グィネヴィア[49]
 王女の首が折れる音。
「お前等一族の食事風景の怖ろしさを自覚しろ、メジュラリアロ」
「お前に言われたくないなあ、ラスカティア」
「ウエルダは駄目だ。グレスさまがお決めになるんだよ」
「そっちのほうが、余程危険だろう。あの完全体は、夫の親友にも嫉妬するのは確実。そうでありながら親友の結婚相手にも嫉妬する」
「たしかに、お前が言う通りだがな、メジュラリアロ」
「ならば孫息子でどうだ? 男に男であれば、あの女皇殿下の嫉妬も少しは抑えられるであろう。少しだけだがな」
「妙案ですな、母上」
「妙案といえば妙案だが、100の嫉妬が94になるくらいだ。ちなみに常人が耐えられるのは1から3が限度で、まさに焼け石に水だ。それになにより、ウエルダは女の方が好きだ」
 だが誰も驚かず、
「大丈夫? レティンニアヌ」
 折った本人が、心配そうに尋ねるのみ。普通、人間であれば首の骨が折れたら大丈夫ではないが、
「………………・・・・・・! ・・・・・・・」
「大丈夫だよ、シア! 心配かけた。でもシア、ちからがまた強くなった! だとさ」
 王女は即座に復活した。
 もっとも”即座”と感じたのはウエルダだけであり、貴族の中では極めて普通。超回復能力というのは、こんなにタイムラグはない。
 折れたり切れたりしたその瞬間から治るので、負傷している姿を見ることはできないほど。
 だが当然人間にはない能力なので、ウエルダが驚くのは無理もない。
 そんなウエルダの驚きを他所に、
「ヤメロ、お前等みたいな可愛げのない生き物なんざ、人間は必要としていないんだ」
 侯爵は話を打ちきり、先程から洋服の裾を引っぱっては引き裂いている、
「ねえねえ、ラスカティア」
「なんだ? シア」
 ヨルハ公爵が”良いこと考えた!”とばかりに提案する。
「せっかく王がその気なんだから、結婚相手決めちゃおうよ! 今の感じだと”婚約者決まりました”って言ったら、そのまま許可してくれるよ」
「別に今じゃなくたって、許可してくれるだようよ。あの人は子供の結婚に無頓着だからな……でもまあ、折角認識したんだから、勢いに乗るか。レティンニアヌ、好みの男とかいるか? 既婚者でもいいぞ。妻を殺せば独身だ」
 略奪婚を極めている彼らは、当たり前のように、そして聞いたこともないウエルダは視線を泳がせるしかできなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
「なんて言ったの! ラスカティア」
「いないそうだ。そうだとは思ったがな。あと、シア。ありがとう! でも、もうちょっと独身を楽しみたいな、とさ。なんか意中の男がいたら言えよ……でもクレスタークとサロゼリスと貴族王さまは勘弁してくれ」
「・・・・・・・・」
 王女は侯爵の頬を指で押しながら笑顔でなにかを言ったが ――
「いや、そうか? ……まあ、そう見えるならそうなのかもな」
 それは侯爵個人に向けての言葉だったので、侯爵は翻訳しなかった。
 ウエルダも少しは気になったが、言いたくないことに関して、深く追求すべきではないと……思ったのだが、
「おしえてー」
「教えろよ」
「手前等、教えろという口実で俺と勝負しようとしてるよな。レティンニアヌ、ウエルダ連れていけ。ウエルダ、しばらくレティンニアヌと遊んでやってくれ。……じゃあ行くぞ、シア、メジュラリアロ、そしてキーンクレアス!」
 侯爵は三人と戦うために、ウエルダを遠ざけ――

―― 王女さまに抱きかかえられてるよ、俺

 速度を重要視した結果、王女に抱き上げられ逃げていた。王女の腕はやはりそれなりに逞しく、だが表情はとても嬉しそうだったので、ウエルダは黙って運ばれるままになっていた。逃げたくても、逃げられるような相手ではないが。

 王女はウエルダを白猫オブリベロウスの部屋へと連れてゆき、
「・・・・」
「猫じゃらしですか。いいですね」
 猫じゃらしを各自一本ずつ持ち、左右に、そして上下に少しずつ動かし、飛びかかってきたところでオブリベロウスを釣り上げる。
 ウエルダは以前猫を飼っていたので、じゃらすのは得意と本人は言わないものの、かなり上手であった。
 対する王女はというと、全然じゃらすことができない。
 ウエルダと同じようにやっている……つもりなのだが、猫じゃらしが猫の目にも止まらぬ速さ ―― そう、この白猫は見た目を改良しただけで、特別な能力を持っているわけではない。基本性能はかつて地球にいた頃となんら変わらない。人間に飼われていた頃と。
 ゆえに王族が本気を出すと、改良されていない猫如きではどうすることもできないのだ。
 この猫の飼育員に人間が選ばれる理由でもある。猫じゃらしも、王女がもう少し速度を落としてやればいいのだが、王女はそれに気付いていない。
 猫は可愛いが、猫からみたらきっとエヴェドリットだから怖いのだろうと考えて ―― 侯爵の頭が自分の定位置だと言い張るような猫が、恐怖を感じるかどうか? なのだが、王女は遊んでもらえなくて、少し残念であった。
「王女さま。猫じゃらしの動き、早すぎると思いますよ」
 ウエルダは残像すら見えない手と猫じゃらしを、失礼だとは思うが指さして意見を述べた。王女は自分の手の動きとウエルダの手の動きを見比べて、笑顔を作り、言われた通りウエルダを真似てゆっくりと動かし、無事に猫は王女の猫じゃらしに飛びついた。
 柔らかい黄色の猫じゃらしを前脚で掴み、後ろ脚で蹴りながら、必死に噛みつく。
 王女はそれはそれは嬉しそうに、そして……

「待たせたな、ウエルダ」
 何ごともなかったかのように侯爵が戻ってきた。
「・・・・・・・・・! ・・・・・・・・・・・!」
「聞いて、聞いて。ウエルダが猫じゃらしの使い方、教えてくれたの! 教えてくれて、ありがとうって、伝えて! だそうだ。感謝する」
 侯爵があまりにもなんともないので、ウエルダは『あの後、どうなったのですか?』と聞きそびれた。また積極的に聞きたいとも思わなかった。
 常人には理解できない戦いの世界があるに違いないと ――
 そしてオブリベロウスに「=」を付けるかどうか? の話となり、食後ウエルダが詳細を尋ねて、彼にとっていままで聞いた中で、もっとも遠い世界の話を知ることになった。

「……こんな感じで、長く見積もっても俺の命はあと三年ってところだ。三年以内に、ゾローデを元帥にしておかないとマズイわけだ」
「絶対に戦わないといけないんですか?」
「確実にやる。その時がきたら、あいつは異星人が大攻勢かけてきてようが、人類が滅亡しようがおかまいなしだ。あいつ本人としちゃあ、安定しているときに、やりたいだろうがよ」
「……」
「そんな顔するなよ、ウエルダ」
 侯爵に言われたウエルダは、自分がどんな表情なのか? 分からなかった。情けない顔でなければ良いなと思うことが精一杯で、なにかを聞く余裕など、到底なかった。
「全宇宙の為なんだから、悪いようにとるなよ」
「全宇宙? どういう意味ですか」
「過去に三人いる反逆王。あいつらが”そう”呼ばれるのには、それなりの理由がある。そのうちの一つが双璧公爵家を完全に従えたことだ。反逆王たちはその圧倒的な力を持って双璧公爵家を完全に掌握して皇帝に挑んだ。三人のうち成功したのはただ一人。三人中、もっとも能力が低いとされる第二。だが第二の頃は、俺たちバーローズとシセレード、ヨルハとイルギはとても仲が良かった。全員で協力して皇帝を弑逆するほどにな。グレス、これはファティオラさまのことじゃなくて、帝后グラディウスのことだが、グレスが全員を仲良しにしてしまった結果でな。それが第二の反逆王誕生。そして三十一番目の終わりへと繋がった。他のやつらはどうか知らないが、俺たちは仲良く生きるとか……向いてないこともあるが、誰のためにもならねえ」
「……」
「安心しろよ、ウエルダ。幸いうちの今の王も次の王も、反逆王になるような性格じゃなねえ。でもな、俺たちの関係が良かったらどうなるか分からねえ。クレスタークのやつ、サロゼリスと仲良くみえるだろう? あれは、王を煽るアピールも含んでいる。気にするな、帝星周辺じゃあやらないし、知ってるやつには迷惑はかけない」

 ウエルダはなにも思いつかず、翌日のヨルハ公爵邸での卓球大会においては、ウエルダとしては深刻な話ができるような状態ではなく ――

「ここが独身尉官の官舎か」
 最後の四日目となった。
「狭いから気を付けてください」
「大丈夫だ、ウエルダ。俺は上級士官学校卒だ、独身尉官官舎を傷つけず通り抜ける試験も合格している」
「色々な試験、あるんですね」
「それはな。帝国軍の全てに通じる――ってのが理念だから、軍内での活動はなんでもやるぞ」
 侯爵は自分で喋った内容について、考えてはいるが、いまに始まったことではないので、態度が変わることはない。
 ウエルダは気にはなっていたが、侯爵と話し合っても解決しないことははっきりと分かったので、
―― ゾローデのやつ、色々と問題抱えてるだろうけど、トシュディアヲーシュ侯爵さまが死なないよう、相談に乗ってもらう。リディッシュさんとかは、侯爵の気持ちが分かりすぎて、どうすることもできないだろうから
 いままで自分と同じように暮らしてきた、まだ意識や物の感じ方は貴族や王族とは遠いところにいるゾローデと話合ってみようと考えた。

―― 帝国で最も頭脳明晰な御方にも聞いてみようかな……お話、聞いてくださるかなあ。リディッシュさんを寄越せとか言われそうだけど、それは……

 悩み多き平民ウエルダ・マローネクス「大尉」が気付いたとき、
「荷物、まとめ終わったぞ」
「す、すんません! ラスカティア! ……って、ラスカティアじゃなくて、ラスカティアさん!」
「ラスカティアでいいって言っただろ」
「すんません、すんません!」
 侯爵が荷物をまとめ終えていた。
 備え付けの調度品類以外は既に運び出された、がらんとした部屋の真ん中で、デリバリーの料理をつまみ酒を飲みながら、この四日間の大変さとこれからのことを考えているうちに、本人も気付かぬまま眠りに落ち、侯爵に備品のベッドへと移された。

 何ごともなく終わる予定だったのだが……ウエルダは喉の渇きで目を覚ました。見慣れた天井と、慣れたシーツの感触。
 少しの間、頭が働かず、喉が渇いて目が覚めたことすら忘れ、寝直しそうになったものの、
「……水」
 目的を思い出してベッドから降りたところ、爪先になにかが触れた。
 何時の間にか靴下を脱ぎ捨てていた素足に触れる、柔らかくずっと触っていたいと思わせる感触。
「…………っ!」
 ウエルダは気付かぬうちに、侯爵の頭の近くを踏んでいた。
 その事実はウエルダの全身を駆け抜け、そして完全覚醒へと導いた。酒を飲み、喉の渇きで目覚めたウエルダの頭脳が冴えわたった結果、
「み、みみ? 猫、みみ? 夢、じゃなかった」

 爪先にある現実と向き合うことになった。

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