裏切り者の帰還[14]
 ”この戦争はお前のために用意されたものだ。そうだ、お前を大将にすべくお膳立てした戦争だ。気にするな、そういった兼ね合いや調整するのも前線基地の仕事だ”出撃前にクレスターク卿に言われた。
 侯爵が言っていた通り、戦争する軍人たちには政治的な思惑が付きまとうようだ ―― 俺も他人ごとのように言っていられないのだが。

 そして俺は機動装甲に搭乗し、ジベルボート伯爵が守ってくれる出撃口からウエルダとリディッシュ先輩に敬礼で見送られ出撃しました。
 クレンベルセルス伯爵は機動装甲に搭乗し出撃することができるようになった俺の階級を上げる手続きを取っている。事前に分かっていたので用意は万端! といわれたが、それでも遙か彼方 ―― ワープ装置が発達する以前は往復に一年近くを要した距離 ―― の帝星と連絡を取り手続きをするのは難しい。

”オランベルセを出せ!”

 帝星側からそういう声が聞こえたきたが、リディッシュ先輩はウエルダの側近で、俺の側近じゃないので、この部分の仕事は重ならない。
 リディッシュ先輩はやや気圧されるフィラメンティアングス公爵殿下だが、皇王族の中で揉まれ育ったクレンベルセルス伯爵は上手に付き合う。……一方的にかわしまくっているようにも見えるが。皇王族は総じて「きらり」とかわす。
 ウエルダに説明したときは「輝きながら?」なっていたが、実際見たら理解したと……ウエルダ、実はクレンベルセルス伯爵は割ときらりっぷりが少ないのだ。上位になるともっとキラキラしている人が!

 俺の眠っていた記憶の中にいた三人の大公のような人が ――

『用意が整うまで、儂の影に隠れておれ。良いな? 侯ヴィオーヴよ』
 俺は前線基地から出てすぐの所、作戦的には最外線で待機している。
「はい」
 護衛は侯爵が説明してくれたとおりヒュリアネデキュア公爵。
 エヴァイルシェスト一桁ナンバーで、もっとも戦争に興じない御方だということで、俺の護衛に選ばれた。……のだそうだ。
 ヒュリアネデキュア公爵よりも能力が上の方は、全員エヴェドリットに属しており、実力が少し劣る方々はロヒエ大公以外はロヴィニア王族で、金を払わないと……なので。
『緊張したような声は出すな。お主は王太子婿じゃぞ。もっと典雅に構えぬか』
「はい」
 戦争に対しての緊張は極僅かです。俺の緊張のほとんどは……
『うるせえんだよ、ハンヴェル。黙ってゾローデの護衛してろ。悪いな、ゾローデ。作戦の関係上、貴族王さまなんかが護衛でよ』
 侯爵、侯爵! 俺の気持ちを分かってくださるのは嬉しいのですが、後半は隠して! お願い。
『軍人は戦争じゃあ緊張しねえよ。お前が側にいるから緊張してるに決まってるだろう、ハンヴェル。ほら、俺が教えてやったとおり、もっと優しくにこやかに、口調も帝国標準発音で、ほれほれ! 言ってみなぁ、貴族王さま』
 ガウセオイド級空母の外装を攻撃を加えつつ、攻撃をかわしている余裕のクレスターク卿。
 あの……お願い、お止めください! 護衛のヒュリアネデキュア公爵とは画像通信でして表情がはっきりと見えるのですよ。俺の状態を数値だけではなく目視でも確認したいとおっしゃられ、機能破損しないかぎり通信が切れないよう設定されているので、お怒りの表情がはっきりと分かってしまい怖いのであります。
『緊張を解すのも護衛の仕事だよ、ヒュリアネデキュア公爵。待ってて、ゾローデさん! もうちょっとだからね! クレスターク! カイン! もう一回』
 ヨルハ公爵の意見に歯を食いしばるお姿が。いや無理しなくていいんです、むしろ無理なさらないで下さい。はっきり言いたい、ローグ公子が何を言おうとも、何をしようとも緊張が解れることなんてない。
 解れるとしたらそれは、任務を終えて離れたとき。
 皇太子殿下が苦手だとおっしゃっていたヒュリアネデキュア公爵。滅多に人を苦手としないリディッシュ先輩ですら……な、ヒュリアネデキュア公爵。
 義父に持つ方と、義父未満なお二人が”エゼンジェリスタのことがなかったら、顔を会わせる回数を極力減らさせていただきたい”と漏らす相手、ヒュリアネデキュア公爵。
『ゾローデ、聞こえているか?』
 尊敬申し上げているし、誰もが認める御方なのだが、とにかく堅苦しいと。堅苦しくてこそテルロバールノル貴族なので、そういった意味では正しいのだが。
「はい、リディッシュ先輩」
 リディッシュ先輩も会いたくはないが、尊敬していると。おざなりではなく、本心から言っているのは分かるのだが”俺の実家にはいないタイプだから苦手だ。実家や親族も得意ではないが”と言われるほど。
『あのな、ゾローデ。ヒュリアネデキュア公爵は……うわ、待て、何する、キャス! ―― ゾローデさーん、美少女ですよ。貴方が帰還する港を守る美少女が、貴方の緊張を解してあげますぅ。ヒュリアネデキュア公爵って、むかしニヴェローネスさまの婚約者候補にも数えられたことがあるんですよう!』
 ……そりゃ凄い。
 初代テルロバールノル王の伴侶であった家柄だが、現在は他国との絡みもあり、王位を継がない王子や王女を伴侶に迎えても、王太子の伴侶に選ばれることは滅多にない。
 他国や皇室に王子や皇王族が存在しない時代ならいざ知らず、ロヴィニアに王子が山ほどいる状態でも、名前が上がるとは。なによりヒュリアネデキュア公爵はローグ公爵家唯一の嫡男。弟がいるのならばまだ分かるが。やはり優秀だからなんだろうなあ。
『あーその顔はゾローデさん、勘違いしてるぅ。優秀だからじゃないんですよ、単にローグ公爵に嫌われてるだけなんですよぅ。ヒュリアネデキュア公爵を王婿として追い出して、他に子供作って継がせようと考える位に嫌われてるんですぅ』
 ジベルボート伯爵キャステルオルトエーゼさま。お願いします、お願いしますから……本当のことでしょう。うん。だってクレスターク卿の笑い声が聞こえてきますから。
『ジベルボート』
 ジベルボート伯爵、ゲルディバーダ公爵殿下に嫉妬で殺される前に、正統王家の正統家臣に処刑されてしまう! 
『僕、おっさんと話する気はないよ。三十過ぎなんておっさんじゃないですかぁ。えーロリぃ? ロリなのぅ? 美少女とお話したいの? 同性愛者だけど異性相手の場合はロリぃ?』
『……』
 凄いな。戦場にいる恐怖感なんてまったく感じないよ。そんな物感じている余裕はないといった方が正しいのだろうがね。
『それでね、ゾローデさん。あんまりヒュリアネデキュア公爵こと、嫌わないであげてくださいね』
 そこまで言っておきながら!
「え、あ、うん。き、嫌いとかないよ」
『嫌いじゃないけど、避けたいとか、尊敬申し上げているが近付きたくないってのもナシで』
 心読まれてる! クレスターク卿、ヨルハ公爵、ロヒエ大公、お願いします。早く外装を剥がしてください。
『みんなにそんな扱いされる、可哀想なおっさんを見かねたお優しいグレスさまが”エゼンジェリスタのパパにはちょっと優しくしてあげるよ”ってニヴェローネスさまにお約束しちゃったんで。優しくしてあげて』
 そのお心遣いは、いくらゲルディバーダ公爵殿下であろうとも、やめられたほうが無難かと。テルロバールノル貴族は他国の王ですら見下してくると……あと俺には無理だと思われます。
『イズカニディ、作戦行動に入る通信を切れ……緊張は解れたようだな、ヴィオーヴ侯爵よ。これより作戦行動に移る。私の後についてこい』
 うっ……ヒュリアネデキュア公爵の帝国語、完璧なのに違和感が。
 容姿は皇室寄りで、ご息女である皇太子妃のようなテルロバールノル由来の榛色の頭髪でもなければ、テルロバールノル王のような緩やかな縦ロールでもなく、顔も華やかな優男を感じさせる造りでもなく ―― もっとも俺が知っているテルロバールノルの優男顔は、テルロバールノル王の旗艦名にまでなったカルニスタミア王で、顔は優男だが強さといい政治的手腕といい強情さといい、優男とは真逆 ―― 一般的に言われているテルロバールノルの特徴とはかけ離れている。
 それに話をしたのも、これが二回目なのだが、
『どうした? ヴィオーヴ侯爵』
 なんか、なんか、違う!
「あの。普通に喋って下さいませんでしょうか」
 声も深みがあり、喋り方も落ち着いて、皇室寄りな容姿が完璧さを作りあげる筈なのに!
『似合わないか』
「似合う似合わない以前の問題といいましょうか。閣下は閣下であらせられるべきだと、新参者ながら感じました」
 隠しきれないテルロバールノル貴族の風格が、それを許さない。
『そうか。では標的に接近するぞ、侯ヴィオーヴよ。儂から離れるでないぞ』
 同じ近寄りがたさでも、こちらの近寄りがたさのほうがいい!

 そして俺は手を握られ連れて行かれた ――

 離れないように移動するのには、これが最適なのだそうだ。
 俺が前線に送り込まれることを知って以来、クレスターク卿と二人で様々な案を試し、手を握って連れて行くのが最適であると結論が出たのだそうだ。
 その後も敵に「あの動きは何の意味もない」と思わせるために、二人で手を握りあって戦場を飛び交っていたそうだ……本当にお世話になります。
 それで、ヒュリアネデキュア公爵が搭乗している機体は、俺の機体とほぼ同じデザイン。本来のデザインはまったく違うそうなのだが、今回は敵の目を欺くために同じデザインの機体を造り、練習までしてくださったのだそうだ。
 ヒュリアネデキュア公爵は俺とは違うタイプの帝国騎士……らしい。どこが、どう違うのか? まだ聞いてはいないので分からないが。
―― ランデヴー。グレスに嫉妬されちまうぞ
―― はよう、ガウセオイドを切り裂かんか、クレスターク
 そんなやり取りを聞きながら、ガウセオイド級戦闘空母の全体が見えない位置で待機する。基本球形の戦闘空母だが変形することもあるので、その大きさは全長と呼ばれる。ちなみに全長は180,000 km。俺が搭乗している機動装甲が420mなのだから……何倍かなんて考えたところで無駄だ。
「外れた?」
 帝国騎士お三方と侯爵、そしてネストロア子爵の援護により遂に外装が剥がれた! ……剥がれると言うよりは切り話されたような感じ。球の五分の一程度をスライスしたように見える。操縦室に映し出されているモニターの一つが、狙うべき場所を教えてくれたが、まだ攻撃許可の指示が出ていないので、俺は画面を注意深く見ながら待つ。
 断面は空洞にしか見えないが、
『まだじゃ。あいつらは見えぬ糸で外装を引き戻す』
 量子的なもので切り取られた外装を引き戻し直す。
「はい」
 遠くで誰かが沈めたガウセオイド戦闘空母の火花を背に、真横に離れてゆく赤茶けた切り取られた部分。それがぴたりと止まり、はっきりと分かる速度で俺が狙い撃つ部分を持つ”本体部”に引き戻される。
『潰されるなよ、シア』
『だいじょうぶ。これ、遅いもん』
 クレスターク卿とヨルハ公爵は、今にも戻ろうとしている断面の間に入り、無数の線を撃ち落とす。
『角度、変えるぞ、サロゼリス』
『言われなくても、ラスカティア』
 離れた場所から銃で俺を援護してくれている二人が、場所を移動させ”弾き”はじめた。
『遠ざけるために点ではなく面したのじゃよ。あの銃最大の特徴である、貫通性能を下げてな』
 《三十二番目の始まり》帝王ザロナティオンが使用していた銃。
 千年以上も昔に作られたものだが、貫通性能に関しては未だ最強武器の座に君臨している。構成はシンプル。自動制御装置類は一切使用することができない、ただ撃ち抜くためだけの銃。
 現在は銃口に拡散用のアタッチメントを付けて、若干貫通性を落とすことができるようになった。若干な上に、三発撃つとアタッチメントを交換しなければならない。三発以上は安全性が確保できないので、大事を取って交換するのだそうだ。
『ロヒエ、次は3008じゃ。周囲の敵を蹴散らせ!』
『了解、ヒュリアネデキュア公爵』
 ロヒエ大公は次に俺に”落とさせる”ガウセオイド戦闘空母に向かって飛んで行った。
 本体に戻ろうとしていた部分が止まる。
『行くぞ、侯ヴィオーヴ』
「はい」
 俺は機動装甲の基本的にして最強兵器エバタイユ砲のエネルギー補充を命じるだけ。移動に関してはヒュリアネデキュア公爵に引っぱられてゆく。
 暗い空間に存在する、色すらはっきりとしない蠢くなにか。
―― 撃つ ――
 脳内で構え撃つことを考えると、機動装甲がそれに合わせて動き撃ち、破壊する。撃ったあと、どうなったのか? は分からない。
 撃ったと同時にヒュリアネデキュア公爵に連れられてその場を離脱したためだ。かなり遠くまで引っぱり連れて行かれ、次のガウセオイド戦闘空母の外装が剥がれるまでまた待機する。
 かなり小さく見える俺が初めて撃ったそれは、俺が二つ目に攻撃を加えて終えてもまだ完全崩壊はしていなかった。最初に攻撃を加えた戦闘空母が”崩壊”したのは、四つ目に攻撃を加えた時。時間にして六時間四十二分一秒後のこと。
『外装を切り離してのからの中心部攻撃は、崩壊するまで早いのう』

 八隻目に攻撃を終えた時点で俺は戦闘から離脱する。完全崩壊を見届ける必要はないとのこと ―― ジベルボート伯爵が守ってくれている宇宙港に、ヒュリアネデキュア公爵に腰を抱かれるようにして帰還した。

『ここで蹴っておかないと、僕が殺されちゃう!』
 考案された中で最良の帰還方法だったのだが、ゲルディバーダ公爵殿下の嫉妬心に火がつく……つくのか? 機動装甲で運ばれただけでも駄目なのか?
 ともかく守備していたジベルボート伯爵が機動装甲に搭乗したまま近付いてきた。
『分かった。蹴るなり殴るなりするがよい』
 俺の機体を格納場所に置いてから、ヒュリアネデキュア公爵が腕を組んでそのように言われた。
『ええー! いいの?』
 俺もジベルボート伯爵の意見に同意だ。
『ケシュマリスタ王太子の嫉妬は儂らの王にも被害が及ぶ可能性がある。王にご迷惑をおかけするわけにはゆかぬ。さあ、殴るがよいのじゃ!』
 テルロバールノル王にご迷惑をおかけするくらいなら……そうですよね。王至上主義の国において、王に最も近い家柄の御方ですものね。
『……殴り辛いおっさんだなあ。でも殴る。僕のために!』
 収納場所に収まった俺の機体は動かすことも叶わず、目の前で――

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