裏切り者の帰還[13]
『お前は誰だ? 言え』
 千五百年前 ―― 《三十一番目の終わり》よりも少し前の時代。
「……」
 これもゲルディバーダ公爵殿下の婿に選ばれた理由……になるのだろうか? 僭主は殲滅を掲げ、それに沿った政策が採られていたはず。
 今は政策が変わったのか?
『認められないか?』
「いいえ。でも……言って外れたら恥ずかしいなと思いまして」
 自分が僭主であると宣言することは、己に王族の血が入っていると宣言するに他ならない。それは二十五年間、階級社会において半端な下層階級で生きてきた俺にとって、殺されることよりも怖ろしく、語るのには勇気がいること。
 画面から消えたクレスターク卿は、すぐに扉から入って来た。
「笑わないから言ってみろ」
 最早薄まり、消えてしまっているであろう血。だがそれからは逃れられない。
「俺は僭主の末裔ってヤツですね。ケシュマリスタ系僭主ララシュアラファークフ。祖母さんが僭主の血を引いているんですね」
 クレスターク卿が手を叩き、鋭い目元に険呑な光を湛えつつ俺を見据えた。
 初対面の時は怖くはなかったが、今のこの表情は怖ろしい。侯爵の怖ろしさとは違う ―― 似ているのだが、どこか別種の存在を感じる。
「ご名答。でもまあ、この程度は自力で辿り着いて貰わないとな」
「俺の母親は祖母も僭主として?」
「お前の母親は完全に奴隷。祖母には僭主としての兆候はあるが、眠っている記憶というものが存在しないこともあり、奴隷のままにしておく」
「兆候……ですか?」
 俺は奴隷にしては大柄で身体能力が優れていた。それは父親が下級貴族であったせいだとばかり思っていたが、本当は僭主の血を引いているからだった訳だが、誰もがついこの間まで疑いもしなかった。
 祖母さんも母さんも体が大きいわけでもなければ、力が強いわけでもない。
 容姿だって祖母さんよりも祖父さんのほうに似ている。なにより祖母さんはそんなに見た目が整っているわけではなく ―― 上級貴族の必須条件ともいえる顔のパーツの配置が左右対称でもない。
「詳しいことは戦争が終わったら教えてやる。何にせよ、聡明さは合格だ。だが聡明さなんてのは、この先に必要な物に比べたら微々たるものだけどな。後は体を休ませろ。お前も早く戦争を終えて、聞きたいだろう。全てを」
 これ以上は成すべきことをなしてから、ということか。
「はい。責務を果たすことだけを考えます」
「いい答えだ」
 深々とお辞儀をしてクレスターク卿を見送り、一人きりになってしばらくしてから体を起こす。億劫ながらスーツを脱いで、体を洗ってからもう一度ベッドに体を預け、そのまま――

**********


「ゾローデ!」
「はいっ! 侯爵……じゃなくて、アーシュ。どうしました!」
 突然名前を呼ばれて飛び起き、
「ファティオラ様から通信だ」
「そ、それは大変!」
 ゲルディバーダ公爵殿下の呼び出しに応えることに。こういう時、髪の毛がほとんどないと楽でいい。
 学校で鍛えた早着換え技術をフル活用。軍服は着るのにコツがあり、それを掴んでいないと時間が異常にかかる。嫌がらせなのか? と思う程。実際は召使いたちに仕事を与えるために、面倒な造りにしているのだそうだ。士官学校などを出ていない上級貴族軍人は、そのようにして着用するのだと。だが上級士官学校を卒業した者は、元帥用軍服まで自ら、十五分以内に着こなさなくてはならない。ちなみに学生時代の合格ラインは十三分二秒。一生着ることなどないと思いながら、必死に胸に階級章を並べていったのはいい想い出だ ―― 元帥階級章の並べ順を間違って赤点で追試になったがな。元帥になるなんて、考えたことなかったから。

 ちなみにベッドのモニターを見ると、疲労は完全回復していた。

 侯爵と共に前線基地の総司令室へと行くと、大きなモニターが立ち上げられており、そこにゲルディバーダ公爵殿下が映しだされていた。
『ゾローデ!』
 髪を後ろの高い位置に一本に結い上げ、それに無数の宝石や金の鎖などを絡め、肩の部分でドレープを作られて。着衣は前線に連絡を入れるからという配慮だろう、ケシュマリスタ王国軍元帥の制服で。ゲルディバーダ公爵殿下、どう見ても仮装しているシュスターク帝ですが……じゃなくて。
「お待たせいたしました、ゲルティ……あの、あの名で呼んでもよろしいでしょうか?」
 総司令室には主要面々の皆様がほとんど揃っている状態。そんな彼らの前で、通常使われている愛称”グレス”ではなく”ギィネヴィア”と呼んでいいものなのか……。
『うん。ゾローデは僕のことギィネヴィアって呼ぶの。久しぶり、ゾローデ』
「はい、お久しぶりですギィネヴィア」
『今日、機動装甲で出撃するんでしょ!』
「あ、はい、そのようですね」
 そうなんですか? まあいいや。軍人は出撃直前に命令下ることも珍しいことじゃないし。
『ガウセオイド空母八隻、沈めて大将になってね!』
 えっとあの……軽く言われますがゲルディバーダ公爵殿下、帝国騎士が機動装甲戦のみで大将に昇進するには「一度の会戦において単独でガウセオイド級空母を八隻完全沈黙、あるいは完全破壊」が必須条件。それを可能にする能力を持っているのは、帝国騎士の中でも上位の三十名程度だと……。
「ちょっとそれは無理かと」
 ゲルディバーダ公爵殿下はエヴァイルシェストの二桁くらいの能力をお持ちだとは、ジベルボート伯爵には聞きました。王は一桁台の後半の能力をお持ちだと。お祖父さまが帝国最強騎士と軍帝だった御方だもの……でもそれを俺に求めるのは無理でして。
『大丈夫だよ。ね、ラスカティア!』
 あの……申し訳ないのですが、ゲルディバーダ公爵殿下。俺は間違いなく完全装備の機動装甲に乗っても、中射程からの侯爵の銃で撃ち落とされるくらいにしか戦えないかと。侯爵は皇帝陛下より《シャロセルテ・デレクテーディ・ラインバイロセア》の称号与えられた程の射撃の名手で、ガウセオイド級空母を撃ち落とすことができますが……。
「はい。それに関しては作戦を立てておりますのでご安心ください。安心できないのはゾローデででしょうね。俺が説明する前にファティオラ様が言うから」
『僕が悪いって言うの?』
「はい」
 侯爵。ちょっと、侯爵! さすが反逆の公爵家のご子息ではありますが。
『ひど……』
「でもまあ、良いと思いますよ」
 ゲルディバーダ公爵殿下が涼しげでやや男らしさを感じさせる目を大きく見開き、
『どうしたの? ラスカティア。君がそんなこと言うなんて珍しいね』
 驚きを隠さずに尋ね返してきた。
「そうかも知れませんね。でもファティオラ様、ゾローデのこと好きなでしょう」
『…………ばかああ! 恥ずかしいじゃないかあ! もう。やだやだ!』
 頬を膨らませて、綺麗なドレープを作っている髪と宝石が埋め込まれた飾り紐の束を掻きむしりながら叫ばれる。こういう場合、俺なにか言うべき何だろうが。
「嫌なんですか?」
 俺に関しての「好き・嫌い」話をしているのだが、その……侯爵、似てますよ。貴方が嫌いなお兄さまクレスターク卿に喋り方が。
 いや悪くはない……悪いには悪い気もするのですが、そういう悪さではなくて。なんていうの? ああ、クレスターク卿が嬉しそうに笑ってる。弟を優しく見守っているような、でも何か悪い人のような。
『きら……んー! ゾローデ!』
 まとめていた髪がほとんど解けてしまっているゲルディバーダ公爵殿下は、飾り紐の束を握っている右手を体の前で振りながら、
「はい」
『僕のこと嫌いになったら、許さないんだからね。そんなことしたら……したって、僕は離さないんだからぁ! やだぁもう! ちょっと、クレスタークなにしてるんだよ!』
 激励してくださった。
 そしていつの間にか背後に立っていたクレスターク卿が、
「グレス、上手だねえ。触り心地ちいいぜ、これ」
 後頭部を撫で上げ……あれ? もう一人。左後方にいつの間にか元帥殿下が! エヴェドリットの身体能力の凄さと、
「グレス。天才。ゾローデ先輩の頭が癒やし」
 皇王族的な空気の読まなさが――

 通信は切れました。誰かが強制的に切ったようです”僕のゾローデェェェェ! 返せぇぇぇぇ! 前線にいくうぅぅぅ!”という叫びを最後に。

「ジャセルセルセとベルトリトメゾーレが、死ぬほど苦労してるだろうな」
 俺の後頭部を撫で上げながらクレスターク卿は、まさに他人事らしくどこかに向かって喋っていた。
「何時まで撫でてるんだよ。なあ、ゾローデ」
 クレスターク卿の手を払い除けて、今度は侯爵が撫で始めた。いや、いいんですがね。
「アーシュ。頭撫でたままでもいいので、作戦を説明してください」
「そうか。じゃあこのまま説明しよう」
 侯爵、たまに全力でボケてくれるから。そして……ロヒエ大公にシセレード公爵、ヨルハ公爵も手のひらを上下させていらっしゃる!
 皇王族や上級貴族はそういう人が多い ―― 昨日までは「血統の成せる業」とか言っていたが、俺も同系統なんですよね。
 ははは……認めます、認めます。多分他人から見たら「ほんわりぼけ」ているに違いない。

 それはそうと、俺は今日これから出撃するらしい。

 総司令室の一区画である作戦会議室へと入り、席について事前に用意されていた作戦資料に目を通しながら、また後頭部を撫で上げている侯爵から説明を聞くことに。
 総司令室にいた人たちも全員会議室へと異動してきた。それというのも、あの場にいた全員が俺がガウセオイド級空母を沈めるための補佐にあたる。
 俺以外の人たちは、
「三ヶ月前から資料を渡されて読み込み、模擬演習も五十回こなしておいた」
 準備万端。隣に立ち頭を撫でている侯爵はというと、
「俺は半年前に、クレスタークから聞いた。そこから作戦立てた」
 随分と前から決まっていたんですね。
「ラスカティア狡い」
 親指をしゃぶるようにして近付いてきたヨルハ公爵が、触らせろ! とばかりに手を伸ばしてこられる。
「半分にしていただけると」
 侯爵は後頭部全面を撫で上げていたので。
 別に俺も後頭部を撫でて欲しいわけじゃないんだが、その……なあ。
「優しく撫でろよ、シア。お前の馬鹿力で撫でたら、ゾローデの頭が潰れる」
 まあ、ヨルハ公爵だもんね。そういうこともあるかもね。
「優しくするからね!」
 口元が……表現すると”にたあああ”と。おそらく笑われた筈、もの凄く嬉しそうに笑ってくださった筈。俺にはそうは見えなくとも。
「あ、はい……あの、皆様。後日でも、よろしければ、どうぞ」

 短く刈られた後頭部が、こんなに威力があるとは知らなかった。ゲルディバーダ公爵殿下のお陰で、皆さんと仲良くなれました。本当にありがとうございます。でも俺、後頭部禿げるんじゃないかなあ……いや、いいよな。後頭部が禿げたくらいで、親睦深められるのなら!

 それで作戦はというと、
「クレスタークとシア、そしてカイン……ロヒエのことだが、その三人がガウセイオイドの外装を剥がす」
 ソレが出来たら苦労しないのではありませんか? 侯爵。
 敵の空母要塞は外装が硬くて、機動装甲が用いる武器でも破壊するのが難しく、外側から中心に到達するのには時間がかかりすぎ、前線基地まで到達されてしまうから、危険を承知で皆さん内部へと飛び込み、中心部以外を破壊すると聞いていたのだが。
「同時に動力はカーサーが潰す。護衛はハンヴェル。外装は三人だけでは無理だろうから、俺とサロゼリスも銃で外装のつなぎ目を撃つ。確実に中心エネルギー体を剥き出しにしてやる」
「はい」
 そこまでしてもらったら……誰でも……。
「そしてゾローデ。これが最も重要なところだ」
「なんでしょう? アーシュ」
「何度も出撃させると、異星人に動きを読まれて危険になるから、一度の出撃で八隻決めろ」
「はい」
 俺は良いよ。成果を横取りするだけだから。俺に成果をもたらす為には……
「ゾローデ先輩。帝国軍の司令官として命じるよ。八隻落として、グレスを喜ばせて」
「御意」
 司令官から言われたら頑張るしかありません。俺の頑張りよりも周囲の皆様の負担のほうが……。
「ゾローデ卿。この美少女が出撃口を守るから安心してください。地味だけど、大変な仕事なんですよう」
 機動装甲の出撃帰還口は敵の攻撃が集中するところだろ!
「それはありがたいが……大丈夫なのか? ジベルボート伯爵。もちろん信頼はしているが、危険を感じたらすぐに逃げてくれ」
 戦争に年齢は関係ないと言うが、十三歳の女の子を犠牲にするのは。徴兵は最低でも十八歳からだから。十三歳は……。
「心配しないでください」
「だが……」
「ゾローデ卿に心配されたら、僕、グレスさまに嫉妬で殺されちゃいますぅ」

 あ、はい。分かりました。出来る限り、表に出しません……が、心配だ。

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