グィネヴィア[39]
帝星に舞い降りた帝国最強騎士のことなどすっかりと忘れたように、
「この銃はこうして分解ができるんだ」
侯爵はウエルダに銃の説明をする。平民では操ることのできない武器を前に感心……していたのだが、
「専用工具でボトルをまわ……」
専用工具でしっかりと締められたであろう部分 ―― そこが”緩む”と銃が砕ける。締めるのには、専用工具と平民十五人の力が必要 ―― を侯爵が指二本で回して分解しているのを見て言葉を失った。
「俺、腕と指だけで整備できるぜ」
「あ、さすがです……ラスカティアさん」
―― ゾローデ、どうしてるかなあ……
なにをされたわけでもないが、さきほど連絡を入れたゾローデのことを思い出しながら、ウエルダは心の中で遠くを見た。
その時ゾローデはというと、
「はい、みなさーん。この私こそ、ゾローデさんですよ!」
破壊された見合い会場で、手を叩きながら自己紹介をしていた。
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侯爵に武器を撃ち抜かれ、素手でいけ―― 言われたオーランドリス伯爵は「ならば!」と急降下し、それから二秒後には見合い会場に拳を叩き込んでいた。
「?」
同乗のグレイナドアはなにが起こったのか? 全く分からない状態である。
五百メートル近い巨大な人型の拳となれば、辺り構わず破壊してしまう……と思われがちだが、最強騎士ともなると狙った相手のみをぶち抜くことは容易い。
合体した親王大公たちもそのことを知っているので、攻撃を防ぐために人質を取った。正確には”彼女”を盾にする。
「エゼンジェリスタ!」
周囲の人々を巻き込んでも気にすることなどないオーランドリス伯爵だが、
「皇太子妃は貫けないようだな」
「それがお前の限界よねえ」
エゼンジェリスタを巻き添えにすることはしなかった。
『……』
親王大公たちは上手にエゼンジェリスタの影にかくれる。
「うぜえ、ばばあ」
イルギ公爵はその姑息な動きに、皇太子妃ごとやってしまえ! と全身でオーランドリス伯爵に指示を出すのだが、
『しない』
オーランドリス伯爵はそれを拒む。
イズカニディ伯爵に連れて逃げてくれ――と頼まれていたイルトリヒーティー大公だが、グレイナドアの姿が見えなかったので、エゼンジェリスタと二人で室内を必死に捜し回っていた。目頭が熱くなってくるような馬鹿だが、あれでもロヴィニアの大事な王子なので、殺された大変だと。その結果、エゼンジェリスタが人質に取られてしまった。
『大丈夫か! 皇太子妃』
やっと周囲が見えたグレイナドアは、盾にされているエゼンジェリスタの安否を気遣う。一方的ながら恋敵である少女を気遣ったのは、他でもない。背後の化け物(異形)に肩を掴まれて顔を青ざめさせているからだ。
「そ、その声は、フィラメンティアングス! 主、どこにいるのじゃ!」
まさか機動装甲に乗っているとは思ってもないイルトリヒーティー大公が、声の出所を捜そうとする。
「……もしかして、殿下。機動装甲においで……ですか?」
迷宮踏破の貴公子として名高いイズカニディ伯爵は、音の出所を判断する能力にも長けている。なので「大丈夫か! 皇太子妃」の「だ」の辺りで、グレイナドアが何処にいるのか判断がついた……のだが”まさか、まさか”と――
『乗ってる』
『おお! 私はここだぞ! 機動装甲、すごいぞ!』
―― なぜソレを乗せてしまったのだ。帝国最強騎士よ。よりによってなぜソレを。嗚呼、帝国最強騎士よ ―― その場にいた者たちの心が、一瞬だけだが一つになった。
『エゼンジェリスタ離す』
「いやよ」
「最強のブランベルジェンカオリジンと戦うつもりはないわ」
掴まっているエゼンジェリスタはというと、無言であった。顔が青ざめているのは、背後にいる二人が生理的に怖いことと、やはり死の恐怖が原因。
胸元を飾る金の水仙《オーランドリス伯爵の紋》と純白の機体。歴史上最強と謳われるその兵器の指先が、自分の胸元、ほんの三センチメートル手前で止まっている状態。
しばしの停止。それはほぼ全ての者にとって、長く感じられた。グレイナドアはいつだって時間の刻みは同じである ―― 彼は天才ゆえに、時が遅くなることも早くなることもない。
そんな時、機動装甲の侵入で破壊された側とは反対の入り口、大きな木目調の扉が一人の男によって開けられた。
廊下側の窓からさし込む光を背負った男は、光輝いている。
「おまえ……」
現れた男は、
「はい、みなさーん。この私こそ、ゾローデさんですよ!」
右手を「右手に見えますのはー」と案内するかのようにし、その手のひらに左手を叩き付け、軽快なリズムを刻んでるようで、どうでもよさそうな。
「ゾ、ゾローデ。どうした……その格好」
この場でゾローデのことをもっとも良く知っているイズカニディ伯爵は”らしからぬ”格好に愕然としながら尋ねる。どんな返事が戻って来ても、二の句が繋げない ―― そう思いながらも。
老獪なる親王大公たちは、一目でこの男が厄介なタイプだと判断した。
「はーい。はーい。初めまして、私はゾローデさんでーす」
「なんで自分のこと、ゾローデさん……と」
イルトリヒーティー大公はそう零したが、本当に言いたいのはそんなことではない。―― どうしてそんなにも輝いているのだ ―― 言いたかったのだが、唇と舌、喉に顔の筋肉が追いつかず。
”自称ゾローデさん”
頭髪のまだらっぷりからすると、間違いなくゾローデなのだが、ゾローデではないと。足を交互にクロスさせながら、手を叩きつつ親王大公たちに近づいてゆく”自称ゾローデさん”
「はっじめましてぇ〜。ケルレネス親王大公殿下、クラバリアス親王大公殿下。私、ゾローデさんでーす」
エゼンジェリスタは目の前に立った”自称ゾローデさん”を凝視する。
顔と頭はたしかに映像で見たゾローデ。エゼンジェリスタは、体は見たことがないので何とも言えないのだが……光っていた。それは何かを塗って、その上に輝くものを振りかけたことによるもの。
「ダ、ダイヤモンドの粉かえ?」
―― 儂、なんと間抜けなことを聞いておるのじゃ! ほ、他にも聞くことあるじゃろ! どうして手袋とブーツとパンツだけなのかとか。えっと……えーと。
”自称ゾローデさん”はキラキラしている上に、かなり着衣面積が少なかった。
「正解ですよ! 全身にワセリンを塗って、ダイヤモンドの粉を振りかけました。さすがエゼンジェリスタ姫! 正解したので、ご褒美として熱い抱擁をプレゼント! 私に抱きしめられてしまうのですよ! くっついているお二人も一緒に抱きしめて欲しい? はいはい、分かりました。このゾローデさんが、お二人もろとも抱きしめて差し上げますとも」
言動はゾローデではないが、常人には再現しようのない絶望的な髪型は間違いなくゾローデ。
「……」
「私に抱きしめられたと知られたら、このゾローデさんを愛するグレスちゃんがどうなるか? どうなるでしょうねえ。あなた方ならよく分かるのではありません……抱きつき!」
自称ゾローデさんはふわりと飛び上がり、親王大公たちを背後から抱きしめ ―― エゼンジェリスタは抱きしめなかった。
「物質で煌めくのは邪道ですが、今回は証拠を残す意味でもね……お帰りくださ〜い。ああ、あの麗しい水仙が怖いのですね。あなた方が黙って退避するというのでしたら、このゾローデさんが止めて差し上げますよ。そんな憎憎しげなお顔しないでください。ぞくぞくしてしまうではありませんか。グレスちゃんに浮気カウントされてしまっても、知りませんよ。なにせゾローデ君……じゃなくて、ゾローデさんはグレスちゃんに愛されてますからねえ」
そう言いながら自称ゾローデさんは、親王大公の右脇を通り抜け、エゼンジェリスタの前にある機動装甲の指を掴んだ。
「…………止まりました? ああ、止まったようですね。これを止めるのは初めてなので。なにせ私はこれがない時代の生まれなので。ははははは……お帰りください。ふふふ、やり合いますか? それもいいですよ」
前髪などないのに、前髪を払うかのような仕草 ―― ゾローデの以前の髪型を覚えているイズカニディ伯爵は、その仕草とまだらにも程がある髪型を見て、少しばかり切なくなったが ―― をして、悪意以外なにも存在しないと分かっているのに、無邪気に見える笑顔を浮かべてから、また手を叩きだし、そのリズムに乗って歩き出し、親王大公たちとケシュマリスタ系皇王族たちを追い出した。
静まりかえった室内にはオーランドリス伯爵と一緒に来た者たちと、自称ゾローデ以外に残っていたのはトステオン侯爵ラベンパルペス。
自ら志願してリストに載せてもらった男のみ。
他の婿候補たちは、前もって打ち合わせをしていたので、無事に逃げ果せた。彼らは事前に集まり避難の仕方を話合っていた……のだが、ラベンパルペスは昨晩追加されたので、連携を組むこともできず、部屋の隅で長椅子を被って飛散物からその身を守るのことに精一杯で、逃げそびれたのだ。
「残ったのが、これか……誰だ? これ」
イルギ公爵が長椅子を払い除けて小さくなっている、二十四歳の黒っぽい灰色髪が肩の辺りまである男の頭を掴み持ち上げる。
「えっと……」
イズカニディ伯爵は軍人以外の皇王族の顔はあまり知らない。
「知らないわよ、そんな有り触れた顔の男」
「知らないなあ」
「そんな普通顔、知るわけないなあ」
ケシュマリスタ貴族たちは、いつも通り。
「主らなあ……。それはトステオン侯爵ラベンパルペスじゃ。五十六代皇帝と帝君間に産まれた皇子の孫じゃよ」
皇王族については詳しいイルトリヒーティー大公が「まったく」といった気持ちを隠さずに教えてやる。
操縦室の扉を開けたオーランドリス伯爵が、グレイナドアを小脇に抱え軽やかに降り、自称ゾローデさんの前に立つ。
「……」
オーランドリス伯爵の眼差しから言いたい事を……全く理解しないというか、しようなどという努力をする気持ちなど皆無な自称ゾローデさんは、
「銀の狂気に聞いてみたらいかがでしょう? ……それでは、私、失礼いたします。お騒がせいたしました! そうそう、リディッシュさん。あなた私の昔の友人に似ています。エゼンジェリスタさんも」
銀の狂気こと帝王ザロナティオンに適当に問題を投げ、その場を華麗に後にした。
―― あれ、なに?
《話せば長いようで、短いような》
―― ザロナティオンと同類?
《いや、同類と言われると少々辛いというか……》
ダイヤモンドの粉と困惑をまき散らしながら去ってゆく自称ゾローデさん。そして ―― トステオン侯爵ラベンパルペスがオーランドリス伯爵の夫となった。
「提出書類関係は私に任せておけ」
胸元から端末を取り出し、必要事項を次々と記入してゆくグレイナドア。
彼がブランベルジェンカオリジンに乗っていた事に関し、誰も深く追求しなかった。聞くだけ無駄だろうと ―― 乗せたほうに聞いても無駄であるので、誰もが謎だと感じながらやり過ごすしかない。
「……寝る?」
オーランドリス伯爵は結婚が決まったので、子供を作ろうと持ちかけたのだが、
「なにを言っておる! エキリュコルメイ。まったく、儂が立ち会ってよかったわい。いいか、婚約期間は短くても二年は必要じゃ」
イルトリヒーティー大公がそれを許さなかった。彼はテルロバールノル、それは放埒な新興貴族たちに、正式な手順を踏ませるために存在する由緒正しき貴族。
「……グレス」
手順や儀礼に疎いオーランドリス伯爵は”ゲルディバーダ公爵はすぐに寝た”と言おうとしたのだが、
「確かにそうじゃが、主と主の女皇殿下とでは事情が異なる。主の女皇殿下は次期国王で、少々子供が出来づらい身体じゃ。その点、主は子供を身籠もるのに苦労はせんじゃろう」
「うん」
「それに、主の女皇殿下とてケシュマリスタ王国で式を挙げるのは二年後じゃぞ。やはりこれから色々と準備を整えるのじゃよ。分かるか」
「わかった……」
イルトリヒーティー大公に諭され、頷いた。……のだが、
「面倒だな。誰が細々としたことするんだよ」
イルギ公爵が不平を鳴らした。
「面倒と……まあ、そうじゃろうなあ。その面倒は手順や儀式を知らぬ面倒なのか? それとも、知ってはおるが実行するのが面倒なのか? どちらじゃ」
「前者に決まってるだろう。こっちとら、前線生まれの前線育ち。我なんざ、祖母さんも親父も派手に戦死した、戦争だけして生きて来た公爵家だぞ。カーサーだって似たようなもんだ。サロゼリスやクレスタークに期待すんなよ。あいつらも、適当だから……エゼンジェリスタ、あんたのパパはごめん。あの、その……ご迷惑になるからさ。いっつも怒らせてて、あのーね。ご迷惑をこれ以上かけるのは」
イルギ公爵は貴族王ことヒュリアネデキュア公爵が怖い。
死を恐怖しないエヴェドリットだが、支配者の中の支配者の血を持つ彼の前に出ると、悪いことをしていなくても逃げ出したくなる。
「気せんでよいぞ、イルギ。父上さまは、人に好かれるようなお人ではないからのう……いや、儂は嫌いではないぞえ。儂は大好きじゃぞ! 嫌っておらぬが……まあ、のう。実母にも好かれておらぬからのう」
父と祖母が不仲であることは、エゼンジェリスタも知るところである。その理由 ―― 同性愛者であること ―― については知らないが、あまり人に好かれるタイプではないことだけは、娘もよく知っているので、理由を深く追求することもなかった。
「なあ、お前等。なんであの、きらきらゾローデさんについて触れないんだ。いま追求すべきは、きらきらゾローデさんだろ」
皆が全力で目を背けていたことに、書類を記入しながら触れるのがグレイナドアである。
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