片手で持てるサイズ。
「……それでさ」
 グラディウスの手に載せたそれから手を離さず、マルティルディはからかう。
「?」
「お菓子あげるから、悪戯してもいいかい? っていうか、悪戯する」
 お菓子を落とさないように押さえたまま、空いている手でグラディウスの脇腹をくすぐる。
「? ……きゃあああ、ほぇほぇでぃ様! くすぐった……くすぐったい!」
 くすぐられ”きゃっきゃ、きゃっきゃ”言いだしたグラディウスと、面白くて手を休めずにくすぐり続けるマルティルディ……その脇腹を両側からくすぐる。
「お菓子をもらえなかったので悪戯を」
 マルティルディと目が合ったの、はメイク一つしていないのに見事な仮装となっているヨルハ公爵。
「君、相変わらず面白いよね」
「どーも」
 笑い過ぎて鼻水と涎が出てしまったグラディウスから手を離し、用意しておいたガーゼタオルを渡して、
「顔をちゃんと拭くんだ、グレス」
「ぶあい、ほぇほぇでぃさまあ」
 一度顔を拭かせたあとに、仕上げに新しいタオルでマルティルディ自らが拭いてやる。
 その後、お菓子を二人に改めて渡し、椅子に座らせて別の菓子を食べるように差し出す。
「はい、パンプキンケーキ。美味しいよ」
 グラディウスは”うめぇ”を言い続けながら八分の一を食べて、
「食べさせても平気だよね」
「平気だと思うよ」
「ほぇほぇでぃ様駄目! おちびちゃんは、まだ小さいからたべさせたら駄目!」
 凶暴な隻眼珍獣に餌を与えようとしたのを阻止し、
「そうかい。わかったよ」

 次の目的地であるデルシの元へと向かった。

「じゃあね、ほぇほぇでぃ様」
「じゃあね」
「(にやぁ)」

「明日楽しみにしているよ」
 マルティルディは魔法のほうきに乗った三人を見送って、残ったパンプキンケーキが乗っているテーブルに肘をつき、
「あーあ。誰か僕のところに、悪戯しにくる度胸のある男はいないかなあ」
 砂の中に潜んでいる誰かに聞こえるように大きな独り言を呟いた。

**********


「でかいおきちゃきちゃま……おっきい……」
 グラディウスは焼きプリンを貰い大喜びで鞄につめ、荷物入れのハロウィン容器につめ、食べていくように―― と用意されていたパフェを出してもらったのだが、それがとても大きかった。
「ちょっと多すぎたか」
 デルシは腕を組み、少しばかり視線を逸らす。
「ははは。デルシ様サイズ」
「(にやあ)」
 デルシは”ちょっと大きいほうが喜ぶか”と心持ち大きいパフェを作ったのだが、心が大きい人だったこともあり、見事なまでに巨大なかぼちゃ尽くしパフェが出来上がった。
 焼きプリンは手作りだが、パフェは飾り付けだけはデルシで、かぼちゃフレークやかぼちゃアイス、かぼちゃウェハースなどは専門の者に作らせた。
「でかいおきちゃきちゃま、嬉しいです。いただきます!」
 グラディウスは椅子の座る部分に立ちスプーンを掲げて、ヨルハ公爵と共にパフェを食べた。あまり食べ過ぎあとに控えている人の菓子を食べられないと問題になる。特に――

「メディオンや、グレスは今どこにおる?」
「ディウライバン大公の所だそうです、ルグリラド様」
「まだそこか……」

 特にルグリラドが拗ねると大変なことになるので、
「美味しかったね、グレス」
「美味しかったね、ヨリュハさん」
 ヨルハ公爵が”がっついている”素振りをみせないようにしながら、九割を食べきった。
「ちびも楽しんでおるようだな」
「デルシ様まで”ちび”のこと”ちび”って呼んでる」
「お前もそうであろう、ゼフ」
 リュックサックの中で「にたぁ」としながら、
「おちびちゃん? お腹空いてない? 大丈夫?」
 ”おちびちゃん”は生後二ヶ月ながら楽しんでいた。

「でかいおきちゃきちゃま! 明日来てね! 来てね! あてし、お菓子作って待ってるからね! 絶対きてね!」
「ああ、仮装して行くからな」
「それじゃあ、デルシ様! また後で!」
 元気よく去っていった三人を見送って、デルシは周囲をうかがったが、

「来るのか来ないのか、解らんな」

 キルティレスディオ大公の気配は感じられなかった。

**********


 三番手に控えているロヴィニアの兄妹は、最初から手作りなどという頭はなかった。
 彼らは発想は良いが、それを自ら作る才能がないことも理解している。だから、さっさと計画書を作り、予算を与えて結果を持って来るようロヴィニア王国の菓子開発部門に命じた。
 命令を受け取った方は、予算の潤沢さから、すべての業務を一度止めて、正妃と王弟の命令に勤しむ。
 兄妹は菓子だけではなく、飾りや道具なども次々と「思いつき」作るように命じた。
 あまりにも色々なものが思いつき、次々と作らせたために途中で資金が尽き、
「”ほうき”の開発は諦めるか」
「残念だけれども諦めますか、兄よ」
 ”魔法のほうき・特殊バージョン”の開発を諦めることにしたのだが、
「最後まで開発させろ」
「姉上!」
「姉王!」
 イダ王がやってきて、開発を続けろと命じ資金を投入した。
 特殊魔法のほうき、完成したのだが未完成であった。その相反する言葉の意味は、
「常人には制御不可能か」
 望み通りのものは出来上がったが、制御ができない物になってしまったためだ。
「はい」
「ヨルハ公爵は?」
「ヨルハ公爵ともなれば可能かも知れませんが。振り落とされて怪我などなされては」
「あの狂人に怪我の心配など必要はなかろう」
 イダ王は開発責任者から説明を聞き”ヨルハ公爵なら乗りこなせるだろう”と確信し、やってきた彼に乗るように一応”頼んだ”
 ヨルハ公爵ともなると、イダ王も少しは言葉を選ぶ。むしろ現エヴェドリット王相手のほうが、言葉を選ばなくて良いくらいに、ヨルハ公爵は狂人であった。
「わかりました」
 ヨルハ公爵は即座にその魔法のほうきに跨る。
「(にやあ)」
「ちょっと待て、ヨルハ」
「なんですか? ロヴィニア王」
「背中の子入りリュックサックは念のために降ろせ」
 自分の王家の跡取りは死んだら産んで増やせばよい! と言い切れるイダだが、他王家属の狂人家の跡取り”で”危険な目に遭うのは御免であった。

―― 多少のことで死ぬような乳幼児ではないだろうが、危険は回避するべきだ

 怪我をさせないようにと促す。
「解りました。待っててね、ちび」
 リュックサックを外し、
「あてしが抱っこするよ、ヨリュハさん!」
「ありがとう、グレス。ちび【解っているだろうし、人間だから噛みつかないだろうけど、グレスに噛みついたら駄目だからね】良い子にしてるんだよ」
「(にたあ)」
 グラディウスにリュックサックごと抱いて貰い、ヨルハ公爵は《飛んでいる時、ほうき部分から無数にして色とりどりの星が降ってくるように見える》魔法のほうきに跨った。
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