グィネヴィア[40]
きらきらしたゾローデさんについては「グレスさまが触れても良いと、許可を出したら話題にしよう」ということ言うことでまとまった。
「まあ、お前達がそういうのなら」
「女皇殿下の嫉妬深さは、ほれ、貴様もよく知っておろう、フィラメンティアングス」
「いいや、分からん」
ともかく、上手くまとまったのだ。
大宮殿が破損したのだが、状況を確認するための人員が派遣されることもなく、
「エゼンジェリスタ、大丈夫?」
壊した当人も気にせず。だが盾にされ青ざめていた少女のことは気遣った。
「儂は平気じゃよ。邪魔してしまって悪かったのう」
エゼンジェリスタはあの二人の親王大公に虐められたことはない。それはエゼンジェリスタのことを気に入っているからではなく、背後にいるテルロバールノル王とやり合うのを避けるために近づかないのだ。
親王大公たちは、その判断力に長けている。
余談だが現皇帝は親王大公たちの憎悪の対象の一人だが、帝国宰相が守っているので、ある程度の被害からは逃れられている。完全に――とはいかないのは、人格や人となり、性格が違いすぎるのため。
親王大公と帝国宰相(彼も親王大公だが)の衝突は、銀河と銀河がぶつかりあうようなもの。小惑星程度でしかない皇帝は、その衝突に巻き込まれたら、ひとたまりもなく、逃げようにもその場から動くこともできず。幸い未だ壊れてはいないが、余波でふらふらになることは多々ある。
「そんなことない。気にしてるならこれから殺しにいく」
オーランドリス伯爵は親王大公たちがどのような女なのかは分からないが、殺すことにためらいはない。
「ひぃぃ。止めい。主の輝かしい軍事功績が汚れてしまう! あんなものは、主がわざわざ殺すようなものではない! じゃから儂は邪魔したのじゃあ!」
―― いや、あれを殺すことができたら、それはそれで功績になるはずだぞ、エゼンジェリスタ
イズカニディ伯爵は思ったが、悪い気はしなかった。無駄に人殺しをさせたくはない ―― エヴェドリットにはあまり馴染みのない感覚を持ちながら、押しつけてこない少女なのだ。
「輝か……きらきら?」
「そうじゃ」
「きらきら」
オーランドリス伯爵が精一杯笑う。表情が乏しく、顔面を動かす事が苦手な彼女だが、つられて笑う。
微かに微笑んでいるようにしか見えないが、彼女自身はおもいっきり笑っているつもりだ。
「それにしても、これがブランベルジェンカオリジンか」
エゼンジェリスタは純白の機体を撫でる。
自分と一歳しか違わないオーランドリス伯爵が戦いに身を置いている時間 ―― エゼンジェリスタの実父とさほど変わらない ―― それを考えると黙ってはいられなかった。
「うん。少し古い型。三代くらい前。一ヶ月前に最新型できた」
「そうかえ。儂も卒業したら前線に行くから待っておれ。最新型を見るのは楽しみじゃ」
一緒に戦うぞと宣言したのだが、オーランドリス伯爵は首を振って拒否する。
「だめ」
「何故じゃ!」
「エゼンジェリスタに、ただいまするのが好き」
オーランドリス伯爵はそう言ってエゼンジェリスタの体を包み込むようにした。
「儂は……」
「抱きしめたいけど、ぼきぼきになるかもしれない。ただいま」
「……」
戦争に向かない――ことは、エゼンジェリスタも言われずとも分かっている。卒業する前に政変が起きて処刑される可能性があることも。
「ただいま」
だがそれでも ――
「……お帰り!」
思うことはあるが、いまエゼンジェリスタに出来ることは、好きとは言え戦い続けている彼女の希望通り、お帰りと言って抱きしめてやること。
柔らかくふっくらとした頬を押しつけるようにして、
「お帰りなのじゃ。また報告しに帰ってこないと駄目なのじゃ」
「うん」
滲んできた涙を隠そうと目蓋を固く閉じて、頬を寄せる。
「オランベルセ、妬いてる?」
「妬いてなぞ、ノルドディアク」
「そうなんだ。それにしても良い子だよね。なんでエイジェンセンの孫でハンヴェルの娘が、あんな良い子に育つんだろう」
「……だな」
自分が心配するような相手ではないことも、彼女が戦死したら、帝国は滅びの道を、坂を転げ落ちるかのような早さでつき進まなくてはならないことも ―― エゼンジェリスタも決して平和な場所にいるわけではないが、それでも前線にいるオーランドリス伯爵が心配であった。
少女たちが抱き合って「心配しておるのじゃぞ」「心配させてる」と言い合っている間に、この場でできることは終わったので、各自移動することになった。
「では儂とイルギとで、トステオンに決まったと報告しついでに挨拶回りをしてくる。ついてこい、トステオン。フィラメンティアングス、主はどうする?」
テルロバールノル王の命に従うのであれば、同行してもらいたいところだが、
「私はもう一度、機動装甲に乗りたい! 乗せろ! カーサー」
「分かった」
「そうか。では夕食の時にな」
あえて無理強いはしなかった。
―― ほっとした、などない! 儂は同行を希望しておったのじゃあ!
イルトリヒーティー大公の心の葛藤は、いい感じに漏れていたが、誰も触れなかった。
「な、なあ。儂も乗ってみたいのじゃが……」
「二人乗れる。学校に送る」
「本当か! リディッシュ、カーサーに乗せてもらう!」
「良かったな。カーサー、安全操縦で頼むぞ」
「分かった。行く……」
エゼンジェリスタとグレイナドアを担ぎ上げ、オーランドリス伯爵は操縦席へと向かった。
「うおぅ!」
若干グレイナドアの頭が外装にぶつかっていたように見えたが、彼らはなにも言わなかった。どれ程頭をぶつけようとも、これ以上馬鹿にはなるまいと――
前屈状態の機動装甲が滑らに立ち上がり、そしてゆっくりと上空へと昇ってゆく。
地上に残っている面々は、透過装置が働いているだろうと、こちら側から見えないものの笑顔で手を振る。
「オランベルセェェェェ!」
「リディッシュ」
―― オランベルセ、大人気
他に手を振ってくれている人に悪いな……と思い、オーランドリス伯爵は、
「イルトリヒーティー大公、ノルドディアク、ミーリミディア、ルキレンティアアト、マニーシュラカ……と誰か」
自分の夫以外の名を呟いて、大気圏外へと出た。
「凄いだろう! エゼンジェリスタ」
どこまでも広がる宇宙に、薄い膜を一枚纏い、浮いているような感覚。
「凄いのじゃ! なぜ主がそんなに自慢気なのか、よう分からんがのう、フィラメンティアングス」
宇宙船などでは体験できない別世界。
二人が宇宙空間に喜びの声を上げているのを見ながら、オーランドリス伯爵は幸せに浸っていた。あまり人には理解されないのだが、オーランドリス伯爵は他人が幸せにしている姿を見ているのが好きだ。歓喜の声を上げて、はしゃいでいる姿を見ると ―― 破壊行為そのものが好きで、死ぬことにも無頓着なのだが ――
「足元に帝星」
「おお! 本当だ!」
帝国を防衛し、死なないでこの幸せそうな顔を見ていたいと思うのだ。
ただこの幸せはオーランドリス伯爵にはない。彼女には直接的に平和を喜ぶ感性がない。自分の好きな人が、平和で喜んでいる姿を見て嬉しくなるが、彼女自身、争いのない世界は無味乾燥でしかない。
彼女は戦争を、特にそれに伴う破壊行為を愛している。それは止められない衝動などではなく ―― だが自分が知っている誰かが好きな物は壊さないし、守ろうとさえ思う。
彼女にとってそれはとても不思議な感情であり、芽生えたのはゲルディバーダ公爵と出会ってから。精神感応が目覚めてからのもので、それは自分の感情ではないことは分かっている。だから彼女はゲルディバーダ公爵のことが好きなのだ。
「エゼンジェリスタ、真珠返す」
帝星周辺を数度回り、上級士官学校上空で停止し、首もとに手を回す。
「受け取ってくれぬか」
「……」
「素肌につけてもいいように、加工させておる。似合っておるぞ、カーサー」
「もらっておけ、カーサー」
「分かった。もらう」
操縦席を開けると、反重力ソーサーに乗ったエゼンジェリスタの同級生、カザーリンディン。
「セイニー、迎えにきたよ」
「ロメレス! わざわざ……感謝するのじゃ」
差し出された手にエゼンジェリスタは優雅に手を乗せて、ソーサーに移動する。
「追試、頑張れ。セイニー」
「あ……うん、頑張るのじゃ……」
現実と向かいあい、自分の追試予定を頭に描きだし顔が引きつりそうになるも、
「ありがとうな、カーサー」
皇太子妃として培った笑顔で、なんとか乗り切る。
「ご婚約、おめでとうございます。帝国最強騎士殿下」
「ありがとう」
ロメレスことカザーリンディン(皇王族)に祝福されたオーランドリス伯爵だが、相手の男の顔もよく覚えていない。
ラベンパルペスは背が高く、近くにいると”あおり”状態で、離れると髪が多くて顔が隠れており ―― それと、あまり興味がないので、顔を見ようとしなかったことが原因である。
もっともオーランドリス伯爵がこのような性格であることは、良く知られているので、自分から顔を見せにいかなかったラベンパルペスのほうが悪いとも言える。
「じゃあ、帰……」
「うおぉぉぉぉ!」
操縦室から落ちないように、安全装置に繋いでいたはずのグレイナドアが落下した。
安全装置というのは戦闘中に機動装甲が破損した場合、帝国騎士が勢いよく宇宙に飛び出していかないよう守るべく操縦室の内側に体を”くっつけ”る機能。
なのだが、何故かそれが停止し、バランス感覚も反射神経も並なグレイナドアは落下し……普通に落下してくれれば良かったものの、重力を無視して一度宙に上がり、そして右にカーブを描き飛んでいった ―― 出迎えにきてくれた、皇太子や在学生ですら反応できない動き。そして、そのまま行方不明となり……何故か最強騎士の最強の機動装甲の探査装置でも見つからず――
「ぐれいなどあ。返事する」
在学生と教官、それにオーランドリス伯爵のみんなで捜すハメになった。
その時グレイナドアはどうしていたかというと、眠っていた。一晩中ジアノールとセックスしていた疲れがここにきて一気に押し寄せ、襲いかかる眠気に抵抗などするはずもなく、欲求の赴くままに眠った。
そして眠った位置が問題であった。
グレイナドアは瞬間移動能力を持っている……らしい、とされている。
”らしい、とされている”というのは、瞬間移動は機器では測定できない。そして瞬間移動が出来るものは、皇帝候補となる ―― 瞬間移動ができることを、正式認定してしまうと皇位継承権の順位に変動が起こり、それは王位継承権にも関係してくる。
故に、正式認定を避けるため、多少のことが起こっても、見て見ぬフリをする ―― グレイナドア自身は特に気にしておらず、また無類の馬鹿である彼は、上手く瞬間移動ができないので、好んで使うこともない。
ただ焦ると瞬間移動する。そして彼は物質の間に挟まっても死なない ―― グレイナドアは今、建物の壁の中で熟睡している。
「ぐれいなどあ、なにか、開発した」
それであっても、帝国最強騎士の機動装甲の装置が拾えないのはおかしい。なにより安全装置が誤作動を起こすことも。
「帝国でもっとも優れた頭脳の持ち主でいらっしゃいますからねえ」
それから一時間ほど、皆が捜し――
「そんなところで、居眠りするな! フィラメンティアングス」
グレイナドアが見つからないという連絡を受けたイルトリヒーティー大公が急いでやってきて、即座に発見した。彼、イルトリヒーティー大公は言葉を発することのできない暗号機能付き王女レティンニアヌの言葉を解し、高性能レーダーでも発見できない物質をも即座に見つけ出すことができる、かなり高機能な超能力を所持していることが、地味に判明した。
「この壁の中におる! 出てこい! フィラメンティアングス! 儂が引きずり出してくれるわい!」
寮の壁を怒鳴りながら引き裂き、鼻から提灯が出ていないのが不思議なくらい幸せそうな顔で眠っているグレイナドアを発見。頬を容赦なく五往復ビンタし、
「皆に迷惑をかけたのじゃから、頭を下げよ」
「あ、うああ……なんだか分からんが、済まん」
頭を力一杯押しつけ下げさせた。謝罪させ一安心したイルトリヒーティー大公は、
「陛下が婚約祝いを渡したいとのことじゃ。すぐにお伺いするがよい、エキリュコルメイよ」
先程報告に上がった際、頼まれた伝言を――本来ならば、グレイナドアを捜す前に報告すべきことだが、さすがのイルトリヒーティー大公もグレイナドアの喪失には焦り、順番を少々間違った。
「……この、格好で大丈夫?」
「それで構わん。謁見の間の前でイルギが待っておる。早急に行け……ああ、出来る限り大宮殿は壊すでないぞ。近くの中庭に着陸させてから、徒歩で向かえ」
「分かった。行ってくる」
こうして帝国最強騎士は皇帝の元へ。帝国でもっとも有能な馬鹿は、
「腹減ったから、夕飯を……どうした? なに怒っているんだ?」
複雑な顔をしているイルトリヒーティー大公と共に、大宮殿へと戻った。
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