グィネヴィア[48]
「悪かったな、ウエルダ」
「いいえ」
 謝る侯爵だが、ウエルダとしてはむしろ、ありがたかった。バーローズ公爵と一緒に食事取らなくて済んだことが。
「殺しきっちまえばいいのに……お前もそう思うか、レティンニアヌ」

 バーローズ公爵がいなくなった理由は、自称ゾローデが親王大公二名に抱きついたことが原因。

 中身はともかく、ほとんど裸のゾローデに抱きつかれたことにゲルディバーダ公爵が激怒し、自分の願いを何でもきいてくれる祖父ナイトヒュスカに、殺せと命じた。
「お前がちゃんと始末しておかないから、こういうことになるんだよ! アウグスレイタ」
「悪かった」
「自分の敵は、自分で排除しておけよ! 仮にも皇帝で、最強の戦闘能力を有していながら、なんてザマだ!」
「本当に悪かった」
「悪いと思うなら、殺せよ! 俺のゾローデに抱きしめられたんだぞ!」
「ゾローデをか?」
「ばか! 女心が分からないやつだな」
「おんな……」
 ナイトヒュスカは見えぬ目を大きく見開き、露骨に驚きと”なにか”を含んだ眼差しをむける。
「煩い! 始末しにいけ!」
「後まわしでいいか?」
「なんでだよ!」
「明日、お前たちの護衛をするのを忘れたのか? リスカートーフォン勢の卓球を観るのだろう? リスカートーフォンでも選りすぐりの者たちからお前たちを守るとなると、やはり万全の体調にしておきたい。余もそろそろ七十だ。十代、二十代の若人たちとやり合うのは、少々骨が折れる」
「最終的に立ってるのはお前だろうが! アウグスレイタ」
「まあな。それだけが取り柄だから」
「じゃあ、取り柄を生かして、あのババア共も簡単に倒せよ!」
「そんなに簡単に殺せるものならば……」
「心優しいジュレイデスに頼まれていなかったら?」
「…………それでも殺せはしなかっただろう。帝星が吹き飛ぶからな」
「どうにかしろよ!」
「わかった、わかった。少し考え……」
「はやくしろよ! すぐにヤレよ! もう! ゾローデ、体洗い終わった? 部屋に戻ろう」

 孫の願いを叶えるべく、ナイトヒュスカは考えてエヴェドリット王に「グレスの気が晴れる程度に痛めつけろ。帝星を壊さないように……バーローズも伴え」との命令を下した。
 バーローズ公爵は強さもあるが、異形の中心核にあるエネルギーを吸い取る能力を所持している。全てを吸い取れるほどではないが、吸い取ったそれを別方向に放出し、再び吸い出すことが可能であった。

 そして――

「バーローズ公爵。王が来ました」
 その時、ウエルダはバーローズ公爵の自慢話を聞かされていた。戦争大好きな大貴族当主は、彼にしてはいつになく気をつかって話していた。破壊行為などに触れずないように。
 そこへバンディエールが、一礼をして入室し、焦るわけでもなければ、緊張した素振りを一切見せずに、来客について報告する。
 テルロバールノルが居たらその粗雑さに、怒鳴りつけるであろう「王の訪問」について。
「王がか。通せ」
 バーローズ公爵はバンディエールにその様に命じたが、テーブルから離れることなく、椅子から立ち上がりもせず。それどころか誰も出迎えるための体勢を整えようとしないので……ウエルダは困惑したが、
―― 俺は平民だしな
 ここは一人立ち上がり、膝をついて頭を下げ、帝国軍人らしくエヴェドリット王を出迎えた。王を出迎える正しい態度であると共に、エヴェドリット王を見なくて済む最善の行動。

「バーローズ」
 やってきたエヴェドリット王エレスヴィーダは、テーブルの下に隠れるようにして跪いているウエルダに気付いたが声をかけなかった。
 ウエルダに用事がなかったことと、自分が平民には殊の外嫌われていることを知っているので、用がない限りは決して話しかけたりはしない。
「なんですかな? 王」
「付いてこい」
「どこへ?」
「大宮殿。ケシュマリスタの老女大公共を斬れと」
 バーローズ公爵は立ち上がり、
「それは構いませんが。誰が王に命じられたのかな?」
「大皇ナイトヒュスカ。大皇に命じたのはグレス」
「ケシュマリスタの完全体は、相変わらず我が儘ですな」
―― 完全体? って、なんだろう?
 周囲の空気がまったく変わらないので、ウエルダは自分以外は知っていることだろうと……そこまでは分かったが、それについて侯爵に聞いていいのかどうか? は、悩むところであった。
「我が儘ではないケシュマリスタなど……ウエルダ・マローネクス。顔は上げずとも良い。我とオヴェリバレウスとオランジェルーノが並んでいる姿など、平民が観るものではない。ラスカティア、あとは任せた」
 オランジェルーノとはディギストラーリ侯爵のこと。顔が怖いで有名な二人と、存在そのものが恐怖の王が並んでいる状態。
 ”面を上げろ”と言われなかったことを、感激しむせび泣くに値する状況。
―― 早く、ご退場していただきたいというか。ここは公爵様のお家だから、失礼なんだけど……早く退場を
「王」
「なんだ」
 そんなウエルダの願いは、ラスカティアによって叶わなかった。
「こいつにも声をかけていってくれませんか?」
 だがそれは、とても喜ばしい出来事への始まりでもあった。
「……」
 侯爵の言う”こいつ”が誰なのか? 面を下げているウエルダは分からず、声をかけられたエヴェドリット王も無言のまま。
「ウエルダの好感度がアップします。レティンニアヌ、ヴェルヘッセ公爵持ちですよ」
 生まれたこのかた、父親に会ったことがないと言っていたレティンニアヌに声をかけるよう、侯爵はわざわざ王へと声をかけたのだ。
 ウエルダの好感度がアップすると言われて、エヴェドリット王は必死に考えた。

 ウエルダは知る由もないが、彼は既にグレスさまのお気に入りの一人に数えられている――

―― ヴェルヘッセ公爵なのだから、我の子なのには間違いない。女は二人か、三人だったような。最初の頃は見せにきていた……第一は赤っぽい目をしていたはず。三番、二番? どちらだ。三人も女、いたか? 最後は男だから……ドロテオと年が近いのがいたな
 世界のほとんどを弟が占める王の記憶を、王女は刺激することに成功した。
「第二王女?」
「・・・・・・・・・・!」
 第二王女が存在していることを覚えていたことに、王女は心から驚き、そして喜び、くるくると回り出す。
「王、王女大喜びしてます」
 普通道路はすぐに陥没したが、この邸の床は丈夫で削れる心配はなかった……いまは。これが続くと、さすがにヒビが入り、削れてしまう。
「それは見れば解るが……喋れんのか?」
「はい。興味はないでしょうが、少しは書類に目を通しておいてください」
「・・・・・・・」
「なんと言っているのだ? ラスカティア」
 聞こえない声の存在だとか、特殊通訳が必要だとかは、詳しい説明など聞かずとも分かるのは、王だからこそである。
「おとうさまが、我に気付いたなりー。おとうさまが、我に気付いたなりー」
「ウエルダ・マローネクスが驚いていないところからして、昨日も一緒に過ごしたのだな」
 たが平民は、これに初めて遭遇したら驚くだろうことは分かっているので、そこから考えて、王女が侯爵の部下という名目で保護されていることまで理解した。
「はい」
「ウエルダ・マローネクス。あれで良ければどうだ?」
「は?」
 ウエルダは顔を下げたまま、エヴェドリット王の問いについて必死に考えるのだが”あれ”が何を示しているのか? 見ていないウエルダには分かるはずもなかった。
「第二王女をお前の妻にどうだ」
「……っ!」
「・・・・・・・・」
「王、早く老女たちを殺さないと、グレスに叱られてしまう! とレティンニアヌが心配していますよ。さっさと、面が怖い人たちは引き取ってください」
「それではお前も含まれてしまうだろう、ラスカティア」
 エヴェドリット王とバーローズ公爵。そして呼ばれてもいないのに付いていったディギストラーリ侯爵。
「ウエルダ、そろそろ椅子に座り直せよ」
 侯爵に声をかけられて、ウエルダは立ち上がり周囲を見回し ―― 王女がまだ高速回転しており、床に穴が空いていた。
「冗談ですよね」
「あの人は冗談も、本気もないからな。レティンニアヌ、嬉しそうだな」
「・・・・・・・・・」
「なんと?」
「結婚しろと言ってくれた! ……あの人、自分の子供たちの配偶者も放置だからな。かろうじて、第一子にはロヴィニア王女が添えられてるんだが、あれは王妃の実家の関係で。あとは……レティンニアヌが喜んでいるところからも分かるように、全然そんな話はなし」
「良かったね! レティンニアヌ」
 一応既婚女性であるヨルハ公爵が王女に飛び付き、締め落とすかのように首に手を回して、一緒に喜んだ。
「・・・・・・・・・」
「シア、ありがと! だとさ。でも、ウエルダとは結婚しないそうだ」
「それはそうでしょうとも」
 ”正式には王女ではない”や”王が覚えていない”だとか言われるが、ウエルダからしたら歴とした王女。そんな御方と結婚など、考えるだけで怖ろしい ―― べつに身近に王女と結婚した親友がいるからとかではない。まだら頭がいやなわけでもない。
「まあな。お前じゃあウエルダの嫁は務まんねえよ。精神的な面でな」
「・・・・・・・」
「ウエルダのことがいやなんじゃないよ! それだけは、はっきりと伝えて! ラスカティア……とのことだ」
「光栄です」
 ”王女さまに拒否してもらえて良かった”と安堵している脇から、
「娘の婿にでもならぬか」
「それは良い案だな、ソーホス」
 デルヴィアルス公爵家からお誘いが。そこは必死に、だが丁重に辞退するべきだと思うウエルダだが、口が渇いて変な声が出そうで……

―― 王女さまが喜んでいらっしゃるなあ。良かったなあ

 現実から逃避した。

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