グィネヴィア[46]
前述の通り、こうして帝星の平和は保たれた ――
ウエルダはオーランドリス伯爵に感謝したが、名前を出すようなことはしなかった。貴族に疎い平民であろうとも、バーローズ公爵とシセレード公爵の不仲は知っている。
―― 前線基地でみた分じゃあ、べつに不仲って感じはしなかったけど……どちらかというと、貴族王さまが……
だが見たままを信じるほどウエルダは愚かではなかった。
貴族の長い確執は、通り一遍では分からない。
手が付けられないほどに狂った性質を持っているのだから、帝国の常識人がその真意を推察することなどできない。
射撃後、武器のパーツを説明してもらったのは、ウエルダも純粋に楽しむことができた。人殺しの武器だが、最高の技術を用いて作られた芸術品でもある。
「やっぱ、ラスカティアさん、組立や分解、自分でできるんですか?」
「できるぜ。分解も組立も早いぞ」
「でしょうね」
「リディッシュも早いぞ。ただし、あいつは組み立てて眺めて分解するだけで、撃つことはない」
「……(リディッシュさんらしい)」
ちなみにウエルダの側近にして、エヴェドリットの異端児イズカニディ伯爵は、
「戦闘服は準備完了。武器も用意できた。眼球は明日大皇陛下がくださると……あと必要なのは……」
ヨルハ公爵邸にて、明日の準備をしていた。
「憲兵本部に仕様書を提出して、帝星治安の関係上、宰相府にも書類を提出しておくべきだろうな。帝国騎士本部のほうにも連絡して、後は異常気象測定部隊に過去の事例を送っておいて……」
憲兵本部に仕様書を提出するのは、明日、帝国軍元帥でもある侯爵、エイディクレアス公爵、オーランドリス伯爵が一堂に会して勝敗を競うため。事前に報告をしていないと、後々問題になることがある ―― 普通は権力という名の武力で握り潰すのだが、憲兵総監がテルロバールノル王なので、手間を惜しんではいけない。
”宰相府”というものは正式には存在しないが、帝国宰相が持つ私的でありながら、公的な機関を凌ぐ力をもつ機関で、帝星どころか帝国でなにかを行う際は、ここにお伺いを立てるのが、この二十年、貴族の慣わしとなっている。
帝国騎士本部に連絡を入れるのは、オーランドリス伯爵がやってくるからではなく、負傷者が出た場合、治療してもらうために、治療用ポッドを三つ予約しておくため。
帝国騎士本部は基本的に専門の職員と、帝国騎士以外は立入禁止。
ただ本部は様々な機動装甲の部品や装置を開発しており、その中でもっとも重要とされるのが回復装置。
帝国騎士の数は少なく、生まれてきてもすぐには戦えない ―― オーランドリス伯爵やヨルハ公爵は異例中の異例 ―― だが前線を維持するためには、死と隣り合わせ……と言う言葉が”ぬるく”感じられるような世界に飛び込み、戦って貰わなくてはならない。この二つをうまく存在させるためにも、帝国において回復装置の開発は最先端をゆき、日々研究が重ねられている。
だから、瀕死の重傷を負った貴族は、実験に協力してもらうという名目で立入を許可し、治療と装置の動作確認を行う。
そして最後の異常気象測定部隊。
帝国の主要な惑星は気象を制御されている。帝星は当然、気象は完全制御。火山の爆発なども制御可能。その制御をするために、異常気象を早い段階で察知するために観測する専門部署があり部隊が存在する。
明日、ヨルハ公爵邸で行われる競技は昔風に表現すると、軽く見積もっても「ダイナマイト100t分」には相当するので、当然地殻にも影響し、異常気象の前触れに勘違いされる可能性もあるので、過去、この競技で「このような状況になりました」という報告を上げ、本来の異常気象観測に差し支えがないようにするのだ。
「アーシュとドロテオと、カーサーとシアです」
「選手はいい。応援が問題だ」
「エウディギディアン公爵殿下にお尋ねしろ。明日、ヨルハ公爵邸で試合を観戦するのかと」
「もしも観戦されると言われたら、事前報告の数値で最も高いもので考えるべきだろうな」
「そうなるな」
「おい! 連絡があった。明日、ビシュミエラ侯爵とヴィオーヴ侯爵も観戦されるとのこと」
「カーサーが本気を出すぞ」
「ブランベルジェンカオリジンに搭乗する可能性も出てきたわけか」
「アーシュも本気だしそうだな。同級生には格好良いところ見せたいだろうし、主にも良い所を見せておきたいだろうしな」
「誰の眼球を使用するんだ? 宰相府にパーツ報告、上がってるか?」
「問い合わせてみる……ナイトヒュスカ大皇陛下の提供です」
「それは!」
「潰れることがなさそうだな」
「アーシュが大皇の眼球を暴投したら、キーサミーナに勝るとも劣らない威力がでそうですよね」
「は、は、は。止めようないな」
「ビシュミエラ侯爵が参戦するということはないのかな?」
「あの方の詳細は伏せられているから、これに関しての情報はない」
「結構、お強いですよね」
「みんな、現実から目を背けてはいけない。ゲルディバーダ公爵殿下の命令でナイトヒュスカ大皇陛下が参戦する可能性だってある」
「帝星の全臣民を宇宙に逃がすとしても、暴投された眼球により輸送船団が壊滅する可能性もある」
「そうだな。そうだ、時間制限があるのかどうか聞け。暴投に備え、想定範囲内の宇宙空間を航行禁止にする」
「時間制限がなかったら、明日、すべての宇宙船の航行を禁止に?」
「そうなったら自己判断に任せる。情報は与える、過去の人工衛星が二十沈んだ衝撃映像も見せる」
「最大限の努力はしよう。暴投対策ように、眼球撃ち落とし担当者としてパスパーダとデを送ろう」
「……二人で足りるか?」
「足りないか。では……」
ちなみに明日行われるのは卓球である ――
イズカニディ伯爵と帝国中枢が頭を悩ませている頃 ―― 禁止したら簡単じゃないか? と言われそうだが、帝星においての帝国軍人は自由を約束されていることと、この程度のことを禁止していたら”キリ”がないので、このような形となる ―― ウエルダは、侯爵と王女と白猫に邸内を案内されていた。
「見るべき所がある邸でもねえがな……エヴェドリットの邸はいつも最新鋭なんだよ! だとさ。ま、レティンニアヌが言う通り、俺たちの邸は格調だとか歴史だとかは重視しない。最新の素材と装置を投入して、壊れること前提であまり凝った作りにはしない」
「へえ。でも俺からすると、とっても凝ってますよ」
「みぃーみぃー」
「ですよねー。オブリベロウス」
オブリベロウスというのは白猫の名前。
名付けろ! 名付けろ! と言われたウエルダが、周囲に助けを求め ――
「親父から名前もらわなくても、良かったのによ……反逆しそうな名前だよねー……と言っている。いいか? レティンニアヌ。”反逆しそうな名前”じゃねえ。”反逆する名前”だ。そこの所、間違うな」
侯爵の父・バーローズ公爵オヴェリバレウスから名前を拝借させてもらった。この公爵邸でもっとも偉い人だろうと ―― 名前を貰う許可を得て、なんとなく上手くもじって付けたあと、ふと王女のことを思い出して「あああああ。王女さま差し置いて!」と、ウエルダがなったのは言うまでもない。
「でも本当にオブリベロウスでいいのか? 長くて面倒だろ? 平民はあまり長い名前を付けないって聞いたぜ」
「え、まあ。でもピンときた! といいますか。もちろんラスカティアさんが提案してくれた名前も良かったんですが!」
名前に悩んでいるウエルダに、侯爵は短くて高貴な名を提案してくれた「ロガでどうだ? 直接過ぎるってなら、ロカで。ヒオとかヒメとかジオでもいいが」と。
ロガは元は奴隷だが後に皇后となった人物。
ジオは言うまでもない軍妃。
ヒオもヒメもエヴェドリットの重臣の名 ―― ウエルダが知っている程なので、かなり有名であり、高貴な名の部類に属する。
それらを拝借し、少々手を加えるよりならば、侯爵の父のほうがまだマシだと考えて、
「・・・・・・・・」
「必要か? ウエルダ、レティンニアヌが”カランログもつけよう!”って言ってるんだが、どうする?」
カランログとはエヴェドリットの名前にある「=」のこと。喋ることができない王女には付いていないが、由緒正しい生まれでエヴェドリットに縁のある人の場合は付けられるべきもの。
そんな習慣などないウエルダは、今日何度目かのパニックに陥る。
「・・・・・・・・・・・・・」
「それはいい案だが、残念なことに欠点が一つある」
「・・・・・」
「オブリベロウスの寿命が尽きる前に、俺が死ぬ可能性のほうが高い。別の人に依頼しても良いけどよ」
王女の提案は名前に「=」を付けて、オブリベロウスの寿命が終わりに近づいたとき、新しい白猫を貰い、名を交換させたらどうだろう……というものであった。
王女の言葉を通訳されたウエルダだが、侯爵の”俺が死ぬ可能性のほうが高い”という言葉が耳から離れず ――
「みぃーみぃーみ?」
白猫を片手で抱き上げて、
「ゆっくりと考えてもいいですか?」
そう答えるのが精一杯であった。
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「ローグ」
大宮殿の一角。皇帝が住む場所よりも豪華で重厚な作りの部屋 ――
「ここに」
部屋の主であるテルロバールノル王が、第一の家臣であるローグ公爵と向かいあっていた。むろんローグ公爵はまっすぐ王を見ているわけではない。
ローグ公爵は膝を突き頭を下げた状態。王は宝石で飾られた背もたれが高い、玉座のような椅子に腰をかけ、ローグ公爵を見下ろしている。
「ローグ。儂のためにヴィスデシュラフスを殺せ」
「御意」
ヴィスデシュラフスとはローグ公爵の息子。長子のヒュリアネデキュア公爵とは父親を異にする、ローグ公爵お気に入りの息子。
「主が儂に説明を求めぬことも、必ず殺すことも知っておる。じゃが、主は知らねばならぬ。儂がヴィスデシュラフスを殺せと命じた理由を。頭を上げよ」
命じられた通りに頭を上げたローグ公爵の表情には微塵の”恨み”もない。
息子との確執や好き嫌いなど、王の命令の前には存在しない。
「殿下」
「なんじゃ?」
「儂の不満を解消してくださいませ」
「ローグの不満とはなんじゃ? 儂が解消できるものなのか?」
「はい。儂に言わせて欲しいのです」
「なんと?」
「殿下の御心のままに」
テルロバールノル王に対するローグ公爵忠誠は、確固たるものであり、揺るぎなきものであり、それは全宇宙における常識の一つ。
それは言わずとも分かっているものであり、伝えずとも伝わるものである。
だが、たまにローグ公爵は言いたくなるのだ。
「……ローグや」
「はい」
「儂に更なる忠誠を尽くせ。……ふむ、なかなかよいものじゃな。儂もまた言わせてもらおうか」
「ありがたき幸せ。殿下、このローグに更なる忠誠をお求めください」
「日々、求めておる。そして更に求めようぞ。……さて、説明を始めるぞ、エイジェンセン。これ以上ヴィスデシュラフスを生かしておくわけにはいかぬ。その理由はロフイライシじゃ。あの戦争狂人が近々本格的に動き出すそうじゃ。じゃが、その戦争計画の中にヴィスデシュラフスの名はない。意味が分かるか?」
「戦争狂人と名乗る下賤の考えは分かりませぬ」
「儂も分からぬ。じゃが、説明されて知った……理解は”しよう”もないがのう」
そしてテルロバールノル王は、計画を語り始めた ――
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